「ある神の親馬鹿」
「ある神の親馬鹿」
JOLJUはエリスに話がある、と。
JOLJUは語る。
ある女王の話を。
そしてロザミアの話を。
JOLJUの決意と意志とは!?
***
お茶と茶菓子を食べ終え、エリスが立ち上がったときだ。
JOLJUがエリスの袖を引いた。
「10分だけ、オイラたちだけで話せるかだJO?」
許可を求めたのは祐次とエダに、だ。
祐次は頷いた。
「思い出話もあるだろうし、俺たちには知られたくないこともあるだろうからな」
「あんがと! まぁ……ほとんど思い出話だJO。秘密はないJO! なんなら日本語でやるから聞いていていいJO」
そうはいうが二人だけで話したいだろう……と察し、祐次もエダもついてはいかずソファーに座った。
JOLJUはエリスを引っ張って外に出て行った。
二人はロッジの外に立った。
JOLJUは空を見上げる。
雪雲で夜空は見えない。
「地球にいるとパラを思い出すJO」
「そうですね。連枝種族の住む同型の生態系惑星です。浮島や幻獣がいれば、パラそのものですね」
エリスは懐かしそうに周囲を見上げている。
多くの惑星を冒険して知っているが、やはり故郷は特別だ。その故郷はもうないが。
JOLJUの話は、予想通りパラのことだった。
「エリスにはレイーサのことを伝えておこうと思ったンだJO。後ロザミィのこと」
「レイーサ先輩……いえ、レイーサ陛下ですか。懐かしい名前です」
「レイーサのことはゴメンだJO。あの娘を皇帝にしたのはオイラだから恨んでないかと思って。エリスのことは後で知ったんだJO。オイラもすっかり忘れててさっき思い出したJO」
会話は宣言どおり日本語だった。だが話は共通の祖国であるパラの過去についてだ。
「138ラド前の事です。いい思い出ですよ。それに彼女の身分は<パレ>です。<パプテシロスの使命>を受けるのは仕方がないことで、彼女が選ばれたことは喜ばしいことです」
エリスも空を見上げた。
140ラド(年)前……フィルニスト帝国宇宙局に入局したエリスは、一つ年上の女性と恋に落ちた。その相手がレイーサ=フィルニスト=パレ……時のフィルニスト帝国の皇帝の孫娘だった。
フィルニスト帝国は専制国家だ。だが帝位継承者を決めるのは人ではなく神であるJOLJUだ。JOLJUがその時王位継続権を持つ男女の中から、もっとも帝位にふさわしい人間を指定する。男子はフェアルト、女子はパレが王族の姓で直系から五親等までがその範囲で、皇帝のみがパプテシロスの姓となる。継承権を持つ皇族は帝王学を受けるが、地球の皇族ほど特別扱いはされず職業選択の自由もあり、選ばれなければ普通の市民として一生を終える。フィルニスト帝国は皇帝を持つ専制と国民が作る議会制の二制度が混じった政体だった。皇帝のみが特別で、血縁者は皇庁が管理しているが貴族制度はなく皇帝だけが特別だ。
フィルニスト帝国で専制国家にありがちな皇位継承問題の内紛が起きないのは、決めるのが<神>であるJOLJUだからだ。だから専制国家に付き物の権力闘争など起きない。
帝位に就くことは<パプテシロスの使命>と呼ばれていた。
使命を受ければ絶対の権力を持つ皇帝となる。だが受けなければ、一般市民とあまり変わらない人生を送る。拒否権はない。それが皇族に生まれたものの宿命だ。
レイーサはJOLJUに使命されて女帝となり、当然危険を伴う宇宙局を辞めた。
二人の恋を引き裂いたのはJOLJUだ。ただレイーサは晩年になるまでその事をJOLJUに言わなかった。
その事をJOLJUは思い出したのだ。
「先輩は、幸せになりましたか?」
エリスはあえて<陛下>といわず<先輩>と言った。
「晩婚でね……中々結婚しないし、いい子だけど仕事中毒で手を焼いたJO。……うん、子供も3人産まれて、ちょっと早いけど84歳で亡くなって……幸せだったJO。パラの滅亡を見ることなく死ねたから」
惑星パラが滅亡したのは、それから間もなくだ。彼女はその悲劇を見ることなく幸せな生涯を終えた。
「私が宇宙の果てを目指している間に」
エリスは苦笑した。自分が宇宙の開拓に向かう原因のひとつは、確かにこの失恋にあったかもしれない。とはいえもう遥か昔の話だ。
それに……JOLJUが思い出話をしたいだけでないことは分かっている。
「それで、本当の用件は何ですか?」
「…………」
JOLJUは一瞬黙った。
そして顔を上げた。
「<ヴィスカバル>が地球にある」
「…………」
「銀河連合の登録名義はオイラになっているけど……今、<ヴィスカバル>に乗っているのはロザミア=フィルニスト=パレ=パプテシロス。レイーサの曾孫になるJO。今肉体年齢だと二十歳かしら? うん、目元とかレイーサの面影があって美人だJO。髪は――」
「<皇族の蒼>ですね」
純血の蒼……とも呼ばれている。
濃い蒼髪はパラ人の中でも1%未満で珍しいが、開祖である<神帝>が純色の蒼髪で伝説になった。以後JOLJUが遺伝子調整をして皇族は皆蒼髪の遺伝子が引き継がれることになった。蒼髪は皇族の証といっていい。
「二つエリスにいうJO。一つは報告で……ロザミィはオイラのオリジナル・エノラで強化した。<神帝>と<神女帝>のDNAを覚醒遺伝で再現させた」
「なんですと!?」
エリスは仰天した。パラ人であれば全員が仰天するだろう。
伝説の史上最高の英雄二人の才能を、JOLJUは甦らせたのだ。
「確かに皇族であれば直系子孫でDNA適合はしますが、いくらなんでもそれは」
「ルール違反は分かってる。色々叱られるかもしんないケド、他に手はなかったし直す気もロザミィを銀河連合に引き渡す気もないJO。オイラが全力で邪魔するJO。文句は全却下だJO」
エノラで人体を強化する科学力は、300年ほど前からパラにもあるしエリスにも投与されている。だが彼らの科学力で作ったもので、神であるJOLJUが開発したエノラは特別でパラの科学を遥かに超える。全くの別物で、むろんルール違反だ。
ロザミアは英雄二人の直系の子孫だから、JOLJUの特製エノラであれば隔世遺伝で英雄の才能を甦らせることは可能だ。事実上ロザミアの才能は偉大な二人の英雄の子供……生まれながらにして英雄の才能を有する特別な存在といっていい。しかしこれは銀河連合が定めるエノラの覚醒条件を超えている違法行為だ。
だが関係ない。やったのはルール無用の<LV2の神>のJOLJUだ。
それをJOLJUが認めている以上、ルール違反だろうが誰も口出しできない。エリスも驚きはしたが咎める気はない。
しかし、これが事実であれば容易な相手ではない。今地球を侵略しているパラ人の指導者は、経験こそ浅いがパラ史上最高の英雄に匹敵する才覚を持っている。
政治と軍事と戦闘の才能、そして高い知力だ。
その彼女が、この銀河最強戦艦を保有し、ALという超兵器を使役している。
これだけで、並の宇宙文明の二つや三つは滅ぼせる。銀河連合内でも太刀打ちできる文明国家はいくつもない。
それが、寄りにもよって、銀河連合に正式に認識すらされていない未発達惑星文明の侵略を行う理由とは何があるというのか。
「そうしなければならない事態だということですね?」
「だJO」
「パラの消滅も、このテラでの事件を乗り越えるためにも必要な処置だった」
「だJO」
それは予想以上に深刻だ。フィルニスト帝国滅亡を考えれば、JOLJUならそのくらいの反則はするかもしれない。
いや、惑星パラ滅亡の時ですら反則技を使わなかった良識家のJOLJUが、この地球の案件ではいくつも反則を犯している……そのことが深刻だ。問題はこっちのほうが大きいとJOLJUは判断しているのだ。
それだけの大事件……と、エリスも覚悟する必要がある。
「もう一つは何です?」
「ロザミィとは接触しないで。オイラがいいというまで。コレ、重要なんだけど他の神や<BJ>がいいっていっても駄目。オイラがいいっていうまで。エリスだけじゃなくて<パーツパル>の乗員全員。ロザミィから接触してきても無視するかオイラから禁止されているといって拒絶して絶対接触しないで。<UFJ>たちは多分分かっているから接触してこないと思うけど、ロザミィはエリスたちのことは知らない。不意の遭遇はあるかもしんない」
「ロザミア様は<パプテシロス>なのですよね? お会いしてはいけないのですか?」
「駄目。これはお願いじゃなくて命令だJO」
「…………」
JOLJUが「命令」ということなど、滅多にないことだ。
フィルニスト帝国500年の歴史で、JOLJUが内政に関して「命令」を下した事は一度もない。
口調はいつものJOLJUだが、もし他の者が聞けば驚倒している。JOLJUの命令は、全宇宙のルールよりも上だ。
しかしロザミアが今生存するパラ人の女帝であれば、重要人物だし彼らパラリアンにとっては精神的支えでもある母国の特別な存在だ。銀河連合に出向していても、王家に対する忠誠心と尊敬は変わらない。
それだけ皇帝である<パプテシロス>は特別なのだ。
そしてJOLJUと皇族の絆も特別だ。
だがその理由は一体何があるのか。
「何故です?」
「ロザミィにもロザミィの使命がある。エリスたちが接触するとロザミィが困る。ぶっちゃけオイラはフィルニストの再興はどうなってもいいけど、ロザミィが不幸になるのだけは認めない。ロザミィを結果的に守るためなら、オイラは全宇宙を書き換えてもいい」
エリスは息を忘れた。
JOLJUが本気になればそれが出来る。今の全宇宙を消して、都合よく作り直すことも。数万ある宇宙文明がJOLJUの勝手に書き換えられる。それを止められる存在は<神>でもいない。
究極の親馬鹿。究極の我侭。
だが、本来はそれも許される。それがJOLJUだ。
皇帝家とJOLJUの縁は、その開祖<神帝アーガス=パプテシロス>の時代に遡る。アーガス皇帝とJOLJUは親友同士で、多くの戦争を潜り抜けた特別な戦友だった。その後フィルニスト帝国建国にも携わり、皇国の守護神となった。
ロザミアは、そのアーガスの血を引く子孫だ。
何よりJOLJUがその手で親代わりに育て上げた特別な娘だ。
<神>としてではなく、個人として育てた。JOLJUにとっては肉親に等しい。
とはいえ、できるならそんなことはJOLJUもしたくはない。これまで銀河レベルの大事件があってもここまで傍若無人な手段は取らなかった。しかしそのJOLJUがロザミアを守るためには、その一線を越えると宣言しているのだ。
極論すれば……JOLJUはロザミアの個人を守るためならば全宇宙だろうが滅ぼす覚悟がある。それを口に出した以上言葉だけの脅しではない。
「分かりました。その命令、肝に銘じます」
「ありがとだJO」
エリスは気づいた。
……もしかしたら自分たちの認識以上の大きな何かがある……。
それをJOLJUは教えるために、あえて今の命令を告げた……そんな気がする。
一つだけ、察することは出来る。
エリスたちは銀河連合所属だが、出身母国であるフィルニスト帝国は滅亡したとはいえ、その帝国の正当後継者のロザミアに何か頼まれれば、それがルール違反だとしても拒絶はしづらく、共犯者になってしまう可能性は多大にある。そうなれば銀河連合最強戦艦が二隻保有する巨大な勢力となり、銀河連合も放置できなくなる。JOLJUはそれを阻止したいのだ。
JOLJUはこの地球の事案に、銀河連合の介入は望んでいない。公平な神の立場ではなく、どうやら個人的事情で。
エリス個人の問題としても、昔恋人だった女性の曾孫だ。だからJOLJUは最初にレイーサの話をしたのだ。
「ところで……今のアナタは<JOLJU>なんですね?」
「だJO! ただのJOLJUだJO!」
「何ラド(年)ぶりですか?」
「600ラド(年)ぶりだJO! アーガスたちと馬鹿やってた頃に戻ったJO! やっぱ人生は面白い! だから祐次もエダもオイラにとっては大事な家族だJO」
JOLJUは無邪気にガッツポーズをした。
<神>でもなく<超生命体>でもない、ただのJOLJU。
自分の能力を99.999999……もう分からなくなるほど……事実上100%の力を封じても、神でいるより今の自分のほうが好きらしい。
パラ人たちは皆JOLJUが神であることを知っている。エリスもJOLJUの本当の立場を知っていて、尊敬と敬意は忘れない。
だが地球人たちはそれを知らない。
だからただの友として分け隔てなく接することが出来る。今のJOLJUにとってパラ人より地球人のほうが、むしろ付き合いやすいのかもしれない。
元々誕生から20年ほどの間、JOLJUは<神>ではなく<ただのJOLJU>だった。<神>になったのはそれ以後でLV2まで進化して認定されたのはほんの350年前だ。だから<ただのJOLJU>としての活動も、そんなに窮屈なわけではない。
そしてここにも何か理由がある。JOLJUが<神>として動かない重大な理由が。
それを解くのがエリスたちに課せられた試練の一つだ。
エリスは複雑な笑みを浮かべると、「ではまた来ます」と言い、森のほうに歩き出した。
10mほど歩いたかと思うと、その姿は光に包まれ、消えた。転送だ。
JOLJUはそれを見届け、一度空を見上げてから、ゆっくりとロッジに帰っていった。
この出会いが、エダと祐次の運命の方向を微妙に変えていくことになる。
そう、二人はこのときから、宇宙文明側に足を踏み入れていた。
「ある神の親馬鹿」でした。
今回、JOLJUメイン!
惑星パラの昔話です。実はエリスの失恋にJOLJUが関わっていた!
まぁ当時は知らなかったことですし、知っていたところで皇帝任命は才能と人格の適合者を選ぶという手前、個人的都合を考慮していては公平さを欠くので、もし知っていたとしても変わらなかったと思います。
ちなみにレイーサの次がロザミアの父(レイーサの孫)で、彼が事実上最後のフィルニスト皇帝で、そこで滅亡して、次がロザミアです。
ロザミアにエノラを投与したのはJOLJUです。
<才能覚醒>系ですが、徒名になっていますが「蒼の伝説」「マドリード戦記」両作品の主人公、アーガス君とアリア様になります。ここで両作品とクロスオーバーしていますし、なんとネタバレもしています。この二人は<歴史上最強最高のハイシャーマン><歴史上最高の女帝>と呼ばれた二人で、ロザミアは隔世遺伝ながら実質この二人の子供といっていいくらいの才能を覚醒させています。つまりJOLJUはパラ滅亡から生き残らせるために、<大英雄>の才能を与えて育てたと告白しています。
むろんここまでやるのは違法ですが、JOLJUは法律外の存在。
重要なのは、良識家のJOLJUが違反も仕方ないとしているこの地球の事件の問題!
一体どんな秘密があるのか!?
実はそのことはロザミアしか知りません。
JOLJUは知っています。全て知っています。
言わないだけです。そこは腐っていますが神様です。
さて
次回、ついにあの男が登場!
こうして本編が動き出します!
これからも「AL」をよろしくお願いします。




