「破滅の足音 1」
「破滅の足音 1」
夜が明ける。
一見すると何も異常はない。
だが通信はまったく繋がらない。
こうして、破滅はじょじょに少年少女たちに牙を剥き始める……。
***
夜が明けた。
ペンシルバニア州モンゴメリー郡ボワナ湖州立キャンプ場は静寂そのものだ。
ただし二人の大人と21人の子供が倒れている事以外は。
全員、野外で気を失っていた。
最初に意識を取り戻したのはトビィ=レタフォードだった。
トビィは周りを見回し血の気が引いた。死んでいるかと思った。思わず近くで倒れているエダの名を呼び体を揺さぶった。
エダは、目を覚ました。
「トビィ……?」
「無事か?」
「うん、大丈夫。眠っていた……?」
「いや。気を失っていたみたいだ」
「地震のショックで?」
「分からない」
トビィはポケットに入れていたスマートフォンを取り出した。
電源は入るが、やはりネットも電話も使えない。通信系のアプリも全て駄目だ。
「テレビを見てくる。お前は皆を起こしてくれ」
「でも停電してるみたいだよ? 地震でケーブルが切れたのかも。それだとテレビは見れないかも」
「発電機を使う。それで予備電源に切り替えれば電気は使える。管理小屋にいってくる。エダは皆を起こしてくれ」
それだけいうとトビィは歩き出した。
……すごいなぁ、トビィ。やっぱりトビィはしっかりしている……。
この非常事態にすぐに行動できるトビィをエダは頼もしく思った。
トビィはこの町の少年少女の中心的存在でありリーダーだ。ただ腕力がつよいからそのポジションにあるわけではない。
エダはまず一番近くにいるジェシカを起こし、続いて教師のフィリップと女性教師のローラ=セナリーを起こして状況を説明した。その後四人で子供たちを起こして回った。幸い誰も怪我はなく体調を崩した子はいなかった。
「そうか。トビィは発電機を動かしにいったのか。あいつはここのキャンプ場に詳しいからね」
「そうなんですか?」
「10歳の時から参加している常連だよ。去年から参加している僕より詳しいよ。それより何だったんだ? 昨夜の地震は……それに空が光ったアレは?」
その言葉で、エダは地震があったことを思い出した。
「先生、今みんなでログハウスに戻るのは危険かもしれません。余震が来れば倒壊するかも」
「え? なんともなさそうだけど」
「地震は怖いんです。あたしが育った日本は地震大国で、よくテレビで地震の警戒の番組を見たし、学校の防災訓練でも習うんです」
エダは日本育ちで昨年まで日本の学校に通っていた。そこで地震の恐ろしさは何度も学んだ。
最初の地震で倒壊を免れても建物の基盤などにダメージを負っている場合がある。そしてそこに大きな余震が来れば一気に倒壊する。しょっちゅう地震が来て耐震構造基準のある日本と違い米国には防震や耐震の意識は低い。
エダの助言にフィリップは動揺した。確かに一理ある。
だが……フィリップは南の空の向こうを見た。
昨日は清々しいほど見事な晴天だったのに、今日はうっすらと雨雲が浮かんでいる。風の向きから考えてこっちに来そうだ。ここが大人ばかりならば急いでテントを張る事もできそうだが、ここには12歳以下の子供が10人もいる。春のペンシルバニアは肌寒く、雨に打たれれば風邪をひきかねない。
「分かったよ、エダ。まず僕とバーニィーとでログハウスの様子を見てこよう。君たちはセナリー先生と一緒にいてくれ。いいね、エダ」
エダも承諾した。
教師のフィリップと、この中で一番体の大きくしっかりした14歳の黒人生徒バーニィー=クレモントは、男子が宿泊に使っていたログハウスのB棟に入っていった。
5つあるログハウスのなかでB棟が一番大きく、次いで大きいのが女子が宿泊したC棟だ。
確認したところ、家具は倒れたり額が落ちたりしているが、見たところ大丈夫そうだという事だ。エダは知らなかったが、ログハウスは大きな丸太を組んで作る構造上地震には強くできている。
雨雲はあっという間に広がり、今にも一雨降りそうな気配となった。
子供たちは再び男女に別れ、それぞれのログハウスのなかに入っていった。
ログハウスに戻ると、寝室には戻らず全員リビングに集まり、倒壊した家具を戻したり掃除をしたりしてリビングの空間を空ける。
一方、エダはジェシカと共に台所にいた。朝食の用意だ。時計を確認したら、すでに七時を回っていた。
「こういう時エダが来てくれて助かった。エダ、料理得意だもんね」
「得意じゃなくて好きなだけだよ」
エダは苦笑する。確かに料理はエダの趣味で、ただ焼いたり煮たりするだけの米国料理は勿論複雑な日本料理も得意だ。昨日の夜バーベキューで披露した<だし巻き卵>には全員が驚愕した。
停電したせいで冷蔵庫の中の肉や野菜は冷えてなかったが、今日食べる分には問題なさそうだ。電気コンロは使えないが、プロパンガスのコンロは使える。それを確認したエダは、大鍋を用意した。野菜と肉でスープを作る。エダが手際よく調理をしている間にジェシカはフライパンでトーストを焼き、バターを塗っていく。女子8人前の料理は20分ほどで出来上がった。
丁度その時だ。台所の勝手口が開いた。
「お、旨そう。クールじゃん」
「トビィ! どうしたの?」
「アンタ、こっちは<女の園>よ? 何しに来たの?」
「テレビの配線具合を見にきたんだよ。女子には不向きだろ? ガキばかりなんだから」
そういうとトビィは台所に入り、エダとジェシカが止めるより早くスープを掬って口をつけた。「いいね、クールだ! 俺たちのほうはクラッカーだけだもんな」と言い、さらにもう一口啜った。
「クール? スープ、冷えてる?」とエダは首を傾げる。それを見てジェシカは噴きだした。むろんそういう意味で言ったのではない。まだ米国生活に馴染まないエダがスラングが分からないだけだ。
「スープは多めに作ったから男子のほうにも持っていっていいよ。冷えるから温かいもの食べたほうがいいし」
「テレビを設置し終えたらな」しかしトビィの表情は優れなかった。「どうせ駄目だろうけど」
「駄目?」
「B棟のほうは駄目だった。何も映らねー。地震でぶっ壊れたのかもしんねぇーけど」
「こっちのテレビは割れたり落ちたりはしてなかったみたいだけど……」
食事が出来たことの報告を兼ねて、エダがリビングに向かった。
エダが出て行くのを見届けたジェシカは、意味ありげに振り返りトビィを見て笑う。
「テレビは口実で、エダに会いに来たんでしょ? アンタ」
「何いってやがる」
「私の知る限り……今回のキャンプでエダに告白しようっていう不届き者が三人いるんだけど?」
「デービットとマイルズとカイルだろ? 知っているよ」
「告白希望筆頭候補にノミネートされているトビィ=レタフォード君が行動を移さなければ、他の坊やたちも行動に出るかもね~」
トビィがエダに好意を持っている事は皆知っている。知らないのそういう点に関しては初心で晩生で余所者であるエダ本人だけだ。皆トビィの手前ボーイフレンドの地位を遠慮しているだけだ。
「エダはまだ11歳のガキだぜ?」
「別にセックスしろっていうんじゃないわよ。そんなの私が許さないし5年は早いわ。でも……親しいボーイフレンドの地位くらいはキープしとかなきゃ、誰に盗まれるかわかったもんじゃないけど?」
「…………」
「幼馴染として忠告はしたからね。後悔しても知らないから」
そういうとジェシカは笑い、台所を出て行った。
なにせ、エダを今回キャンプに誘ったのは、トビィにその一歩を踏み切らせるため……という目論みがあったからだ。しかしこの作戦は中々上手く進む気配はなかった。
「破滅の足音 1」でした。
ということで、だんだん世界の異常が分かっていきます。
まだ悲劇は起きていません。
ですが悲劇は静かに迫ってきます。
多分、次回についにアレが登場します。こうしてストーリーは一気に破壊的になっていきます。
ということで次の展開を楽しみにしていてください。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




