「NYの希望」
「NYの希望」
ALの襲撃があった日の夜となった。
なんとか撃退したNY共同体。
ベンジャミンとリチャードは、二人……エダと祐次の優秀さと異常さを再認識しあう。
あの二人は、完璧なパートナーだ。
***
10月12日。NY。午後20時41分。
普段使われていないNYヘルス病院に、人が集まっている。
今日のALの襲撃で、負傷者が7人。そのうち2人は重傷だ。
リーダーであるベンジャミンも負傷したと聞き、心配した人間が病院を訪れ、容態を聞きに来たり見舞いにやってきた。しかし彼らが心配したほどベンの怪我は酷くなく、見舞いにきた仲間に対し本人が出てきて笑顔で応対した。
「明日の昼までは自宅で大人しく過ごしてくれ。外出は控えろ」
ベンの変わらない元気そうな笑顔に、皆胸を撫で下ろした。
もっとも……重傷ではないというだけで、軽いわけでもなかった。背中と腕は傷口から脂肪が見えるほど切られた。傷は痛むし微熱もある。そして、ちゃんとした手当てを受けられたのは日が暮れたからだ。
その頃には血も止まっていた。
丁度手の空いたリチャードが「僕で悪いが処置しよう」と言って傷口を縫合した。
背中は18針、腕は12針、腰を6針縫った。そして痛み止めと破傷風と解熱剤の注射を打ち、処置は終わった。感染症対策はしているが、最初の三日はだるいだろう。
「化け物だな。ドクター・クロベは」
「ああ、知っているよ。なんだ、あの若造。あのサムライ、巨大エイリアンをハンドガンで倒したんだぜ? 信じられるか?」
「眉唾だね。見ていないからとても信じられないね」
「見ていた俺も信じられない」
「僕が化け物だといったのは、医者としてだが、ね」
今日こなした手術もそうだが、このベンの傷の応急処置もそうだ。
祐次はベンを放置していたわけではない。
ベイトとジョエインを車に搬送する僅かな時間に、祐次はベンだけは簡単な応急処置をした。止血剤と局部麻酔と感染症予防の注射を打ち、医療用ホッチキスで傷口を簡易縫合した。その間僅か1分ちょっとだ。
「最低限止めただけだ。圧迫して止血しろ。大きな血管は破れていないから押さえていれば血は止まる。血が止まったら感染防止の応急シートを貼れ。手が空いたら後でちゃんと縫合する。優先順位で悪いが、処置は最後のほうだ」
トリアージだ。ベンの傷は命の心配はない。
しかし祐次の手が空くことはなく、結局止血と応急シートはアリシアが行った。そして病院で自警団に指示を出しながら待っていたが、結局祐次は手術室から出てこず、先に手の空いたリチャードが夜になってから処置した。
祐次は現場で大雑把に最低限の縫合しただけと言ったが、傷の止め方は完璧で、傷口は塞がり開いていなかった。ちゃんと縫い直したほうが治りも早く傷跡も綺麗になるが。
「ドクターとお嬢ちゃんはまだベイトの手術中だが大丈夫だ。で、僕は外に出て他の怪我人の処置役になったというわけさ」
「ベイトとジョエインはどうだ?」
「どうやら山は越えそうだ。信じられないがね」
リチャードは苦笑した。
「本当に信じられない。あのドクターは異常だ。技術も発想も」
「…………」
「二人同時手術だ。考えられん。しかも二人共命に関わる大手術だ。はっきり言うが、僕一人なら二人共助けられなかったと思う。精々ジョエインの腕を切って止血をして、助かるかどうか自棄酒を飲みながら天に祈っていただけさ。繋げるなんて論外さ」
「助かるのか?」
「油断は出来ないと思うが、医者は技術者としてやれる限りの事はした。医者がこんなことをいうのはどうかと思うが、助かるだろう。もしこれで助からなければ、そういう運命で医者の技術のせいじゃないよ」
「…………」
「二人、同時だよ?」
リチャードは、もう一度笑った。
祐次は常識では到底信じられない、凄まじい荒療治の手術を行った。
二人の重傷者を、同じ部屋で同時に手術する……という、普通の医者がまず思いつかない提案……というより指示を聞いたリチャードは、最初はその馬鹿馬鹿しい方法を聞いたとき、祐次の正気を疑った。
成程、重篤患者が二人でまともな医者は一人。ならば同時に手術する……至極当たり前の決断に思えるが、それは医療を知らない人間の、いわばジョークのような回答で、まともな人間は本気だとは思わない。
だが祐次は真面目だった。
そして、それしか二人を救う方法はなかった。
祐次は二人を同じ手術室に入れ、二人の手術手順を緊急度の高い順に整理し、執刀に入った。
まず腕を切られたジョエインの止血処置と輸血と傷口の整形。これは祐次が最初に手をつけ、その後処置の指示を受けたリチャードが行う。
その間にベイトの動脈と破損した臓器の修復手術。それが終わり輸血と投薬で容態の安定を確認した後、今度はジョエインの腕の血管と神経の接合手術。そして筋肉と骨の接合手術。ここまでは息つく暇もないほど忙しく難易度が高い。1分のロス、一つ手を間違えば二人とも死ぬ。
この処置が終わると、後の表面の縫合はリチャードに任せ、祐次はベイトの全身にある他の傷と肋骨骨折の処置。レントゲンすら撮らず触診後開胸して整形、という荒業だ。
その後は二人の容態を同時に見ながら輸血と投薬を繰り返し、安定させる。
この凄まじい手術を、祐次は休むことなくほとんど一人で行った。
リチャードも手術に参加したが、祐次の助手でしかない。全て祐次の指示で動いた。処置方法の説明や薬の説明がいらない、ただそれだけの事で、助手を務めたエダと働きはそう変わらない。
むしろリチャードは祐次よりエダの知識と賢さと対応力に感心した。
「クロベの言葉は嘘じゃない。あの娘は機器の取り付けや輸血や静脈注射は自分で出来る。むろんクロベが教えたんだろうが……11歳の女の子だよ? 元々医者だったクロベと違って手術の経験なんかないはずだ。だがあの娘は迷うことなく処置した。クロベも彼女の腕に信頼を置いていた。そこらの大人よりよほど役に立っていたよ」
大手術を二人同時だ。
それを行う執刀医の祐次の能力と忙しさは想像を絶するレベルなのはベンにだって分かる。祐次が緊急手術を遂行できたのは、バックアップしてくれるエダのことを信頼して初めて可能なのだ。
「アリシアの話じゃあ……あの娘はまだ一ヶ月だぜ? 世界の崩壊を知ってから」
「もう10年は一緒にいるみたいだ。それにプロ顔負けの看護師だよ」
「絶賛だな」
「完璧なコンビだよ、あの二人は。ああ、それとあの小さいエイリアン君も優秀な助手だった。医療は何も出来ないが、薬の知識だけはしっかりあったね」
JOLJUも重要な助手だった。
JOLJUは主に薬や道具を取ってくる係だったが、薬学の知識は完璧で、これだけの大手術だから仕事は多かった。その助手を完璧にこなし、祐次との息もバッチリ合っていた。祐次も二人の能力をよく把握し、能力以上の要求は出さない。だから全員の行動を祐次は的確に掌握し、それが完璧といっていい連携になっていた。
とても20代前半の若造の手腕ではない。
「ますます変な若造だ」
11歳の女の子はともかく、エイリアンを相棒にしている日本人というのは他にいないだろう。
「彼らは貴重だよ。このNY共同体にとっても、人類にとってもね」
「そう簡単に兜を脱ぐなよ、リチャード。アンタが医療部の<リーダー>だぜ?」
「いつでも譲るよ、その地位は」
「そうはいかん」
そういうとベンは新しいシャツを羽織った。
「忘れては困る。あの若造は人を探す為にここに寄っただけの旅人だ。探し人がいなきゃあ、ここを出て行く。永遠にここにいてくれるわけではない」
「そうか。そうだったな。だが……そうだな、クロベは仕方がないにしても、エダ君だけでも残ってくれれば全然違うんだがね? あの娘なら、二年で見習い医者くらいにはなるよ」
「11歳の米国人の女の子だ。本当は日本人じゃなくて俺たち米国人が保護すべきなんだ。あの娘ならアリシアは喜んで保護者になるよ。俺がなってもいいくらいだ」
「それみろ。お前たちだってあの娘の魅力に首ったけじゃないか」
が……リチャードは頭を振った。
「しかし本人はクロベについていくさ。そのくらい彼らの関係は完璧だよ」
「だろうな。俺もそう思ったよ、今日」
「エダ君は聡明で純粋で優しいが、優しすぎる。クロベの才能は間違いなく天才の領域だが刺々しすぎる。あの二人はワンセットだから魅力的なんだよ。下手に仲を裂いたりすればどっちの魅力も欠ける。それに、下手に引き裂いて<ロミオとジュリエット>になられても困るだろう?」
「面白い。文学的な例えだ」
二人の仲を引き裂く事で二人共死ぬという事か、それとも二人はその時お互いの存在の間に恋愛感情があることを認識し恋が燃え上がるという意味か。
どちらにせよ、そんな役はやりたくない。
「NYの希望」でした。
今回、キャラとしてはエダも祐次もJOLJUも登場していません。会話の中に出てきただけです。
とりあえず祐次が大手術を同時にやったという事ですが、常識では考えられないです。軽傷の処置ではないので。何より医医者がリチャードしか他にいないわけですし。
なのでエダとJOLJUがかなりサポートしていました。
JOLJUはヨーロッパから祐次の助手をしていますし、元々知力は高いのですが、エダは実は今回はぶっつけ本番です。だからリチャードはむしろ祐次よりエダのほうに吃驚したわけです。
まぁ、祐次がこういう状況を想定して、ここにくるまでずっと医療の基礎やサポート方法を教えていたわけです。
元々医学生で散々こなした祐次とは違うわけですね。
ということで、次回は手術を終えたエダと祐次、ついでにJOLJUの三人の会話シーンです。
これがある意味クライマックス的な話になります。
まだまだ本編は続きます。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




