「誘拐」1
「誘拐」1
ユイナ姫誘拐!
テロリストは突然現れ、そして日本政府に要求を残した!
対馬の譲渡と朝鮮人国家の容認。
犯人は朝鮮極右テロリスト!?
そして拓たちの仲間には姜がいる。
朝鮮問題編スタート!
***
5月3日 午後18時36分
その事件の報は、政府に激震を走らせた。
「ユイナ君を誘拐だと!? 間違いないのか!?」
練馬区役所……現在日本臨時政府政庁に入った直後にその報告を防衛大臣伊崎透本人から聞いた臨時政府首相村上義秀は、あまりのことに数秒思考が停止した。
事件が起きたのは1時間前。護衛者だった大庭ゆかりも銃撃戦で負傷、警備隊も4人死亡、5人が負傷した。
「どうして<京都>の姫が攫われるのだ!?」
「犯人たちが理由を語っています」
「犯人が判明しているのか!?」
「<朝鮮勇士同盟>と名乗っています」
「朝鮮……だと!?」
「朝鮮半島の難民の中から発生した極右テロ組織といったところでしょう。要求は何点かありますし、これから協議と交渉ですが、第一目的だけははっきり明示しています」
連中はユイナ誘拐時、日本臨時政府宛に要求を書いた置き手紙を残していった。
そこには彼らの政治的主張といくつかの交渉案件、物騒な恫喝、今後のやりとり方法が記載されていたが、ある一点の要求だけは命令だった。
「対馬を朝鮮人に譲渡して国として認めろ、ということです」
「間違いないのか、伊崎君」
「連中は自分の国を欲している。そのための犯行です」
「ふざけるな! 対馬は純然たる日本領土だぞ!」
「歴史背景や朝鮮人の感情論でいえば半分は朝鮮領土といいたいのでしょう。それはいい。問題はどう対処するかです、村上総理」
そういうと伊崎はチラリと廊下を見た。
「各大臣に各部門の責任者、そしてアドバイザーがすでに会議室に揃っています。すぐに閣議を始めます。村上総理にとってはいきなりのことでまだ困惑されているでしょうが、一刻を争います。詳細は閣議で説明します」
「分かった。行こう」
村上は半分以上白くなった自分の髪を掻き分け、忌々しそうに舌打ちした。
世界崩壊前は若々しさのアピールで黒々と丁寧に白髪を染めていたが、崩壊後はそんなことは気にせずグレーヘアーにしている。それでもヘアスタイルは崩壊前と変わらずしっかり手入れをしていた。
「それにしてもユイナ姫を誘拐とは」
厄介な……。
ユイナが<京都>にとって特別な少女……政治的な意味もある<姫>であることは村上も知っているし、その価値も認めている。この日本において数少ないVIPだ。
「問題はユイナ姫だけでは収まらないかもしれません」
「何だと」
「閣議で説明します」
そういうと伊崎は踵を返し、総理執務室を出て行く。
村上もスーツの上着を羽織りネクタイを締めなおすと、伊崎の後に続いた。
思わぬ大事件に、日本臨時政府はこれから騒然となる。
***
ユイナ誘拐事件を拓たちが知ったのは、午後19時18分……少し早めの晩御飯の弁当を食べ終えたときだった。
この情報は、別行動で学校の炊き出し食堂で他の友人たちと食事をしていた啓吾だった。そこで区役所で騒動が起き、しかも只ならぬ事になっていることを知った。
学校は練馬区役所まで1.5kmしか離れていない。啓吾はすぐに練馬区役所に駆け、顔見知りの職員から襲撃事件を教えてもらった。啓吾は戦闘力は低いが、持ち前の愛嬌と要領の良さで拓、時宗に次ぐ交友関係を築いていて特別な情報網を持っている。
そしてすぐに江古田の時宗たちの家に走った。拓と優美がそこにいることは知っている。
拓たちも最初言葉を失った。
「ユイナ姫が攫われた!? 誰によ」と時宗。
「それは上層部しかまだ知らされていないみたいだよ。ただ警備部隊と戦闘部隊は召集がかかって完全武装で集まっていた。AL大侵攻並みの警戒だよ」
拓たちは調達と偵察がメインの調達班で、準戦闘班に分類されている。別に二軍というわけではない。拓たちはサバイバルに長け調達が特別得意だからだ。
「姫様が攫われたって大事じゃん! というかさ! 誰がそんな事するのよ、この日本で!」
と優美。
そこまでは啓吾も知らない。
「第一あの姫さんが東京に来ていること知っている人間ってそんなにいないだろ?」
「確認しに行こう。伊崎さんは区役所にいるはずだ」
拓は立ち上がって上着を取った。それを見て黙って時宗も立ち上がった。この二人はリーダー格で上層部にも顔を出せる。
「僕たちはどうしますか?」と篤志。
今第八班全員が集まっている。拓たちは特別に自前の武装もある。
リーダーは拓で、副リーダーが時宗だ。
今は何が起きているか把握することが先決だ。ここは日本で組織がある。ユイナの誘拐となれば他人事ではないが、勝手に動くわけには行かない。
「皆はこの家で待機していてくれ。無線と車と武装はしっかり用意を。優美、皆を頼む。行くぞ時宗」
「おうよ」
時宗も上着を羽織り終わった。
二人が出て行こうとした時だ。
「あの……」
「どうしたレンちゃん」
レンは何か言いたげに二人を見つめた。
だが、結局何もいえなかった。
「遅くなるようだったら連絡する。その時はレンや篤志たちは寝ていていいよ。優美と啓吾は、悪いけど俺たちが帰るまで留守番していてくれ」
「分かったわ」
拓と時宗は飛び出すと、家の前に置いてある軽自動車に乗り込み出発した。
それを、レンは複雑な心境で見送った。
……姜が来ている……。
何故か、そのことを伝えることが出来なかった。
妙な胸騒ぎがあったから。
***
「丁度お前たちを呼ぼうと思っていたところだ。しかし相変わらず耳が早いな」
午後9時7分。
区役所に着いた拓と時宗は伊崎に連絡をしたところ、すぐに会議の席が設けられた。
会議室には伊崎と宮本の他、顔は見た事があるが名前は知らない中年女性が一人、そして村上義秀首相まで同席していて、事の重大さに拓たちは内心驚いた。
拓と時宗は準上層部といえる。ユイナとの縁を考えれば他の人間より特別ではあるが、伊崎の部下の一チームだ。それにしては少しメンバーが大げさではないだろうか。若者世代のホープとはいえ拓たちは20代前半で政府の政治にまでは関わっていない。
もっとも拓は元々冷静な人間だし、時宗は豪胆だから、この面子の中でも緊張はしない。それに村上は首相とはいっても、僅か生存者1万人のリーダーで皆面識はある。
「そちらの女性はどなたです?」
名前が分からないのは、この中年女性だけだ。ごく普通の私服で武装はしていないから、政治関係者だと思う。
女性は拓たちに向かって軽く頭を下げた。
「大林 成美と申します。もう一つの名前は<朴・成美>……在日三世です。日本名で呼んでくださって構いません」
「彼女は日本に流れ着いた朝鮮難民の管理者なんだ」
伊崎のその紹介で、拓は今回の事件の問題がどこにあるか悟った。
落ちていた7.62×39弾の薬莢を見つけたとき感じた可能性……外国勢力。この日本にもっとも近い外国は朝鮮だ。
ユイナは誘拐された。ただ女の子を欲望のため誘拐したわけではない。彼女が重要なVIPだと知った上で殺害ではなく誘拐した。犯人は何か要求を持っている。そして当然自分たちが何者か残していったのだろう。大林成美はそのために呼ばれたのだ。
「朝鮮人の犯行ですか?」
「<朝鮮勇士同盟>と名乗っている」と村上。
「では事件の詳細を話そう」
そういうと伊崎は事件のあらまし、経緯、被害などの説明を始めた。
複数の完全武装した襲撃者によってホテルは襲撃され、護衛4人が死亡、5人が負傷。大庭ゆかりも左腕を撃たれて負傷。そして犯人はユイナを誘拐し、<朝鮮勇士同盟>の名で要求を書いたメモを残し逃走。
ホテルはこの区役所から1.5km。銃声を聞いて伊崎たちが異変に気づき急行した時には、すでに連中の姿はなく、その後の足取りは不明だ。
その時間帯は丁度各エリアの夕食の時間で、多くの職員がそれぞれの配給所で活動したり夕食を食べるため活動はしておらずそれぞれ近くの補給場に集まっている。もっとも警備が薄い時間だった。
話を聞いた拓は腕を組んだ。
伊崎の表情は険しい。
「かなり周到な計画を立てている。組織的な犯行で行き当たりの誘拐じゃない」
「先日の赤羽の事件は陽動ですね。わざと襲撃事件を起こして政府の目を事件に向けさせて都内に班を散らして、その隙をついた」
「恐らくな」
あの事件の捜査と警戒のため、日本臨時政府の戦闘班は都内に散った。だが連中は事件後郊外には逃げず逆に練馬周辺に潜伏したのだろう。そして戦闘員が散って警備が薄くなった中心部にあるホテルを襲撃した。伊崎たちの警戒が裏を掛かれた。
都内には日本臨時政府があるとはいえ、人口は約5000人。戦闘員となりうる職員は1800人。とてもではないが都内全域を管理することはできないし、監視しきれるものではない。襲撃者の手際からみて素人出ないことは一目瞭然だ。軍人か軍の訓練を受けた者、サバイバル能力に長けた者たち少数のグループであれば難なく潜伏できる。
勢力は多くはないと見ている。大人数であれば何かしら兆候があったはずだし隠れるのも難しい。ホテルの生存者も襲撃してきた人数は少ないと証言している。
「韓国には徴兵制があります。軍の知識を持つ人間が日本よりは比較的多いと思います」と大林。
「私はそうは思いませんが……朝鮮の人間の中には、対馬は元々朝鮮の物だと考える思想があります。朝鮮半島が壊滅して人が住めなくなった今、朝鮮人にとって唯一祖国と呼べる場所が対馬です。今、対馬は無人の島で日本人もいない。それならば自分たちの国として取り戻す……それが<朝鮮勇士同盟>の主張です」
大林は気まずそうに説明する。
日本政府の調査では、対馬はギリギリ被爆圏外だ。
「それならそれでちゃんと筋を通して交渉してくれれば、対馬に朝鮮疎開村を作るくらい認めなくもないのに、なんと愚かな連中だ!」
ドン! と村上は憤りを抑えきれずテーブルを叩いた。対馬が有人で国家が健全であったときならばともかく、この非常時だ。日本人だって全国で1万2000人しかおらず土地は余りすぎるほど余っている。なのに、こういう暴挙に出る神経が理解できない。
元々与党の政治家だった村上は日韓問題も詳しい。別に嫌韓主義ではないが、こういう問題は崩壊前からあった。元々親韓派ではない。
「日本政府の統治下で存続……ということが気に食わんのでしょう。俺は元々芸能人です。韓国芸能界も知っていますし何度も韓国には行きました。悪い人々ではないですが、プライドが高い人が多くて日本人より自国愛があります」と伊崎。
「日韓併合を現代でも問題にしていた国です。日本から施されて生きるという事が生理的に受け付けないんじゃないかな?」と拓。
「そんな低レベルな争いしている場合かよ。世界がほとんど滅んだ今時分に」と時宗が呆れ顔でため息をつく。
低次元な……という感想が、四人の顔に浮かんでいた。
「皆さん、勘違いしないでください。朝鮮人全てがそう思っているわけではありません。難民を快く受け入れ、ちゃんと生活の基盤を与えてくれていることに感謝している朝鮮人のほうが多いんです。ですがごく一部の過激保守右翼思想に、そういう考えをする人間がいることは確かに事実ですが総意ではありません」
大林が苛立つ一同を宥めるように告げる。
「大林さん。問題は<朝鮮勇士同盟>とやらの連中がごく少数とはいえ、一線を越えてしまったことだ。この事はまだ政府上層部しか知らんが、もし日本国民に漏れれば対立は朝鮮難民全てに向けられる。特に<京都>がこれを知れば、朝鮮難民は全員追放ということになる。それで済めばいいが……」
京都にとっては大切な姫だ。徳川は勿論住民たちは全員激怒し感情的な行動に出るのは目に見えている。村上や伊崎でも抑えられない。
その価値があるからユイナは狙われたわけだが、逆にそれは超えてはならない一線でもあった。
「最悪報復……虐殺に発展する……というわけですね、総理」と拓。
ユイナは<京都>にとって姫だ。精神的支柱でありアイドルであり少女だが政治家だ。それに危害を加え、しかもそれが朝鮮人の仕業で、身勝手な愛国主義から出たなど知られれば、日本人だって黙ってはいない。朝鮮難民は全国合わせて800人程度……武装もしていない。怒り狂った日本の民衆たちによってあっという間に抹殺されるだろう。
統制をとっているとはいえ厳密には無法となった世界だ。ただでさえALの侵略で常に命の危険がありストレスがある。ここに民族紛争が起きれば日本国民ですら暴徒と化す。それは歴史が証明している。今は日本の民間人も銃を簡単に持っているが、朝鮮難民たちには銃は渡されていない。
そうでなくても、武器もなく食料もなく追放されれば、待つのはALによる襲撃で死だ。日本人が手を下さなくても追放されたら全滅は確実だ。
さすがにそういう事態を村上も伊崎も望んではいない。それでは日本政府の統治能力も存在意義も失われるし、日本人のほうも超えてはならない一線を越えてしまう。こうなれば戦争と変わらない。だが過去の戦争とは違い、今の崩壊世界で民族間の戦争が起きれば、片方の消滅まで止まる事はない。
これまで日本人だけは理性と文明を維持し復興しようと奮闘してきた村上たちにとって、その道だけは避けたい。正に戦争一歩前の状況だ。
拓は出されたお茶を一口飲んだ。
「話は分かりましたが……俺たちを呼んだのはどういう意図ですか?」
事件がかなり深刻で緊急性が高いことは分かった。
拓たちが優秀で外国を知っているとはいえ、日本臨時政府の中の一班でしかない。戦闘班ではないし警備班でもない。むろん警察でもないし政治家でもない。相手が<朝鮮勇士同盟>で管理者の大林が政府側についていることから考えて内通者が政府にいる可能性は低い。
むろん、伊崎たちの意図は別にあった。
「誘拐」1でした。
ということで第六章拓編後半スタート!
エダ編が異星人編に入り、拓編は今度は現代政治も関係する政治テロ編です。
朝鮮人にとっては深刻で仕方がない結論かもしれません。朝鮮半島は核戦争で住めない土地になりました。日本は難民として受け入れているとはいえ、差別はしていないつもりでも彼らの心情を完全に理解できるはずがなく、しかも日本は世界で唯一崩壊前と同じ建前で国として運営している以上体裁もありますし国としての面子もあります。このあたり国という形は崩壊してそのあたり混沌としてそんなことを気にしていない欧米とは違います。ただどっちが正解というわけでもなく、日本の場合国が成り立っているのは島国という有利な点も大きいです。
拓にとって問題は相手が朝鮮組織ということは、姜が敵かもしれないという点。
元々彼女は愛国心の強い北朝鮮軍人です。
友情もありますし、敵になれば戦闘力の点でも容易な相手ではないのも問題です。何せ現役軍人で特殊部隊出身です。
しかもユイナ誘拐という大事件。
宣戦布告に等しい……拓たちにできることはあるのか。
このテロリスト編が実は拓編で一番の山場になります。(最終章を除いて)
この事件の結果……ある重大なことが起きます。
いつもよりちょっと長い拓編になりますが、よろしくお願いします。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




