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季節がめぐる中で 19

 汗が流れ、埃が顔を覆う。

「ほんなら、しまいにするぞ!」 

 そう言ってノックを止めてバットを置く明石。マウンドからよたよたと降りる誠にはほとんど余裕が無かった。夕焼けが空を明るく染め上げている。

「お疲れ様!」 

 そう言って誠の肩を叩くアイシャ。投げ込みを続けていたカウラと、ランニングをしているヨハンを追い回していた要の視線が誠に突き刺さる。

「シュペルター……余所見とはええ了見じゃ!ワレはもう一周するか?」 

 明石のドラ声の届いた先で大きく首を横に振って倒れこむヨハン。気遣いではパーラと並ぶ西となぜか野球部にマネージャーとして参加しているレベッカが備品を集めて回っている。

「それじゃあシャワー……レディーファーストじゃな」 

 そう言うと誠と菰田を睨みつける明石。

「お先に失礼するわね」 

 アイシャはそのままハンガーへかけていく。

「やはり練習はええのう」 

 そう言いながらはげ頭を手ぬぐいで拭いている明石。気を利かせた西が彼にスポーツドリンクの入った水筒を渡す。

「ちょっと、明石さん」 

 そう言ってゲートの方から歩いてきたのは警備班のヤコブだった。いかにも自信が無さそうに明石に声をかけたがその視線が投球練習を終えてハンガーの中のシャワー室に向かうカウラに向いていることは誠にも分かった。

 『ヒンヌー教』の三使徒と呼ばれるヤコブ。出来るだけ関わらないようにと少し誠は距離をとった。

「ゲート前に……その……」 

 いまひとつ煮え切らないヤコブに首をかしげながら立ち上がって近づいていく明石。その迫力にヤコブは恐れをなしたように引き下がる。

「はっきり言わんかい。どこぞのスカウトでも来たのか」 

 その言葉にびくりと反応するヤコブ。

「スコアラーじゃないんですがね……すいませんが来て貰えますか」 

 その言葉を聞いて明石は誠の方を見つめた。

「神前、面かせ」 

 それだけ言うとヤコブの後をついて行く明石。誠も仕方が無いと言うように真っ直ぐに二人の後に続く。正面車止めの前の生垣を抜けた時、フラッシュが一瞬焚かれた。だが、それはすぐに収まり、カメラを向けていた報道陣に失望の色が見えていた。

「えらい盛況やな。それで何か……」 

 そのままゲートの外に群がる報道陣に向かっていく明石。その迫力に怯む報道陣。

「あのー、保安隊野球部キャプテンの明石清海中佐ですよね」 

 一人の女性記者がゲートから身を乗り出してマイクを明石に向ける。彼女の言葉ではげ頭の大男の正体を知った報道陣は再びいっせいにフラッシュを焚く。

「なんじゃ!ワシをどこぞの球団が指名するゆうとるんか?」 

 そう言って目の前の報道陣に睨みを効かす明石。さすがの報道陣も冷や汗を流しながら目の前の大男に愛想笑いを振りまく。

「いえ……、こちらのアイシャ・クラウゼ内野手なんですけど……」 

 スポーツ紙の腕章をつけたカメラマンが恐る恐るそう言った。誠も初対面の明石には怖い印象を持っていた。初めて出会えば誰もがその鋭い眼光とその巨体、そしてその大きな態度に恐怖感を持っても仕方がないと誠は苦笑いで明石を見上げた。

「冗談じゃ。ああ、アイシャか。で、どこの球団が動いとるんじゃ」 

「レンジャーズとブレーブス……それにエンジェルスが獲得の意向を示しているんですが……」 

 とりあえず最初に声をかけた女性記者がそう言った。明石も誠も、はじめは呆然としていた。だが、考えてみれば自然な話だった。都市対抗予選で半分の打点を稼いだのがアイシャだった。特に菱川重工豊川戦では一番サードで打っては先頭打者ホームランを見せ、さらに好守と走塁で優位な試合運びを展開させた張本人である。

「アイシャがか?まあええわ」 

 そう言うと関心を失ったというように振り向いて隊舎に向かう明石。その動きにフラッシュを焚く報道陣。

「おい、ヤコブ。塩でも撒いとけ」 

 警備室に叫ぶ明石。

「でも、ルーナ・カルマの再来と……」 

 同じゲルパルト人造人間組で今や西川アストロズの名ショートの女性選手の名を上げるカメラマン。

「うっさいぞ!ワレ!」 

 彼の言葉に明らかに怒りを交えて答える明石。誠は彼を宥めるようにして生垣に連れて行く。

「いい話だと思うんですがね」 

 そう言う誠を睨みつける明石。

「あのなあ。ルーナ・カルマは天才じゃ。同じ人造人間の生まれやゆうても、それぞれ違いがある。確かにアイシャは一流の勝負師じゃ。度胸も座っとるし、ここぞと言う時、頭の切り替えが早い。だが、ワシが見る限り奴はカルマのようにはなれんわ」 

 そう言うと隊舎に早足で向かう明石。朱色に染まった畑とグラウンド。そこでグラウンドをならしているのは整備班の面々。

「ご苦労さんやのう。久しぶりにええ汗かかせてもろうたわ」 

 気さくに声をかける明石に含み笑いで答える整備員。明石はそのままハンガーに足を踏み入れた。

「タコ中!とっととシャワー浴びちまえよ」 

 タバコを口にくわえている要が頭にタオルを巻いた姿で現れる。その後ろにはスポーツ飲料を飲むカウラの姿も見える。

「おい、クラウゼはどうした?」 

「アイシャ?確かアタシ等より先に出たよな?」 

 要は話題をカウラに振る。ただ静かに頷くカウラ。

「さっぱりした!タコちゃん!シャワー大丈夫だよ!」 

 そう言って満足げな顔をするシャム。

「クラウゼは……」 

 そう言う明石から目を離してグラウンドに視線を移した誠の視界を、慌てるように駆け抜けるパーラの姿が目に入った。

「どないした!」 

 明石のどら声にさらにうろたえるパーラ。ここまでついていない体質があると同情したくなる。誠もあわてて声が出ないパーラを見ながら思った。

「あの!アイシャが……」 

「いきなり記者達を仕切って会見でも始めたか?」 

 明石の笑い声におずおずと頷くパーラ。それを見ると明石の顔から笑いが消えた。

「あのアホ、なにする気じゃ。まあこういう時は……。鈴木の姉さんまだおるかのう?」 

 パーラが頷くと、軽く暮れてきた濃紺の空を見上げた明石はそのまま正門の方に向かった。

「とりあえず鈴木さんと話してくるわ。誠、お前はシャワー浴びて来い。それとカウラ。クラウゼのアホを何とかしろ」 

 背中を向けたままそう叫ぶ明石に敬礼をするとカウラとパーラはゲートへと向かった。

「こりゃあ面白れえな!」 

 不謹慎な笑みを浮かべながら要はカウラ達を追った。一部のスポーツ誌では、法術適正者のスポーツの参加制限を設けるべきだと言う意見も出ていた。確かに誠自身、干渉空間の展開が許されるなら優位に試合を進めることができるのはわかっていた。だがそれが卑怯なことだという認識を持っていた。

 さらにシャムの場合、あの体格で練習試合やバッティング練習で柵越えを連発することがあるのは法術を無意識に発動させ身体強化を行っているらしいということをヨハンから聞いていた。

「シャムさん」 

 シャワー室に行くわけでも、要を追いかけるわけでもなく呆然と立ち尽くしている誠を不思議そうに見つめるシャム。

「アイシャちゃんプロになるのかなあ」 

 ポツリとつぶやいたシャム。確かにお祭り好きなアイシャである。さらにそこいらのモデルも逃げ出すような流麗に流れる紺色の髪と切れ長の目。そして長身で長く伸びる手足。その本質を知り尽くされているので保安隊の男性陣はできるだけ距離を置くようにしているが、確かにプロ選手となればその美貌だけでも一躍人気選手となるのは間違いなかった。

「神前!早くシャワー浴びろ!火を落とすぞ」 

 ハンガーの入り口で叫んでいる巨体はヨハンだった。誠はそのまま全速力でシャムを置いて駆け出す。

「おい、あの真性オタクがプロに指名されるんだって?」 

 警備室の映像でも見たのだろう。ヨハンの後ろには整備部の面々が仕事もそこそこに誠に詰め寄ってくる。ヨハンも彼らを抑えかねたように誠を取り囲もうとする部下達に苦笑いを浮かべた。

「あれだろ、客寄せだよ。法術関連の情報開示が進んでスポーツ界は大騒ぎだからな。何人か法術を上乗せして成績上げてた選手が謹慎くらっただろ?そんな悪評を一応美女アスリート登場って持ち上げて客を呼ぼうって魂胆が見え見えだぜ」 

 ヨハンはそれだけ言うとハンガーを奥へと歩き始めた。

「客寄せですか……」 

 確かに冷静になって考えてみればそれが現実かもしれないと誠も思った。そのまま誠は事務所に続く階段を上った。管理部の明かりは煌々とともっており、中ではいつものようにシンが菰田を説教していた。そのまま廊下を歩き続ける。主を失った隊長室には明かりがない。そしてそのまま男女の更衣室の前を通り過ぎてシャワー室にたどり着いた。

 シャワー室に入ると明かりがついていた。

「神前か」 

 叫び声の主は吉田だった。

「はい、そうですけど」 

 そう言うと共用ボックスから新しいタオルを取り出す。水音は止まない。誠はそのまま練習用ユニフォームを脱いでいく。

「ああ、アイシャの馬鹿が大変みたいだな」 

 吉田の脳はこの部隊のあらゆる端末と接続している。警備部の入り口に取り付けられたカメラの映像も例外ではない。

「まったく迷惑だねえ。タコとリアナさんが出てって記者達と問答してるけど……」 

 そう言う吉田の声を聞きながら誠は裸になってシャワーの個室に入る。

「体育協会の法術規定の件ですか?」 

 法術の存在は軍や警察関係だけではなく、スポーツ界にまで影響を与えた。まず最初に動いたのがヨーロッパサッカーだった。遼州系の選手をすべて解雇したこの過剰とも言える反応は世論を大きく動かすことになった。

 当然住民のほとんどが遼州の現住民族『リャオ』の血を引く東和のスポーツ界も揉めている。法術適正検査はすべてのプロスポーツで行われ、一部のスタープレーヤーの去就についての雑談が話題のない取引先との間を潰すためのやり取りに使われていることは誠も知っていた。それ以外の深い部分での動き、吉田ならネット関連の情報でかなりのところまで知っているだろうと思いながら蛇口をひねる誠。

「まあ、あれだ。軍や警察と並んであおりを受けたのはスポーツ界だからな。ヨーロッパのサッカーリーグの遼州系選手の謹慎処分はやりすぎとしても今シーズン後に多くのプロスポーツ選手が引退させられるのは間違いないしな。特に東和の野球関連の団体はかなりもめてるみたいだぜ」 

 誠は頭から洗剤を浴びて体の汗を流す。吉田はただ打ち水のようにシャワーを頭から浴びているようだった。

「ゲルパルトの人造人間はアーリア人贔屓のお偉いさんの企画立案だからな。遼州人が嫌いで仕方なかった連中が遼州系の血は入れずに作ったわけだから法術なんて使えるわけもないというわけだ」 

 足元に流れていく白い泡を眺めながら誠はただ吉田の言葉を聴いていた。

「確かに身体能力は地球系の女性の比ではない、それに戦争の生んだ悲劇と言うことで脚色すれば客寄せとしては最高の材料になる……世の中面白いねえ」 

 吉田に言われるまでもなく、あの記者の群れを見たときからその思いはあった。そして自分が目指していた世界にアイシャが消えていくのがさびしいと言う思いがあることに気づいて誠ははっとした。

『僕はやはりアイシャさんが遠くに行くのが怖いのかな』 

 黙ったまま水の音だけを聞いていた。吉田は情報には精通しているが人の感情を察することでは中学生以下だと言っていたのはアイシャだった。そして無粋なことをばら撒かせたら銀河でも屈指の存在なのも知っていた。誠は悟られないようにどういう言葉をつむげばいいのか考えていたが、言葉がひとつも見つからなかった。

「さて、俺も上がるかねえ」 

 沈黙に耐えかねたようにそんな言葉を吐く吉田。彼の個室のシャワーの音が止んだ。

「でも、そうすると僕は……」 

 誠はようやく気づいた。自分も法術適正がある遼州系東和人であるということを。

「ああ、アマチュアの協会も動いてるぜ。いろいろ揉めてるみたいだが、公式戦の登板資格の剥奪くらいはあるかもしれないな」 

 立ち止まった吉田がそう言うとそのまま入り口で立ち止まって体を拭いている。

 自分の左手、誠はまじまじと見つめた。指のマメ、腕の筋肉、切り詰められた爪。そう言えばリトルリーグの時代から常に野球をしていた自分からそれが無くなる。事実としては理解できるが、どこかしらわかることを拒んでいるような気持ちがあるのは確かだった。

「神前。どうせカウラ達待たせてんだろ?急げよ」 

 そう言うと吉田はシャワー室を出て行った。誠はあわてて蛇口を閉めて全身の水滴をぬぐい始めた。

 シャワー室を出て私服に着替えた誠がハンガーを出ようとしたところに待っていたのはアイシャだった。

「ああ、神前君」 

 珍しく彼女が自分を苗字で呼んだことに不思議に思いながら、闇に消えていきそうな紺色の長い髪をなびかせている上司を見つめている自分に気づいて、誠は頬を染めてうつむいた。いつもなら軽口がマシンガンのように誠を襲うところだが、アイシャは何も言わずに、ただ暗がりに飲まれていくグラウンドを眺めていた。

「おい!オメエ等。とっととあがるぞ!」 

 秋も深まっていると言うのに黒いタンクトップ一枚の姿の要が叫んでいる。

「ああ、行かないとカウラがかわいそうよね。神前君、行くわよ」 

 心ここにあらず。そんな言葉がこれ以上ないくらい当てはまっているアイシャ。二人が歩き出したのを確認すると、振り返りもせずに歩いていく要。隊の通用門は先ほどまでの記者達の姿は無くいつもの静寂に包まれていた。

「明石中佐はどんな魔法を使ったんでしょうね。あんなにいきり立った記者があふれていたのに」 

「さあ、どうかしらね」 

 誠の横を歩くアイシャの声にはいつもの感情の起伏のようなものが消えて、彼女の本質である生体兵器としての顔が見え隠れしていた。

「早くしろ!マスコミの別働隊が来たらタコの作戦が無意味になるぞ!」 

 車高の低いカウラのスポーツカーの屋根に寄りかかっている要の姿が二人からも見える。アイシャはその声にはじかれるようにして走り出した。誠も突然の彼女の行動に不審に思いながらもついていく。珍しくアイシャが後部座席に乗り込み、その隣には要が座った。

「そう言えば要ちゃん。記者の方々は……」 

「ああ、それか。それなら……」 

 言葉を途中で切ると含み笑いを浮かべる要。いつもならここで要の頭を思い切りはたくアイシャがただ沈黙して敬礼する警備部の下士官達を眺めていた。

「明石中佐はあまさき屋に行くそうだ。記者の奢りで酒でも飲むつもりなんだろう」 

 そう言いながら工場の中の道に出た車のハンドルを切るカウラ。

「ああ、今日はいつものおもちゃを売っている店に行くのか?」 

 カウラはバックミラー越しにいつもと違うアイシャの姿を見て気を使っているように見えた。

「今日はやめておくわ、私は。神前君は?」 

 投げやりにそう言うアイシャに、要もカウラも何も言えないでいた。

「僕もいいですよ。そう言えば今日は菰田曹長が晩飯当番だったような……」 

 その言葉に久しぶりにアイシャがすぐさま反応した。すばやく手にしたバッグから携帯端末を取り出す。

「ああ、私。今日は晩御飯はいらないわよ……って作っちゃったの?じゃあみんなで山分け……上官命令。以上」 

 まくし立てた後、安心したように座席に身を任せるアイシャ。彼女の言葉に親指を立てて無言の賛辞を要が送っていた。

「ラーメンなら奢るぞ、アイシャ。しかし、神前。よく覚えていたな」 

 そう言いながら四人はあのこの世のものとは思えない菰田の料理を思い出していた。

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