「12歳」
「12歳」
平和な生活。
夜もそれぞれのんびり過ごす。
あの大侵攻から一ヶ月。ある変化があった。
エダが12歳になっていた。
***
夜になると、気温はぐっと下がり、雪がちらちらと舞う。
暖炉に大きな薪と炭を入れれば朝まで暖かいから、屋内は問題ない。
「…………」
エダは洗濯物にアイロンをかけながら、思わず笑みを零した。
リビングでは祐次とJOLJUがのんびりチェスで対戦している。
テレビではJOLJUの趣味でアニメが垂れ流されている。どうせ夜はやることはないし平和だ。夕食後はチェスをしたりカードゲームしたり映画を観たりビデオゲームをして過ごす。何をしてもいい。どうせ冬は長い。
幸せな生活だ。
世界が崩壊したなんて、嘘のようだ。
そして、もう一つエダには変化があった。
エダは、何気なく自分の首に架けられたペンダントを取り出した。
プラチナのチェーンにハート型の真紅のガーネットがついたペンダントだ。ガーネットの周りには小粒のダイヤモンドが散りばめられていて、チェーンは純金だからかなり高価なものだ。
これは1月1日の元旦、祐次がエダに贈った誕生日プレゼントだ。
エダは12歳になった。
誕生日をいつ教えたか覚えていなかった。もう誕生日なんて関係ないと思ったが、祐次は知っていた。
実は最初に祐次が無線で指示したネームカードに生年月日も書き込んでいて、祐次はそれを覚えていたのだ。宝石のペンダントは新品だったから、NY滞在中宝石店で手に入れていたのだろう。
「あたしにはこんな高いジュエリーは早いよ」
エダはプレゼントにも驚いたし、しかも高級で子供の自分には分不相応な宝石にも驚いたが、祐次は「記念だしお守り代わりだ。どうせタダだしな。宝石は厄除けっていうし、偽物より本物のほうがご利益はあるだろ?」と、あっけらかんとしていた。
宝石には厄除けや魔除けの縁起担ぎがある。
ブランドは分からないが、それでも子供にとっては相当高価なものだ。
もっとも今の世界、金銭可知宝石に全く価値はない。ようは気持ちだ。だからエダも素直に受け取ることにした。
「これであたしも一人で行動しても怒られないね」
「は?」
「12歳だもん」
米国では児童は一人きりにしてはいけない。州によって年齢は違うが、概ね10歳から12歳が上
限だ。
エダは12歳になったから、法律的に保護者なしでも一人で行動してもよくなった。日本人の祐次は意味が分かるまでしばらくかかった。
これでエダは法的には<子供>から<少女>になったといえる。
それに、一番嬉しかったことは、祐次が自分を<子供>扱いせず、ちゃんと<女性>扱いしてくれたことだ。これが玩具やぬいぐるみやお菓子だったら、エダのハートはこんなにときめかなかった。
……それに、祐次は知っているのかな? ヨーロッパでは、昔騎士は出征するとき愛する人にガーネットを贈ったんだよ……?
本当は1月の誕生石だからだろうが、実はガーネットにはそういう意味がある。エダが白人だからそれに習った祐次のメッセージか、単な深読みか。
……そういえば祐次は意外に女性の扱いが上手い、ああ見えて女心を掴むコツを知っている、とアリシアさんが言っていたなぁ……。
嬉しいやら妬けるやら、なんだかよく分からなくなる。
祐次が根っからのフェミニストで意外に女心を思いやれるのは、歳の離れた姉の薫陶のせいだ、と本人が教えてくれた。
祐次は両親を幼い頃亡くしたが、少し歳の離れた姉がいて姉っ子だった。そういう普通の家庭話を聞いて、この祐次にも家族がいたんだと、ちょっとエダは嬉しくなったし、少し寂しくもあった。そのお姉さんと、出来ることなら会ってみたかったが、その願いはもう永遠に叶わない。
しかし……エダの幸福は本物だ。
……こうして3人、ずっと平和に、静かで楽しく、のんびり暮らすことが出来たら幸せだよ……。
この時間が永遠に続けばいいと思う。
続けることは出来る。
このまま狩りや釣りをして過ごし、春になって雪が溶ければロッジの周りに畑を作り、野菜を育てる。そうして3人、細々とだが平和に暮らしていくことはできるだろう。
きっと、望めば何年……何十年……寿命が尽きるまででも。
だが、そうはならない。その事もエダは知っている。
今は冬で雪があって動けないから、祐次は無理に動かないだけだ。冬が終われば、元の旅の目的……<ラマル・トエルム>探しに戻るだろう。その日のために、祐次とJOLJUは一台の新品の大型キャンピングカーを調達してロッジの横に置いていて、時間があれば物資を積んだりJOLJUが機械系の整備をしたり設備の改良をしている。
祐次とJOLJUは、このままここで平穏に過ごすという気はない。
春になれば、また旅が始まる。
それでもいい。その時はついていくだけだ。
「チェックメイト」
祐次がボーンをJOLJUのキングの横に置いて言った。
「あー! 待った! えーえー……ええっと……あー……これオイラ負けじゃん」
「だから王手だ。俺の勝ち」
そういうと祐次は立ち上がり、テーブルの上においてあるブランデーのグラスを取った。
「15勝27敗……くそー! 今度は勝つJO」
ぶつぶつ言いながらJOLJUはチェスを片付ける。
その様子を見てエダは苦笑した。
「JOLJU、IQ高いのに祐次に負けちゃうの?」
「だって、ゲームするときはオイラあまり考えないことにしてるもん。こういうゲームは考えずにその場のノリでやるから面白いんだJO」
普通は頭を使って手を読むゲームだが、JOLJUは考えない。
本気でやればJOLJUは最初の五手くらいで終局まで完全に予見できてしまう。それではゲームにならないし、つまらない。
JOLJUは勝ちたいのではなく、ゲームを楽しみたいのだ。
「もっとも祐次はそれでも中々手強いンだJO。時々意表ついた手をするし」
「そりゃあ相手がお前だからだ」
祐次もJOLJUの本来の知力を知っている。いってしまえばスーパーコンピューターを相手にするようなものだ。こういう計算完璧な相手には、無意味な一手や唐突な悪手をあえて打つほうが混乱する。JOLJUは素直に反応して混乱するので、そこに隙ができるのだ。
なんだかんだ、二人は仲がいい。
ここには、平和がある。
「12歳」でした。
エダ、12歳!
そう、ここからエダは12歳です。実は「AL」のエダの基本年齢設定は12歳なのでこれで基本です。いまさらながらエダはまだ小学生なんですよね、日本の感覚だと。
しかし、もうすっかりイチャイチャというか、公言はしていないけどカップルとして成立してしまったというか、そんなエダと祐次です。
JOLJUはゲームでは頭真っ白にして脊髄反射だけみたいな感じです。先の手考えるとゲームにならないので、こいつはこうやって人生を楽しんでいます。
次回もまだ平和な日常。
しかし、波乱は迫っています。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




