「米軍開拓地」
「米軍開拓地」
米軍主導の開拓地!
そこは安全と戦力を確立させた町!
その規模に思わず絶句するエダ。
ここは崩壊世界の中で唯一の文明!
***
2月15日 ミズーリ州 フォート・レオナード・ウッド 午前9時09分
「すごいね!」
エダは動き出した町を見て感嘆の吐息を漏らした。
住民たちは共同食堂で朝食を採った後、各々の仕事に向かっていた。大体3000人ほどが一斉に動き出す光景は壮観だ。
活気が全然違う。皆明るく清潔で活き活きとしていた。平和そのものだ。
今、丁度三人で朝食を食べ終え、特製キャンピングカーのリビングで祐次やJOLJUと一緒に食後のコーヒーを飲んでいた。
「皆すごいよね。色んな町を見てきたけど、ここが一番活気があってでっかいJO」
「ベンジャミンが『米国合衆国が唯一残った町』と誇るくらいだしな」
祐次もコーヒーを飲みながら窓の外を見ていた。
「すごい」
エダはまた一言呟き微笑んだ。
三人がミズーリ州中部にある米軍基地フォート・ナオナード・ウッドにやってきたのは、昨日、日が暮れてすぐの頃だった。
フォート・レオナード・ウッド基地。
米国本土にある陸軍基地で、その基地の規模は敷地だけでも300平方キロメートルあり、士官や新兵の訓練施設もある。周囲はマークトゥエイン自然公園とオザーク高原に囲まれ、都市からは離れた大自然の中にあり、町ほどの広さがある。
ミズーリは地域としてはやや東寄りの北米中部でNYやワシントンDCより南に位置するが、北極海から流れる寒気を遮るものがないため緯度の割に冬は寒く、雪がうっすら積もっている。祐次たちがエリスの転送でフォート・レオナード・ウッドの北80kmの地点に送ってもらい、その後自力でフォート・レオナード・ウッドに向かった。
20kmほど進んだとき、米軍の偵察隊と遭遇した。
彼らは祐次たちがやってくることを知っていた。ベンジャミンから話を聞いたスコット大佐がすぐに各方面に指示を出し、偵察部隊を派遣していた。
そして夜、彼らと共にフォート・レオナード・ウッドにやってきた。
最初はゲストハウスの宿舎と食事の提供を提案されたが、祐次たちは特製キャンピングカーに乗ってきたので困っていないし、変に人目につき注目されることは避けたかったので、いくつか伝言を託し、基地の中の一角を借りて宿泊することにした。
「ま、軍の施設に泊まるよりはここのほうが快適だし、軍人に囲まれて生活するのも窮屈だ」
この三人はとにかく目立つ。変に騒がれたくない。
「折角オイラがカスタムしたしね~」
「うん! 凄く快適だよ♪」
家より狭いがリビングと台所が大体6畳。寝室は5畳を二人用に区切っているが十分だ。
それに水洗トイレとシャワー室もあるし、電気と水も使い放題だし食料も豊富で贅沢だ。
いくら町を復興させてもここまでちゃんとした生活が出来ない。その事は祐次とJOLJUはよく知っているし、エダも薄々察している。
生活面でいえばエダは崩壊後、他の生存者たちほど苦労をしたことがない。セントタウンの一件でエダは自分が特別恵まれていることを知った。
そのことを、エダは多少気にしている。この生活は祐次の力で自分は恩恵を与っているだけで自分の力ではない。
「いいんだよ。俺とお前は役目がある」
「?」
「医者とその助手が汚れてボロボロの姿で体調不良だなんて拙いだろ? 患者が不安になるし米軍だって俺たちを信用しない。きっとベンは俺たちの事を大げさに宣伝しているだろうしな」
「うん……」
セントタウン同様、エダは自分までが特別扱いを受けることに多少抵抗がある。その点祐次は旅慣れていて<医者>という特別な立場があり、多少ポーズも必要だ。
自分たちは自活できる独立した存在で、救難者ではない……という事を確立しておかなければ、訪問先の待遇や地位が違う。
別にマウントを取りたいわけではないが、今の祐次の立場では下に見られるのは色々やりづらい。
それどころか、今では異星人たちの宇宙戦争の唯一の当事者で、自分から誇ることはないが地球人にとって重要なVIP……<英雄>になってしまった。<ただの生存者>という待遇では軍上層部や他の大規模共同体上層部と対等の話はできない。
祐次の立場は、エダも分かっている。
それでも多少遠慮があるのは「自分は祐次のオマケで幸運なだけ」という認識がエダにあるからだ。
ただこの認識は完全にエダが間違えている。
もうエダも<地球のVIP>なのだ。
祐次の相棒というだけではない。
ロザミアと接触があり、ロザミア自身が助けるほどの人間。
エリスやリーたちもエダの聡明さを買い、宇宙世界に引き入れている。ゲ・エイルの標的にもなった。そしてこれは本人も気づいていなかったが、一番重要なのはJOLJUが基本的には封じている神の力を使っても守りたい地球人で、さらにJOLJUより階級は下だが現実的に最も強大な存在である<銀河LVの神>である<BJ>の強化を受けた。エリスに言わせればこれだけでも超がつく重要人物で、宇宙規模で対応をとってもおかしくない事案だ。
エリスに関しては、祐次とエダは完全に<地球人>扱いをしていない。未発達文明の原住民ではなく、宇宙世界の対等の相手として接している。この待遇を受けているのは祐次とエダだけだ。
ただその自覚が、まだエダにはない。
「NY共同体もすごいと思ったけど……ここはまた別だね。人類はまだまだすごいんだって気がする」
「NYは<崩壊世界の中生き抜く街>で、ここは<復興を目指す城塞の町>かな? 開拓精神だろう」
日が昇り、フォート・レオナード・ウッドの全貌を見たエダは最初驚きと感動で絶句した。
この巨大な軍基地の敷地の中は、要塞化された<町>が出来上がっていた。
まず本来の基地の敷地のさらに外延部まで巨大なフェンスと塹壕で取り囲み、農場や牧場などが作られている。フェンスは二重三重どころか500mほどの間隔で張り巡らされていてALの侵入を阻む。そして防戦用の堀や塹壕がそこらじゅうに掘られ、各所にコンクリートで作った兵士の待機所兼作戦陣地があり、遠くまで見渡せる櫓が建てられている。
元々巨大な森林を湛えた自然公園のうち、半分以上はALとの戦闘で爆弾を使ったようで吹き飛んでいた。その荒野に手を加え、開墾し、農場や牧場を作った。その中にも戦車や迫撃砲、重機関銃陣地も作られている。この点は開拓地というより要塞だ。
その内側……ここからが本来の基地の敷地だ。
ここもフェンスと塹壕と監視塔、兵士の待機所と戦車、銃砲陣地が張り巡らされているが、倉庫や工場が作られ、間隔を置いてビニールハウスの畑や養豚養鶏施設があり、僅かな土地も無駄にしていない。完全に町にせず所々農地や牧場にして空間を作っているのは対AL戦闘のためだ。完全に町にしてしまうと視界が悪くなり射線が通らず死角が出来る。ALは必ず外側から大挙してやってくるのではなく、これだけ広大な敷地だと時に突然内側にも出現する。一つの塊でも見逃せば住人の被害につながる。だからあえて建物のないエリアも作って視界が地平線まで届くよう配慮して作られている。
これほど規模があれば、物資に頼らなくても自給できる。
そして中心部が住人たちのエリアだ。
元々ある兵士用の宿舎の他、3階建ての木造住宅が何十棟も作られている。窓の数が多いから住人用で崩壊後建築したと思われる。共同の大きな調理施設や入浴施設もあるようだ。そして祐次も驚いたことに、これも崩壊後作ったと思われる太陽光発電パネルやガソリン貯蔵庫や給水タンクが沢山ある。
さらにJOLJUが気付いたが、小型だが自作の火力発電所もあった。黒煙が細々と出ているのでガソリンや天然ガスではなく恐らく生活や工場で出るゴミを燃やしているのだろう。つまりゴミ処理施設と発電施設が一つになっている。そういうエコロジー発電施設自体崩壊前もあったから理論的には可能だ。
そう……このフォート・レオナード・ウッドは完全な自給自立を成立させた町なのだ。
それでいて本来は軍基地で、運営の指揮をしているのは軍人たちだ。
ここまで自力で整えているのは驚きだ。
NYですら、ここまで完璧な自給自足は出来ていない。生活物資の半分は周辺の都市に残されたものを調達することでなんとか成立させているが、ここは完全に自給している。成程、ワシントンDCやペンシルベニア、それに海軍基地があるノーフォークに手を付けていなかったのは、その必要がなかったからだ。NYの調達用と万が一のため敢えて手を付けず貯金という扱いにしているのだろう。
ここならば、大規模侵攻でも耐え抜く力があるかもしれない。
「東京とNYの中間だな。5000人もいて米軍人が多いなら工兵や陣地構築のノウハウはあるだろうし、自給自立の環境づくりの専門家もいたんだろう」
米国の地方都市や地方の町では、そういう自給自足のエコロジー町の開発が盛んだ。ノウハウがある。そこが日本との違いだ。
「東京もこんなにすごいの?」
「俺が知る限り唯一<国>があるのは日本だけだ。インフラはかなり復活していて脅威はALだけだ」
「日本は凄いんだね」
エダは米国人だが日本育ちだ。日本が世界で唯一国として維持できているという事はすごく嬉しい。
一方祐次は冷静に日本の力を判断している。
「運が良かったんだ、日本は。最初の生存者に有名な政治家や優れたリーダーがいて国家運営の知識もあった。それに日本は災害大国だ。大地震や洪水なんか起きた時の災害復興マニュアルも非常用備蓄もあった。何より銃が転がっていないし水も豊富で色んな施設も近くに固まっているし、東京は公園の多く意外に農地も作りやすい。練馬は畑もあるからな。日本人は政府に従順だからな。最初にうまくやればどの国よりも軌道に乗りやすい。後は……そうだな、米と味噌と醤油さえあれば食事も最低限できるからな。米の自給率と備蓄だけはたっぷりあるし、海が近いからとりあえず魚を捕ればいい。米とみそ汁と干魚と漬物があれば文句を言わないからな、日本人は」
「前にもそんな話していたね」
「NY湾は全然魚がつれんけど、東京湾は釣れるから食事も集めやすいJO。川でハゼや鯉や鮒でもいいんだもん。食べられるし」
釣り大好き異星人(神)が感想を吐く。
東京湾や多摩川ならば魚種を問わなければ一日釣りをすれば一日分の食材は手に入った。別にJOLJUでなくてもできる。だから非力な人間でも餓える心配はない。
「だがこの米国でここまでやったのは凄い」
国が違えば自然の恵みも風習も生存者の生き方も違う。
米国は<開拓>と<自主独立>と<自己主張>の強い国民性だ。ベンジャミンも国民性には苦労していた。
ただ、軍人の地位が高く、訓練と指導が徹底しているのは米軍らしさだ。
「<大佐>の肩書は権威になるし大人数を率いる経験もあるだろう。だがそれにしたってこれは凄い。相当政治や統率に長けているんだろう。それでいて<王>にはならず<米国合衆国の復興>を唱えているのだから、高尚で誠実な人物だな。ベンやリーも褒めていた」
生活風習は米国も欧州と変わらないが、欧州のほうが文明は遅れていて貧しい。
祐次の感覚では、欧州は19世紀、米国は20世紀初頭、日本はやや進み20世紀半ばの文明社会を維持している。どこも本来の21世紀の文明には程遠い。
とはいえ、これだけの規模の文明を自力で復興させた手腕と民度は大したものだ。環境的には東京やNYのほうが便利なのだ。このフォート・ナオナード・ウッド米軍基地は大自然の中にあり、既存の文明施設は少なく、一から作らなければならない。
「村上さんや伊崎さんに見せたいな。お互い色々学びあえただろう。ま、地球の裏側だから無理な話だが」
「村上さんと伊崎さんが日本のリーダーなの?」
そういったエダは小首を傾げた。その名前をどこか聞いたことがある気がした。
「村上さんは元々国会議員で政府役職にあったし伊崎さんは元々高学歴で冒険好きの俳優だから、お前も聞いた覚えがあるんだろう」
「そっか」
「それはどうでもいい。俺たちが来たのは町の視察じゃなくて、宇宙人問題の対応だ」
「だね」
「それが終わったら、今度は医者としてドタバタするだろう。朝くらいはのんびりすればいい」
ベンジャミンは宇宙世界を齧った程度だから、情報はそれほど多くは伝えていないだろう。だが優秀な医者とは言ったはずだ。どこだってまともな医者だけはおらず、いると分かれば患者が押し寄せる。祐次は勿論助手のエダやJOLJUも忙しくなる。
そっちに関してはエダも大分慣れた。
「祐次はどこにいっても引っ張りだこの重要人物だね」
「それは運命だと思って諦めている」
英雄になることは望んでいないが、医者としての存在意義は自らの使命だと思っている。
そういうと祐次は残ったコーヒーを飲みほした。
三人の長閑で静かな時間は20分ほどだった。
9時30分丁度、兵士がキャンピングカーにやってきて、軍側の用意ができたので来てもらいたい、と言った。
祐次たちはまず、そっちを片付けなければならない。
こうしてスコット大佐と、ついに面会となる。
「米軍開拓地」でした。
ということでようやくエダと祐次たち登場です。
のんびりと過ごす朝の一幕ですが、町の活気に吃驚です。
NYは祐次の言う通り、<崩壊世界を生き抜く町>という雰囲気が濃いですね。ですがこっちは完全に社会ができています。仕事もありますし、住むところもありますし。
丁度西部開拓時代の開拓村を軍が管理している、という感じです。
これ以上の規模で自治しているのは、日本の東京しかありません。東京は拓編で分かる通り小さいですが政府もあるし、シビリアンコントロールもあるし、仕事も安全もあります。
ただこれは拓編でも祐次も言っていた通り、リーダーが偉かったのと、日本人が災害慣れしていてこの崩壊世界も災害時だと認識して素直に従って順応してくれたことが大きいです。米国はその点自由主義者もいるし銃も転がっているのですぐに独立したがります。その米国でこの規模の町を維持していることはすごいことです。
こうして次回、スコット大佐と対面です。
物語も八章なのですしエダ編は宇宙SF編なので物語はサクサク進みます。
次の事件は思いもかけずすぐそばまで!
これからも「AL」を宜しくお願いします。




