「道化」1
「道化」1
人質となったレン。そして絶体絶命の拓たち。
武器が捨てられた。
投降かと思われたとき出てきたのはJOLJU!
そして……「踊るポンポコリン」??
***
レンは無言だ。
矢崎が自分を殺そうとしている。
別にいい。どうせ生きていてもいいことなんかない。
自分はこの男に拾われた。この男が死ねというのなら、死ぬのが運命なのだろう。
だけど……自分の人生はなんて悲惨なのだろう……いいことなど、もうこの世にはない。
ちょっとだけ……寂しいけど。
そう思った、その時だ。
屋敷から白い小さな、いかにも愛らしく面白そうな異星人が、楽しそうな笑顔で歩いて出てきた。
そして、思いもよらない出来事が始まった。
「さぁ~! みなさん、お手を拝借だJO!!」
そういうとJOLJUはスマホを操作した。
大音量で音楽が流れ始めた。
愉快な歌だ。JOLJUは楽しそうに踊っている。
すると、屋敷の中からSKSカービンが外に投げ捨てられた。
「なんでもかんでもみんな~! 踊りを踊っているよぉぉ~!」
「おなべの中からぼわっと! インチキおじさん登場~!」
JOLJUが歌う。
そして拓と時宗、姜も、楽しそうに笑って歌い、踊りながら出てきた。
四人は、JOLJUのスマホから流れる大音量の日本のアニメ『ちびまる子ちゃんの踊るぽんぽこりん』の伴奏に合わせて、楽しそうに歌いながら踊っている。
「いーつだって! わすれなーい!」
「エージソンは、えらい人!」
「そーんなの常識――!!」
「パッパパラリラ! はい皆さんご一緒にだJO!」
「ぴーひゃらぴーひゃら! ぱっぱぱらぱぁー!」
「ぴーひゃらぴーひゃら! おーへそがちらりー!」
「はい皆さんもノリノリ! ごいっしょにだJO!」
拓は楽しそうに阿波踊りを。時宗は楽しそうに盆踊りを。姜もこれまで見せたことのない陽気な笑顔で朝鮮舞踊を、それぞれ好き勝手に踊りながらはしゃいでいる。
そしてJOLJUは一人ハイテンションで「みんなも歌うJO! ほい! ぴーひゃらぴーひゃら!」と中国語で歌いながら取り巻く兵士たちの前で間抜けな踊りを披露している。
ついに兵士たちの間から失笑が漏れた。
だがそんなことは構わない。
四人の馬鹿踊りの狂態は、ここが戦場であることなど忘れたかのように笑いながら歌う。
拓と時宗は「はい合の手!」と手を叩きあい、姜は手を叩きながら近くにいた兵士に微笑みかけながら中国語で歌う。
思いもよらない展開に、矢崎も劉も、レンも目を丸くする。
「はいみなさん盛り上がってきたJO! ぴーひゃらぴーひゃら♪」
「パッパパラパー♪」
「ぴーひゃらぴーひゃら♪」
「パッパパラパー♪」
「パッパ……パラパー……」
住人の何人かが、呟く。
JOLJUがさも楽しそうに「みんなで大合唱だJO~♪」と手を叩きながらチョコマカと住人たちのほうにいき、楽しそうに踊った。
愉快な娯楽など世界が崩壊してから味わっていない。住人たちは、ついに吹き出し笑い出した。
「じゃあ皆さん、ご一緒に♪ ぴーひゃらぴーひゃら!」
「パッパパラパー♪」
「ぴーひゃらぴー♪」
サビが終わる。
その時、三人は動いた。
「おーーなかがへったよぉぉぉーー♪」
その瞬間……三人の表情から笑みが消えた。
これまで媚態交じりの笑みを浮かべていた姜は、歌いながら兵士に飛び掛ると一瞬にして兵士の持っていたAK47を奪った。
そして拓と時宗は、ズボンに押し込み隠していた銃を抜いた。
その動きは踊りではなく、戦闘者のものだ。
「!?」
矢崎が気づいたとき……すでに遅かった。
拓と時宗は踊りながら、気づけば7mの至近距離まで近づいていた。
そして二人同時に撃った。
拓の弾丸は矢崎の肩を貫き、時宗の弾丸は後ろに控えていた劉の胸を射抜いた。
銃声で、ようやく人々はこの異常な狂態が擬態である事を知った。
だがすでに戦場は拓たちが制した。
兵士たちが異常に気づいた瞬間、JOLJUは「ていやー!!」と持っていた手榴弾を兵士たちの後ろに投げた。これが爆発し、兵士たちの気は完全にそっちに向いた。
その隙をつき、拓は矢崎からレンを奪い返し、時宗は近くにいた手下たちを撃ちぬく。そしてAK47を奪い取った姜が、完全に浮き足立った兵士を次々に撃ちとっていく。
住人たちも悲鳴を上げ、騒ぎ出す。
それを門番の兵士4人が銃を向け威嚇する。
その時だ。一台の車が飛び込んできた。
優美と啓吾だ。
門番が驚く。だが優美は全て外から観察していた。事情を全て知っている。
優美は助手席から体を乗り出すと、M4カービンを構え門番の兵士二人を狙撃した。
「拓! 時宗!! 無事っ!?」
「そっちを収容しろ!!」
「了解!!」
優美は頷くと、「Freeze!!」と叫び、空に向けM4カービンを乱射する。
住人たちと、その近くにいた、残りの兵士2人は、完全に黙った。兵士は黙って銃を捨てて投降した。
終わった。
矢崎たちは制圧された。
矢崎は肩を打たれ、さらに拓に銃口を向けられ、動けない。
反撃しようにも愛用のガバメントはどこかに飛んでいって手元にない。
「これで終わりだ。矢崎さん」
「まさか……お前がこんな馬鹿やらかすなんて思わなかった。ふざけやがって」
「いや本当だよ。何で上手くいったんだ? 今でも信じられねぇーぜ」
時宗は倒れた劉に近づくと、劉のベルトに突っ込まれていた愛銃のコルト・パイソンを取り返した。まだ息はあった。弾は貫通したから、生き残るか死ぬかはこの男の体力次第だ。
「滑稽って、意外に武器なんだよ。誰もJOLJUを見て凶悪だと思わないだろ?」
「ひどいJO。いやオイラ無害だけどね」
「拓。本当に戦史であるのだろうな? これは」
姜がAK47を構えながらやってきた。拓は苦笑し頷く。
拓が参考にしたのは『会津彼岸獅子作戦』。戊辰戦争の会津戦争のとき完全包囲された鶴岡城に救援に向かった山川浩がとった奇策で、会津踊りをしながら敵軍の真ん中を堂々と通り入城した。取り囲む新政府軍は、愉快に踊る一団を見て敵軍と分かりつつ攻撃する気になれなかった。他にも捕虜が愉快なキャラのおかげで虐待を免れたり殺されずにすんだという例が第一次世界大戦や第二次世界大戦記録にもある。
最初にJOLJUが出て皆の殺気を抜いた。
後は『踊るポンポコリン』が中国で大ヒットして認知度があるという事。この修羅場にアニメというギャップ。そしてこの殺伐とした<新世界>は娯楽に飢えている……成功する確率はあった。問題は擬態がバレないよう、恥じることなく馬鹿が出来るかという点だったが、全員問題なかった。
兵士たちは13人死んだ。生き残った兵は6人で、4人は負傷者だ。
矢崎の王国は崩壊した。
「このまま黙って出て行くのは無責任か」
そう呟いたときだ。
拓の傍で、銃声が三発鳴った。
驚いて振り向く拓。
そこにいたのは、レンだった。手には矢崎が撃たれたとき落としたコルト・ガバメントが握られていた。そして銃口からは硝煙が昇っていた。
矢崎は胸を三発撃たれ、絶命していた。
「どうして……?」
「矢崎、貴方を殺そうとしたから」
「え?」
拓はもう一度矢崎を見た。矢崎の左手には、時宗が献上したブローニングM1910が握られていた。拓の意識が逸れた隙を見て、矢崎が隠し持っていたブローニングを抜いたのだ。それをレンは見ていた。そして咄嗟に落ちていたガバメントを拾い、撃った。
レンは、半ば放心状態で屍となった矢崎をぼんやりと見つめている。
拓は彼女の手からガバメントを取り、矢崎の遺体の手からブローニングM1910を取り上げると、開いたままになっていた彼の目を掌で閉じた。
その時……それはまるで癇のついた赤子のように……レンは泣きだした。
矢崎を撃った後悔か、失った痛みか、それとも恐怖か……それは分からない。
すると、一連を見ていた姜が面白くなさそうにやってくると、黙ってレンを抱きしめた。姜に抱かれ、レンは彼女の腕の中で声を上げて泣き、泣き崩れた。
「こういう時、男は無力なもんさ。彼女に全責任持てないなら、中途半端はよくねーぜ」
時宗がポンと拓の肩を叩く。
拓は頷くと、二人はそっとその場を離れた。
「道化」1 でした。
まさかの「踊るポンポコリン」です!
人間、シリアスなときに想定外が起きると動けないものです。さらにそれが滑稽劇だと尚更です。
本編で書いたとおり、この作戦はいかにJOLJUがファンシーで、拓たちが本気で馬鹿騒ぎするかが鍵でした。演技だとバレたら終わりですから。
本編にあった会津戦争の話は事実です。山川浩の奇策で、本当に祭り騒ぎでキョトンとさせて包囲網の中を堂々と移動して入城しています。もっとも一部の薩摩将校は気づいたらしいですが、南国のおおらかな気風と山川の胆力に感心して「武士の情けじゃ。いかしてやれ」と笑っていかせたという逸話もついています。まぁ勇気と諧謔好きの薩摩人らしい話ですが、明治になってからの負け惜しみという話も。
脱線しました。
これで拓たちのクーデター終了です。
ということで今回が第二章拓ちんルート、クライマックス!
このあとは出て行くことになりますが、問題が全て片付いたわけではありません。
まだ拓ちんルートがもうしばらく続きます。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




