「疑惑」2
「疑惑」2
篤志が見つけたメッセージ。
おそらく拓たちに宛てたもの。
そこには姜の心意が。
拓たちに解読はできるのか。
***
と……。
「拓さん、時宗さん」
「どうした篤志?」
「これ、少し妙じゃないですか?」
そういうと篤志は一つのデスクの上を指差した。
そこにはチラシのような写真のついたパンフレットがあり、その上にスコープを搭載したS&WM586・6インチカスタムと357マグナムの箱が2つ置いてあった。
「この銃だけガンロッカーではなく机の上に置いてあります。スパイがリボルバーを使うんでしょうか?」
「ロングバレルの357マグナムや44マグナムはピストル狙撃用で特殊部隊も使うぜ?」
357マグナムの有効射程は100m。スコープを使えば200m先でもヒットできる。ライフルや自動小銃が持ち込めない場所や隠密狙撃の時使われることがある。近距離では壁越しに撃つこともある。自動小銃だと貫通力がありすぎて拙い場合マグナムが使用される。意外と今でもマグナムリボルバーは現役なのだ。
しかしロッカーではなくデスクの上に置いてあるというのは確かに不自然だ。
「357の弾が二箱?」
拓はそれをじっと見つめる。
もしかしたらこれはメッセージかもしれない。
拓たちのパーティーで357マグナムを愛用しているのは二人。時宗と篤志だ。日本政府の標準拳銃は警察用の38口径リボルバーで357マグナムは撃てない。二箱というのは二人に対するメッセージかもしれない。ガンロッカーには他にも357マグナムリボルバーはあったがスナブノーズや中国製でぱっと見て目立つ357リバルバーはこのS&WM586だけだ。
357マグナムの弾があれば、まず間違いなく拓たちは持ち帰る。だから目立つデスクの上に置いていったのかもしれない。
それだけではなかった。
「このチラシ、何か書いてあるぞ?」
時宗がS&WM586をベルトに突っ込み、その下にあったチラシを掴み上げた。
そこにはアルファベットの一文がマジックで何か書き込まれていた。
「読めねぇーな。英語じゃねぇー」
「俺も読めない」
「それ、ドイツ語ですよ?」
覗きこんだ篤志が答える。
「Mein Herz ist ein Held Lanzelet」
「どういう意味?」
「<我が心ランツェレット>です」
「<ランツェレット>?」
「……<ランツェレット>? ……何だったかな? 人の名前っぽいですが」
しばらく考え込む篤志。拓と時宗は顔を見合う。
「姐御のメッセージだな」
「今日本でドイツ語が喋れるのは篤志と杏奈の二人だけだろう。つまり俺たちだけに知らせているメッセージだ」
「あ」
篤志が顔を上げた。
「<ランツェレット>は<ランスロット>の事です! <アーサー王伝説>のドイツ書の<ランスロット>の章のタイトルが<ランツェレット>ですよ、確か!」
「何で<アーサー王伝説>が出てくるんだ?」
「つーか姐御、<アーサー王伝説>なんて知っていたのかよ。意外にアニメ好きなの?」
「アニメ?」
「いや。日本人に<アーサー王伝説>っていえばアニメネタだろ」
「そうか! 杏奈ですよ!」
篤志は微笑んだ。
「は?」
拓と時宗は意味が分からない。
だが篤志は大体分かった。
「家に戻りましょう! この謎かけは多分杏奈が解けます!」
「なんで? 杏奈ちゃん、アニメに詳しいの?」
「アニメじゃなくて原典のほうの<アーサー王伝説>に詳しいんです。杏奈は声楽部でオペラ専攻です。オペラの演目に<アーサー王伝説>はあって、杏奈は諳んじることができます。もしかしたら航海中姜さんは杏奈から<アーサー王伝説>を聞いていたのかも」
約三週間の航海中、女子たちは一緒の部屋にいた。杏奈は個室だったが、年頃という事もあってその世話は篤志と女子三人が行い、自然接する時間は多かった。杏奈は明るくお喋り好きだ。娯楽のために披露していたかもしれない。
「そうか。だとしたら完全に俺たち限定のメッセージだ」
ドイツ語、そして杏奈しか解読できない秘密の意図。これは拓たちのパーティーでなければ全く意味が通じない。きっと仲間であろう朝鮮人たちが同行して文字をみていたとしても意味は分からなかったに違いないし、読めたとしても「ランスロットのような英雄になりたい」という一文だから、単に英雄になる、という決意と受け取る。だがそういう決意表明ならばハングル語で、朝鮮か中国あたりの英雄偉人の名前を挙げたはずだ。
ドイツ語とランスロットというところに、何か重大な姜のメッセージが秘められている……拓たちはそう解釈した。
「戻ろう! 早く解読しよう」
「おうよ」
拓はチラシを丁寧に折りたたみ懐に入れた。
もしこの推測が正しければ、姜は完全に敵ではない。だが相当難しい立場にある。
それを救い出せるのは、拓たちしかいないのだ。
***
「<ランスロット>? うんうん、船で二回くらい歌ったし物語も話したよ。時間はたっぷりあったもん」
代々木から飛んで帰ってきた拓たちは、すぐに時宗の家で療養している杏奈にメッセージのことを尋ねた。
案の定<アーサー王伝説>については、杏奈が姜に教えていた。
今、優美や啓吾も来ていて第八班全員が杏奈の部屋に集まっている。
杏奈から聞いて分かったのは姜が<アーサー王伝説>について知識がある、という事だけでメッセージの謎解きはまだだ。
「つまりアレよね。姜は自分の事を<ランスロット>に例えているのよね? ランスロットってどういうキャラなの? 名前は知っているけど」
「二枚目で王に忠実な騎士で、最強の円卓の騎士です。すごく純粋なヒーローですけど、彼は主人であり親友のアーサー王の奥さんを愛してしまうんです。それが彼の苦悩でありアーサー王伝説後半の物語を盛り上げる要素になるんです」
「ランスロットって最後は反乱してアーサー王の死の原因になったんじゃなかったっけ?」
啓吾がトントンと額を叩きながら言う。
「つまりアーサー王にとっての宿敵?」
「ちょっと違いますね。アーサー王の死因は息子のモードレッドの反乱で相討ちです。ランスロットは王妃グィネヴィアを愛していましたが、同時にアーサー王も敬愛していて、アーサー王も本心ではランスロットと戦いたくなかったんです。でも周りの円卓の騎士を抑えきれず戦争になりますが、ランスロットは何度も戦いに勝ったのにアーサー王を殺しません。この苦悩が物語の醍醐味でして、盛り上がるトコなんですよ! 愛と忠誠の騎士、それが<ランスロット>です」
「…………」
杏奈の話を聞いた拓たちは、顔を見合う。
なんとなく話が繋がってきた気がする。
姜は自分をランスロットに模した。
拓たちに<アーサー王伝説>の知識がなくても、杏奈にはある。聞けば拓たちも知ると分かっている。
つまりここまでは姜の想定だ。
後は真意だ。
「ランスロットは、内心ではアーサー王に反乱する気はなかった。ただ愛を貫いただけ。結果として裏切る形になったが、それでも本心は違った」と拓。
「つまり……姉御の気持ちが同じだとしたら……朝鮮人に対する愛は純粋だけど、本心は日本に背く気はない。だけど立場的に反乱戦争をしなきゃいけなくなった」と時宗。
「姜はアレね。本心は敵になりたくないけど、状況がそれを許さない……ってところかしら」と優美。
三人はため息をついた。
恐らく姜の心境はそういうところなのだろう。
「ハムレットって書いてくれれば分かりやすいのにね」と啓吾。
「俺たち以外には知られたくないって事だ。日本政府にも朝鮮の同胞にも」
「拙くない? 彼女の立場」
「杏奈ちゃん。ランスロットは最後どうなる?」
「悲劇ですよ。死んじゃいます。アーサー王が死んだと知って、その後食を絶って自殺します」
「……拙いな……」
その後の言葉は口に出さないが、拓たちは分かった。
姜はもしこの一件が双方の軋轢になり朝鮮人の立場が悪化したら、その時は全責任を被り全ての罪を背負って死ぬつもりだ。
姜は厳密にはどの組織にも属していない。
その姜の独断の犯行だということになり、その容疑者が死ねば、日本政府の朝鮮人に対する糾弾理由も一応はなくなる。
全員、それが分かった。
姜ならばきっとそうする。
彼女は愛国心に満ちた北朝鮮軍人であり朝鮮人としての誇りを持っている一方、冷静な判断力も持っていて世界の情勢もしっかり理解している。彼女が本心からこんな低次元の民族極右テロを企てるとは思えない。
そして彼女の欠点は、自己愛が乏しいことだ。
皆のためなら平気で死ぬ。
いや、元々の性格ではなくそういう環境で育ったせいだが。
「疑惑」2でした。
まさか「AL」で「アーサー王伝説」!
実は作中ではメインではないので描写は少ないですが、結構杏奈ちゃんはおしゃべり好きの明るい子で、女仲間がいてなかったこともあって、色々なことをやっていました。
日本人が「アーサー王伝説」に詳しい(理由はFateでしょうね)と知り、少なくとも北朝鮮人にはあまり縁がない、ということで使用した暗号。
あの書き置きは姜が発したヘルプ!
この事実だけみると姜はヒロインポジションですが……一番年長ですし、一番強い(拓編では)キャラなのでヒロインといわれるとなんか違うような気にもなりますが……姜がカギなのは間違いなし!
そして伝言にはもう一つ……
これが次回です。
こうして拓たちは動き出すことになります。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




