「目的」1
「目的」1
中国の田舎道を走る拓たち。
目的地は班長である矢崎がいるという町。
車の中でこれまでの事を語り合う。
すると、時宗がとんでもないものを貰っていたことを知り、一同言葉を失う。
***
一台の車が、のんびりと中国の田舎道を走っている。
運転しているのは啓吾。助手席が優美。そして後部座席に拓と時宗が乗っている。
後ろは喫煙席で、拓と時宗は煙草を吸っていた。優美はそれを迷惑そうに見ている。
まずはそれぞれ簡単にここ数日の経過を説明しあった。
拓と時宗は簡単だ。何せ気がついてそう経過していない。話す内容もそうない。
優美と啓吾は、ちょっと違う。
二人が意識を取り戻したのは、12日前。隣接する湖南省の小さな町だった。むろん無人だ。
拓と時宗同様、二人を助けたのは<BJ>だ。
拓たちと違った点は、一人ずつではなく優美たちは二人一緒に<BJ>と対面した。
<BJ>が二人の怪我を治し、銃弾を20発くれた。
そして、勝手な神の討論と英雄<ラマル・トエルム>を見つける旅の提案も受けた。
ただし、拓や時宗と違うのは、二人はその旅を拒否したのだ。
「だってそうでしょ? 英雄か何だか知らないけど、そんなよく分からない人間探しに米国まで行けだなんて、やるわけないし。地球半周あるんですけど?」
「僕たち、生きるのに精一杯だしね」
「…………」
二人の意見はもっともだ。クエストを受け入れた拓と時宗は揃って顔を見合わせる。
成程。二人の弾が拓より少ないのはそれが原因か。
「そんだけ? あの神はそれで納得した?」と時宗。
「『自由にしたらいい。強制はしない』って言って消えちゃった」
「成程。だから最後まで話を聞いた俺は珍しい……ってそういう意味か」
「て事は、お前らはスキルは貰わなかったんだ」
それは初耳だ。
「スキル?」
「俺、言ったんだよ。『そんな身勝手あるか。余所の国はともかく、日本人にそういう事を頼むときは何か特別な力とか、能力とか与えるもんなんだぜ?』ってな。そしたらくれたよ、スキル」
「本当か!?」と驚く拓。
そんな優しい相手だっただろうか、<BJ>は。それに自分たちを滅ぼそうとしている異星の神に対しなんとふてぶてしい……いや、図太い態度だろう。さすがは時宗だ。
時宗は自信満々に胸を張る。
「どうせ米国に行くなら、英雄より金髪グラマーな姉ちゃんとイチャイチャする! それが俺の夢だ! と言ってやった。そしたら……くれた」
「何を?」
「英語」
「……英語……?」
「俺、今じゃあ英語ペラペラよ♪」
三人は顔を見合わせる。そしておもむろに拓は口を開いた。
「How was your English grade in high school? Can you understand English grammar properly?
(お前高校の英語の成績はどうだったんだ? ちゃんと英文法理解できるのか?)」
拓は早口の英語で問う。時宗はニヤリと笑った。
「English grades in high school were not good. I'm good at now and love poetry perfectly.
(高校の時は最低の英語力だ。今じゃあ恋の囁きだって完璧だぜ)」
「本当か?」
「It's as easy as Japanese. I can speak in English only (もう日本語同然だぜ。なんならこれからは英語で喋ってやろうか?)」
「本当だ」と感心する啓吾。
「いや……そんな難しい会話してないよね?」と優美。
「難しい会話じゃないけど、ヒヤリングも発音もあってる」
と拓は感心した。拓は元々歴史か英語の教師志望の大学生で英語力には自信があり外国でも困ったことがない。その拓が聞いても時宗の英語は自然で問題ない。本当のようだ。
「どうせならウインク一つで女の子を惚れさせる力とか、ステータスが強運に全振り……とか、無限に撃てるマグナムとか、もっと主人公らしいスキルくれたら良かったのに。英語だけなんて祐次や拓とかわらん。祐次の奴もペラペラなんだぜ?」
「いや、十分でしょ!? 何、その話! ほとんど漫画じゃん」と優美は騒ぐ。
「エイリアンに侵略された世界ってだけでも異常っていうかぶっ飛んでいるのに、この上<神>だとか<スキル>とか言われたらこっちがおかしくなっちゃうわ。厨二世界爆発ね!」
「どうせならアメコミ・ヒーローにしてくれたら良かったのに。ケチだよ」
「米国に行かせるなら、英語が喋れないと役立たずだから、スキルというより救済処置だろ? 拓は喋れるんだから」
啓吾は冷静に呟く。
「俺は、このスマホか」
拓はそういうとスマホを取り出して見せた。さっき車のバッテリーをチャージするのに電池を使いきり今はシャットダウンしている。
なんとなく分かった。時宗が馬鹿な要求をしたから<BJ>はスマホというアイテムに目をつけたのかもしれない。そこまで地球人に肩入れしてくれるわけではない。
「サービスしてくれたのは、クエスト進行の最低限のサポートってわけだ」
拓はスマホの機能を簡単に説明した。JOLJU転送のことを除いて。JOLJU転送は極秘で、と最初にアプリが警告したのを思い出した。それに時宗はともかく優美と啓吾はあまりJOLJUと親しくはないし、JOLJUが一応<神>の一人だと知れば面倒なことになりそうだ。
それにスマホといいと時宗の英語といい、差し出されたサポートはごく小さなものだ。この破滅世界の北米にいる<ラマル・トエルム>という英雄を見つけろ、という途方もない冒険に比べれば。啓吾の言うとおり、救済処置に近いのかもしれない。
「でもさ。漫画脳の時宗は分かるけど……拓、アンタまで、そんな途方もない冒険を引き受けるなんて思わなかったわ」
優美は時宗のときと違い、優しく尋ねる。
拓は日本人生存者の中でも人望があった。
そこそこに強く優秀で、知識も広く、冷静で、理知的で、人当たりもいい常識人だ。人を惹きつけるようなカリスマはないが、皆が一目置いていたし若者グループの中の中心的な存在だった。そんな拓が、こんな突拍子もない冒険を引き受けたことが、同じ現実主義者の優美には不思議だった。
拓は、上着から煙草を取り出し、煙草を咥え火をつけた。
「賭けたいじゃないか」
「?」
「人類が本当に救われるなら、賭けてみる価値はある……そう思っただけさ。どうせこのまま生き延びたとしても……」そういったとき、拓は軽く咽た。が、気にせずまた煙草をふかした。
「地獄にいるより、希望があるさ」
「…………」
優美は黙る。そして反論もなく、静かに座りなおした。
「ところで……矢崎さんはどこにいるんだ? 二人は何しにこんなところまで来たんだ?」
今向かっているのはここからそう遠くない小さな町だ。地図は読めないから地名は分からないが、後20キロくらいのところらしい。
「物資の調達。食べ物とか……お酒があれば一番良かったんだけど。二人がいた村に酒場があるっていう人がいたから出向いてきたの」
「優美、飲めないだろ?」
「だから私が飲むんじゃなくて矢崎さんが飲むの」
「献上品だよ。物資調達は僕たちの仕事だしね」
「酒はほとんど捨てたからな」
と答える拓。酒場の酒はほとんど水爆弾に変えた。確かな酒は貴重だが命には代えられない。
すると、時宗がフンと笑った。
「しゃーねぇーな。これ、一つ貸しな」
そういうと、後ろのズボンのポケットから一本の酒瓶を取り出した。
それは日本産のウィスキーボトルだった。それを受け取った優美の顔に安堵が浮かぶ。
「助かったわ。手ぶらじゃあ帰るに帰れなかったから」
「食料も少しだけはあるよ」
拓も米や乾麺や菓子の入った布袋を啓吾に手渡した。量は少ないが手ぶらよりはいいだろう。
「ありがたい。これで今夜はゆっくり眠れるよ」
「お礼はキスでいいよ」
「返すわ」
「胸揉ませてくれてもいいけど?」
「返す。死ね、スケベ」
こんなやりとりが、目的地到着まで、しばらく続いた。
「目的」1でした。
時宗クン、ズルしやがりましたw
まぁ……ツッコミがあった通り、米国に行かせるなら英語が喋れないとどうにもならないですしね。救済処置なのか、日本人の図太さか、アニメや漫画の影響か……w まぁ時宗君は得意がおですが、親友の祐次はもっとすごい優遇です。拓は最後だから段々変化したのか……そのあたりは<BJ>しか知りません。
そして今回重要なのは、<BJ>が他の人間にも依頼していること。断った人間もいること。
断っても傷と弾はくれる模様です。
さて、次回から<矢崎の新世界編>になります。
これからが拓ちんルートらしい、アジアらしい世界観です。このあたりはやっぱり北米ルートのエダたちと違う点ですね。
拓たちの事件はこれから始まります。
また、英文と翻訳ですが、直訳ではなく「雰囲気和訳」にしています。日本語で言ったらこういう雰囲気です、ということで、ちゃんとした翻訳ではありません。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




