「フォート・レオナード・ウッド」5
「フォート・レオナード・ウッド」5
ついに地下に避難を決めた米軍と司令部。
バーバリー大佐はスコット中佐にある物を託す。
それは、国家機密級の秘密だった。
そして、スコットは知る。
異星人の存在を……。
***
米国 ミズーリ州 フォート・レオナード・ウッド陸軍基地。
ここは米国最大の対AL抵抗軍が存在し、ALに対する対策がいくつも準備されている。
攻撃だけではない。
防衛線を突破された場合の防衛計画や避難計画も存在していた。
午後16時11分。基地司令バーバリー大佐はAL殲滅作戦から全軍避難作戦に主目標を切り替えた。兵士は反撃しつつこの時のため用意された地下シェルターに避難する。
ALはどれほど凶暴で数がいても、その凶暴期の侵攻は48時間で一旦止む。どういうわけかそういう習性がある。だから隠れてやり過ごす事も可能だ。だから、基地には何箇所も核シェルターのような地下避難シェルターが建築されている。
とはいえただ逃げ込めばいいというわけではない。その地下シェルターに1体でもALの侵入を許せば周囲にいるALは皆その地下施設を認識し襲撃してくる。交戦が乱戦状態になっていれば、まず周囲のALを排除してから逃げ込まなければならない。
こうなれば司令部が細かく全体の戦闘指揮をするというより、各部隊がそれぞれの判断で対応しつつ最寄りのシェルターに逃げ込む……それが作戦となる。すでに敷地内には5000を越すALが侵入している。司令部がそれを把握し細かく指示を出す事はできない。第一無線しか連絡方法がなく、司令部もレーダーがろくに使えないためALの侵攻状況を正確に把握するのは困難だ。
幸い、いち早く民間人の避難は終了した。後は軍兵士たちだけだ。
司令部の避難を命じたバーバリー大佐とスコット海軍中佐は、共に自動小銃を手に持ち一個小隊の護衛と共に屋外に出た。避難と決まった以上、一人でも多く避難させ、それを見守り確認するのがリーダーとしての役目だ。
すでに基地本部の周りにも相当数のALが出現している。
スコットの傍には通信兵が付き添い、各部隊の戦況を逐一報告する。参謀役としてその報告を聞きアドバイスを与えるのがスコット海軍中佐の仕事だ。
各部隊、交戦しながら少しずつ最寄の地下シェルターに避難を始めていた。今のところ順調に避難作戦も進んでいるが、避難が進めば進むほど残された地上部隊の戦力は減り残っている部隊の避難は困難になっていく。
バーバリー大佐たちは無線で各戦域の前線部隊の避難完了報告を聞くと、近くでまだ活動している他部隊にそれを報せて次の避難場所を指示、こうして戦線を縮小していく。
基地敷地内にはいくつも地下避難シェルターがあり、まず外側の避難所が埋まる。しかし大規模な地下シェルターは中央の基地本部近くの施設内にあるから、兵の半分以上は本部近くまで戦闘をしながら戻ってこなければならない。
「我が軍の被害はどれほどだ? スコット君」
「10%といったところでしょう。フェンスの囲いを幾重にもしたのが功を奏したようです。それに大佐の避難命令が早かったことがよかったようです」
「避難の状況は」
「半数ほどは無事シェルターに入ったようです」
「それでも100人近く死んだのか」
僅か1時間の戦闘で……。
バーバリー大佐はアフガニスタンやイラクにも赴任した歴戦の軍人だ。彼の記憶では僅か1時間でここまで米軍が被害を受けた戦いは記憶にない。そして被害はこれからさらに増える。兵士たちが避難に成功すれば地上の残存兵力は下がり危険度は増す。
その時だ。西側の一角で、巨大な爆発が起こった。
タイプ4がガソリンタンクを破壊したのだ。軍がそこに発砲し大爆発を起こした。
だがタイプ4は爆発にも炎にも全く動じず、平然と炎の海の中を動いている。いや、タイプ4だけでなくその周囲で飛び跳ねるタイプ1も炎を全く恐れず、ダメージを受けていない。
エイリアンなんてものじゃない。化け物だ。
こんな化け物共を相手に、人類は果たして勝てるのか。
「各部隊に避難命令を徹底させろ。ヤンキー魂もプライドもいらん! ここで死ぬのは犬死だ。英雄になろうとは思うな!」
バーバリー大佐は無線機を掴み怒鳴る。まだ敷地外のALの群れに対して攻撃する勇敢な部隊がいるからだ。だがもうそれは無駄だ。
ALは、まるで蜂の巣を叩き潰した後湧き出てくる蜂の大群だ。
それが一箇所ではなく数十箇所なのだ。それを一々手で払いのけているようなもので限がないし無意味だ。ALの体力も数も無限だ。
「大佐! 我々ももう限界です!」
護衛を務める小隊の指揮官ボーンズ大尉がM4カービンのマガジンを交換しながら叫ぶ。もう周囲はALタイプ1だらけ、持っている武装も半分以下になっている。
「地下では指揮が執れん!」
バーバリー大佐もついに自らM4カービンを掴み、反撃しながら叫ぶ。
「まだ部下が二個中隊奮戦している!」
「大佐! せめて屋内に入りましょう!! 基地の屋上であれば目視で全体が把握できます! ここでは四方から襲われます。群れがやってきたら1分も持ちません!」
「自分も大尉の意見に同意します、大佐」
スコットもボーンズ大尉に同意した。
今はまだ辛うじて防げているが、ALの数は増える一方で、さらに状況は悪化していく。このままでは3分もしないうちに全員弾を撃ち尽くす。そうなれば死ぬだけだ。
バーバリー大佐は不快そうに黙った。
だがすぐに頷いた。
「基地施設屋上で指揮を執る! だが20分だ。20分後、私も避難に向かう。以後各部隊、各上官の判断で避難せよ!」
バーバリー大佐は忌々しげに命令を吐き捨てると、足を基地本部屋上に向けた。
それに続こうとしたスコットに対し、バーバリー大佐は意外な命令を下した。
「スコット君。君は一足先に地下シェルターに避難してもらいたい」
「大佐!」
「君は海軍の人間だ。陸で死ぬことはない。それに、頼みがある」
「頼み?」
「これも運命か……今朝君に話をしただろう? 司令室にある金庫にある極秘ファイルを持って退避してくれ。できれば上級佐官以上の人間以外には見せたくないものだ。あの怪物ALで宿舎が破壊されては失われる。失うわけにはいかん」
「国家機密ですか?」
「もし国家が残っていれば間違いなく国家機密だ」
否応はない。スコットは了解した。
バーバリー大佐はスコットの護衛に二人の兵士を割くと、基地本部に向かって駆けていった。
これが、スコットがバーバリー大佐の姿を見た最後になった。
***
……この期になって、国家機密レベルのものとは何だ……?
司令室に向かって駆けながら、スコットは思った。
バーバリー大佐が必死に隠匿するもの。核爆弾のフットボールか? いや、電子機器も誘導器機も使えぬ今、最新鋭の核爆弾は操作することができない。よしんば爆弾として、使えたとしてそれを撃つ権限はいくらバーバリー大佐でもない。核爆弾の使用権限は大統領にのみ帰されるものだ。それに核爆弾の熱ですらALには決定打にならないばかりか地球と人類の寿命を削る。
自分を生かすための方便か?
いや、大佐も20分で退去すると言っていた。彼は諦めたわけではない。
「海軍中佐殿。ここは上級士官のみ入室が許された場所です。我々は外で待機しております」
司令官室に辿り着いたスコットは、廊下に護衛兵を待たせて一人中に入った。
そして金庫を開いた。暗証コードは大佐の生年月日だ。
そこに入っていたのは、一冊のファイルと、見たことのない掌サイズの金属の小物が一つだ。ファイルはともかく金属の小物は見た事がない。
スコットはファイルを懐に突っ込み、小物を手に握った。金属だと思ったが思ったより軽い。しかしプラスチックではなさそうだ。
そして真ん中に水晶のようなものが埋め込まれ、それが光彩を放っている。
「こんなものが極秘?」
あの真面目な大佐が冗談でこんなことをするはずがない。これは何か意味があるものだ。
しかし何だ? これは?
戦闘を忘れ、スコットをその小物を触る。特にスイッチや何かがあるわけではない。
が、その時だ。
真ん中に嵌められた水晶が強く光った。
そして10秒ほどか……信じられない事が起こった。
声が、聞こえたのだ。
「なっ!?」
周りを見ても誰もいない。そしてこの声はどうやら廊下にいる護衛兵たちには聞こえていない。だが間違いなく誰かが喋りかけている。人の声だった。
……これは……通信機か!?
<トレッカー>が幸いした。そんな馬鹿みたいな話がすんなり頭に浮かんだ。
持っている人間にしか声は聞こえていないようだ。無線などではない。声質は明瞭かつクリアーで、そして冷静だ。だが何を言っているのか全く分らない。英語ではない。それどころか地球のどこの国の言葉とも違う。しかし言葉で間違いない気がする。
何度かスコットは「Hey」と声をかえると、先方も「タイ」と答えた。
録音ではない。リアル通信中だ。
相手はしばらく何か喋っていたが、ふと一度言葉を遮り、言った。
『AL。Help?』
発音が違うが、はっきりとそう言った。
「AL! そうだALだ! YES! AL、Help! YES!」
『YES』
相手はそういうと、通信が途絶えた。そして水晶の光も消えた。
スコットは、この出来事に呼吸を忘れた。
今、自分は、もしかしたら異星人と通信をしたのか?
スコットはその通信機をポケットに入れた。
考えても仕方がない。今は避難することが先決だ。
スコットは廊下に飛び出した。すぐに護衛の兵士が前と後ろに付き三人一丸となって地下シェルターを目指した。もう銃声は上下関係なくそこいら中で聞こえる。
「中佐! この建物のシェルターはもう封鎖したそうです! 隣の宿舎の地下シェルターに向かいます!」
「任せる!」
「裏庭を抜けるとき、ALの群れを横切ります! 我々が引きつけますので中佐は走って下さい! 我々のことは考えず、中佐だけでもシェルターに!!」
「他にルートはないのか!?」
「程度の差はあれ、もうどこもかしこもALだらけです」
三人は裏庭に飛び出した。もうそこはALしか徘徊していなかった。
二人の兵士はM4カービンを乱射して道を作る。そこをスコットは拳銃を握り全速で走った。40ほどのALが5秒ほどで倒されたが、ここにはその10倍のALが徘徊している。
スコットはなんとか隣のビルに辿り着いた。
二人の兵士はまだ裏庭の真ん中にいる。彼らは必死に左右のALを倒しつつ進んでいたが、波のように押し寄せるALを前に、その抵抗は空しかった。どれだけ人が奮迅しても、押し寄せる海の波を遮る事など出来るはずがない。スコットが援護しようとする間もなく、二人の姿は血煙とともにこの世から消滅した。
「くそ!」
スコットは扉を閉めた。その時だ。
空に何か白い光の球を見た。
それは超高速で、この基地に向かって落ちてくる。
「あっ」
その光の球が、地上に激突するまで……スコットは、その軌道を最後まで見ていた。
そしてそれが地上に達した瞬間、巨大な光の爆発が起きた。
白く眩い光。
そう思ったとき、スコットの意識はそこで途絶えた。
「フォート・レオナード・ウッド」5でした。
米軍編外伝のクライマックスです。
なんと! 謎の異星人の存在と謎のファイルの存在です。
バーバリー大佐は異星人と交流があった!?
最後の閃光の正体は!?
米軍はどうなるのか!?
と、色々あって次回です。
そして次回が外伝最終話です。
この米軍vsALの戦いに決着がつきます!
そして驚愕の事実が待っています!
この最後の話こそ、本編に関連する大きな伏線なわけで、この話のための外伝みたいなものです。
これまでは、エイリアンのALが出てきても、どちらかというとパニック系のサバイバルアクション物語でしたが、ようやくこのあたりからSF的要素が出てきます。本作は元々SFです。
この流れは本編もそうで、章が進むにつれて段々SF色が強くなっていきます。
そして色々伏線や謎も出てきますし、その答えも出てきます。
次回、米軍編完結。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




