「目的」3
「目的」3
宴会を続ける拓たち。
盛り上がる中、色々矢崎の話を聞く。
そして矢崎の関心は祐次だった。
しかし祐次はここにいない。
何か小さな綻びを、拓は感じた……。
***
矢崎は終始ご機嫌で、大いに食べ、大いに飲んだ。拓や時宗も料理と酒を気持ちよく楽しんだ。
そして当然、拓と時宗はここ数日の出来事……とはいえ先日目覚めたばかりという話をした後、矢崎の状況を聞いた。
「なんでアンタ、この町の<王>になってんだ?」
魚のから揚げをつまみながら、時宗は聞いた。
「一年も中国大陸を彷徨ったんだ。そりゃあ色々あるだろうぜ」
「一年? 随分……飛ばされたんですね」
「気がついたら俺は重慶にいた。それからは中国南部を放浪したぜ」
矢崎が意識を取り戻したのは約一年前の四川省重慶郊外。彼も重傷を負っていたが、<神>を名乗る男によって傷は治された。しかしそれ以上馬鹿な話を聞く気になれず交渉は決裂、放り出された。
だから矢崎は<ラマル・トエルム>の事は知らない。
その後日本を目指して放浪したが、中国は予想以上に無法地帯で生きるのに精一杯だった。やがて広州市や香港に出たが、治安は悪く日本に戻れるような雰囲気ではない。そんなある日山の中に生存者たちの共同体があると聞き、そこに向かった。
そこは傲慢な中国人が<王>を名乗り、共同体を支配していた。だが危険なのは<王>だけだった。
矢崎はその<王>を殺し、その後釜となった。
それがこの町の共同体だ。
凡そ150人ほどの中国人生存者たちが暮らしていて、それを<王>である矢崎が率いている。
主に物資を管理し村人をALから守る。
その代わり矢崎たちはALの攻撃から守り最低限の世話をする。
その代償として矢崎がボスとして君臨している。もう半年になる。
現代的とはいえないが、一応秩序があり、小さな<国>といえなくもない。
ここまで作り上げるのには随分苦労があっただろう。
「随分大変な目にあったんですね」
「ああ。こうして生きているのが奇跡だ」
辛い日々を思い出したのか……矢崎は苦々しそうにビールを煽った。
だがすぐに笑みを浮かべる。
「ま……こうして今は暮らす場所がある。それで十分だ」
「日本には戻らないんですか?」
拓の何気ない問い。一瞬、優美と啓吾が反応した。
矢崎も一瞬沈黙した。そして首を横に振った。
「俺はここの主だ。余所にはいけん。それに簡単に戻れるとも思えないしな」
「俺は、出来れば日本に帰ります」
拓はそういうと空になったグラスを置いた。
「武器と車とガソリン。あとは食料と情報。それが揃えば出て行きます」
「…………」
「そして、米国に行きます」
「本気かよ、拓」
「<ラマル・トエルム>の話はしたでしょ? <BJ>と名乗る神の話も。どこまで本当なのか確かめたいんです」
「一応俺もノミネートしてるぜ」と時宗。
「今のところ二人です。祐次がいれば……あいつはどうするか分からないけど……」
「黒部がひょっこり出てきてくれるといいな。助かる」
そういうと矢崎は卓の上にある白酒に手を伸ばし、自分のグラスに注いだ。
「二ヶ月前に寒波が来た。多分インフルエンザだろう、11人が死んだ。薬はあるにはあったが誰も分かりゃしねぇー、中国人が分かるのは漢方薬だけだ。せめて黒部がいれば半分は死なずに済んだだろう」
「…………」
「レンの左目も治せたかもしれない」
「ああ、さっきの女の子の目ですか? 眼病なんですか?」
「病気じゃない。エイリアンにやられたのさ」
「目を……?」
「黒部がいればな」
「…………」
拓は黙った。矢崎の言葉の中に、僅かだが何か嫌な予感を感じた。
拓が黙ったのを見て、時宗も祐次の事を黙った。
なんとなく会話が途切れた。
それから5分ほどで食事は終わった。料理は全て平らげ酒だけだ。
「今日は……まだ日は高いが、酒も入ったしゆっくりしていけ、拓。部屋を用意させる。風呂も入っていけ」
「ありがとうございます。甘えさせていただきます」
「そう硬くなるな。お前ら、俺の部下だからな。この町じゃあ日本人は特別なんだ。自分の家だと思ってのんびりすればいい」
「感謝します」
拓は頭を下げる。矢崎は笑いながら卓の上の白酒を「飲め」とばかりに押しやった。拓は黙ってそれを受け取る。
が……。
「おい時宗。お前さんは……どうしようか? 第六班だしな、お前」
「俺だけ追い出されんの? 同志じゃなかったの?」
「一応俺もここの<王>としての立場があるからな。この内側の屋敷内には特別な人間しか入れてない。何……形式だけでも何か俺に利益をくれ。それで他の連中への示しになる。そうだ、お前コルト・パイソン持っていたよな? それ呉れよ。変わりに別の拳銃やるから」
「冗談。アレは俺の大事な愛人。俺のアイデンティティーよ?」
「そりゃ困ったな」
「…………」
拓、優美、啓吾の三人の目線が合う。二人の目は何か意味ありげだ。
矢崎は機嫌よく笑っているが、ジョークを言っているわけではなさそうだ。
「矢崎さん。俺たちがいた村に北朝鮮軍が使っていたAKと短機関銃が落ちている。弾は切れているけど軍用銃で使えるはずだ。ALも今は少ないはずだから取りに行けばいい。この情報じゃあ駄目か?」
「お前はそれでいいぜ拓。時宗、お前の分はどうする?」
「何でもいいのかい、矢崎のオッサン」
「ああ、日本人だしな。形式だけだ」
「しゃーねーな」
そういうと時宗は左のブーツの中から小型拳銃を取り出した。年代物のブローニングM1910だった。
これには拓たちも驚いた。まだ銃を隠し持っていたとは思わなかった。
「銃>弾>ガソリン>薬>食料>水……のレートは日本と同じ?」
銃>弾>ガソリン>薬>食料>水……というのは日本の調達班の調達重要度だ。この世界で生きていくために必要な物資の重要度といっていい。
「…………」
「駄目かい?」
「いや……そんなところに隠していたのに吃驚しただけだ。OKだ、時宗。好きなだけここにいろ」
「ありがとう。言葉に甘えさせてもらうよ」
「ここでの生活はシンプルだ。町の連中は一日一食、屋敷の連中は一日二食施す。飯はさすがにこんなご馳走は出ないが腹いっぱい食え。それ以外の時間は自由だ。物資を集めるなり食料作るなりしろ。屋敷の前のテントに交換所があってそこで自分で物資を整えりゃいい。詳しいことは後でレンが説明しにいく」
「…………」
「宿泊はこの屋敷内だ。お前たちは特別タダで泊めてやる。四人で一部屋だがベッドがあるぜ。後、丸腰じゃあどうにもならねーから、30発ずつ弾を与えるよう話はつけておく。これは俺からのプレゼントだ。可愛い部下だからな」
「色々すみません」
拓はもう一度頭を下げた。
もう退室しよう、と三人に目で合図した。それを見て三人も黙って部屋から出る。そして最後に拓が「ご馳走様でした」と言って退室した。
聞きたいことはいくつもあった。
だがとても聞けるような雰囲気ではなかった。
どうやら矢崎は、自分たちの知っている矢崎とは少し変わってしまったような気がした。あまりいい居心地を感じず、何か歯の奥に異物が挟まっているような……何か違和感があったが、それがどうしてかは、分からなかった。
「目的」3でした。
宴会編が終わりです。
次回から新生活編です。
どうやら平和に……という雰囲気ではないような。
どうして祐次が鍵なのか……まぁ医者だからですが、他にも理由があります。拓はその事に気づき沈黙しました。次回説明します。
さて、次回からどうなるのか。
もちろん事件が待っています。それが何かは秘密です。
<AL>も怖いが<人間>も怖い……それが世界の姿です。
ということで今後の展開を楽しみにしていてください。
これからも「AL」をよろしくお願いします。
 




