「道化」2
「道化」2
争いを制した拓たち。だがどうもすんなりここを出て行けそうにない。
拓たちは住人たちの知らないここの秘密を知っていた。
ここには食料が一年分はない。
恐らく冬は越せない。
だが、まだJOLJUが残っていることに拓は気づいた。
***
拓たちがクーデターを起こしたことは、この場に居合わせた住人たちにも分かった。
彼らは素直に従った。彼らが不満だったのは、拓たちが今日にでも出て行く事だ。住人たちは拓たちが新しい主人としてこの<新世界>を切り盛りしてくれるものとばかり思っていた。
しかしこればかりは拓たちも受けるわけにはいかない。
合議制を提案したり、新しいリーダーの選出を提案したが、彼らの希望は最後まで誰か新しいリーダーを残してくれ、という事だった。
「無理だよ。拓」
そう言ったのは啓吾だ。
「やっぱり、そこは根っこの問題だよ。彼らは民主主義を知らないんだから」
啓吾は拓と同い歳の20歳。大学では政治学を専攻している。時宗も同意見だ。
「恋愛と一緒よ。結婚する気がねーなら、ほいほい寝るなって事さ」
「ほいほい女と寝たがるアンタの言葉とは思えないけど?」と皮肉る優美。
「俺は満遍なく全ての女性を愛する覚悟があるからいいのよ」
「あっそ。私はそこに入れないでね」
「勝手に自立するよ」
啓吾はそう言い切った。どうせ責任は持てない。
「そうだな」
身勝手だが……確かにそれしか方法はないかもしれない。
ただ捨て置き出来ない事情が一つあった。
この<新世界>には、食料がないのだ。
ないわけではない。大きな倉庫三つにたっぷり入っている。
だがそれだけだ。もう半径30キロの食料は集めきった。もうまとまった量を見つけることは出来ない。この<新世界>でも米と野菜は生産しているが、備蓄できるほどの生産量はない。恐らく今度の冬、食料を食いつぶす。この結論は、この一週間時間があるとき拓と優美と啓吾の三人で出した計算だ。矢崎が住人たちの施しを一日一食にしていたのはこういう事情もある。彼も知っていたのだろう。
「幸い今は春だ。農業を勧めて備蓄する知恵を授けることは出来るが」
「ストックが足りないよ。せめて二ヶ月か三ヶ月分いる」
日本も食糧難だが、それでも半年分はストックしてあった。
そして少しは住人たちのために何かしなければ、出て行くとき物資を貰いにくい。
拓たちにとってむしろそっちのほうが死活問題だ。
拓たちにとっても半径30キロ圏内には物資はなく、半径40キロに伸ばしてもそれほど見込めない。そして情報では、南と東はそれ以上進むと<香港>という組織の勢力圏内に入る。無用ないざこざを避けるためには、ここで出来る限り補給しておきたい。
中国は広大で探せばまだ物資はあるだろうが、広い分ガソリンは消費するしALと出くわせば危険だ。集めるのは困難……とまでは言わないが、手間だ。
「ああ、そういえばJOLJUがもう帰っていいかって言っていたけど?」
「今回、珍しくあいつ活躍したな」
そういえばJOLJUの滞在時間は最大一時間だ。ぼちぼち一時間経過する。
今は通訳として和気藹々と住民たちと接しているが、あいつ自身何かできるわけではない。
もう戦闘はないし、人間関係のいざこざに役に立つ奴ではない。今回の礼をしたいところだが、米国のほうが生活はいいらしく物資に困っている様子もない。
「だけど……そうだな。一応相談するか」
ということでJOLJUを呼んできた。
そして素直に現状の問題を全部ぶちまけた。
「知らんJO。オイラにどないせいというんだJO」
役に立たない奴だった。
「米国から食料持ってくるとか?」
「200人分二ヶ月なんて米国にだってない落ちてないJO」
そりゃそうだろう。
「この付近にハウルはないのか?」
「ああ、あったね、ハウル。美味しくないけど」
と啓吾は苦笑する。
「拓のスマホにもハウルの転移場所アプリ入れといたけど?」
そういうとJOLJUは自分のスマホでハウルの場所を探す。だが首を横に振った。
「日本と米国と……オーストラリアとヨーロッパにあるだけみたいだJO」
「駄目か」
「ハウル? ハウルって、あのク・プリ星人の非常食?」と優美。
「だJO」
日本で大規模な共同体が維持できた理由のひとつが、この非常食ハウルの存在も大きい。クッキーや乾パンに似た食料で、味はカロリーメイトに似ている。10センチくらいの長さのクッキーバーが三つで1パックになっていてこれが一食分だ。これだけだがカロリーも栄養も高く、一塊で一日分の食事が補える。嵩張らないし一度に数トン単位で手に入り、かつ痛まない。そして地球の食料ではない。
これは元々この地球に漂着したク・プリ星人の非常用食料で、地球のいたるところに散らばった生存ク・プリ星人のためのものだ。
宇宙には飛べないが、まだ稼動しているク・プリ星人の母船があり、ク・プリ星人の生存反応場所に合わせて転送されてくるのだ。備蓄品ではなく原子複製機<フォーファード>で複製するから量はいくらでも手に入る。
それをク・プリ星人やJOLJUがデーターを改竄し、一度に膨大な数を転送するよう書き換えた。これのおかげで日本の食糧問題はかなり改善された。
「お前、データー改竄できたよな? ここにハウルを転送させることは出来る?」
「ここに? ん……出来なくはないと思うけど……ただのハッキングだし。ただ、オイラじゃないと出来ないし、何回もは出来ないし、それやると余所のエリアの配給が止まっちゃうJO。ク・プリ星人の生存者の数は確定してるし」
「一回だけなら出来る?」
「出来るJO。もう何回もデーターいじってるから要領分かってるケド。ただその分余所が一回飯抜きになるJO?」
ハウルはなくなったとき信号を送れば転送で送られてくる仕組みだ。ただし短期間に連続は出来ない。
「なら一回分、ここにしてくれ。抜くのは日本の分でいい」
「いいの?」
「いい。日本は自給自足のサイクルが出来ているし、余所より平和だ。ク・プリ星人も政府が守っているから問題ないと思う」
そういうと拓は振り返った。
「ここは日本人が迷惑をかけた場所だ。日本人が償うのなら筋は通る。一回分なくなったことは、俺たちが日本に帰ったら皆に釈明するから」
「分かったJO。ちょっと時間がもうないからさっさとやるJO!」
そういうとJOLJUは自分のスマホを手に取ると、ピコピコと操作し始めた。スマホと言っているがこいつの物はこれはこれで超文明で、なんでも出来る。腐っても<神>である。
「もう後残り時間5分しかないから、ちょっと大雑把になるけど、とりあえず今ここに転送させてみるJO。で、終わったら帰るJO」
そういうとJOLJUは作業に集中しはじめた。
任せるしかない。
ただ場の雰囲気的に、拓たちがここに留まれるのは後二時間くらいだろう。時間が経てば本当にこの地の支配人にさせられてしまう。出て行けなくなる。
長屋の女性の解放は時宗と姜。交換所の解放は優美と通訳を買って出てくれたレン。自分たちの出発の荷造りは啓吾がやっている。拓はJOLJU担当でここに残っていた。しかしJOLJUが作業を終わるまでやることがない。
「そういえば……」
拓は今更重要な事を思い出した。
「俺のベレッタ……どこだろう?」
矢崎は持っていなかったし兵士も持っていなかった。
こんな世界になって、物に執着はしなくなったが、あれは伊崎から貰ったものだ。
今では数少ない愛着品のひとつだ。ここを出る前には見つけておきたい。
探すくらいの時間はあるだろう。
ふと……。
拓は矢崎の館を見つめ、ポケットからスマホを取り出すと、屋敷の写真を一枚撮った。
多分、もう二度と来ることはないだろう。記念に残しておいてもいい。
少なくとも、ここは矢崎の墓標だ。
「安らかに」
拓は小さく、異国で命を散らした元班長の冥福を祈った。
元々悪人だったわけではない。日本にいた時は、少し偉ぶるがちゃんとした大人だった。
荒んだ世界で、彼は変わらざるを得なかっただけだ。
崩壊しても、日本は社会性が残り、秩序があり、法があり、文明も残っていた。
この中国は、そうではない。
一年の過酷な放浪と、権力と強欲が、彼を変えた。
矢崎を、許す気はないが、心の底から憎む気分には、なれなかった。
写真を撮り終えると、拓は矢崎の部屋に向かって歩き出した。
「道化」2でした。
これで拓ちんルートもクライマックス終了です。
次回はエピローグです。
今回は拓のスマホとJOLJUが大活躍でした。
そして今回の拓ちんルートは、AL世界の恐ろしさというより拓ちん一行の登場キャラ紹介のようなシリーズでした。
ずっとこんなカンジの緩いロードストーリーというわけではありません。
ALの恐ろしさを痛感する話もこれから幾度もあります。
エダぴールードと違う点はレギュラーキャラが多い点ですね。
拓、時宗、姜、レン、優美、啓吾……今のところこれだけですが、拓ちんルートはもう何人か増えます。
エダぴールートは知り合いは増えてもエダの仲間は祐次とJOLJUだけですし。
さて、次回エピローグです。
とはいえその次はエダ編で第二章自体はまだ続きます。
ああ、エダ編と米軍編の後、もう一回だけ短いですが拓編があります。
ということでこれからも「AL」をよろしくお願いします。