「神の御前」
プロローグ3
意識を取り戻した祐次。そこは日本ではなかった。
そして<神>を名乗る男……<BJ>と出会う。
この男が語る。この世界の謎の一片。
そして試される人類。
英雄<ラマル・トエルム>という存在。
祐次とJOLJUの旅が、今始まる。
***
目を覚ました。
驚くほど近くで波が砂を洗う音が聞こえた。
雲ひとつない空と、碧い海……そして肌理が細かくサラリとした砂浜。
自分の体を撫でて確認する。どうやらどこも怪我はしていないらしい。体は砂塗れでシャツは乾いていた。どれだけここで寝ていたのか検討もつかない。
黒部 祐次は立ち上がり、体についた砂を叩きながら振り返った。
無数の朽ちたテント。その奥に広がるレンガ造りのゴシック建築の町並み。
むろん人の気配はなく半ば崩壊している。
日本ではなかった。
それどころかアジアでもなさそうだ。海の色が全然違うし空気も違う。
「どこだ、ここは?」
「目が覚めたようだね」
男の声に、祐次はゆっくり振り返る。日本語だ。
いつのまにいたのか……いや、初めからいて気付かなかったのか……30mほど離れたところに、白いワイシャツに白いズボンという格好の、50半ばと思われる男が椅子に座り静かにコーヒーらしきものを飲んでいた。
確かに男であった。だが祐次は直感的に男の正体を悟った。
……こいつは人間じゃない……と。
「こっちにきたまえ。少し話そう」
「…………」
祐次は警戒しながら一歩歩く。その時何かが足に当たった。軽く足元を払うと、弾を撃ちつくした愛銃……DE44があった。それを拾いホルスターにしまうと、男のところに歩いていく。途中、もう一つ奇妙かつ見知ったものが逆さまになって砂の中に埋まっているのが見えた。JOLJUだ。寝ているようで小さな声で「JO~」と唸っている声が聞こえる。
祐次はJOLJUを無視し、男の手前まできた。
男は静かに周りを見渡す。
「ここはリミニだ。イタリアのエミリア・ロマーニャ州にある観光都市だ。分かるかね?」
「初めてくる場所だ」
「君は飛ばされたのだ。日本から、ここまでね」
「…………」
本当か? と祐次は周囲を見渡す。
確かに街並みはイタリアぽい。だが日本から約1万kmほど離れているではないか。いくらク・プリアン星人のUFOがあったとしてもこんな遠距離に飛ばされることがあるのか? それにあの船が破壊されたのであれは周囲に墜落跡があってもよさそうなものだ。だがそういったものは何もない。
「何が起きた?」
「ク・プリアンの宇宙船は<ハビリス>によって破壊された。<ハビリス>というのは今現在地球を覆っている特殊なエネルギー時空連続帯だ。で、爆発と同時に私が君たちを助けた。もっとも場所と時間を跳躍してしまったわけだが」
「時間を跳躍した?」
「君とJOLJUは、およそ一年ほど過去に飛んでいる。ここはあの爆発の一年前のイタリアだ。時空連続帯に巻き込まれたらそういう事になる。普通は原子崩壊して消滅するのだがね」
そういうと男はコーヒーを小さな卓に置いた。
「私は<BJ>だ。イニシャルというわけではない。地球人ではないのでね。地球の発音だとそう呼ぶのが近い発音だから、そう呼んでくれたらいい」
「アンタ何者だ? 地球人じゃないなら何だ?」
「君たちの言葉でいう<神>だ。勿論地球の神ではない」
冗談を言っているようには見えない。それに人とは思えない威厳と神韻とした独特の雰囲気を伴っている。本当かもしれない。だがその神が一体何の用があるのか? 今更神が出てきても驚かない。 命を助けるだけなら名乗る必要はないはずだ。
祐次の理解に、<BJ>は満足そうに頷く。
「ちょっと話をしよう。今、この世界には神と名乗るに足りる存在が4人いる。むろん皆、地球の神ではないから地球人にとっての神ではないし味方である者ではない。宇宙世界で<神>と名乗れる存在だというほうが近いだろう。私もその一人だ」
「4人」
「ああ4人だ。地球の神はそこに参加はしていない、全て無関係な神だよ。そこで地球人たちにとって甚だ身勝手な議論があった。人類を滅ぼすかどうかという話だ」
「…………」
「二人の神は滅ぼすといい、一人は駄目だという。私の意見は現在中立で答えが出ていない。そこで、私なりに考えて、地球人を試すことにした」
「身勝手な話だな」
何様だ、と思った。この連中は神とはいえ地球とは無縁の存在だ。地球の神がそう決断するならともかく、そんなことを決定する権利があるのか?
そんな祐次の意中の言葉は<BJ>は全て理解している。
「だから私は君たちを助けてみた。私の提案にのるかね?」
「拒否する権利はあるのか?」
「むろん拒否できる」
祐次は少し考えて……拒否せず無言で頷いた。
「何をさせたい?」
「簡単な事だ。我々の事情を全て知る地球人が一人いる。ク・プリアンやゲ・エイルたちが<ラマル・トエルム>と呼んで恐れている英雄といっていい男だ。彼を見つけたまえ。地球人は彼の事を<黒衣のサムライ>と呼んでいる。この男は宇宙世界もALにも精通した男だ。彼と共に、人類の叡智と可能性を私に示して欲しい」
初めて聞く名だ。だがサムライという事は日本人なのか? 日本人の生存者でそんな人間がいただろうか?
いや、いない。少なくとも日本にはいなかった。
「北米にいると聞いている。彼の下に君たちが辿り着けるかどうか……それも私からの試練だと思ってくれたらいい」
「何故俺なんだ?」
「理由は二つだ。一つは、君には戦闘と医学の才能がある。何より強い意志がある。この世界で生き抜いていく力があると判断した。もっとも今のままでは到底ALとは渡り合えないがね。だから渡り合えるようになるための手助けを用意する」
「もう一つは何だ?」
「そこに埋もれているJOLJUと仲が良いからだ」
思わぬ名前に初めて祐次は驚きJOLJUを見た。まだJOLJUは埋まったままだ。
<BJ>は、初めて片頬を緩ませ笑った。
「色々問題のある奴だし特に何かできる奴ではないが、ああみえても宇宙規模ではアレも分類上は<神>でね」
「まさか……人類に味方した神って、JOLJUか!?」
「博愛主義の平和馬鹿だからね、そいつは。戦闘の役には立たないが色々他の宇宙も見知った宇宙旅行者の神だ。宇宙世界では有名人だよ。ク・プリやゲ・エイルもよく知っている。何かの補助にはなるだろう」
その時だ。JOLJUが目覚めたようで、「JOJO~!?」と声を上げながら足がドタバタと動き始めた。それを見た<BJ>はこれまでの神々しい態度と打って変わって人間らしい苦笑を零した。
「煩いのが目を覚ました。どうもこいつと会うと騒がしくてね。用を早く済ませよう」
そういうと<BJ>はポケットのなかから小さな小瓶を取り出した。
中には一口分の緑色の液体が入っている。
「これは<エノラ>だ。地球人用に私が造った物で、その人間の才能を一気に開花される。おそらく君の場合戦闘力と医学の知識と能力が開花するだろう。まあ、本来ある才能を一足飛びに覚醒させるだけだから超人にするわけではないが、成長途中の君を一流の人間にする事にはなるだろう」
<BJ>は小瓶を祐次に手渡した。祐次が受け取ると、踵を返し背を向け歩き出した。
「飲むかどうかは君の判断で決めたらいい。私が地球人に差し出す手はここまでだ。これ以上は他の二人の神がルール違反だと騒ぎそうだからね。こうして会うのもこれが最後になるだろう」
「…………」
「見せてもらおう。人間の可能性と叡智をね。そして困難な敵と運命に打ち勝ってみせたまえ。<ラマル・トエルム>と共に」
「…………」
<BJ>は最後に笑ったようだった。次の瞬間、その姿は忽然と消えた。飛んだのでもテレポートしたのでもなく、初めからそこにいなかったかのように自然と消えた。だがテーブルに残された飲みかけのコーヒーが、<神>と名乗る男が存在していた事実を物語っていた。
祐次はしばらく<BJ>の消えた跡を見つめていたが、変化はない。
やがて目覚めたJOLJUが本格的に煩くもがきだしたので、溜息をつくと地上に出ている足を掴んで思いきり持ち上げた。大量の砂を撒き散らしながらJOLJUの間抜け顔が現れた。
このヘンテコな一応神らしい生命体は、神らしい威厳など微塵もみせず砂から脱出できたことに心底安心した。みると手には何かがたっぷり入った大きな布袋を握っていた。
「なんだそれは?」
「祐次が作って来いって言ってた44マグナムだJO~。はぁ~、死ぬかと思ったJO。死なないけど。……ところでここはどこだJO?」
布袋の中は44マグナムがフル装填されたマガジンが20個160発入っていた。
……旅の出発の最低限装備か……。
どこまでも用意がいい事だ。これも神とやらの仕業か。ともかく銃が使える事は有り難い。ALは欧州にも大量にいるだろう。
祐次はJOLJUから布袋を受け取り中身を確認する。
中には弾の他に一つ、思いもかけないものが入っていた。スマートフォンだ。電源は入る。メーカーは分からない。通話もインターネットも使えない。
「なんだこれ?」
「スマホだJO」
「見たら分かる。使えん携帯電話なんか持っていてどうする?」
「ちょっと改造してアプリだけ使えるようにしたんだJO」
「何に使う?」
「天気予報とカメラと地図とALレーダーと万能無線と音楽とアニメが入ってるンだJO! あ、あと釣りのポイントのアプリも! オイラ、オリジナルのスマホだJO!」
「衛星は一つ残らず破壊されてないのに天気予報が分かるのか?」
「周辺くらいは分かるJO。オイラのオリジナルだからモーマンタイだJO」
もうそれはスマートフォンではないのではないか?
しかし無線と地図は使えるし、ALレーダーということはALがいるかどうか調べられるのだろう。これだけでも十分有益だ。あの異星人のサ・ジリニですらALを探知する機械は作れなかった。成程、こういうところは一応JOLJUが<神>にカウントされる所以なのかもしれない。
「とりあえず武器と食い物だな。それからだ」
「だJO! オイラもオナカぺこぺこだし」
祐次はさっそくJOLJUに警察署の場所を尋ねる。知らない場所に来たらまず警察署に行くのが鉄則だ。警察署には生存者が情報を残している事があるし武器や無線、非常用食料の補充ができる。車も手に入るかもしれない。
歩きながら、祐次は<BJ>との事をJOLJUに話した。
むろんJOLJUは<BJ>を知っていた。だが<ラマル・トエルム>については知らなかった。
<エノラ>についても知っていた。
地球の言葉で一番近いものは<生体ナノマシン>になるらしい。宇宙を旅したり探検や調査をする者にとってはごく当たり前に使用されるもので、主に他惑星での順応に使われるナノマシンだそうだ。高い精度のものを使えば、その惑星の言語など全部データー化した後体内に取り入れれば、それで言語は習得できる。サ・ジリニが流暢な日本語を使えたのは、JOLJU曰く<エノラ>を使っていたからだそうだ。ワクチン的な使い方からそういうツールとしても使う事が出来る。ただしそのテクノロジーは非常に高度で、地球人に適合する<エノラ>はまだどの異星人も作れていないらしい。むろん<神>は別だ。
「ただ<BJ>が地球人用に作ったんなら超人薬かも。ま、失敗はしてないと思うJO」
「<BJ>って何者だ?」
「宇宙レベル3の超生命体だJO。宇宙レベル5からが一般的に<神>扱いになるから、神といえば神だJO。あいつ、ああみえて結構めんどくさがりだしわがままだけど。うーん、祐次にだけってことは試作第一号かもだJO」
「お前も神らしいな?」
「一応。オイラ全宇宙で一人しかいないJOLJUだもん。生物としては最高まで進化してるから宇宙生命体レベルは高いんだJO。ま、オイラは自分が神様だなんて思ったことないけど」
「まぁ、いい。で? お前は俺と一緒に来るのか?」
「<ラマル・トエルム>には興味あるし、祐次はマブダチだから一緒にいくJO!」
こいつだけは地球人類の滅亡の危機もそんなに関係ないようだ。
「遠い異国で、一人よりはマシか」
こうして一人の地球人と宇宙旅行者のエイリアンは仲間となり旅を始める事となった。
海岸を出て町に入ったところで、JOLJUが地図アプリで現在地と町の地図を開き警察署を探し始める。祐次は食料を探すため近くの飲食店を漁ることにした。
と……祐次は立ち止まり、おもむろにポケットの中に入れた小瓶を取り出した。
自分の能力が覚醒する<エノラ>が入っている。
「別に俺はアメコミヒーローにもスーパーマンにも英雄にもなりたいわけじゃないが」
だが生き残る力は欲しい。
いや……生きる目的が欲しい。
世界が崩壊し、全てを失ってから祐次の心はいつも空虚だ。
この世界に絶望しなかったのは、医者を必要としていたからだ。だが今の自分の医術など普通の看護師と変わらない。薬学と応急処置ができるだけの医者モドキだ。だから生きがいを感じるほどではなかった。むしろその点、自分の無力さが嫌だった。
思えば友達がよかった。時宗に拓……他の仲間たちは皆前向きで、陽気で、この世界でも精一杯生きていた。自分はただその中に入り流されていただけだ。だが仲間はもういない。生きる意味を、自分で見つけなければいけない。
……そのための、英雄探しか……。
……神様は見ている、とはよく言ったものだ……。
「分かったJO~! 警察署はそう遠くないJO~! いくJO!」
JOLJUの声で祐次は顔を上げた。今相棒になった異星人はとびきり陽気な楽天家だ。確かに遥か遠い異国に自分一人だったら、世界に悲観して今頃自殺でもしていたかもしれない。
……俺が生きる意味は、どこかにある……。
そんな気がした。
祐次は小瓶の蓋を開け、中身を一気に飲み干すと、空になった瓶を捨てた。
こうして、祐次とJOLJUの旅は始まった。
そして三ヶ月後……祐次はある少女と運命的な出会いをし、生きる目的と運命と戦う決意を抱くに至る。
その時、人類の未来に一筋の光が生まれる。
希望への旅は今、始まった。
プロローグ3でした。
ということで、これで祐次の欧州・北米ルートが確定します。
こうして祐次は拓とは別ルートになったわけです。
そしてJOLJUがどんな立場なのかちょっと分かる話でした。
なんか王道ファンタジーの王の間で王様から魔王討伐を言い渡されたシーンぽいです。
ニュアンスとしては近いですが。
一応支障のないネタバレだと、拓たちも<BJ>に助けられ、同じ使命を受けます。場所はアジアですが。
こうしてALの本編は始まっていきます。
さて、次が最後のプロローグですが、次は短いです。
これからも「AL」を宜しくお願いします。