「フライトプラン」
「フライトプラン」
出発前に遡る……
出発の際し、集まるエダ、祐次、JOLJU、そしてリーとエリス。
この作戦の要はJOLJUとエダ。
ギリギリ反則にならない程度にエリスがフォローする……が、成功裡は低い。
そこでエリスが用意したあるモノとは?
***
2月2日 バーモンド州陸軍基地 午前11時14分
ついにセントタウンの住人131人の集団移動実行日となった。
前日までにC130輸送機の準備は済んでいた。旧式だが故障もなく機体の改良も住人たちの搭乗スペースも確保した。だが快適というにはほど遠い。全員乗せるだけが精一杯だった。
今は住人たちの搭乗が始まっている。
祐次とエダとJOLJUは、リー、エリスを交えて飛行プランの最終確認に入っていた。
エダは不安そうに搭乗していく住人たちを見守る。
「大丈夫かな?」
「二時間ちょっとだ。生きた心地はしないだろうが、死ぬよりマシだ」
「相当大変だよ?」
不安は住人たちのほうが深刻だ。
彼らにとっては死と隣り合わせの旅だ。
しかも彼らには生存のためできる事はなく、よく知らない人間に運を天に任せ祈る事しかできない。
祐次も今回は出来ることはほとんどない。JOLJUをサポートするだけだ。
だがこういう時祐次は返って肝が据わるのかJOLJUを信頼しているのか、エダやリーと違って動揺していない。
さっきエダは住人たちが搭乗する貨物エリアを見てきた。
武器や機材やコンテナなどは全て取り除かれ、広く確保された貨物エリアの床に座席代わりのクッションや毛布を敷き、シートベルト代わりにロープが張り巡らされている。住人は隙間無くそこに入りロープを掴んで座る。快適とは程遠いどころか、生きた心地がしないだろう。この真冬に暖房もないし、トイレも簡易のモノしかない。
祐次が下手に気遣いをしないのは、あまり深く干渉して事態を悪化させないためもあるのかもしれない。気遣った所でどうにもできない。
近くに大きな空港はなく旅客機は手に入らなかった。それに旅客機では悪天候に弱いし、しかもほとんどコンピューター制御で、コンピューターが使えない今は旧式の軍輸送機のほうが確実だ。
しかし元々旧式のC130輸送機の乗員上限は96人。そこに130人乗せるのだ。そのため必要のない装備は外して降ろして軽くして寿司詰め状態で乗り込ませる。96人というのは20kgの完全武装した歩兵が乗る前提だから、荷物が無ければそこまで重量オーバーではないし、多少重量軽減の細工をJOLJUがしている。だから入りさえすれば重量の問題はない。そして何より頑丈で馬力がある軍用輸送機で悪天候にも強い。
輸送機の基本準備と整備は数日前に住人たちが済ませ、最終的にJOLJUとリーとエリスの三人が反則にならない程度に改良した。もう飛ばす事ができる。
「ただし燃料は3時間ちょっとだ。予想飛行時間は2時間15分……迂回は出来ないし着陸に挑めるのも二度が限界だ」
リーは正確に計算していた。基地に残っていたジェット燃料全て使ってそれが限界だった。
「関係ない。どうせ離陸も着陸もチャンスは一回しかない」と祐次。
「あたしの<オルパル>……だね」
基本上空飛行中は雲の中でALには気づかれにくく、改良もしているしエリスの工作もある。だが離着陸の時はエリスの船は離れる。JFK空港ではベンジャミンたちが待機しているはずで、エリスとしては祐次とエダ以外の地球人に宇宙船を見せるつもりはない。
そしてALの活動圏内だ。
この時の対処としてエダの<AL避け>である<オルパル>を使用する。これはエダの能力といってよくルール違反ではない。
ただしそれだけでは不十分で、エリスが少しだけ手を貸す。
「私の船で<オルパル>の信号を増幅させて広げる。半径600カセルまで効果が広がる計算だ」
「600カセル?」
「ええっとね……メートル法だと約540mだJO。エリスもリーも祐次たちといるときは地球標準のメートル法を使おうだJO。毎回オイラ翻訳するのメンドイJO」
二人は頷く。
ちなみにこの面子が集まった時の会話は英語ではなく日本語で、住民たちに聞かれても分からないから問題ない。二人ともエノラで強化されていて地球の全言語と単位は完璧に使える。
「時速400kmで4分なら離着陸距離としては十分か」
「祐次は知らんだろうけど、かなり急降下着陸だJO」
「それはお前の問題だ、任せる」
「正確には4分33秒だ。今日の乱層雲は4000mから1万m。<ハビリス>の効果範囲の下限が凡そ6000m。飛行高度の平均は4500m。かなり低い」
普通旅客機などは大体高度1万mより上を飛ぶ。高いほど気圧が低くて飛びやすく、雲により気流の障害も受けないし、空の潮流というべきジェット気流もある。飛行機としてはこっちが楽だ。だがその高さだと<ハビリス>の濃度が濃くなり科学反応が起きる危険がある。反応すれば一瞬で原子崩壊する。それに軍用輸送機の機密性は旅客機ほど快適にはできていない。逆に作戦上低空での活動が想定されて設計されているから強引に低空で飛び続ける事もできる。
それに高度になれば気温はもっと下がる。二時間ちょっとのフライトとはいえ条件は厳しい。完璧な空調があるのは操縦室だけだ。
結局乱層雲の下のほうを、ギリギリのエネルギーを使って低速で飛んでいくしかない。
「私の船が前方140カセル……約100m先を先導する。惑星内移動用の小型上陸船<カフェアワル>で小型戦闘機でもある。全長は20mほどだが、推進エネルギーを拡散させながら飛行するから、多少エアポケットにはなるはずだ」
エリスの宇宙船が雲と乱気流を掻き分け、比較的安定した大気となっているすぐ後ろを輸送機が飛ぶ。JOLJUはやりやすくなる。
「地上からの管制や案内がない。私は勝手にレーザービーコンを発信する。JOLJUはそれを見て付いて来てください」
「助かるJO~」
「<カフェアワル>はALスキャンも地上地図測定も出来ますから」
「随分とサービスしてくれるのだな、エリス」
とリー。
本来異星人ク・プリアンの司令官<デダブ>であるリーことニ・ソンベだ。宇宙世界のルールはよく知っている。エリスの干渉はやや度が過ぎている。
「こちらの事情も多少ある。ちょっと調べたい事もあるし……あまりに低い成功確率で失敗してJOLJUに力を使われると困りますから」
「…………」
そろ~っと顔を背けるJOLJU。
そう、エリスの任務の一つにJOLJUの監視がある。操縦は自前の才能だからいいが、神の力は困る。禁じているというより、ちょっとずつJOLJUの自制の箍が外れてしまうことを危惧しているのだ。エリスの認識だとJOLJUは少しずつ暴走しかけているが、本人に自覚はない。そしてエリスにできるのは実際のところ注意だけで止める権利はない。
実は……エリスはその点、別の視点からJOLJUを観察していた。
……どの段階になればJOLJUは自分の力を使うか……という、多少意地悪で傍観者的な関心がある。
その確認のためにあえて窮地を作ったりはしないが。そんなことをしたら即座にJOLJUに見破られるし、さすがに不敬で軽率だということは分かっている。
エリスは個人としてはJOLJUと交流はなく、JOLJU個人と友情が深いわけではないが、JOLJUが本来何者かということはここにいる誰よりも知っている。
「エリスの協力は有難い。今回の作戦の前提条件だからな」
「気にするなクロベ。何度もいうが、私の事情もある。それに君たちに死なれては困る。ということでこういうものを用意した。君たち3人分だ。他の人間には見せないでくれ」
そういうとエリスは懐から黒色の四角い煙草箱台の箱を取り出し、祐次、エダ、リーに渡した。特にボタンもデザインもない。
リーはすぐに分かった。
「いいのか、エリス」
「何だコレは?」
祐次は分からない。
「使い捨ての緊急転送装置だ。君たちのDNAで登録していて他の人間は適応していない。クロベとエダ君の転送先は先日の雪山の山荘にセットしてある。ニ・ソンベはNYのク・プリたちがいる同一座標にしておいた。ボタンはないが箱の真ん中を5秒押せば転送スイッチが浮かび上がり、それを押せば5秒で転送が始まる。我々の技術で作ったものだからこの惑星全土が効果範囲に入っている」
「つまり……」
エダは言葉を飲んだ。
これは自分たちにだけ与えられた緊急脱出装置だ。これがあれば輸送機が墜落しても、この三人は助かる。
「これは……反則じゃないんですか?」
受け取りながら、エダはエリスを見た。
エダも今回の一件で色々宇宙世界のルールを知ったし、異星人の科学を地球人に対して使うことが禁止されていることはJOLJUやロザミアから聞いて知っている。これは明らかにルール違反ではないだろうか?
リーも少し気になったらしい。確認するような目でエリスを見る。
このサイズの携帯用の惑星内転送装置は、ク・プリの科学でも無理だ。
エリスも笑顔で……というわけではなく、気難しそうな表情を浮かべつつ、頷いた。
「<ただの地球人>に対してならこんな事はしない。だが君たち二人はJOLJUと交流があり、私が認めた<宇宙世界に入門した地球人>で特別だ。君たちだけは<宇宙ルール>を適用しても問題ではない。その代わり私が求める協力には応じてもらえるものだと認識している。ああ、ニ・ソンベは元々ク・プリで<宇宙世界>側だから彼も問題ない。ク・プリの生存者も少なく、ク・プリから情報を得る事もある。<デダブ>である彼を死なせるのは私の立場としてもまずい。だから君たち三人だけは死なない保険で渡す」
「有難いが、成程……他のテラリアンには知られるとまずいな」とリー。
「ただ最終手段だな。俺たちが転送で消えた瞬間、乗客は全員死亡確定だ」
「…………」
祐次は納得したが、エダはまだ納得できない様子だった。
無理もない。
祐次が特別な人間なのは分かる。エダは祐次こそが人類にとっての希望で英雄だと思っている。祐次はこれからも多くの人間を救う特別な人間だ。だが自分はそんな特別な事はない、ただの少女だ……と思う。
祐次はエダの表情を見て、その心の中を的確に読み取った。
「お前は特別だよ。このセントタウンの人間にとっても、NY共同体にとっても……俺にとっても……お前は人類の希望だ」
「…………」
「ロザミアと接触できているのも、今の所お前だけだしな」
祐次もリーもエリスも、この世界で最も重要で鍵となるAL側のパラリアンで指導者であるロザミアと接触できていない。これはエダだけなのだ。その事実だけでもエダは特別扱いを受ける資格がある。
エダも、ようやく納得した。気持ちはまだ後ろめたさがあるが。
「ところで……その非常用転送機、オイラの分はないの?」
足元にいたJOLJUがそろ~と挙手する。そういえばこいつの分はない。
しかしこの点エリスは冷めている。
「貴方に必要ですか? 転送機が。自力でできるでしょう? そのくらいの力を自分のためだけに使うのは構いませんよ」
「出来るんだ、JOLJU」とエダが感心する。
「転送というよりテレポートかしらん? まぁ……出来るけど。使っていいならいいや」
ちょこっとでも神の力を出せばこの宇宙で出来ない事などない超生命体だ。
「どうせ墜落しようが爆発しようが死なないだろうが」
「そういう話もあるJO」
進化しすぎて死ぬ方法がなくなった超生命体がJOLJUだ。
「だからって手を抜くなよ」
「だーいじょうぶだJO!」
エッヘンと胸を張るJOLJU。
しかし初歩的なことを時々ポカをするJOLJUの性格をよく知る祐次とエリスは不安を覚えないわけではないが、本人がそういうのならこれ以上言っても仕方がない。念を押したってJOLJUの性格が慎重になるわけではない。
これで準備は全て終わった。
「後はやるだけだ」
「うん」
「これが本当の<神頼み>だな」
ジョークとも捨て台詞ともとれる言葉を祐次は吐き捨てる。
こうしてセントタウン住民避難作戦は始まった。
「フライトプラン」でした。
今回は出発前の作戦会議。
フライトプランが今回判明!
結構無茶しています。
ALにできるだけ見つからないための高度。
しかしそこには積乱雲。
それ以上の高さだと<ハビリス>が反応して爆発。
歴戦の艦長のリーとエリスですら「自分にやれというなら無理」という作戦。
ここはJOLJUの腕に頼るしかないですが、JOLJUはそもそも神で不可能なことはないので、できるかできないかだけの議論だと大体のことは「できるんじゃない、多分」と無責任に答えるので、実はこいつの証言はアテになりません。……祐次とエリスだけはそれを知っています。
今回祐次は特に出番はないので、ほぼJOLJUの保護者です。
さて! こうして実行されたフライト作戦!
実はいろんな人間に影響を与えることになる事件の始まり……だったりします。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




