「混乱」1
「混乱」1
脱出!
なんとそこにALが乱入!
戦争どころではなくなる!
これこそレミの作戦!
そして鍵はユイナ!
***
午後10時16分 中央大学。
事態は急に動き出した。
突然普通車が一台現れたかと思うと、北の裏門から大学内を疾走した。
潜んでいた<朝鮮勇士同盟>はすぐに反応したが、車は彼らのことなど相手にせず、連中を探そうともせず、ただ暴走して、そのまま南の正門から出て行った。
僅か3分ほどの出来事だ。
どこの誰の乱入か分からなかったが、姿も見えず、一発の銃を撃たず、暴走するだけで去っていった。
何が起きたのか、何の意図か……全く分からない。
が……すぐに判明した。
その後膨大な数のALが構内に殺到してきたからだ。
数は1000や2000ではない。少なく見積もっても3000はいる。ALは川の洪水と同じだ。決壊すれば際限なく突入してくる。
この現実に<朝鮮勇士同盟>の連中は愕然となった。
何せこの多摩地方にALをかき集めたのは自分たちだ。ざっと1万近くの数だ。このうち1/3は立川方面に流れたとしても周辺にいたALも含めれば7000はいる。
5000を超える群れは、中規模侵攻扱いになり、日本政府でも500人体制で迎え撃つ。ALとの戦闘経験が豊富で組織的対応が取れる日本政府ですら万全の対応を取らなければ対処できない事態だ。ALとの組織的戦闘に慣れていない<朝鮮勇士同盟>たちには悪夢以外の何者でもない。
もはや誘拐事件など気にしている場合ではない。この場に残る限り待っているのは死だ。
連中は、冷静さを失い、自己防衛のため戦闘を始めた。
この瞬間……彼らの頭の中から日本政府もユイナのことも消えた。
もうそれどころではない。
***
「レミたん、エゲつねぇーなー。手加減なしかよ」
2号校舎の6階。移動した拓たちは、構内に充満するALを見下ろして呟く。
「<火牛の計>。ハンニバルや木曽義仲が使った奇策さ。戦どころじゃなくなる。それが狙いだけど」
拓も下の騒動を見ながら苦笑する。
<火牛の計>……武装させたり松明をつけた牛の群れを敵陣に突っ込ませて混乱に陥れる作戦。その牛の代わりに麗美はALを使ったのだ。
さすがはALの扱いに慣れた伊崎も同行してきただけはある。短時間で効果的にALを集めてきた。
「日本人は馬鹿か? 加減を知らないのか?」
姜は複雑な表情で見つめている。意図は分かるがこれでは自分たちも脱出できないではないか。
それに姜にとっては同胞だし、ALは自分たちの代わりに戦っているようなものだ。
しかしその点に限っては拓も冷たかった。
元々日本政府を脅迫するために連中が集めたALだ。これが練馬に来ていれば大惨事になっていた。いくら目的があったとはいえやっていいことと悪い事がある。その責任は取るべきだ。
「降伏するのなら助ける。だけど降伏を選ばずに自分たちだけで戦うことを選ぶのなら、それは彼らが選んだ運命だ。大丈夫だ、姜。日本政府だってこの数のALを放置するつもりはない。俺たちが無事戻って報告すれば、討伐隊が組織される。その時まで生き残っていれば逮捕はするけど命は助ける。俺たちの第一目標は姫様だ。朝鮮難民が憎いわけじゃない」
「…………」
それが拓たちにできる最大限の譲歩だということは姜にも分かる。<朝鮮勇士同盟>は超えてはいけない一線を超えた。日本政府が温情を示す理由をつぶしたのは彼ら自身だ。
姜にはいろいろ連中のために主張したいことはあったが、今はそれを飲み込んだ。こうなっては無駄だし、第一それを拓たちに訴えたところで拓たちにどうにかできる話ではない。それは拓たちが政府の命令ではなく個人として来た事からも分かる。
今はここを脱し、ユイナを無事練馬に送り届けること。
ALから<朝鮮勇士同盟>たちを救うとすればそれからのことだ。
もっとも……この数のALを相手に暴発してしまった。とても助かるとは思えない。そういう意味では<朝鮮勇士同盟>はもう自滅したといっていい。
そして、拓たちの鍵もまたユイナだ。
「後はユイナちゃん次第だけど」
そう、ユイナがいるから実行された作戦だ。
ユイナはALに襲われない。だけではなくALを退かせることができる。ユイナがいればこのAL包囲網を、戦闘をせずに突破することができる。
しかしさすがのユイナもこれほどの数のALを見るのは初めてで、心なし緊張していた。
「ユイナちゃん、出来そう?」
拓の問いかけに、ユイナは苦笑した。
「私の意思でALが動いてくれるわけではありません。なんとなく念じたらそういうことになるだけで、<力>というわけではないです」
「第六感のフィーリングがなんちゃら、とか言っていたな。JOLJUは」
ALの集合意識体の波長と第六感の波長が合えば、ALは敵対行動をとらない事がある、というのがJOLJUの説明で、米国でもそういう例があったと言っていた。しかしユイナは第六感を使いこなせているわけではなく絶対の保障はない。
が、ユイナの不思議能力を信じることが、無事脱出する必要な前提条件だ。
拓は懐に入れたスマホを取り出し、無線機機能を起動させた。
すぐに伊崎が出た。
「拓です。無茶苦茶になっていますけど、上手く行ったようです」
『こっちも今近くの民家に隠れている。周辺のALが校内に入ってくれないと身動きが取れない』
「結構いますね」
『5000はいるだろう。数が減ればゆっくり北門に向かえ。車は置いてある。お前が乗ってきたSUVだ。必要ならこっちでも陽動で動く』
「構内にいる<朝鮮勇士同盟>は10人程度だそうです。一人は倒しました。他は今交戦して逃げ回っているようです」
『馬鹿っすなー、隠れていればいいものを。死んだねー』
作戦立案者麗美の無責任な感想が聞こえてきた。
<頭脳以外不要な女>は、作戦は立てるが実行はしないから無責任だ。それに普段は自分の作戦を直に見ることがなかったので、珍しく現地で成果を見て今回の事は楽しんでいるようだ。
「優美や啓吾もそこに?」
『今は横島君以外集まっている。横島君はこのまま一人で帰した。多摩川を越えてから北上して田無の戦闘班と合流するだろう。こっちとの合流は危険だったからな。俺たちの車は一台、お前たちの車一台だ。俺たちもユイナ君が来てくれないと動けない』
横島が校内に侵入して暴走してALをおびき寄せる役だった。合流すれば伊崎たちのほうにも引き寄せてしまうので、そのまま南に逃げて大回りで調布あたりから田無に戻るコースだ。連絡役も兼ねている。無人とはいえかなりの遠回りになるから、田無に着くまで一時間はかかるだろう。
「後20分くらいは様子を見ます。今出て行くと三つ巴ですから」
ユイナの存在がいても、拓たちが銃撃戦を始めれば拓たちには殺到してくる。結局<朝鮮勇士同盟>の連中が沈黙するまで待つしかない。
『現場はお前の判断に任せるが、そう悠長にはしていられないぞ? 立川や都心に向かった偵察部隊もこの騒動を見れば戻ってくるかもしれない。散ってくれれば――』
『何いってるんスか伊崎さん。どうせなら一網打尽がベストっスよ。そこまでが作戦ですもん』
それを聞いてさすがに姜は表情が険しくなった。
やる事がエゲつなさ過ぎる。彼女にとっては戦争も知力ゲームだ。しかし今は文句を言わなかった。
そっちの作戦は伊崎の指揮だ。拓も口出しは出来ない。
連携しているとはいえ、厳密には拓たち個人のチームと伊崎個人のチームの共同で、ユイナと姜の救出以外は伊崎の領分だ。
状況は把握できた。
このままALが大人しくなるまでじっくり待つ事は良策ではない。ALが構内に集中している間、ほどほどのところで動き出さなければ八王子から出られなくなってしまう。連中は<朝鮮勇士同盟>が全滅しても立ち去るわけではない。
拓の計算では20分ほどで、ここにいる<朝鮮勇士同盟>は行動不能になる。
動くならそのときだ。
「混乱」1でした。
レミたん、作戦は「火牛の計」!
ALの大群が入ってくれば発砲=戦闘なので戦争どころではなくなる!
しかし拓たちはユイナがいるから安全!
ALの誘導自体は簡単です。ちょっと手を出してかき回して集めた後60kmのスピードで逃げればいいだけです。これは先の大規模侵攻で日本の戦闘班は全員やった作戦で、全員経験者なのでコツは知っています。祐次もやってました。すべて大規模侵攻で経験していたことで、発案者はレミだったわけです。これはALに慣れた日本人は対応できますが、そうではない朝鮮テロリストたちはたまったものではありません。秘密テロリストなのでALとは表立って多く対決していませんし、ALに対する恐怖も大きいので。日本人はその点ク・プリ生存者やJOLJUがいて、たぶんどの国よりもALの習性と能力の上限は把握しているので、日本人たちだけができる手です。実は米国人でもここまでできません。米国は武器がある分、ALがいれば殲滅が基本対処法だからです。
次回からのカギはユイナ!
本当にAL避けは効果があるのか!
このあたりのネタ、ちょこっとだけエダ編とクロスオーバーしています。もっともエダ編の事だとわかるのはもう少し先のエダ編ですが。
次回から脱出ですが……まだまだ事件はこれから!
これからも「AL」をよろしくお願いします。
 




