「天使」2
「天使」2
拓も篤志も甦った!
ついに姜の手術も山場を越えた!
そして祐次とエダのリモートのタイムリミット。
祐次は拓に重要な伝言を伝えた。
そこにはレンの死も……
***
「見つけました! 祐次さん!」
『状況を言え。血管の損傷具合と出血具合だ。血は溢れてくるか? 脈打つように出ているか?』
「いえ! 滲み出ています」
『良かった、なら助かる。すぐ抜けるようなら軽く刺さっているか、動脈を掠めて埋まっているだけだ。動脈の血管は結構頑丈なんだ。まず抜き取れ。その後血管の心臓側……血管下部を鉗子で掴んで血を止めて接着液で傷を塞げ! それで終わりだ! よく血を拭き取って閉胸しろ。下手くそだがJOLJUが慣れているからあいつにやらせろ。そのほうが早い。篤志はそれまで頑張れ』
「はい!」
『煩くはないか?』
そう、歌はまだ続いている。
篤志はいつもの彼らしい爽やかな笑みを零した。
「音楽家です。歌があるほうが気は紛れます!」
『それでこそ篤志だ』
さっそく篤志は処置に入った。
と……。
『拓』
「どうした祐次?」
『そろそろこっちが限界のようだ。こっちもエネルギー問題があってモニターを使うのに時間制限があってな。後5分も喋れない。この船も完全に直ったわけではないんだ』
「そうだな。お前にはお前の事情があるもんな。すまない、今回は無理を言って。でも助かった」
『今言った指示でもう問題ない。医療用ホッチキスの使い方はJOLJUが知っているし、その馬鹿はまだ20分はそっちにいれる。終わったらもう車で運べる。酸素ボンペと輸血は練馬まで続けてくれ。到着後も輸血と生理食塩水の点滴は継続、彼女は入院させて前島さんに再検査、場合によっては再手術だが、山は超えたから前島さんならなんとかする。手術経過のメモはちゃんと前島さんに渡せば大丈夫だ』
「ああ、分かった。ありがとう」
『細胞再生装置は10分以内にJOLJUの所に転送させるよう手を打った。拓……』
そういうと祐次は会話を英語に切り替えた。
周りに聞かせたくないのか、やや早口だ。
『That tool is no longer needed by you guys No explanation needed, right? (その機械はもう使う必要はない。意味は分かるな?)
「…………」
拓は目を見開き、ゆっくりと時宗とレンを見た。
そして時宗の様子を見て、レンの死を知った。
拓は僅かに俯き、歯を食いしばった。
祐次は最初に傷を見て<トリアージ黒>と判断した。ただ圧迫しただけで血が止まらない事も知っていて、時間的にもう全て終わった事を知っていた。
「…………」
祐次が慌てなかったのは、レンの余命が10分以内だと見切っていたからだ。
だが細胞再生機の手配を続けさせたのには理由がある。
『拓』
「……ああ……」
まだ姜の手術中で、皆が集中している。
今レンの死を知れば、この勢いがどうなるか分からない。皆の心を挫けさせたくはない。
拓は強く唇を噛んだ。全身が震えた。
耐えた。
祐次がわざわざ言ったのは、拓ならば耐えて乗り越えられると思ったからだ。そして拓だけには伝える事がまだあるからだ。
聞かなければならない。
拓は虚勢の笑みを浮かべ頷いた。
「それで?」
『You can use the tool only once. You can use it for women. However, you can leave it and keep it. (そいつを使えるのは一回だけだ。その女に使ってもいいが、残して持っていてもいい)
It is a one-time-use all-purpose treatment device. (そいつは一回限定だがどんな怪我も治せる万能治療器だ)」
「……成程……」
『If you have used it, return the device to <Ku-puri>. If you don't use it, don't show it to other earthlings and bring it to the US. (使ったらク・プリ星人に返却してくれ。絶対に他の地球人には渡すな。使わなかったら米国まで持ってきてくれ)』
「分かった」
『俺用のものはまだこっちある。だから気にせず壊していい』
そういえばJOLJUも「反則、ルール違反」だと言っていた。どうやらク・プリ星人の科学機器で、本来地球人が知ってはいけないもののようだ。祐次はレ・ギレタル他色々ク・プリ星人と関係を持っているようだし、地球人には考えられないような宇宙世界側に行った特別な人間だ。考えてみればそもそも今祐次とエダは宇宙船で作業している。
本来地球人が知ってはまずいレベルのもの。
それでも祐次が渡すのは、拓たちには医者が基本いない事。拓の旅はまだこれから続く事を知っているからだ。今回は物凄く都合よく祐次たちも宇宙船にいて、かつ拓たちの状況も知っていて、予め用意していたから対応できただけで、普通はこんなに都合よくはいかない。祐次にも予定があるし拓たちも東京を旅立てばその後の予定は未知数だ。
今度同じ事が起きたとき。その時のための保険だ。
今後旅立てば、最悪祐次と出会うまで医者がいる保証はない。
「約束する。行くよ。いつになるかは分からないけど。前にもいったけど台風シーズン前には出発する予定だ」
秘密会話は終わり、日本語に戻った。
『待っている。前にもビデオで言ったが西海岸に使いも頼みたい。アラスカやカナダは人が少なく小さな村がある程度だ。冬が寒くて燃料がないから南に避難してきている。シアトルとサンフランシスコにそこそこ大きい共同体があって、そこは軍人がリーダーとして統率しているらしい。共同体との接触前に一度JOLJUを召還してくれ。フォート・レオナード・ウッドから紹介状は貰っておくから』
「フォート・レオナード・ウッド?」
『米国中部にある米軍基地で約6500人の全米最大の組織だ。ここは元米軍がまだ米国合衆国の体裁を保って活動して軍人も兵士も多い。食料だけでなくガソリンや弾薬も生産している。米軍の大佐が指導者で、今でも米国憲法を順守して生存をしている。俺がいるNY共同体やフロリダ・コミュニティーとも連携しているし、他の小さな共同体も保護下にしている。シアトルとサンフランシスコもフォート・レオナード・ウッドの指揮権を認めている。日本みたいに政府組織はないが事実上米国を代表して統治しているのがフォート・レオナード・ウッドだな。ただ西海岸とは完璧な連携が取れていない。ミズーリから西海岸は遠いからな』
「お前は行かないのか?」
『忙しいんだよ、俺も。別のことで。それに俺は基本NYだ。大陸横断に旅なんて気軽にはできない。最悪、このフォート・レオナード・ウッドを到着地点で目指してくれ。そうすれば俺と合流できる』
「他には?」
『今度JOLJUを呼ぶときは新米と味噌と醤油と日本酒と梅干と糠漬けをたっぷりくれ。ああ、前回のうなぎは旨かった。うなぎとアジかサバの干物が食いたい』
「ホームシックかお前」
思わず拓は噴き出して笑う。
要求レベルが海外留学生と同じだ。逆にいえばそれ以外の必要なものは手に入り困っていない。
「エダちゃんも、ありがとう」
『はい、ナカムラさん。待っていますね!』
もうエダも歌ってはいない。しかし歌は日本人たちの間では続いていて、今は別の応援歌が歌われていた。
「拓でいいよ」
『はい。待っています、拓さん』
エダは無邪気に微笑んだ。それを見て拓も微笑んだ。
「天使」2でした。
前回が山場の山場でしたので、今回は解決編みたいなものです。
そして、次なる拓の旅のミッション編のようなもので、北米西部の情報です。
そう、祐次はほぼ全米で活動していますが、西海岸には行けていません。
以前ちょこっと言いましたが、山脈と砂漠があってかなり大変だからです。他にも理由はあるのですがそれはエダ編のほうで語られます。
レンの死を拓も知りました。
祐次はそもそも傷を見たときに手遅れだと知っています。祐次本人がいてエダとJOLJUが完全バックアップしたとしても生存率は20%。むろん祐次本人はここにはいませんから助かりません。万能治療器は祐次の賭けでしたが、こっちも元々祐次用に改良したのはリーやエリスではなく30世紀の科学者のJOLJU。ベースは出来ているとはいえ専門ではないリーでは時間がかかることも知っていたので、祐次は最初からレンはあきらめています。いわなかったのは姜の手術のために拓たちを絶望させないためです。
ちなみにこの話、実は他に裏もあります。
が、それはエダ編で逆クロスオーバーでいずれ語られます。(エダ編からだと今回の事件は半年後)
さて、祐次とエダの登場もこれで終わりです。
次回はまとめですね。JOLJUはまだいるので。
そして衝撃のエピローグがあります。
第六章も残り少し!
しかし本編はまだ中盤!
これからも「AL」をよろしくお願いします。
 




