「新しい生活」2
「新しい生活」2
病院で患者の話を聞く祐次。
他にこの共同体でのルールを聞く。
祐次が思っていたより、この共同体はしっかりとしているようだ。
そしてエダたちも帰宅していた。
***
リチャードを用意していたカルテを祐次に手渡し、現在の病院の状況を説明した。
現在重傷者が2人。負傷者が11人。軽度の体調不良者が9人。慢性的な持病を持つものが11人だ。他に死亡した人間のカルテが28人。
それを受け取り、黙って目を通していく祐次。途中、一度ため息をつき、最後まで見た後黙ってカルテの束を置いた。
「ドクター・リチャード。貴方が医療部門のチーフなんだな?」
「ああ」
「専門は整形外科か皮膚科?」
「驚いた。よく分かったね。美容皮膚科なんだ。元々はね」
米国には美容関係の専門医も多い。勿論医者ではあるが、美容関係に特化している分他の分野は専門ではないだろう。
「外傷の処置は比較的的確だが大きな手術には慣れていない。麻酔を使いすぎるのと抗生物資を多用する傾向がある。皮膚科の医師の特徴だ。処方は間違いじゃないが内科の診断は苦手のようだ。この重傷者の一人は最近だな。高熱が続いて出血は止まっていないのは開腹手術せず投薬で血を止めようとしたためだ。俺が再手術したほうがいいかもしれない。傷が塞がらず血が止まらなければ敗血症を起こす」
探偵顔負けの推理……いや、洞察力と医学知識だ。ただカルテを読んだだけなのに。
他の患者の状況も祐次は的確に診断していく。それを聞いてリチャードは目を丸くした。
外科も内科も診断は的確で、薬学にも詳しい。本当に彼は20代前半の若造か。
「君の選科は何だ?」
「今だと救命かな? 脳外科医兼救命医師だ。基本外科だがなんでもやる」
「脳外科医のER勤務か? だったら言うことなしだぞベン!」
リチャードは嬉々として自分たちのリーダーを見た。
ベンは医学的な話は分からないが、どうやら祐次が優秀な医者だと太鼓判を押しているようだ。
「俺にはよく分からんが、ER勤務だといいのか? リチャード」
「ERは戦場だ。外科も内科も整形外科もなんでも見る。この坊やは何でもできるぞ? しかも脳外科医専行ならエリートだ」
脳外科医は選科の中でもグレードが高い分野で、技術と知識がなければ到底勤まらない。
脳手術ができる外科医であれば、普通の外科処置など難なくこなせる。
「まだ若いだろ? 25歳くらいだよな?」
「ERのインターンからの実戦投入だ。日本や欧州でなんでもやった」
実はまだ23歳でインターンですらなく、それどころか医師国家試験も受かっていないが、それを言うと二人が不安がるのでそこまでは言わない。
「急を要する患者はいないようだ。明日にでも全員診察する。それでいいか?」
「ああ構わん。今夜は君たちの歓迎会だ。今日はゆっくりしたらいい」
「いや、一週間くらいは忙しくなるぞ。ちゃんとした医者がいると知れば、皆やってくるからな。このグッドニュースは皆に話してもいいのだろう?」
リチャードは嬉しそうに声を弾ませる。
どうやらこの中年医者は選科以外得意ではなく、医者としての腕はあまり買われていなかったようだ。
「それは仕方ない。貴方の歳なら専門分野以外やらせるのは酷だ」
そういうと祐次は初めて笑った。
別に見下しているわけではない。医者の本来専門以外はそんなものだ。看護師より劣る場合もある。
「クロベ。ここでの医療は無料だ。患者からは金を取らない。代わりに自治会が報酬を払う。一度の診察で100ドルだ。重篤で大変な治療者の場合300ドル払う。あの小さな君の助手には一回10ドルだ」
「医薬品は自治体持ちだな?」
「勿論だ。大学内に臨時病院を設けてある。発電機があり清潔な水も自由に使っていい。大手術が必要な時はNYヘルス病院を確保してある。どっちも電気は使えるようにしてある。人手が要るときは自治体に相談してくれ。後、ブロンクスやブルックリンにも集落があって出張してもらうかもしれない。その時は無料で車を貸す」
「良かった。何でも金を取られるから冷や冷やした」
必要であれば車も借りられる。ガソリン20L込みで一日20ドルだ。自発的に物資調達に行く場合借りていくことになる。
その話を聞いて比較的近いフィラデルフィアに物資調達の跡がない理由が分かった。金がかかるのであれば冒険はしにくいだろう。ただ探すだけならともかく行けばALとの戦闘は避けられない。ちょっとした群れに当たるだけで100発以上の弾を消費するし、命を落とす危険も大きい。祐次だってここに辿り着くまでに1000発以上弾を消費した。
「俺も時々物資調達には出る。フィラデルフィアはまだ大分残っていた。その時はシボレーで行っていいのか?」
「あれはお前の車だ。好きにしたらいい。だが特別扱いだ、他にはいうな? 北はよく物資調達に行っている。ハートフォードあたりまでだ。たまに遠征部隊を作ってボストンまでいく。ボストンはまだ残っているがエイリアンも多くてな。行くのは精鋭だけだ」
「何でフィラデルフィアやワシントンCDには行かなかったんだ? ハイウェイが伸びているだろ?そっちのほうが近い」
「取り尽くしたら、今後困るだろ? 今は北部を重点的に集めている。ここの生存者も大半は東海岸北部の出身だ。それにワシントンDC周辺は首都で米軍たちの管理地域だ。一応な」
「俺はアナポリスからワシントンDC、フィラデルフィアと通ってきたが軍が取っていった気配はなかった。ま……ALもその分多いし、割がいいとはいえないか。フォート・レオナード・ウッドはもっと西だろ?」
「ミズーリだ。中部になる。場所は分かるか?」
「なんとなくは。米国は大都市以外はそんなに詳しくないんだ。確かにちょっと遠いな」
「今は米国の財産を食いつぶして生きている。食い尽くしたら終わりだ。その話はまたゆっくりしてやる」
そういうとベンは立ち上がった。
「後はリチャードから施設の案内を聞いてくれ。分からない事があれば俺かアリシアに聞け。俺たちのどっちかは大体このコロンビア大学の自治体事務所にいる。後、君は医者だ。突然呼ぶこともあるからトランシーバーを渡しておく」
「ああ」
「ブロンクスやブルックリン、クィーンズは行動自由だ。俗に言うNY市内だ。大都市だ。まだよく探せば物資も残っている。オフィスにチョコレートやプリツツェルやキャンディーが隠されていたりする。ただ……」
「ただ?」
「マンハッタン島南部には、あまり近づくな。特にお嬢ちゃんを連れてはいくな」
マンハッタン島の南は高層ビル群が並ぶNYの中心街だ。物資は意外に大都市の高層ビルの中にもある。保存食や非常食が備蓄してあったり、自販機や倉庫があったりもする。日本人生存者が東京を拠点に選んだ理由の一つは物資の多さだ。大都市は意外に食料が豊富に残っているのだ。
「Banditたちがいる」
「Bandit……山賊? 盗賊団の類か?」
「荒くれ者の集団だ。奴らは俺たちから平気で盗むし、食うためには殺しも厭わない。放浪していて東海岸一帯ぶらついている。マンハッタンの北は俺たちが支配しているからヴェロサノ・ナロー・ブリッジを通ってこのNYにやってくる。一度戦争があって……イースト・ヒューストン・ストリートより南は連中の寝床として認めることになった。一応は休戦中だが安心できない。40人くらいはいる。あの連中は美人に飢えている。10歳だろうが60歳だろうが女を見つけたら犯す。奴らからみりゃあ、あのお嬢ちゃんは極上の仔牛で涎が出るような御馳走だ」
「……そういう輩は日本にも欧州にもいたよ」
触らぬ神に祟りなしあうと言いたいところだが、ク・プリ星人の救難宇宙船が墜落しているのはマンハッタン南部だ。ク・プリ星人にも船にも用がある。危険だが行かざるを得ない。
「忠告はありがたく受け取る。行くときはエダを連れて行かない」
「俺は行くな、と言っているんだが?」
「こっちの都合だ。まさか探し人がBanditにはいないと思うが。心配いらない。医者は殺さないだろう。どんな美女より貴重だ。心配はいらない。必要なら人だって撃てる」
「怖い坊やだ」
……この坊やは、撃ったことがある。
人殺しの顔じゃないが、人が撃てる人間の顔だ。熟練の警官や軍人のような顔をしている。
年齢が若いといって若造扱いはしないほうがいいようだ。
「好きにしろ」
そういうとベンは微笑み、二三、リチャードに何かを言って部屋を出て行った。
「じゃあ、施設の案内をしていいかな? ドクター・クロベ」
「クロベでいい」
「では行こうクロベ。色々ピエールの話でもしながら」
リチャードは祐次の背中を嬉しそうに叩き、心から歓迎する風に笑った。
***
祐次は午後16時過ぎに帰宅した。
戻ると、エダがリビングで調達した物資を整理し、JOLJUが太陽発電機を弄くっていた。
DVDプレーヤーからは、「ZEDD - Spectrum feat. Matthew Koma」が流れていた。
歌っていたのは初音ミクだった。
「初音ミクバージョンが米国に売っていたのか?」
洋楽好きの元バンドマンの祐次は帰ってくるなり苦笑した。
「うん。祐次も分かるからいいかなっと思って。あたしも初音ミクは好きだし」
成程。ミク・バージョンを選ぶあたりエダはなんだかんだいってやはり日本育ちだ。
「洋楽のクラシック・ミュージックのほうが好きなんだがな」
「どっちが米国人か分からないね。DVDのレンタルもあって、<ザ・ウォーキング・デッド>の外伝があったら借りたよ? 後、JOLJUは日本のファンタジー・アニメを借りたの。品揃えはよかったよ?」
「そりゃあ夜も暇しなくて済むな」
「てへへだJO」
「おかえり祐次。遅かったね」
「大学にある病院の説明を受けていたんだ。思ったよりちゃんとした病院になっている。あれなら大丈夫だ」
「そっか。よかった」
「随分色々買ったな」
生活感がある。まるで平和だった時のようだ。エダも楽しそうだ。
「うん。JOLJUと三往復したよ。洗濯は大学内のランドリーコーナーが使えるからそこでやるみたい。タオルとか着替えも買ったし祐次のシャツとかセーターも買ったよ? 黒で、Lサイズでいいんだよね?」
「ああ」
小さいけど立派な主婦だな、と思わず祐次は苦笑した。
「大分見て回ったから、今度祐次も案内するね」
「ああ。……で、JOLJUは何しているんだ?」
「発電機の改良だJO」
トンチンカン! とJOLJUは叩いたり何か調整したりしている。
こいつはこういう機械いじりが得意で大好きだ。
「この太陽発電機だけど、オイラの計算だと一日中天気がよくて大体5時間くらいだJO。シャワーは電化タイプだから、二人がお風呂に入れば夜は2時間くらいしか使えないJO。二人ともお風呂好きだからはいるじゃん」
太陽発電の充電電力はそんなものだろう。だから蝋燭やランタンを頼んだのだが。
「で……お前が改造している?」
「だJO。発電効率上げて蓄電量も増やしてる。これで冷えたコーラ飲みながら夜にアニメが観られるJO」
この太陽発電機の改造はこれが初めてではない。船の電力もJOLJUが改造して生活に支障のないようにした。機械と運転とアニメとゲームと釣りだけは得意な異星人だ。
「お前が百人いれば、地球の文明は維持できるな」
「オイラ宇宙人だけどね。ついでに全宇宙でオイラはオイラだけだけど」
そういうとJOLJUはまた作業に没頭しはじめた。こうなると食事の時間にならない限り止めないだろう。
「歓迎会は夜7時。大学前の公園でバーベキューをやるそうだ。久しぶりに牛のステーキが食えるぞ」
「楽しみだね」
エダはそういうと微笑んだ。
この世界に長い祐次はともかく、覚醒してそう時間が経過していないエダにとっては、そこまで久しぶりでもない。
エダの苦笑を見て、祐次も自分の言葉の食い違いが分かり苦笑した。
……この娘は、俺が思っているより強い子だ。多分……この町なら、俺がいなくても一人で生きてはいける……。
そのためにはこの家の設備と物資を増やしておこう。味方と友達も。
頭の片隅で、祐次はそんなことを少し考えた。
「新しい世界」2 でした。
この崩壊世界で、医者がいかに大切で珍しいか……という話でした。
まぁ……全地球上で77億人が12万人になってしまった事を考えたら、医者が入っている可能性は限りなく低いですね。いてもリチャードみたいに美容皮膚科だと、救命治療は苦手ですし。祐次は免許はないけど救命医というのはほとんど奇跡のような存在です。しかも祐次の医学力は強化されていますし。
で、最後にちょこっとエダとJOLJUが出てきました。
JOLJUの機械いじり大好きなのは性分です。ただ油断すると失敗する奴ですが。
そしてエダはいい主婦ぶりですね。初音ミクが好きというあたりは本当日本育ちなんだという感じです。あまり出てませんか、エダは漫画もアニメもゲームもそこそこに好きだったりします。
そして次回。エダたちの歓迎会です。
ちょっとしばらくはハードな展開ではなくNYの説明みたいな話が続きます。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




