「九龍」2
「九龍」2
篤志の住む船は豪華クルーザーだった。
そこに案内されて、彼から旅のいきさつを聞く拓。
だが彼にもいくつか問題を抱えていた。
拓はその解決方法を思いつく。
***
香港 湾内 坪州島。
小さな島の港に、その船はあった。
その船は、他の船より一際大きく、不釣合いなほど豪華だった。そしてぼんやりとだが、唯一明かりが灯っていた。
「でけーな! アレか?」
「大型クルーザーじゃないか」
「<アビゲイル号>です。このまま船の後ろに直接つけます」
モーターボートを操作する篤志がそう説明した。
尖沙咀のスターフェリー乗り場からこの島まで、篤志たちはモーターボートでやってきていた。ギリギリ5人乗れたので今一緒にいる。
篤志たちは、この大きなクルーザー<アビゲイル号>に住んでいた。
全長30m。三階建ての大型クルーザーだ。坪州島には他に人は住んでいないから、ここは篤志たちが独占している。もっとも、これだけ豪華なクルーザーだと欲しがる人間が襲撃してくる危険もある。だから船は港に陸付けはせず100mほど離れて停泊している。
拓たちは中に案内された。
電気があり、広く豪華なリビングがある。高級ホテルを思わせるような内装に、思わず拓たちはため息を漏らした。
篤志はボートを船尾に括りつけると、「休んでいてください」と言ってレ・ギレタルと一緒に奥の別の部屋に入っていった。
「すげぇ。何億するんだ? この船」
「5億円は下らないだろう。いや、知らないけど」
「日本人は金持ちだな」
拓たち三人はただただ感心している。この船ならば確かに欧州から船でやってくることは可能だろう。
そこに篤志が笑みを浮かべながら戻ってきた。この少年はいつも優しい笑みを浮かべている。人当たりがよく愛想のいい少年のようだ。
「買ったんじゃないですよ? 中東のお金持ちの船を拝借したんです」
「中東か。アラブの金持ちらしい船だな」
納得した。確かにあの地域なら、こんな超高級大型クルーザーもあるだろう。
篤志は簡単に船の説明をした。
太陽発電機と海水浄水器を備え、リビングの他寝室が三室でベッドは5つ。キッチンもありちょっとした食料庫もあり、操縦室や船倉倉庫や機関室を入れたら四階建て。バスルームやトイレもあり、モーターボートも備え付けている。定員15名。
本当にホテル並みの設備だ。
それに賢い、と思った。これなら文明的な生活を維持できるし、クルーザーならば操縦が一人でできる。そしてそのまま移動できる。
「船を動かせば発電機も動きますから、動けば快適です。動かさないときは太陽発電機で最低限の生活電力は得られますから、それでなんとか生活しています」
「こんないい船があるなら、日本もすぐに目指せるんじゃないの?」
「燃料があれば」
「ガス欠か」
「大体タンクには1800Lくらい入るんですが……インドで最後に給油したきりで、その後は出来てなくて。もう300Lないと思います。これだと東シナ海は渡りきれません。日本まではとてもとても。香港だったらなんとかなると思ってここまで来たんですけど……ここは<香港>の人が牛耳っていて色々五月蝿いんです」
「こういう船はディーゼルエンジンで軽油だからな。陸に上がってガソリンを集めるわけにはいかないだろう」
姜が冷静に判断する。これだけ大きな船だ。快適な代わりに燃費はよくない。
ガソリンは手間さえかければ集まるのだ。そこらじゅうにある放置車から少しずつ回収すれば時間はかかるが手に入る。軽油はそうはいかない。ガソリンスタンドは真っ先に奪われていてないだろう。
「食料も必要だったし、薬もいるし……それに香港には流れてきた日本人がいたって聞いたのでもしかしたらと思って……ついつい香港で滞在する羽目になりました」
「俺たち香港に来たの三日前だぜ? なんで俺たちの噂が流れてンのよ?」と時宗。
「それ俺たちじゃない。それ、多分矢崎さんのことだ」
矢崎が香港に流れ着いたのは一年ほど前だ。
その後しばらくは滞在していたから、その噂の日本人は矢崎の事だ。矢崎は中国語も広東語も喋れず銃を持っていたから、人の目に留まったのだろう。そして何かしら騒動を起こし逃げた。
祐次の事といい、この件といい、なんとも縁が続いている。
どちらにせよ拓たちにとっても好都合だ。
元々拓たちも船を求めて香港に来た。
篤志の目的地も日本への帰国で、一致している。篤志も拓たちの同行を了承した。
少なくとも船は手に入ったし、航海経験者も手に入った。
しかし燃料がないという問題は拓たちにもいい手がない。
「台湾でいいだろう? ならばこんな豪華クルーザーでなく中型漁船でいい。それなら軽油600Lほどだ。そのくらいなら停泊している船を片っ端から漁れば手に入るだろう」
「そうなの? 姐御」
「そっちのほうが現実的だろう? 早く日本に帰りたいのならば、この船を売って漁船と軽油を手に入れればいい」
「僕はそれには参加できません。杏菜がいるので」
「杏菜?」
「僕の双子の姉です。今、船内の寝室で寝ています」
そういうと篤志は懐から小さな小袋を取り出した。さっき<香港>の組織の人間から演奏会の報酬として受け取っていたものだ。二種類あった。
「葛根湯とベンジルペニシリンカリウム? ……ああ、ペニシリンか?」
「風邪引いてンの?」
いや、風邪で抗生剤は使わない。
「杏菜は……やや重い結核と軽い肺炎なんです」
「マジか」
この時代では、死と隣り合わせの状態だ。
「幸いギレタルには感染しないようなので看護は彼女にお願いしていますが……他の人には感染するかも」
そういうと篤志は顔を落とした。
「僕たちには祖父がいました。とても優しくて勇敢で賢い祖父が。でも、あの人は杏菜を看護していてそれが感染して……体調が弱ったところにシンガポールでコレラにかかって……あっという間に亡くなりました。皆さんも移るといけない。でも、僕は杏菜を見捨てられない。唯一の家族なんです」
「…………」
「祐次さんがいてくれれば」
「あいつは今アメリカだからな」
「祐次さん、北米に辿り着いたんですか? でも、どうしてご存知なんですか?」
「そりゃあJOLJUが教えてくれたんだけど」
「JOLJU!? JOLJUって、あの小さいエイリアンのJOLJUですか? 祐次さんの相棒の?」
「JOLJUも知っているのか? 篤志君」
「ええ。祐次さんの優秀な相棒です。僕たちもよく世話になりました」
「て……ことは、これで祐次とJOLJUが一緒に行動していることは完全確定したな」
これまでJOLJUとの会話で何度かそんな話は出ていたが、確実な話はなかった。確実な確認をすると拓のスマホ・アプリの警告ブザーが鳴るからだ。だからどの段階から二人が一緒か、それは分からない。だが篤志の話から逆算すると、祐次とJOLJUはイタリアですぐに合流し、二人で旅を始めて、今北米で一緒にいる。もしかしたら、同じ場所で二人一緒に飛ばされていたのかもしれない。
もし違う場所でも、JOLJUは祐次に懐いていたから、祐次が近いとしれば、あいつはなんとか探して合流しただろう。
「あ! その手があったか!」
拓は手を叩く。
「何だよ拓」
「燃料はわからんけど、その女の子の事はなんとかなるかもしれない。危篤……じゃないよな?」
「ええ。今のところはそこまで酷くはないと思います」
「一週間容態を維持できるなら、女の子はなんとかなるかもしれない」
そういうと拓は篤志に「コーラとかサイダーあるかな?」と訊ねる。篤志は頷く。
「冷蔵庫がありますからよく冷えていますよ。祐次さんが飲み物はコーラやサイダーを飲めって教えてくれましたからたっぷりと。皆さんも飲みますか?」
「じゃあ俺たち全員分と……後2、3本余計にくれるかな?」
「どういうことだ拓?」
と姜。拓は苦笑すると自分のスマホをかざした。
「ご機嫌取りだよ」
そういうと、拓はスマホのアプリのボタンを押した。
「九龍」2でした。
ということで、次回JOLJU召還です。
篤志君たちは約9カ月旅をしています。
拓たちが横浜事件から+1カ月半近くです。
ややこしいですが、召還されるJOLJUは、現在進行形のエダ編の半年後くらいになります。
この時間軸のズレも、この作品の楽しみ方です。
ということで次回、JOLJUが登場して情報交換会です。色々鍵となる話も出てきます。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




