「コンタクト」
「コンタクト」
米国最大の都市NY。
そこで暮らす生存者たち。
エダは、ついに彼らと接触する。
新生活編スタート!
***
NY州NY市 フォートワシントン図書館の屋上。
アリシア=ポーは屋上に上がり、無線機を手にハドソン川の向こうに広がるニュージャージー川を広く眺めた。
そしておもむろに無線機を取った。
「こちらNY共同体の<リーダーズ>。無線の周波数はチャンネル5。聞こえていたら応答してくれる? けして危害は加えない」
そういうとアリシアは無線の電源を入れたまま、しばらく待った。
五分ほどして、もう一度問いかけた。
しかし返事はなかった。
「無駄じゃないのか? アリシア」
後ろにいる大きな体の白人のボブ=コープランドがライフルを左肩から右肩に担ぎなおしながら若い黒人女性アリシア=ポーに言う。
アリシアは少し腕を組み考えた。
「昨夜、確かにニュージャージー側で銃声があった。それも相当激しくね。多分誰かがエイリアンとやりあったはずよ。生きていたら無線くらい持っているはず。多分ね」
「まるで花火パーティーだったぜ? もう死んでるんじゃないのか?」
「かもね」
三度目の無線の問いかけを行った。
無駄かと思ったその時……反応があった。
『聞こえますか? あたしたちはニュージャージーにいる旅人です。無事です』
アリシアとボブは顔を見合わせた。生存者……しかも旅人だという。さらに驚いたことに声の主はかなり若い……多分10代の少女だ。
「アリシア。Banditじゃないのか?」
ボブが訝しげにアリシアに囁く。アリシアは首を傾げた。
「あの連中にティーンの女の子はいないと思うけど?」
今はコンタクトが取ることが仕事だ。
「何か困っているの? お嬢ちゃん。まさか一人じゃないわよね? 何人くらい生き残りはいるの?」
『二人……ええっと、正しくは三人かな? あたしの他、日本人が一人、あと良い異星人の三人です。人を探して旅をしているところなんです。NYに大きな共同体があると聞いて訪れました。避難民じゃありません』
「確かにここには大きな共同体があるけど、誰にここを聞いたの? お嬢ちゃん」
『ドクター・ピエール=ヴァルタン氏からです。ドクター・ヴァルタン氏の紹介状もあります』
アリシアとボブは思わぬ名前が出たことに驚き顔を見合わせる。
ピエール=ヴァルタンは、一年前故郷のパリを目指し、一家を連れヨットで旅立った。あいにく無事着いたという電話も手紙もメールも届いていないので、現在の消息は分からない。が、確かにピエール=ヴァルタンは元NY共同体の一員だ。
ピエール=ヴァルタンの名前は、NY共同体か故郷フランスの人間しか知らないはずだ。
「お嬢ちゃんはアメリカ人だよね?」
『はい。あたしはペンシルバニア出身です。でも、あたしの相棒の日本人は、日本から欧州を経由して半月ほど前ペンシルバニアに着きました。彼はフランスでヴァルタン氏からNYに大きな共同体があって沢山の人が住んでいるって聞いてやってきたという事です。彼は人を探していて、出来ればしばらくの間、滞在を希望しています』
「誰を探しているの?」
『日本人……らしいです。もしかしたら東アジア人なのかも。詳しくはあたしたちも分かっていません。多分日本人……もしくは東洋人で、すごく強い人。あたしは覚醒したばかりだし、彼も北米に来たばかり。NYの共同体にいないとしても色々米国の情報は欲しいんです。大丈夫、きっと彼はあなたたちの役に立ちます』
「どうして?」
『彼は優秀な医者です。ヴァルタン氏も保証しています』
「…………」
医者……と聞いて二人の顔が変わった。
この世界では政治家なんかより医者は貴重だ。何より一年前まで唯一まともな医者……といえたヴァルタン氏が故郷に旅立ってしまった今、NYに万能な医者はいない。ピエール=ヴァルタンは医学博士で知識は豊富だが現役医師ではない。そんな彼でも貴重だった。だが話を聞く限り、少女の相棒の日本人医師は現役で優秀だという。
「お嬢ちゃん。貴方いくつ?」
『11歳です』
想像していたより幼かった。しかしこんな幼女に肝心のコンタクトをさせるのはどうしてか?
答えはすごくシンプルだった。
『彼、英語は日常会話くらいしか喋れなくて……あたしは通訳です。仲間にすごく可愛いエイリアンがいるんですけど、あたしと出会う前はこの子が彼の通訳でした。この会話はちゃんと彼も聞いています。コンタクトがエイリアンの通訳より、まだ米国人のあたしのほうがいいかと思って、あたしが応対しています』
「これまでにない展開だわ」
ここに行き着いた生存者は多い。ほとんどが助けを求めてやってきた。そして一部は略奪者で生意気な恫喝や警告を吐いた。
だがこの11歳の少女を窓口にした三人はこれまでと全く違うようだ。
冷静だし応対も理路整然としているし、物資の要求もなければ生活苦でもない。
それに何より、声が明るく意思が鮮明だ。
本当に11歳だろうか?
アリシアも対応に迷った、その時だ。
『Excuse Me (失礼)』
無線の向こうから若い男の声に変わった。
『My name is Yuji Kurobe. I am a doctor. (俺の名前は黒部 祐次。医者だ)』
英語で祐次が応対に出た。
『I am a Japanese government employee. There is still a government in Japan. Instead, we will provide you with Japanese government information.(俺は日本政府の関係者で、日本には政府が存在している。望むのならば日本政府の話を共有してもいい)』
成程……あまり洗練された英語じゃない。
『Change, OK ?(交代していいか?)』
アリシアは苦笑して頷く。確かにこの英語力では難しい交渉は無理かもしれない。
「で……お嬢ちゃん。要求はあるの?」
『要求なんて偉そうなことはないんですけど、あたしたちは旅を多分続けます。だから車は接収しないで下さい。後、武器も最低限車に残しておきたいです。自動小銃はNY市内では持ちませんが、拳銃だけは護身用として持っておきたい。もちろん対人用ではなく対ALのためです。ALはバリケードをしていても中に入ってきます。もし滞在のための住居を用意してもらえるなら医療行為でお助けしますし、集めた物資の半分を提供します。勿論、滞在中基本的に皆さんのルールや指示に従いますが、いつかは出て行きます』
「お嬢ちゃんも同意している?」
『はい。だって……あたしは祐次の相棒ですから』
アリシアは顔を上げ、腕を組んだ。
窓口は確かに少女だが、声は明るく澱みも動揺もなく緊張もない。恐らくさっき喋ったクロベとかいう青年が予め原稿を用意しているのだろう。
しかしそれにしたって堂々としている。
賢い子だ。
口ぶりからして脅されているわけでも強制されているわけでもない。
……日本政府の職員っていうのは法螺じゃないかも……。
初耳だが、有り得るかもしれない。日本は銃社会ではないから、不敵な強盗も無法者もいないのだろう。政府機関が残っていれば再建し組織化し復興したのかもしれない。そうでなければ地球を半周する冒険が一人でできるはずがない。
敵でないのであれば、受けいけてもいいかもしれない。
元々、生存者のためのNY共同体だ。
「ボブ。ベンを呼んで来て」
ベンジャミン=アレック。彼がNY共同体の自警団であり自治組織<リーダーズ>のリーダーだ。
生存者たちの受け入れは<リーダーズ>が把握してきたし、武装の管理も<リーダーズ>が行っている。ただし、それは生存者たちが共同体の一員になり加護を受ける存在になるからだ。
だがこの日本人医師は違う。合流をしたがっていない。訪問したがっているだけだ。それに武装の権利も主張している。そして日本政府の人間だともいう。信じられないが、まだ国が存在しているのならば米国のルールを押し付けるわけにはいかない。これは救助者ではなく同盟希望者といっていいかもしれない。だとしたら判断を下すのはリーダーのベンだ。
アリシアは無線を取った。
「協議する。少し時間を頂戴」
『はい。あたしたちは30km圏内にいます。いつでも連絡を下さい』
「OK。でも、そんなに心配しないで」
『はい』
「貴方に会えるのを楽しみにしているわ。ええっと……名前を聞いてもいいかしら?」
『エダ=ファーロングです。<エイダ>じゃなくて<エダ>です。エダと呼んで下さい』
無線の向こうでエダが微笑んだ……そんな気がした。
「アリシア=ポー。アリシアでいいわ」
アリシアは無線機を腰のベルトに付けると、駆け出した。
「コンタクト」でした。
ついにエダたちが新しい生存者たちと接触です。
そう、元々<ラマル・トエルム>という名の英雄を探すというのが祐次の旅の目的です。そして今のところエダの目的も同じです。
そして元々祐次とJOLJUはNYの生存者たちを目指していたので、これが予定の訪問です。ですがむろん初上陸です。
何よりエダにとっては、これが世界崩壊後、仲間と祐次以外の生存者と初めて出会う事になります。
エダにとっては完全に未知の領域です。
エダたちのNYでの生活はどうなるのか。
NY編が始まります。




