「医者」3
「医者」3
心が折れた篤志、そして拓たち。
祐次は語りだす、未熟だが生意気なある男の話を。
それは、過去の祐次。最初の手術。
そして<希望>が舞い降りた!
***
『まず落ち着け』
「……無理です……!」
『落ち着くまで……ある男の話をしよう』
突然祐次は少し顔を上げた。
そして、落ち着いた口調で語り始めた。
『そいつは自称<医者>だった。本物の医者じゃない。医学生でまだ医師国家試験を合格していない、医師の卵ですらない、実際に患者を一人も診たこともない医者志望の若造だ。医者なんて医師国家試験に合格しても役立たずで、それから3年はインターンで現場を経験する。それでようやく医者のヒヨコで、それでもまだ一人ではろくに患者は診れない。本来ならな。だがこの男は生意気でな。自分はもう一人前に医療行為が出来ると豪語して、医者に成りすました。やってくる患者は風邪やちょっとした怪我で、看護師でも出来る程度の患者ばかりだ。やっていけると思った。傲慢で馬鹿だったのさ』
拓たちは顔を見合わせる。
言わなくても分かる。この男とは、祐次本人の事だ。
『ある日鍍金が剥がれる時が来た。ALに襲われた重傷の患者が二人運ばれてきた。酷いほうの患者は前島さんが対応し、自然もう一人の対応をその生意気な若造がすることになった。他に医者はいないから、その若造がやるしかない。日頃偉そうに一人前の口を利いていたツケが回った。やるしかなかった』
「…………」
『傷は致命傷ではなかったが、背中と大腸損傷の大怪我で、放置して感染症を起こせば死ぬかもしれない怪我だ。人生初めての手術を、いきなり一人でやる事になった時……若造は初めて震えて、自分は医者ではないと自覚して逃げ出そうとも考えた』
「…………」
『そんな若造を見て、患者の男は笑っていった。「落ち着いてやってくれドクター。君ならできるよ」と。出来るか馬鹿野郎、と俺は悪態をつきながら……何度も深呼吸して、勘で麻酔を打って、大腸と傷を縫った。多分麻酔は足りていなかった、患者は痛かっただろう。だけど痛いという代わりに笑いながら鼻歌を歌った。鈍い俺はその男……伊崎さんの気遣いなんか気づくゆとりなんかなくて……一言も喋らず無我夢中で傷を縫った。無茶苦茶に包帯を巻き終えたとき破傷風の注射を思い出して打つくらいの藪医者だ』
「…………」
篤志……拓たちも、祐次の独白を黙って聞いた。
初めて聞いた話だ。
それを聞いていた伊崎が苦笑した。そういえばそんなこともあったか。
前回の大侵攻の事だ。
あの時は負傷者も多く出て、多くの人間が死んだ。そして祐次はまだ医者というよりは戦闘員側だった。思えば祐次が一人で独断で患者を切り盛りするようになったのはこの頃からだ。
確かに、この後祐次は前島が口出しする必要がないほど医者として頼もしくなった。別に神から才能の飛躍を受けなくても、祐次は十分通用する医者だった。
ただの人は、経験を得るだけ。
だが、天才はちょっとしたきっかけで覚醒する。
世界一の天才外科医が、その時生まれた。
『それが俺の最初の手術だ。誰でも最初はこんなもんだ。その後……何人も手術したし診察もした。ドイツで帝王切開で出産させたときお前もいただろう? 実は出産はあれが初めてだ。ミスしたら二人死ぬ上に住民全員から恨みを買う損な役回りだ。だが命を助ける行為に保身なんて関係ない。自信なんかいつもない。だけどメスを持った以上、患者にとって俺は医者だ。医者が弱音を吐いたら、患者は絶対助からない。助けたいなら、できないと思うんじゃない、無茶苦茶でもやるんだ。そして患者が助かった後、人々の笑顔を見て、ゆっくり一杯酒を飲む。その酒が旨いから、俺は今でも人を助けて歩いている』
「……祐次さん……」
『患者が死んだら、それは運命だ。医者にとっては忘れられないし、俺も死なせてしまった患者は山ほどいる。その全員を、俺は忘れない。一生忘れないだろう。だがそれが怖くてメスが握れないようになることは、死なせてしまった人間の死を無駄にする事だ。その死の責任から逃げた事になる。彼らは何のため死んだのか……運命かもしれない。だが俺を鍛え、次の患者は必ず助けろ……そう言っていると思った。その医者としての運命から逃げ出す事だけは俺には出来ない。ならば前に進むしかない』
「祐次」
これが祐次の強さだ……と拓は思った。
才能も勇気も度胸も化け物のような奴だ。だがまだ23歳(一年分誤差があり実際は24歳)の若造だ。
祐次はけして失敗しない完璧な男ではない。それでもけして諦めない。そして一度犯した過ちを二度と繰り返さない。意志が誰よりも強い。
こうして祐次は世界一の救命医師になったのだ。
『これが俺の一年半前だ。俺はもうどんな患者にも怯えない。ただ最初は俺だって怖かった。最初に一歩踏み出す、そこから始まったんだ。篤志、お前にもできる』
「…………」
『馬鹿な若造が、偉そうに説教できる立場じゃないがな。少なくともお前は俺より馬鹿じゃない』
「…………」
その時だった。
ホログラムに、一人の少女の姿が映し出された。
「…………」
その場にいた全員が、顔を上げた。
そこには<天使>がいた。
希望が出現した。
「医者」3でした。
祐次の過去、告白回!!
そう、祐次が一人で手術をしたのは世界が崩壊してからです。
元々医学生で、まだ医師国家試験を合格していないので、患者は診れません。
崩壊後は関係ありませんが、日本には正規の医者の前島がいます。普通は医学生だろうが許さないのですが、そこは祐次は生意気で「できる」と言い切ってやりはじめて……という話です。
当然金メッキなのでいつか剥げる日がきたわけですが
祐次の場合、剥げた下地が実は本物の黄金! さらにプラチナに進化! みたいな感じです。
珍しく祐次が仲間を励ましている!
そう、祐次は仲間には優しい男です。
そして!!
ついにきた!!
ラスト、ついに真打降臨!!
主人公にして正ヒロイン、エダ登場!!
拓編、完全ジャック!
……今回はまだエダとは書いていませんが、説明するまでもないですね(笑
ということで次回、ついに拓編に登場したエダの存在感爆発する話!
こここそがクライマックスの頂点!
これからも「AL」をよろしくお願いします。




