「香港」2 第二章最終話
「香港」2
一気に突破を図る拓たち。
群がるALの中、突き進む。
そしてついに香港に入ったが、そこにはバリケードが!
拓たちは無事香港に上陸できるのか!?
***
扉が開いた。
そして、大きなナニかがゆっくりとエントランスを進んだ。
すぐに周囲にいたALが鎌首をもたげ、その動く物体を睨む。しかし2mを超える高さで積み重なったそれを見て、ALはそれが敵だと認識しなかった。
それが惰性で進んでいたが、8mほど進み止った。
「行くぜ!!」
その瞬間、扉から時宗が飛び出すとその大きなナニかに向けショットガンを撃ち込んだ。
強力なショットガンの弾を食らい、ナニかが弾けた。
そして飛び散った。
飛沫を受けたALは奇声を上げのた打ち回る。
水だ。
そう……ナニかとは……大型カートにウォーターサーバー用のミネラルウォーターの10Lボトルを積み上げるだけ積んだものだった。ざっと12個はあるだろう。
時宗は至近距離でウォーターボトルをショットガンで吹き飛ばし、中の水を撒き散らしながらカートまでいくと、再び足でカートを蹴り前進させる。当然水を撒き散らしながらだ。手で撒いていては重いし限がないが、ショットガンでふっ飛ばせば一瞬で中身を全て広範囲に撒き散らす事が出来る。
こうして時宗が血路を作り上げると、控えていた拓たちも飛び出した。
拓たちも、最初の時宗ほどではないが大型カートに乗せられる限りのウォーターボトルやミネラルウォーターを積み上げ、カートを押しながら進む。全員カートを押しているから6台のカートだ。5人は甲型の密集陣形を取り、ALが近寄ってきたらすかさずウォーターボトルやペットボトルを投げ、ショットガンで中身を爆発させて進む。撃つのは先頭を行く時宗と最後尾の拓だ。優美、啓吾、レンの三人はボトルを投げる係。姜は輪の中にいて遠距離のALを狙撃する役だ。だからAKMだけでなく優美が持っていたM4カービンも背負っている。
案外この作戦は効率的だし運も良かった。
ここは中国で、飲み水はミネラルウォーターが多い。丁度ミネラルウォーターをストックしている倉庫を見つけた。場所柄大型カートはいくつもあった。そしてALは第一段階で水に弱いし嫌うから寄ってこない。第三期以降なら水を撒いても突撃してくる。
ただ難点は、全員びしょ濡れになってしまうことくらいだ。
「ゲートを無事出られたら着替える! お風呂にも入りたい!」
優美は顔にかかった雫を腕で拭いながら叫ぶ。そして前方にペットボトルを放り投げた。
後ろにいた姜が的確にそれを撃ち抜く。
「日本人の女兵士は貧弱だな」
「私は兵士じゃないの!」
「お風呂とは言わないけど、せめて焚火に当たって温かい毛布に包まって寝たいね」
啓吾がボヤきながらペットボトルを投げた。それを姜が撃ち抜く。
こうして6人はエントランス中央まで到達。ALは水を恐れて遠巻きに囲んでいる。
しかし、この膠着状態もそろそろ限界だ。もう全員水がなくなる。拓が考えていたより消費が早い。まだ後30mはある。
「皆! 走る用意だ。レンは皆の内側! 俺が殿になる」
「じゃあこれを使え!」
そういうと姜は背負っていたM4カービンを拓のほうに投げた。予備マガジンは本体についたマガジンにテープで括りつけられている。60発。これを撃ち切れば弾は尽きる。
拓はそれを受け取り、ショットガンを啓吾に手渡した。弾は残り11発だ。
先頭は時宗で変わらない。時宗は黙ってショットガンの弾を装填する。
「時宗! 残りは?」
「13発!」
「2発は残せよ」
「何でよ?」
「ドアは開けない。穴を開けてそこから出る」
ドアはガラスで出来た自動ドアだ。電源が落ちているから作動しないし、手で開いているような時間的余裕はない。
「外にALがいたら?」
「いないことを祈ろう。とにかく、外に出たら一番近くのビルに逃げ込む。命があれば、その後のことはその時だ」
「これが作戦とはな」
姜は嘆く。しかし他に手がない。
「覚悟決めろ!! 行くぞゴラァァ!!」
時宗は大声で上げると、目の前のカートを蹴り倒した。
と同時に二発前方に向け発砲、全速力で駆け出した。
そして拓たちもそれぞれカートを蹴倒し、走る。
こうなれば、一秒でも早く出口のところにいくしかない。
全員が一塊になって駆けた。
前方のALは時宗が乱射して蹴散らし、優美と啓吾は左右を担当。姜が三人を援護し、拓が最後尾で背後を守る。彼らの連携は訓練された一流の軍隊顔負けの動きで一切の無駄がない。
だが水の壁がなくなった今、ALたちは攻撃を受ければ、容赦なく向かってくる。
あっという間に拓は30発使い切り、最後のマガジンを入れた。
「こっちも最後のマガジンだ!」
姜も叫ぶ。
優美と啓吾は拳銃を抜いた。
しかし二人が持っているのは38口径のリボルバーだから、6発ずつしかない。リロードする隙はなさそうだ。
それでも、ついに全員自動ドアの前まで来た。
「破片に気をつけろよ! 特に女性陣! 顔に傷がついたらお嫁にいけねーぜ!」
時宗は自動ドアの一面を容赦なく吹っ飛ばすと、ショットガンを逆手に持ち替え残ったガラスを叩き壊していく。
「先行くよ!」
まず優美がレンの手を握りながら穴を抜け、次に啓吾が外に飛び出す。
次に辿り着いたのは姜だ。
「先どうぞ、姐御!」
「拓が遅れている! 私が援護する! お前、先行け!」
「有難いけど、女性残して先には行けんわ」
時宗はそういうとショットガンを外に投げ捨て、腰のガンベルトからパイソンを抜いた。
二人が振り向いた時、まさに拓が7体のALに押しつぶされそうになる寸前だった。
時宗と姜が間一髪拓を助けると、拓は後ろ目掛けてM4カービンをフルオートで乱射し、ALの包囲を突破すると出口に到達した。
「M4捨てろよ!」
「貧乏性なんだよ!」
拓はM4カービンを背中に背負うと、ホルスターからベレッタを抜いた。
そしてまず8連射して後ろから迫るALを排除する。
その隙に時宗と姜も外に飛び出す。
拓も外に出た。
出た瞬間、冷えた風が吹きぬけた。
<罗湖口岸>を抜けた。ここはもう香港市だ。
本来大勢の人でごった返す巨大な広場と大通りがあるのだが、広場は鉄のフェンスで囲まれ街のほうは見えない。
「くそ! どうすりゃいいんだ! 拓!」
時宗が叫ぶ。優美や啓吾たちも呆然と壁を睨んでいる。
鉄のフェンスはビッシリと並んでいる。これは誰かが作ったものだ。隙間があるようには思えない。
「どうもこうも……壁まで行くぞ! すぐに穴からALが出てくる!!」
奴らはすぐに追ってくる。
拓たちは駆け出した。走るしかない。
その時だった。
壁の一角で、ライトが点等した。
合図だ。
拓たちは構わずそのライトのところに向かうと、向こうでも拓たちを見つけたのだろう。ライトが一筋拓たちに向けられた。
そして、男の声がした。
「Are you Japanese? (お前たち、日本人か?)」
「We are Japanese. Who are you? (日本人だ! そっちは?)」
「Welcome to <Hong Kong>. I'm <Yan>. I've been waiting.(ようこそ<香港>へ。俺が楊だ)
」
そういうと壁の上で丸顔の中年男が顔を出した。この男が楊らしい。
拓はそっと姜に目配せした。英語は拓も時宗も分かるが、相手は本物の中国人で英語の発音もネイティブではないようだ。込み入った会話は中国語か広東語になるかもしれない。中国語が分かるのは姜とレン。こういう交渉は姜のほうが得意だろう。
交渉役が姜に代わった。
「It is us who have signed a contract with you. (アンタたちと契約した者だ)」
「You are your own.We are annoying. (お前たち暴れすぎだ。迷惑かけやがって)」
「hurry up. House us (早く我々を収容しろ!) Must have signed a contract
(契約しただろう!)」
「OK. But only three have signed. Only three people are allowed to enter the country.
(OK。だが契約は三人だ。三人だけ入るのを認める)」
「何だって!? 話が違うぞ」
拓が顔を上げる。最初、深セン市の<香港>組織の人間と交渉したのは拓だ。ちゃんと6人分の手配をした。間違いない。そしてそれは立ち会った時宗と姜はよく知っている。
その時、20体ほどのALが開けたドアの穴を潜りこっち側に現れた。しかし拓たちの銃はほとんど撃ち尽して弾がもうない。
楊はALを見ると、何か呟き一端消えた。
と思うと、壁の一部が開き、消防用のホースが伸びた。そして群がっているALに向けて強烈な放水を浴びせた。これにはALも堪らず、水を食らい次々に破裂していく。どうやら彼らが対AL用に設置しているシステムのようだ。
これでALは引いた。しかし一時的なものだ。
「understood. Sign up for three more. Here are three guns. No bullets, but worth it. (分かった。追加で三人分だ。銃、3丁! 弾はないが価値があるはずだ)」
拓は英語でそういうと、姜が持つAKMと時宗のモスバーグM500、そして自分が背負っているM4カービンを掴んで掲げて見せた。拳銃は手放せない。第一弾のない拳銃に価値は認めてくれないだろう。長物の良品は中々手に入らないはずだ。
「For two. So go home if you are not convinced. (二人分だ。納得できないなら帰りな)」
「足元見やがって」
「This is our land. Access to people other than Hong Kong is severe. (ここは俺たち<香港人>の土地だ。色々厳しいのさ)」
その時だった。
レンが声を上げると、左の袖を捲り上げ、腕を楊のほうに突き出した。
「我原是<香港>。 <国王的宠物女孩>。您有资格返回这片土地。(私は元<香港>人です。<王の愛玩娘>です。ここに帰る資格があります)」
レンは中国語で叫んだ。そして左腕に刻まれたタトゥーを楊に突きつける。
それを見た楊は黙った。
そして、楊の姿が消えた。
だが……すぐに、閉じられていた壁の一角が開く。そこには楊の姿があった。
「好的,日语。每个人都可以去。 (OK日本人。全員通っていいよ)」
そういうと楊は手招きした。
レンが「大丈夫。皆、行ける」と日本語でいう。姜も頷いて同意したので、拓たちは解放された出口に向かって走った。
拓たち全員が中に入ると、鉄の壁は再び閉まった。
壁の向こうでは、小太りで中背の人の良さそうな中年男が笑顔で待っていた。
「楊 伊健?」
「I am <Yan>. Welcome <Hong Kong>. If you have any trouble, please feel free to contact me.
(楊だ。ようこそ<香港>へ。ナニか困った事があれば私が相談に乗りますよ)」
先ほどまで態度と一変、明るい笑みで拓たちを出迎える楊。
全員何か文句を言いたげだったが拓はそれを制し、まず契約である三丁の銃を楊に手渡し、どこか休憩が取れる場所がないか訊ねた。楊は笑みを浮かべ後ろに広がる自然公園を指差した。自然公園内であれば好きに野宿したらいい、という事らしい。それを聞いた優美と啓吾は明らかに落胆した。
「Don't be afraid. Food and blankets will be presented. Of course, instead we ask some requests.(気を落とさないで。食事と毛布はプレゼントしますから。その代わりいくつか私のお願いをきいてもらいますから)」
楊は意味ありげに笑う。
拓たちがその言葉を聞いて身構えたのを見て、楊は手を振り笑った。
「We don't make mean requests. I want to bridge with Japanese. That is my hope. I think you will be successful because you are Japanese.(意地悪な要求はしませんよ。ちょっとお近づきになりたい日本人がいるのです。貴方たちは日本人だからきっとうまくいくでしょう)」
「日本人?」
……香港にいる日本人……。
それが、拓たちが香港に来た理由の一つはそれだが、どうやら何かしら権力を持っているようだ。
しかしそれは誰だろうか?
祐次ではない。しかし第六班や第八班はほとんど若者で形成されたチームで、そこまで影響力のありそうな人物に心当たりがない。別の日本人だろうか? しかし日本人がわざわざ欧州から中国まで冒険してきたのか?
「ま、いいじゃねーの。とりあえず飯食って昼まで寝ようぜ。ハウルしかねーけど」
時宗は笑うとポケットからナイロン袋に包んだ煙草を取り出した。
「キャンプ張ったら焚火で暖まろう。僕は髪洗いたいね。ラーメン食えたら最高なんだけど無理そうだね」
啓吾はぼやきながら荷物を背負った。
「同感。拓! 明日でいいしドラム缶風呂でいいからなんとかして!」
優美も髪の雫を絞りながら歩き出した。
「私も……お風呂、入りたい」
レンが優美に同意する。皆びしょ濡れだ。特に女の子は気持ち悪いのだろう。
「じゃあ皆で一緒に風呂、入るか。なあ姐御。背中流すよ?」
時宗は笑いながら姜の肩叩く。
姜は楽しそうに微笑むと、時宗の手の中にある煙草の箱を奪い取り「死にたいのか? 時宗」と笑顔で脅した。
そして姜は一本煙草を咥えると、煙草の箱を拓に回した。
拓は苦笑しながらそれを受け取り、一本口に咥えた。
「このままだと俺、煙草中毒になるな」
そういいながら、拓は煙草に火をつけた。
なんだかすっかりこの味に慣れてきた。
世界が崩壊して嗜好品は貴重になった。酒や甘いものは貴重だが煙草は意外に手に入る。消費者が圧倒的に少ないからだ。今ではこれはこれで重要なものだ。それにこうして仲間同士で煙草を吸い合うのは、これはこれで楽しく絆を強めるいいツールなのかもしれない。時宗と姜は悪態をつきあっているが、喫煙という共通のアイテムのおかげで大分打ち解けてきたように思える。
「じゃあ、行こう」
そういうと、拓は紫煙を吐き、歩き出した。
こうして、彼らのたびは新天地に移った。
香港での生活だ。
「香港」2 第二章最終話でした。
拓たち一行、香港上陸です。
ということで、第三章は香港編ということになります。
香港にいる日本人は何者か?
無事船を手に入れられるのか?
この土地を支配する<香港>という組織との対立は?
そして上陸で、弾を使い切った拓たち。
拓たちの苦難はまだまだこれからです。
これで第二章が完結です。
今回の拓編は、第三章の予告編的な感じでした。
第三章は、まず外伝短編が入り、その後拓編、エダ編、拓編、エダ編と交互に続きます。
実は旧版で公開していたのはこのあたりまでなので、ここから先は本当に初公開シリーズになります。
本作はかなり長い長編ですが、段々ハードさとSF要素、世界の謎解きなど、色々なテーマが出てきて面白いです。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




