季節がめぐる中で 26
「隊長は今頃何を食べてるんですかね?」
ハンバーガーチェーン店で大きめなハンバーガーを食べている誠。アイシャと誠が出かけたのはもうすでに昼飯時という時間だった。とりあえず豊川の中心部から少し離れた山沿いのこの店の駐車場に車を止めて二人でハンバーガーを食べている。
「しかし、私達だとどうしてこう言う食事しかひらめかないのかしら」
そう言ってポテトをつまむアイシャ。
日ごろから給料をほとんど趣味のために使っている二人が、おいしいおしゃれな店を知っているわけも無い。それ以前に食事に金をかけると言う習慣そのものが二人には無かった。
「で、山にでも登るつもり?私は麓で待ってるから」
「あの、それじゃあ何のためのデートか分からないじゃないですか」
アイシャの言葉に呆れて言葉を返す誠だが、その中の『デート』と言う言葉にアイシャはにやりと笑った。
「デートなんだ、これ」
そう言ってアイシャは目の前のハンバーガーを手に持った。
「じゃあこれは誠ちゃんの奢りにしてもらえる?」
「あの、いや……」
焦る誠。彼も給料日まで一週間。その間にいくつかプラモデルとフィギュアの発売日があり、何点か予約も済ませてあるので予想外の出費は避けたいところだった。
「冗談よ。今日は私が奢ってあげる」
アイシャは涼しげな笑みを浮かべると手にしたハンバーガーを口にした。
「良いんですか?確か今月出るアニメの……」
「誠ちゃん。そこはね、嘘でも『僕が払いますから!』とか言って見せるのが男の甲斐性でしょ?」
そう言われて誠はへこんだ。
「でもそこがかわいいんだけど」
小声でアイシャが言った言葉を聞き取れなかった誠。
「それにしてもこれからどうするの?山歩きとかは興味ないわよ私」
つい出てしまった本音をごまかすようにまくし立てるアイシャ。
「やっぱり映画とか……」
誠はそう言うが、二人の趣味に合うような映画はこの秋には公開されないことくらいは分かっていた。
「そうだ、ゲーセン行きましょうよ、ゲーセン」
どうせ良い案が誠から引き出せないことを知っているアイシャは、そう言うとハンバーガーの最後の一口を口の中に放り込んだ。
「ゲーセンですか……そう言えば最近UFOキャッチャーしかしていないような気が……」
「じゃあ決まりね」
そう言うとアイシャはジュースの最後の一口を飲み干した。誠もトレーの上の紙を丸めてアイシャの食べ終わった紙の食器をまとめていく。
「気が利くじゃない誠ちゃん」
そう言うとアイシャと誠は立ち上がった。トレーを駆け寄ってきた店員に渡すと二人はそのまま店を出ることにした。
「ちょっと寒いわね」
アイシャの言葉に誠も頷いた。山から吹き降ろす北風はすでに秋が終わりつつあることを知らせていた。高速道路の白い線の向こう側には黄色く染まった山並みが見える。
「綺麗よね」
そう言いながらアイシャは誠に続いてリアナから借りた車に乗り込んだ。
「じゃあ、とりあえず豊川市街に戻りましょう」
アイシャの言葉に押されるように誠はそのまま車を発進させる。親子連れが目の前を横切る。歩道には大声で雑談を続けるジャージ姿で自転車をこぐ中学生達。
「はい、左はOK!」
そんなアイシャの言葉に誠はアクセルを踏んで右折した。
平日である。周りには田園風景。誠も保安隊の農業を支えるシャムに知らされてはじめて知った大根畑とにんじん畑が一面に広がっている。豊川駅に向かう都道を走るのは産業廃棄物を積んだ大型トラックばかり。
「そう言えばゲーセンて?」
誠はそう言うと隣のアイシャを見つめた。
紺色の長い髪が透き通るように白いアイシャの細い顔を飾っている。切れ長の眼とその上にある細く整えられた眉。彼女がかなりずぼらであることは誠も知っていたが、もって生まれた美しい姿の彼女に誠は心が動いた。人の手で創られた存在である彼女は、そのつくり手に美しいものとして作られたのかもしれない。そんなことを考えていたら、急に誠は心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
「ああ、南口のすずらん通りに大きいゲーセンあったわよね?」
アイシャがしばらく考え事をしていた結果がこれだった。それでこそアイシャだと思いながら誠はアクセルを吹かす。電気式の車の緩やかな加速を体験しながら誠は駐車場のことを考えた。
「南口ってことはマルヨですか?」
「ああ、夏に水着買ったの思い出したわ。そう、マルヨの駐車場に停めてから行きましょう」
誠はアイシャの言葉に夏の海への小旅行を思い出していた。
『あの時は西園寺さんがのりのりだったんだよな……』
そう思い返す。そして今日二人を送り出したときの要の顔を思い出した。
「信号、変わったわよ」
アイシャの言葉で誠は現実に引き戻される。周りには住宅が立ち並び、畑は姿を消していた。車も小型の乗用車が多いのは買い物に出かける主婦達の活動時間に入ったからなのだろう。
「要ちゃん怒っているわよね」
「え、アイシャさんも西園寺さんのこと……」
そう言いかけて誠に急に向き直ったアイシャ。眉をひそめて切れ長の目をさらに細めて誠をにらみつけてくる。
「も?今、私達はデート中なの。他の女の話はしないでよね」
そう言うと気が済んだというようににっこりと微笑むアイシャ。その笑顔が珍しく作為を感じないものに見えて誠は素直に笑い返すことができた。
買い物に走る車達は中心部手前のの安売り店に吸い込まれていった。誠の周りを走るのはタクシーやバス。それに営業用の車と思われるものばかりになった。週末なら列ができているマルヨの駐車場に続く路側帯には駐車違反の車が並んでいた。
「結構空いてるわね」
誠がマルヨの立体駐車場に車を乗り入れているときアイシャがそうつぶやいた。
「時間が時間ですから」
そう答えると誠は急な立体駐車場の入り口から車を走らせる。すぐに空いている場所に車を頭から入れる。
「バックで入れた方がいいのに」
そう言いながらシートベルトをはずすアイシャ。誠はその言葉を無視してエンジンを止める。
「でもここに来るの久しぶりじゃないの?」
「ああ、この前カウラさんと……」
そこまで言いかけて助手席から降りて車の天井越しに見つめてくる澄んだアイシャの表情に気づいて誠は言葉を飲み込んだ。
「ああ……じゃあ行きましょう!」
誠は苦し紛れにそう言うとマルヨの売り場に向かう通路を急いだ。アイシャは急に黙り込んで誠の後ろに続く。
「ねえ」
目の前の電化製品売り場に入るとアイシャが誠に声をかけた。恐る恐る振り向いた誠。
「腕ぐらい組まないの?」
そんなアイシャの声にどこと無く甘えるような響きを聞いた誠だが、周りの店員達の視線が気になってただ呆然と立ち尽くしていた。
「もう!いいわよ!」
そう言うとアイシャは強引に誠の左手に絡み付いてきた。明らかにその様子に嫉妬を感じていると言うように店員が一斉に目をそらす。アイシャの格好は派手ではなかったが、人造人間らしい整った面差しは垢抜けない紺色のコートを差し引いてあまる魅力をたたえていた。
「ほら、行きましょうよ!」
そう言ってアイシャはエスカレーターへと誠を引っ張っていく。そのまま一階に降り、名の知れたクレープ店の前のテーブルを囲んで、つれてきた子供が走り回るのを放置して雑談に集中していた主婦達の攻撃的な視線を受けながら誠達はマルヨを後にした。
「そう言えば……やっぱりやめましょう」
アイシャが隣のアニメショップが入ったビルを凝視した後そのままそのビルを通り過ぎて駅への一本道を誠を引っ張って歩く。だが明らかに未練があるようにちらちらとその看板を眺めるアイシャに誠は微笑を浮かべていた。道を行くOLはアイシャに好意的とは言いがたいような視線を送っている。誠にも仕事に疲れた新人サラリーマンと思しき人々からの痛々しい視線が突き刺さってくる。
「そっちじゃないわよ!誠ちゃん!」
そう言って駅に向かって直進しようとする誠を引っ張り大きなゲーセンのあるビルへと誠を誘導するアイシャ。パチンコ屋の前には路上に置かれた灰皿を囲んで談笑する原色のジャケットを着た若者がたむろしている。その敵意を含んだ視線を浴びる誠。
哀願するようにアイシャを見る誠だったが、そんな彼の心を知っていてあえて無視すると言うようにアイシャは胸を誠に押し付けてきた。
「ここね」
そう言うとアイシャはそのままゲームセンターの自動ドアの前へと誠を引きずってきた。
騒々しい機械音が響き渡るゲームセンターの中はほとんど人がいない状況だった。
考えてみれば当然の話だった。もうすぐ期末試験の声が聞こえる高校生達の姿も無く、暇つぶしの営業マンが立ち寄るには時間が遅い。見受けられるのはどう見ても誠達より年上の男達が二次元格闘ゲームを占拠して対戦を続けているようすだけだった。
「誠ちゃん、あれはなあに?」
そう言ってアイシャが指差すのは東和空軍のシミュレータをスケールダウンした大型筐体の戦闘機アクションシミュレータだった。アイシャがそれが何かを知らないわけは無いと思いながら誠はアイシャを見つめた。明らかにいつものいたずらを考えているときの顔である。
「あれやるんですか?」
誠の顔が少し引きつる。大型筐体のゲームは高い。しかも誠もこれを一度プレーしたが、いつも保安隊で05式のシミュレータを使用している誠には明らかに違和感のある設定がなされていた。そして誠にとってこれが気に食わないのは、このゲームを以前やったとき、彼がCPU相手にほぼ瞬殺されたと言う事実が頭をよぎったからだった。
「お金なら大丈夫よ。こう見えても佐官だからお給料は誠ちゃんの1.8倍はもらってるんだから!」
そう言って誠をシミュレータの前に連れて行くアイシャ。そのまま何もせずに乗り込もうとするアイシャを引き止めて誠はゲームの説明が書かれたプレートを指して見せた。
「一応、この説明が書きを読んで……」
「必要ないわよ。一応私も予備のパイロットなのよ!それに実はやったことあるのよ」
そう言って乗り込んだアイシャ。彼女は隣のマシンを誠に使えと指を指す。しかたなく乗り込んだ誠。すでにプリペイドカードでアイシャが入金を済ませたらしく設定画面が目の前にあった。
「これ凄いわね。05式もあるじゃないの」
インターフォン越しにアイシャの声が響く。アイシャはそのまま05式を選択。誠もこれに習うことにする。誠ははじめて知ったが、このマシンは他の系列店のマシンと接続しているようで次々とエントリー者の情報が画面に流れていく。
「はあ、世の中には暇な人もいるのね」
そう言いながらパルス動力システムのチェックを行うアイシャ。誠はこの時点でアイシャがこのゲームを相当やりこんでいることがわかってきた。05式の実機を操縦した経験を持つ誠だが、ゲームの設定と実際の性能にかなりの差があることはすぐに分かった。それ以上に実機と違うコンソールや操作レバーにいまひとつしっくりとしないと感じていた。
「エントリーする?それとも一戦目は傍観?」
そう言うアイシャの言葉がかなり明るい。それが誠のパイロット魂に火をつけた。
「大丈夫です、行けますよ」
誠はそう言ったが、実際額には脂汗が、そして手にもねっとりとした汗がにじむ感覚がある。
エントリーが行われた。チーム訳はゲームセンターの場所を根拠にしているようで、32人のエントリー者は東と西に分けられた。誠とアイシャは東に振り分けられた。
「法術無しでどれだけできるか見せてよね」
アイシャの声が出動前の管制官の声をさえぎるようにして誠の耳に届いた。
『負けられない!』
へたれの自覚がある誠にも意地はある。撃墜スコアー7機。エースの末席にいる誠はスタートと同時に敵に突進して行った。
『誠ちゃん!それじゃあ駄目よ。まず様子を見てから……』
そんなアイシャの声が耳を掠める。敵はミサイルを発射していた。
24世紀も終わりに近づく中、実戦においてミサイルの有効性はすでに失われていた。アンチショックパルスと呼ばれる敵の攻撃に対し高周波の波動エネルギーを放射してミサイル等を破壊する技術は、現在の最新鋭のアサルト・モジュールには標準装備となっている防御システムである。
当然05式にも搭載されているそのシステムを利用して、一気に弾幕の突破を図る。
『へ?』
初弾は防いだものの次弾が命中する、そして次々と誠の機体に降り注ぐ敵のミサイルはあっさりと05式の装甲を破壊した。
『はい、ゲームオーバー』
アイシャの声が響いた。
「これ!違うじゃないですか!ミサイル防御システムが……」
『言い訳は無しよ。このゲームでは法術系のシステムだけじゃなくてアンチショックパルスシステムなんかも再現されてはいるけどゲームバランスの関係であまり使えないのよ』
そう言いながらレールガンを振り回し、敵機を次々と撃墜していくアイシャ。誠はそのままゲーム機のハッチを開けて外に出た。格闘ゲームに飽きたというようにギャラリーがアイシャの機体のモニターを映した大画面を見つめている。
圧倒的だった。
アイシャの機体の色がオリジナルと違うのを見て、誠はもう一度丁寧にゲーム機の説明を読んだ。そこには端末登録をすることである程度の撃墜スコアーの合計したポイントを使って機体の設定やカスタムが可能になると書いてある。
「やっぱりやりこんでるんだなあ」
敵の半分はすでにアイシャ一人の活躍で撃墜されていた。空気を読んだのかアイシャはそのまま友軍機のフォローにまわるほどの余裕を持っている。
味方の集団を挟撃しようとする敵を警戒しつつ損傷を受けた味方を援護する。
「あの姉ちゃん凄いぜ」
「また落したよ、いったいこれで何機目だ?」
小声でささやきあうギャラリー。誠はアイシャの活躍を複雑な表情で見つめていた。
最後の一機がアイシャのレールガンの狙撃で撃墜されると、モニターにアイシャの写真が大写しにされる。
「すっげー美人じゃん」
「女だったのかよ」
周りでざわめいて筐体から顔を出そうとするアイシャを見つめるギャラリー。
「はい!これが見本ね」
そう言ってゲーム機から降りたアイシャが誠の頭を軽く叩く。誠は周りを見回した。10人くらいのギャラリーが二人を見つめている。明らかにアイシャが誠とこのゲームセンターに一緒に来たと分かると悔しそうな顔で散っていく。
「もう一回やる?」
そう言うアイシャの得意げな顔を見ると、誠は静かに首を横に振った。
「じゃあ……って、ここのUFOキャッチャーは商品がちょっとせこいのよね。それじゃあ次はお気に入りの店を紹介するわね」
そう言うとアイシャは誠の手を引いて歩き出した。周りの羨望のまなざしに酔いしれる誠。上司と部下と言う関係だけならこんなことにはならない。そう思うと、誠の心臓の鼓動が早くなっていく。
ベッドタウン東都豊川市のの大通り。平日と言うこともあり、ベビーカーを押す若い女性の姿が多く見られる。彼女達もアイシャを見ると、少し複雑な表情で道を開ける。
紺色のコートの下にはデニム地のジャケットにジーパン。アイシャの格好は彼女らしく地味な選択だと言うのに、誠の手を引いて歩く彼女の姿は明らかにこの豊川の町には掃き溜めに鶴といったように誠には思えた。
「ここよ」
そう言ってアイシャが立ち止まったのが、古めかしい建物の喫茶店だった。誠には意外だった。アイシャとはアニメショップやおもちゃ屋に要とカウラを連れて一緒に来ることはあったが、こう言う町の穴場のような喫茶店を彼女が知っていると言うのはアイシャには誠の知らない一面もあるんだと思えて、自然と誠の視線は周りの嫉妬に満ちた視線を忘れてアイシャに注がれた。
「じゃあ、入りましょ」
そう言うとアイシャは重そうな喫茶店の木の扉を開いた。
中はさらに誠のアイシャのイメージを変えるものだった。年代モノの西洋風の家具が並び、セルロイド製のフランス人形がケースに入って並んでいる。
「久しぶりじゃないか、アイシャさん」
そう言って出迎えた白いものが混じる髭を蓄えたマスター。客は誠達だけ、アイシャはなれた調子でカウンターに腰をかける。
「ブレンドでいいんだね、いつもの」
そう言うマスターにアイシャは頷いてみせる。
「良い感じのお店ですね」
マスターに差し出された水を口に含みながら誠はアイシャを見つめた。
「驚いた?私がこう言う店を知ってるってこと」
そう言いながらいつものいたずらに成功した少女のような笑顔がこぼれる。
「もしかして彼が誠君かい?」
カウンターの中で作業をしながらマスターがアイシャに話しかけた。
「そうよ。それと外でこの店を覗き込んでいるのが同僚」
その言葉に誠は木の扉の隙間にはめ込まれたガラスの間に目をやった。そこには中を覗き込んでいる要とカウラの姿があった。




