「NY着陸」
「NY着陸」
ついに着陸。
待ち受けるベンジャミンたちの目に映ったのは、滑空着陸しようとする輸送機。
驚愕するベンジャミン。
祐次の計画は常に無茶苦茶だ!
***
2月2日 NY・JFK国際空港上空 午後3時23分
NYの空の玄関が、大西洋に面したロングアイランド島の端にあるJFK国際空港だ。
世界が健全だった頃は、米国内と国外合わせて一日数百機が飛び交う大型空港でNYに重要拠点だったが、崩壊後この空港を訪れるものはいなかった。
しかしこの日、空港には50人ほどの人間が動き回っていた。
NY共同体の人間たちで、三日かけて滑走路一つの雪を除け、ALを駆除し、凍結防止剤を撒いて1000mほど安全な通路を確保した。他の場所は雪が30cmほど積り、さらに長年放置されたためところどころ道路が割れ、草が顔を出している。
今、雪の除けられた滑走路には、等間隔にドラム缶が置かれ、炎が熾っていた。
ベンジャミンは、分厚い防寒兼防雪用のフード付き作業用オーバーコートのポケットに手を突っ込み、空を見上げている。
嵐……とまではいえないが、風は強く重たい雪が降り続いている。
気温はマイナス4度だ。
ベンジャミンの後ろでは、大きな臨時テントが三つ建てられ、中では30人ばかりの人間が毛布の用意やら炊き出しやらで忙しく働いていた。テントの近くには薪を積み上げた大きな焚火があり、これが暖房代わりだ。空港内には20人がいて受け入れ態勢を整えている。
一人……白衣を着た中年の痩せた男だけは働かず、寒そうに火に当たっていた。
リチャードだ。
万が一のため、唯一の医者である彼も、今日出動している。
「来たかね? クロベたちは?」
リチャードは寒そうに手を擦りながらベンジャミンに問うた。
ベンジャミンは一度マンハッタンの上空を見つめ、舌打ちをする。
「見えん。だがもう来るはずだ」
リーから「着陸態勢に入る」と連絡があって3分。もう輸送機はマンハッタン上空のはずだ。雪空で視界が悪いため見えないのだ。通常の飛行機と違い飛行機のライトは点灯していないし、雪のため音もよく分からない。
「何でこんな悪天候を選ぶんだい、クロベは」とリチャード。
「天気がいいとALに見つかるからだそうだ。確かにこの悪天候じゃあ飛んでいても見えんからな」
「こんなやっつけ対応の滑走路で着陸できるものかね?」
「俺は無理だな」
「飛行機免許を持っていたとは知らなかった」
「ある。軍にもいたからな。得意なほうじゃないが、得意だとしてもこんな天候でやるものか」
「やはりクロベはどこかおかしいな」
「同感だ。しかも成功しやがる。……来たな!」
ベンジャミンは顔を上げた。飛行機独特の空気を切り裂く音が聞こえた。
目を凝らすと、上空200mのところにフラフラと飛ぶ輸送機を見つけた。
それを見てベンジャミンは驚愕した。
「あの馬鹿正気か!? 滑空で着陸する気か!?」
「エンジン音が聞こえんわけだね。成程、それでALには襲われないわけだねぇ。理屈では分かるが、本気でやる奴がいるなんて驚きだよ」
「安心しろ! 俺だってあの馬鹿の行動なんか読めるか! こりゃあ墜落するかもしれん! 全員招集だ!」
飛行機事故が最も危険なのは着陸時だ。地上は最低限の灯だけ、半分凍った地面、視界300mほどしか利かない悪天候。その上エンジン停止状態で着陸を強行するというのだから何が起こるか分からない。
ベンジャミンは控えている消防車と救急車に乗り込むよう命じ、他の人間たちも緊急事態に備えさせた。
すぐに彼らは持ち場につき、降りてくる輸送機を見上げた。
もう全員の目に見えている。
輸送機は、順調に……ではなく、紙飛行機のようにフラフラと接近してくる。その様子を見て、全員が不安のため言葉が出ない。
速度は確実に落ちてきている。もう時速200kmほどだ。普通ならば墜落している速度だが、不思議なことに機体はなんとか水平を保っている。
ついに上空100mを切ったとき、輸送機のエンジン音が起こった。エンジンが稼働を稼働させたのだ。着陸時は減速のための逆噴射や微調整もあり、いくら達人の腕を持っているとしても滑空で停止させるのは無謀すぎる。もうこの距離で、後数十秒だ。ALが反応するより早く着陸するはずだ。
一気に輸送機は下降した。
その時だ。
一瞬……輸送機が……信じられないことだが……上空で完全停止した。
それは一瞬だ。
だがそれで完全に飛行速度はゼロになった。
次の瞬間……これも信じられないことだが……輸送機は、まるでパラシュートをつけているかのように、ふわりと地上に着陸した。
「…………」
ベンジャミンたちが目を見開く中……輸送機は無事滑走路に降り立ち、何事もなかったかのようにスムーズに滑走路を走り、500mほど走って停止した。
「やりやがった!」
見ていたベンジャミンたちも、思わず歓声を上げた。
避難計画は、成功した。
***
輸送機は停止し、エンジンが止まった。
無事地上に着陸した。
機内は喝采と歓声の声で割れんばかりに響いている。
「やったな! 成功だ!」
リーが片頬を吊り上げ笑うと、すぐに輸送室のセントタウンの住人たちのところに行き、無事着陸したことを告げた。
「良かった」
エダは大きなため息をつき、握りしめていた<オルパル>を下した。
まさにその瞬間、<オルパル>から放たれていた光が完全に消えた。
丁度<オルパル>の<AL避け効果>も切れたのだ。
エダは操縦席に座る祐次とJOLJUを見た。
祐次は操縦桿を握ったまま、大きなため息をつき、性も根も尽きたといわんばかりに操縦席にもたれこむ。
「大手術10回連続より疲れた!」
吐き捨てるように日本語で呟く祐次。祐次にとって飛行機を操縦するなど初体験で、体力以上に精神力の消耗が激しかった。
そして、それ以上に疲労したメイン・パイロットを務めたJOLJUは「疲れたJO!」と、ぐでっと祐次の膝の上で寝っ転がった。
しかしこれで終わりではない。
祐次はすぐに懐から無線機を取り出し、スイッチを入れた。
「エリス、クロベだ。無事着陸した。助かった」
『確認した。成功してよかった』
「さっきの無重力は何だ? アンタか?」
一瞬完全上空停止した現象だ。あれは明らかに超科学の何かで、あれのお陰で安全に着陸できた気がする。
ちなみにエリスとの会話は念のため日本語だ。
『あれはJOLJUだ。力じゃない、重力制御装置で使って一瞬全運動エネルギーを対消滅させたんだ。ゲ・エイル船の重力装置を悪用したんだろう、JOLJUが。私は報告を聞いていないが』
「ルール的にいいのか?」
『見なかったことにしておく』
「てへへだJO。ちゃんと<地球に落ちてた部品>で、<ただのオイラ>の計算でやったからモーマンタイだJO~」
『こちらもいくつかデーターが取れた。そうだクロベ、今から私もそちらに合流する。地球人の大きな共同体がどんなものか観察したい。<非認識化>を使うから君たち以外には見えないし、こちらから声はかけない』
「構わん。NYには俺たちの家がある。アンタ一人くらい来ても問題ない」
『ありがとう。20プセト後ほどしたら顔を出す』
わざわざ祐次に断るのは、悪意ある観察ではない、という事を伝えたかったのだろう。エリスたちは完全に姿を見えなくさせる技術もあるが、どんなに高度に姿を消してもJOLJUには見える。秘密でついてきたと思われて、何か勘繰られたくないと思ったのかもしれないし、エリスはエリスなりに敵意はない友好的な存在だと伝えたいからかもしれない。
祐次にとってはどっちでもいい。
「NY着陸」
今回で着陸!
タイトルからわかる通り無事着陸です。
冒頭がベンジャミンたち目線なのは、JOLJUの作戦がいかに無茶苦茶なのか強調するためだったのと、NY共同体は無事活動しているという事の説明です。
JOLJUがやったことわ分かりやすいたとえでいうと……
ブレーキもペダルも使わず、吹雪の中、富士山山頂から麓まで自転車で二人乗りで下山……といえばわかりやすいかも。確かに理屈では出来ますが、まず常識だとコケます。そしてこの場合失敗=同乗者は死、というハード条件です。
もっとも今回JOLJUは地球以上の科学力も色々使ってたり、エリスも万が一のため色々対策はしていました。
実は最後の着陸の不思議パワーは、ゲ・エイルの装置を使った重力制御装置ですが、その作動は重力制御装置ですが、制御と起動はJOLJU個人の力だったりします。まぁ自前の能力の内といえなくもないグレーゾーンです。JOLJUはそもそもテレキネシスで操縦しているので、その感覚からいうと重力制御装置を神の力で作動させることくらいJOLJU本人にとっては問題ですらありません。
これで無事避難計画も達成です!
あれ? 事件が起きていない?
そうです。
第七章の本編は、実は始まってなくて、本当の事件はこれからだったりします。
まったく伏線も予告もなく、この後全員驚愕の事件が発生します!
次回はまだおきません。次々回に発生します。
とりあえず次回は避難作戦完結の報告会。
思わぬ事件はもうじきです!
そしてエダと祐次、二人が話の中心になるのもそれからです。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




