「蠢動」2
「蠢動」2
拓を説得しようとする伊崎。
だが拓は何か確信を持っている。
<英雄>は、いる。
そしてレ・ギレタルのため昆虫食を用意してきた時宗たち。
***
拓は説明する。
「他にもちょっと改良したいので、それもお願いすることになると思います。船内の家具も整えたいし発電機をカスタムしておきたいんですよ」
「太陽光発電機とエンジン発電はあると聞いているが? しかし……そうだな。太平洋は天候が荒れるから太陽光発電機が使えなくなるかもしれん。あの船はオール電化だから、電力はあったほうがいいな」
太平洋航海にかけては、伊崎が一番の経験者といえるかもしれない。漁師班もそんな外洋には行かない。だが伊崎は世界崩壊前、ヨットで太平洋横断の冒険をしていて外洋を知っている。もっとも途中で遭難して死んだと思われていたが。
「しかしガソリン型の発電機は場所を取るしガソリンを置く場所が必要だぞ? 太平洋は海が荒いから倉庫の牽引はしないほうがいい」
「JOLJUの置き土産の発電機があるんです。それを外して取り付けられれば。その工夫も考えがありますが、ちょっとク・プリの知識や技師の手は借りるかも」
「俺は詳しくは知らないんだが、あのちびっこエイリアンはそんなに優秀だったのか?」
「アレでも宇宙に出れば<神>らしいですよ」
「神? あれが?」
「正しくは神の免許をもっている、それ以上の超生命体だそうです。本人は神として働く気はないから、ニートですけどね」
「今は祐次と一緒に行動しているんだろ?」
「一時間限定で召還することができるんです。なのであいつを召還して、ク・プリの技師の協力を得られればなんとかなるかもしれないんです」
「なんだか話がSFになってきたな。しかしク・プリ星人はそういう技術提供はルールがあるから駄目だと聞いた」
「俺たちが頼むのは駄目みたいですが、JOLJUが頼めばいいらしいです。そのあたりはレ・ギレタルにも協力を頼んで彼女からも頼んでもらう予定です」
「…………」
伊崎は黙る。
内心「やはり拓だ」と感心した。
ちゃんとそのあたりのことは計算して計画している。しかしいつのまに拓たちが異星人たちの事に詳しくなったのか。
やはり伊崎としては、正直拓たちが出て行くのは惜しい。20代前半でここまで色々世界のことを知っていて、戦闘経験も豊富で、自分たちで的確に問題を判断して処理できて色々手が打てる人材は貴重だ。
つい、伊崎は言った。
「そんなに英雄とやらを見つけることが重要なのか? 見つけてどうする? この世界を、その英雄一人で救えると、お前は本当に思っているのか? それに……そもそも存在するかどうか分かっていないのだろう?」
「英雄は、いるんですよ。何が起きるか、それは分かりませんが」
「異星人の<神>がそう言ったからか? 信じるのか?」
お前みたいな現実家が……と、伊崎の表情は言っている。
拓は思春期の少年のような空想家でもなければ本来の気質は冒険家でもない。冷静で堅実で、こう見えて計算力の高い人間だ。
拓は苦笑した。
伊崎が言いたいことは拓だってよく分かっている。拓も飛ばされた直後は同感だった。
だが今は違う。
実は……色々考えた末……拓は<英雄>は存在していると、今では確信している。
JOLJUと祐次の話、レ・ギレタルの話、<BJ>の話。バラバラだが、全員の話を総合すると、なんとなく線は繋がった。そして推理してみたとき、ある結論に達した。
<英雄>は存在して、何か人類救済のための活動をしている。
ただ、まだ他の人間には告げていない。拓の読み違いかもしれない。仲間に話すほどの確信はないし、内容は衝撃的だ。
「いつか伊崎さんには説明しますよ。俺の推理がもう少し確信になったら」
「なんで今言えない?」
「他の人間を巻き込みたくないからです」
どうやら拓が知った「ナニカ」は、よほど重大なことのようだ。
その後、船の件やユイナの件など、今後のスケジュールを打ち合わせて、二人は別れた。
少なくとも船の整備が終わるまでは、日本に滞在する。
それまでにユイナのAL襲撃の件は片付けたいし、時間があるうちに物資集めをしておきたいし、航海や船の操縦についても勉強をしなければならない。
のんびりできるのは、この日本にいる間だけになりそうだ。やることはたっぷりある。
***
拓は昼に一度帰宅して、その後時宗の家に行くと時宗たちも自宅に戻っていた。優美も顔を出していた。啓吾は家で休んでいるらしい。
リビングには、時宗たちが調達した特製の食料がダンボール一杯詰め込まれていた。
「シルクワームにコオロギにセミ、か」
缶詰を手に取った拓は、苦笑した。
中国人商店ならあるのではないか、と思っていた。やはりあった。
「沢山あった。他にインスタント麺や干物や干した野菜も色々あった」
とレン。
「中国の虫の缶詰や韓国の辛いインスタント麺は、日本人は好んで食わねぇーからな」
時宗と篤志とレンは上野のアメ横の中国系商店で食料調達をしてきた。目的は普通の食料ではなく、レ・ギレタルの差し入れのためのものだ。日本人にとってはゲテモノで、あっても取らないような食材だから、それほど苦労なく手に入ったし、中国人のレンが一緒だからラベルや材料表記の確認も問題ない。
「レンさんがいて助かりました。漢方薬も色々手に入りましたし」
篤志は祐次の<医療テキスト本>を片手に漢方薬を仕分けしていた。漢方薬も分かる人間がいないので、メジャーな漢方も手付かずで残っていた。これもレンが見つけてくれた。
「葛根湯や小青竜湯や麻黄湯は前島先生も欲しいと言っていました。売れますよ。他に色々滋養強壮系も」
「篤志は分かるの?」
「祐次さんの本にメジャーな漢方薬は書いてありますから」
「何度も言うけどよ、あいつ外科医だぜ? ついでに正しくは医学生でまだ無免許だぜ? そんでもって今米国だろ? 何で漢方のことまで知ってンだか」
「神様から貰った知識でしょ~」
と優美。優美は時宗と一緒に仕分けをしている。
「元々才能ある奴がチートになってどーすんだよ。そういう神様からスキルもらえるのは基本ボンクラのオタクが貰うモンじゃねーの?」
「アニメじゃあるまいし馬鹿じゃないの?」
「レンは?」
拓はレンを見た。彼女は何か古くて大きな本を読んでいた。
「ギレタルが食べられそうな昆虫料理、調べている」
「ただ缶詰差し入れて『調理が必要なんです』と言われたら困るしな。一応地球人は文明人っつー事でどうせなら料理にして差し入れたほうが喜ぶかなーって思ってよ」
料理本は中国系の商店から手に入れたレシピ本だ。これは中国語で書いてあるからレンしか読めない。それに大得意というほどではないが、この中でなんとか料理できるのは優美とレンだけだ。拓たち男性陣は篤志が少しできるが大人陣は残念なことにまったくできない。出来なくてもこの日本では食事の配給があって困らなかった。
篤志の記憶だと、レ・ギレタルは基本薄い味付けを好んでいた。刺身はあまり食べたがらなかったから、加熱調理したものがいいだろう。昆虫の缶詰は全て水煮で加熱されているが、味付けはされていない。
この件は拓の知識でもどうにもならないので、レンと篤志に任せることにした。
「レ・ギレタルを入れてク・プリは4人だ。2種類4人分くらいを調理したらいいんじゃないかな? 後は缶詰で渡せば勝手に調理すると思う」
「うん。強いハーブは好きか分からないから、シンプルに醤油と砂糖で甘く油で炒めたものと、から揚げがいいと思う」
「俺、調味料買ってこようか?」と拓。
「基本的な調味料は家にあるから大丈夫だぜ。なきゃ丸山のオバチャンに分けてもらえばいいしよ」
「そういえば……拓さんの誕生日のケーキを食べて、すごく感激していましたね。砂糖たっぷりのお菓子やチョコレートはそこまで好きではないけど、フルーツたっぷりの自然なケーキはもしかしたらすごく好物かもしれません」
4月5日……JOLJUを召還したとき、奴が持ってきた誕生日ケーキは全員が感激したが、これまであまり食べ物に感激しなかったレ・ギレタルが珍しく声を弾ませて喜んでいた。
「旨かったなぁ、アレ。俺、泣きそうになったわ」と時宗。
「俺も」と拓も同意する。
安直な男子の言葉に呆れる優美。
「あのねぇ……アンタたちにあのケーキの凄さが分かるの? あんなの作れんて! 材料あったって作れる気ないない。モドキはできるかもしんないけど、あんなに完成度高いケーキ、本職じゃないと無理! ネットでレシピ調べるとか出来ないのよ?」
しかしあのケーキは本職そのものだった。あの感動は当分忘れられない。
「祐次め。どこで拾ったんだ? あんなすげぇー万能美少女。ガチャで3連続でUR引き当てやがって」
「JOLJUとエダちゃん……か」
しかも日本語まで完璧に喋れるし手紙も書ける、目を見張るような美少女。
医者超人になった祐次に、実はすごい神だったJOLJUに金髪白人の万能美少女エダ……祐次がどうしてそんな生き方になったのか、想像もつかない。
「蠢動」2でした。
そう、時々思い出したように強調しますが、エダはすごい美形です(笑
ただ飾りではなく、エダの場合美貌があって、カリスマがあるから大人たちの世界に入れているという側面があって、ある意味それが武器です。本人は不思議とその自覚はないですが。あの祐次が知らずにそもそも子供扱いせず付き合っていることを考えると祐次も篭絡されてしまっているわけですが。
ちなみにエダは華奢で細いので、西欧、中国圏、日本では特に美少女と受け取られて、肉感的な女の子を好む南米、米国西海岸、アフリカあたりだと一段低い評価になるかも。
さて、レ・ギレタル訪問はさほど問題ではないと思われますが、そこでどんな話になるのか?
彼女もJOLJUと接触したとき何か話し込んでいるので何か知っています。
以前もいいましたが、拓編はタイムラインだとエダ編の半年以上先で、拓編のJOLJUはすでに多くのク・プリや<ラマル・トエルム>と接触しています。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




