「奪還」1
「奪還」1
八王子中央大学キャンバス。
ユイナはそこに監禁されている。
そしてそのそばには姜の姿も。
その時、東の空に上がる花火。
拓が動き出した!?
***
5月4日 午後8時58分
八王子 中央大学 多摩キャンバス。
7つある校舎。その2号館の最上階の教室に、ユイナはいた。部屋は広く窓はあるが、カーテンが閉じられていて外は見えない。
部屋は薄暗い。電気は点けられず代わりに小さなランタンだけが光源だった。簡易のエアベッドと毛布、飲み物のペットボトル数本、暇つぶしの漫画や本が数冊ある。
手錠や拘束具などはないが、彼女は囚われてこの一室に監禁されている。
ユイナは自分の状況を理解し、ただ静かに過ごしていた。今夜で二日になる。
誘拐されて、人質になった。
誘拐したのは<朝鮮勇士同盟>。朝鮮民独立を計画する朝鮮人極右テロリストたち。
誘拐されたときは多少手荒い扱いを受けたが、アジトであるこの中央大学に監禁されてからは乱暴な扱いはなく、拘束も解かれた。教室のドアには鍵はかけられておらず、教室の隣にあるトイレには自由に行く事が許されている。ただし動けるのはこの階の中だけで、他は物理的に封鎖されていて外に出る事は出来ない。それに人は変わるが、この階には常に一人は見張りがいる。
ただの誘拐ではない。政治的な誘拐だ。非力で土地勘のない少女のユイナが抵抗したり脱走しても状況は悪化するだけで意味がない。大人しくしているほうが正しい。
その時だ。人の気配がしたかと思った次の瞬間教室のドアが開き、唯一見知っている人間が姿を現した。
姜だった。
彼女とは<京都>で対面して知っている。他の誘拐犯たちは顔に見覚えがない。
「悪いな。こっちも忙しくて晩御飯を持ってくるのが遅れてしまった」
「いえ。構いません」
「日本ほど豊かではなくてな。こんなものしか用意できないが我慢してくれ」
姜は小さいトレイを持ってきていた。少し形の崩れた握り飯が二つ、味付け肉の缶詰が一つ、ペットボトルのサイダーが一本あった。姜はそれを静かにユイナの前に置いた。
ユイナは小さく微笑んだ。
「わざわざおにぎりを作ってくれるなんて。おにぎりは大好きです。作ってくれた人の愛情が篭っていますから」
「こういうものを作るのは苦手でな」
姜がわざわざ作ったようだ。
ユイナはそれを聞いて苦笑すると、礼儀正しく頭を下げ、ゆっくりとそのおにぎりを手に取って食べ始めた。ちょっと塩が濃いと思ったが、不慣れな姜が一生懸命作ったと思うとこれはこれで嬉しい。
そんなユイナを、姜は複雑な表情で見つめていた。
姜とユイナは面識がある。<京都>で顔合わせをした。あの宴会の時姜は年下には優しく、時々優しく女性らしい柔らかい笑みを浮かべていた。悪い印象はない。日本語も流暢で名前を聞くまで朝鮮人とは気づかなかった。
ユイナを直接誘拐したのは姜ではなく、別グループの連中だ。だが連中の仲間であることに違いはない。
ユイナが食べている間……姜はじっと傍で座っていた。
無言だ。どこか哀しそうにも見える。いや、彼女が苦しんでいる事は、ユイナは感じ取っていた。こういう感覚にユイナは敏感なのだ。
多少彼女の立場も知っている。元々拓の仲間で<京都>で会った。
拓たちのパーティーとは東京まで一緒に旅をしてきたし、ここ数日はAL捜索で行動を一緒にしてきた。いい人たちというだけではなく有能で強い絆で信頼しあっている。その拓たちと元は仲間だった。姜が悪人とは思えない。
が、あえてその事を尋ねたりしない。きっと彼女を苦しめるだけだと思う。
出された食事を綺麗に食べ終わると、「ごちそうさまでした」と礼儀正しく手を合わせて一礼した。
「どうせ今夜は何も起きない。眠れるのなら寝ていて構わない」
「はい」
姜がトレイを片付けようとしたときだ。爆発音のようなものが聞こえた。
大きな爆発音ではないし近くでもない。連続して起きている。だが銃声ではない。
姜はカーテンを開き、外を見た。
「…………」
それは、なんと打ち上げ花火だった。
本格的なものではなく、そこまで派手ではない。
東方面……おそらく立川あたりの市街地から打ち上げられているようで、本格的な打ち上げ花火ではなく民間用の花火を上げているようで、花火の爆発はそれほど上空高くではない。街のネオンは全くないから、距離があってもよく見える。
「花火……ですか?」
カーテンが開いたのでユイナからも見えた。
「そのようだ」
「誰が打ち上げているのでしょうか?」
距離は……5kmは離れていると思う。そもそも市街地で普通花火は上げない。
そこに、自動小銃をぶら下げた男たちが入ってきた。不審な花火を見て姜のところに駆け寄ってきたようだ。
姜は彼らと違って動じていなかった。
「日本人だ。慌てるな、アレは私たちに危害を加えるものではない。ALの誘導をしているんだ。ああやって花火を上げれば周辺のALは集まってくる。この多摩にALの大群を我々が誘き寄せた。それを知った日本人がALを散らすために始めたのだろう。きっとこの後花火は南に移動していくはずだ」
姜の言葉通り、花火の爆発は少しずつ南に動いていく。川崎方面に逸らそうとしているのだろう。
「気になるなら二人一組2チームで様子を探って来い。二時間くらいは連中も活動しているだろう。それを監視していれば日本政府がここを嗅ぎつけたか知らずにたまたま来ているだけか分かる。ただしこっちからは手を出すな。連中は高性能無線を持っているだろう、こっちの通信が傍受されると拙いから無線は使うな。我々の居場所が露見する危険がある」
もっともだ、という事になり、彼らは4人を選び無灯火の車で出て行った。
<朝鮮勇士同盟>は今回この作戦に総勢19人が作戦に参加している。石川で接触した金たちの秘密の部下や同志がいて、19人が東京に潜入した。作戦に加わっていない同志もいて総数では30人前後になる。そのうち7人は金が率い都心に偵察、2人は日野で警戒線を張り、残り10人がこの中央大学に残っている。
<朝鮮勇士同盟>といっても、本職がプロの軍関係者であるのは石川にいた金、雀、朴、そして姜だけで、後は民間人の志願者だ。この中で元エリート軍人の士官である姜の地位は高く、リーダー格の一人だ。日本語が一番堪能なのも姜だったから、ユイナの保護責任者と交渉担当の任にもついている。
「花火か」
姜は複雑な表情で目を細めた。
ただの偶然のAL誘導ではない。
姜にだけ分かるよう、拓が姜に向けたメッセージだ。
花火でALは誘導できる。
だがこの戦法を知っているのは拓たちしかいない。香港でやった手だ。香港の時の花火誘導作戦は現場で拓が思いついたものだから日本人たちの戦法ではない。それに、都内のどこかに敵がいるかもしれない今の状況下でALを誘導するのに、わざわざ目立つ花火を無策で打ち上げるはずがない。
そう、拓からのメッセージだ。
「俺たちは今近くまで来ている」と……。
「ユイナ姫」
「はい。何でしょうか?」
「前言は撤回する。今夜は我慢できる限り眠るな」
姜はトレイを持って出口に向かっていく。
「何か事件が起きるかもしれないからな」
「…………」
そういうと姜は去った。
その背中は、ユイナから見て、やはりどこか哀しげに思えた。
「奪還」1でした。
ついにユイナ奪還編!
時間は夜。
やはり中央大学多摩キャンバスにいた姜たち。
そして花火作戦で動き出した拓!
ついに戦争編の始まりです。
まずは拓たちの奇襲編……拓のたてた計画は!?
拓の作戦と居所は意外なところ?
どうなる姜!?
次回、潜入の拓たち!
これからも「AL」をよろしくお願いします。




