かくされんぼ
「……ん、なんだこれ、『かくされんぼ』だって?」
図書委員の光也は、おかしな本を見つけていぶかしげにまばたきをした。真っ黒な背表紙に、赤く光る文字で『かくされんぼ』とだけ書かれている。作者名もない。だが、図書ナンバーが書かれたラベルははられている。
「こんな本あったかなぁ?」
返却本置き場のカートに置かれているが、こんな本は見たことがないし、もちろん返却された覚えもない。今日は昼休みはずっとカウンターで仕事をしていたので、返ってきた本はだいたい覚えている。しかし、こんな不気味な本は絶対に見ていない。
「……昨日戻し忘れていたのか?」
そう思ってから、光也は軽く首をふった。昨日も自分が当番で、本を一冊一冊返したのだ。下校時間ギリギリになったが、なんとか間に合ってホッとしたのを覚えている。
「じゃあなんだ、これ?」
光也はその『かくされんぼ』を手に取った。べとべとしていてなんだか嫌な手触りだ。光也は注意深く本を持ちあげ、そして表紙をながめまわす。別にぬれているわけでもないが、なんとも不快な肌触りがする。
「……番号は……ん、なんだこれ? 4444だって?」
図書室の本は、というよりもどの図書館も、図書ナンバーは三桁までしか書かれていない。光也はラベルをゆっくり爪でひっかいてみた。しっかりとついている。どうやらいたずらで上から重ね貼りしたわけではないようだ。
「誰かもしかして、444に4を足して、こんな変なナンバーにしたのか?」
しかし、それだとやはりおかしい。440番台は、宇宙についての本がほとんどだったはずだ。だがこの『かくされんぼ』は、どう考えても物語のような題名である。つまり、900番台になければおかしいはずだ。
「ちぇっ、これじゃあ戻しようがないよ」
どこにあるかわからない本を戻すのは、かなり骨が折れる仕事だ。学校司書の先生に任せようかと思ったが、光也はちらりと時計を見る。まだ下校時間までは時間がありそうだ。
「どうせなら、ちょっと探してみるか。この本じゃないけど、それこそかくれんぼみたいで面白そうだし」
『かくされんぼ』を手に持って、光也は図書館の本をじっくり見ていく。最初はいたずらで候補に挙がった、440番台だ。
「すき間は……ないな」
図書ナンバーがわからない本なんて、基本的にはほとんどないし、あっても普通は学校司書の先生に任せる。だから探しかたなんて適当だが、基本的に本を片付けるときは、こうやってすき間を探していく。
「やっぱ誰も読んでないんだな」
残念ながら440番台などは、そこまで人気のコーナーじゃない。びっちりすき間なく本は並んでいて、ついでにいえばちょっぴりホコリかぶっていた。
「ここでないなら、あとはやっぱり900番台かな」
光也はため息をついて、900番台の棚へ向かおうとした。そして、おやっと振り返る。
「4444番……?」
なぜ気がつかなかったのだろうか、いつの間にか本棚の一番下に、一冊分だけすき間ができていて、そこに4444番と書かれているのだ。目をぱちくりさせる光也だが、『かくされんぼ』をちらりと見た。
「じゃあこれ、宇宙の本なのか? でも、いったいどんな内容なんだろう?」
光也はなにげなくページを開いた。……そして、のどがはりさけんばかりの絶叫をあげるが、それは一瞬で消えてしまった。『かくされんぼ』が巨大化し、光也を一飲みにしてしまったからだ。ぼとっと落ちる『かくされんぼ』を、白くきゃしゃな指がつかんで拾い上げた。
「……あんた、また人間界にかくれんぼしに来てたの? まったく、元に戻すわたしの身にもなってほしいわ」
まるで喪服のような黒いドレスを着た、妙齢の女性だった。その黒が一層白い肌を強調しているが、それは一見作り物のようにも見える。まるで絵画を見ているかのような非現実的な美しさだった。
「……それで、おいしかったの?」
真っ赤なルージュのくちびるを開いて、真珠のように輝く八重歯をむき出しにして、女性は笑った。それに答えるかのように、『かくされんぼ』はページを開く。そこには光也が最期に見た光景、たくさんの子供たちの絶望と恐怖にゆがんだ表情で埋め尽くされていたのだ。その端に、涙を流してあんぐりと口を開けている光也の顔を発見し、女性はふふっと軽く笑う。
「おいしかったみたいね。それじゃあ帰りましょうか。……『魔界図書館』の司書見習い、詩音の名において、魔界への新たな扉を開く……」
先ほどの4444番と書かれたすき間に、詩音は『かくされんぼ』を戻した。とたんに詩音と『かくされんぼ』のすがたは消え、そして4444番と書かれた文字も、血のようににじんでいき、やがて黒いしみとなっていった。
「……あら、なにかしらこれ? 『かくされんぼ』……?」
あどけない少女の手に取られて、『かくされんぼ』のページがわずかにうごめいた。舌なめずりするかのように……。
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