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同棲

「おじゃましま~す」


 そう言うと彼女は無遠慮に部屋の奥に進んでいく。


「おい……そんなジロジロ見るなよ」


 まるで泥棒が品定めでもするかのように、好き勝手物色していく彼女に俺は突っ込む。


「なんか……面白みのない部屋ですね~。ちょっと期待外れです」


「ひとり暮らしの男の部屋なんてこんなもんだ」


 どういう訳か、まず初めに俺の部屋に行きたいと申し出てきたこいつの要求は、当然の如く、否応なしに呑まざるを得なかった。


 人生の柵を解くとか言っておいて、とんだ肩透かしをくらった気分だった。

 それに、流石に警戒心というものがなさすぎじゃないか?


 今日会ったばかりの年上の男の部屋に、ホイホイと自分から乗り込んでくるなんて、やはりこいつも頭の螺子が飛んでいるようだ。


「うーん……固いし、狭いですね……これだと時雨さんにはソファで寝てもらうことになりそうです」


 人のベッドに許可もなく腰を下ろして、挙句の果てにとんでもないことを言い出した彼女の振舞いと言動に、俺は混乱した。


「いやまてまて、どういうことだよ。聞いてないぞ、泊まっていくなんて」


「泊まっていくっていうか、これからしばらくここに住まわせてもらうつもりなので、よろしくです」


「……」


 言葉が出なかった。なんなんだこいつは。こんな狭いワンルームで、他人と同居するなんて考えただけで寒気がしてくる。


「いいじゃないですか。時雨さんも本当は嬉しいでしょう?女の子と同棲出来るなんて、本来の時雨さんであれば想像もつかないことですよ。私生活で異性と接点すらなさそうですし」


「……あぁ、そうだ、俺はモテない。だからといって飢えてる訳じゃないんだよ。悪いがこれっぽっちも喜ばしくない。出来れば今すぐにそこから離れて欲しいよ」


 外着でベッドに触れるなんて、汚いと思わないのか?こいつは


「後で匂いとか嗅いでそうなのに、釣れないですね~」


「気持ち悪い」


「……流石に、傷つくんですけど」


 俺の直球な嫌悪に、彼女は苦い顔を隠せないようだった。


「事実だ」


「最低です。女性に対してそんな暴言を吐くなんて。だからモテないんですよ」


 そう言ってわざとらしくそっぽを向き、腕を組む雛木紫蘭の横顔は、以外にも楽し気なものだった。


「セクシャルハラスメントに名誉ある抵抗をしたまでだ」


「……時雨さんって、ほんとつまらない人ですね……だからモテないんですよ」


「くどい」


「たった数分でここまで改善点を指摘してあげてるんだから感謝してほしいくらいです」


 小馬鹿にしたように見下す視線を送りながら、不敵な笑みを浮かべる彼女に俺はイラついた。


「そんなのはどうでもいい。それより、大前提として未成年はまずいだろ。学校は? 親にはどう説明するんだ? 少しは真面目に考えろよ」


「はあ……」


 深い嘆息の後、また嘲るように彼女はニヤついた。


「時雨さん、私を殺すんですよね?」


「?……あぁ、そのつもりだが」


「だったらもう今更じゃないですか、これまでの私生活とか、法律とか、関係ないんです。私達は利己的な目的の為に、全てをかなぐり捨てるんですから」


 一理ある主張だった。確かに、今更かもしれない。俺は、人を殺す。それなのに社会のおきて破りを一々気にするなんて、馬鹿馬鹿しくもある。


 しかし、俺が気にかけているのはそこじゃない。もし彼女を殺す前に、俺が誘拐犯として逮捕でもされようものなら、それこそ本末転倒だ。


 今日一日俺の家に泊まるくらいは何てことないかもしれないが、それが一週間も続けば、雛木の両親も、警察に捜索願を出す筈だ。そうなればかなり厄介なことになる。


「お前の意見も分かる。確かに、俺達はもう既に社会のあぶれ者で、この期に及んで些細なルール違反を気にかけていても仕方がない。だが、何より重要なのは目的の達成だ。ここに何日も泊まっていては、お前の両親にも学校にも言い訳出来ないだろう。両親がお前の身を案じて、警察に頼る事になるかもしれない。そうなったら俺たちの契約は破綻するんだぞ」


「その点はご心配なく。私の両親はそんなこと気にしません。学校には母が適当な都合を取って付けることでしょうし、父も、私がいなくなって清々することだと思います」


 彼女が何故、終わらせようと思ったのか、殺されたいと綴ったのか、少し分かった気がした。


「………そういうことなら、俺も構わないさ」


「ご理解頂けて何よりです」


「お前、学校に友達とかいないのか」


 心配でも、同情からでもない、ただ、知っておいて損はないと思った。


「いないです」


 雛木は当然のように言った。悪びれる様子も、後ろめたい様子もなく、授業中に教師が示した問題の解答者として指名された時のように、淡々と事実を述べた。


「そうか、まあ……それなら心配いらないな」


「心配?」


「あぁ、誰もお前のことを探さないなら、ずっとここに居ても問題ない」


「ずっと……」


 彼女はどこか悲しそうな顔で復唱した。


「あー……今のは、計画に支障がないという意味でな……」


 俺は何を取り繕っているんだろうか。全く、これでは先が思いやられるな。


「分かってます。でも、これで一先ず私の目的も進展しました。行動を共にするなら、同棲するのが一番手っ取り早いので、態々電車を使って遠征してくる必要がなくなりますし」


「そうだな。俺も出来る限り早く、お前の柵を取り除きたいし、悪い案じゃない」


「喋ってたら喉乾いちゃったな~」


 ベッドから立ち上がって、彼女は徐に冷蔵庫を漁り始めた。


「おぉ、一度飲んでみたかったんですよこれ」


「やめてくれ。酔われると面倒くさい」


 そんな俺の言葉も耳から通り抜けたように、彼女は缶ビールを開けて飲み始めた。


「ぷはあ!」


「それ、言葉にして言う奴初めて見たんだが」


「ビールといえばこれですよ!一回やってみたかったんです」


 唇周りを泡だらけにしながら、彼女は満面の笑みで言った。


「苦くないのか?」


「苦いものって知ってるからですかね?予想以上ではなかったので、意外と飲めそうです」


「吞まなくていい……」


 勘弁してくれと俺は思った。呑み慣れてない奴が酔った時ほどうざいものはない。居酒屋バイトの打ち上げで、二十歳の大学生の先輩がハイボール三杯で顔を真っ赤にして、俺に絡んできた過去は思いだしたくない記憶だ。


「時雨さんも呑みましょう」


 彼女は冷蔵庫からもう一つ銀色の缶を取り出して俺に手渡す。


「いや……俺はいい」


「それはないですよ……今日だってお酒入れて来たんですし、折角なんだから一杯付き合って下さい」


 一杯付き合うってな……。


「分かった分かった。呑むよ」


 天真爛漫な彼女のはちゃめちゃ具合に、俺は疲れだしていた。だがそれは同時に、アルコ―ルに頼るに当たって絶好の機会でもある。俺は缶ビールを開けて、一口で半分ほど飲んだ。


「さすが、いい呑みっぷりですね」


「煽ってないか?」


「そんなことあるわけないじゃないでふゅかぁ」


 呂律が回っていない上、わりと強めに俺の背中をパンパンと叩いて彼女は笑う。


「おい、もうやめとけ。一口でそれは向いてない」


「そんなことないでっすよー、じゃんじぇん酔っぱらってないです。ふはははっ」


 あぁ……めんどくさい。

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