「姫君」2
「姫君」2
ユイナを連れて練馬に帰ってきた拓たち。
当分ユイナとの行動は続く。
その間にも、拓は独自に渡米計画を進める。
***
その夜。
拓たちは晩御飯を持ち帰り弁当にして、時宗たちの家に集まり、皆で夕食を採りながら作戦会議を始めた。
この日の晩御飯は日本政府定番のごった煮雑炊だ。雑炊というよりはおじやに近い。
くず野菜や余った肉や魚の切り落としを豪快に入れて、自衛隊の災害用大鍋でいっぱい作る。
調達してきた米は当然古米で、白米として食べるには古くて匂いもある。飼料にすることもあるが、贅沢はいえず食用にもしなければならない。そういうときは、長期保存用の餅(もち米ではないが)にしたりせんべいにしたりするが、大抵はやや濃い味付けで雑炊にする。味はダシ醤油の他、中華味だったり味噌だったりカレー味だったりクリームチュー味だったりする。この雑炊の日だけは好きなだけ食べていいし、普段一食10ポイントだが、これは半分の5ポイントでお得だ。
いわば余り食材の有効利用食でその分安いのだが、味は悪くないし、具も多く毎日でなければ悪くない食事だ。
拓たちは配給所で大鍋一杯分けてもらい、持ち帰ってきた。それを自宅で温めなおして食べる。
参加メンバーは、拓、時宗、優美、啓吾、篤志、レン、杏奈。
拓と優美と啓吾は家が別だから、車と原付で合流してきた。
近場の移動用は燃費のいい軽自動車か、ハイブリット車か、電気自動車を使う。ガソリンは貴重だし、近距離用ならば荷物を載せることもないので大型車である必要はない。電気は制限があるがガソリンと違って自分たちで作れないことはないので、そっちの使用を推奨されている。もっとも電気自動車が使えるのは政府職員の特権で、職員ではない一般生存者の足は主に自転車か原付であることが多い。こっちのほうがはるかに燃費はいいからだ。
ここにはユイナと大庭はいない。
二人とは練馬に戻ってきて練馬区役所で別れた。彼女たちは拓たちの仲間ではなく政府の客で、近くにある小さなホテルが滞在場所になっている。ちなみにレ・ギレタルやサ・ジリニもそのホテルに住んでいて、政府の護衛もついているので身の安全は確保されているし、設備もしっかりしている。
「彼女は明日、村上総理たちとの意見交換会と東京の各施設の視察があるから偵察にはいけない。俺たちだけ」
拓は雑炊飯を掻き込みながら言った。
夕方ユイナたちを練馬区役所に送り届けた時、伊崎にそう教えられた。
村上 義秀は元国会議員だった政治家で、官房副長官だったこともある。50代半ばのやり手の政治家でいち早く臨時日本政府を作り上げ、今の体制を組織した辣腕政治家だ。今日本臨時政府の総理の職に就いている。選挙をしているわけではないが、生存者たちからの支持率は90%を超えているだろう。
政治家としては若い方だが、学識も徳もあり行動力もある、普段はいつも笑顔で、精力的なリーダーだ。ただ戦闘は向いておらず、その方面は伊崎が防衛大臣として支えている。他の大臣も能力優先で30代、40代が多い。
意見交換会には、他にも日本臨時政府の政治家たちやリーダー格が参加するらしい。
「ユイナちゃんすげぇーな。そのメンツと交流会かよ。完全に政治家だぜ」
「<京都>の姫様は伊達じゃないか」
「オーラがなんか違うよね、あの子。まるで皇族みたい。本当お姫様っているんだね」
京都から東京まで……そしてここ数日拓たちはユイナと一緒に行動してきているが、彼女は礼儀正しく、いつも落ち着いていて気品があり、それでいて人当たりもいい。つらく過酷な体験も多くしただろうが、そういう暗さもなく、サバイバル臭はまったくない。だが十代半ばの女の子らしい話は一切しないし、芸能界の話や娯楽系の話など俗っぽい話題もよく分からず、ちょっと浮世離れした少女だ。記憶を失っている事も原因にあるのだろうが、それだけではない。<京都>ではただアイドルのように愛されていたのではなく、本当に政治的な存在として働いていたようだ。
大人しいが、話しかければ明るく会話に参加するし、とても丁寧で愛想もよく賢い少女だ。<姫>と呼ばれ特別な待遇を受けているが、私人でいるときは偉ぶるようなことは一切なく、ちゃんと拓の命令にも従う。
しかし彼女の本業は<少女>ではなく<政治家>のようだ。
「統率のための偶像……人心安定と掌握のため……あの子は<姫>になる道を選んだんだろうね」
啓吾は呟いた。
「リーダー向きの人材はある意味才能だからね。中々いないよ」
政治学を専攻していた啓吾は、<京都>の徳川の意図をそう読み取った。
わざわざ松平の本名を捨てて徳川と名乗っている事もそうだ。血統で特別感を与え、人々の希望となるべき存在となることで政治と文明が機能していることをアピールする。そういう存在としては、ユイナはうってつけの存在だ。愛らしい清楚な容姿、献身的な仕事ぶり、俗的ではない雰囲気……そしてALに襲われないという不思議な体質。特別視されるには十分だ。
興味はあるが、自分たちとは住む世界が違う人間で、力になれそうにない。
「明日はどうするの?」とレン。
「俺は伊崎さんと約束があるけど皆はフリー。寝ていても仕方ないし、近場で調達かな? 立川あたりの住宅地はまだ残っているみたいだし」
銃と弾薬を売ったポイントがあるし、祐次が残した食材と物資もたっぷりあるから生活には困らないが、それでも旅に出る準備はしておきたいし、残る優美や篤志たちのため備蓄は少しでも残しておきたい。そして拓たちがいる間に篤志たちに日本でも調達のコツも教えておきたい。
「伊崎さんと軽く相談してきたけど、船の整備には一ヶ月はかかるって。詳しくは伊崎さんが手配してから決まるけど」
「えらくかかンな? 普通に動いていたじゃん?」と時宗。
「明日詳細聞きに行くけどな。色々相談があるって言っていたし」
「船って意外に大変なんですよ。海の上だと色々すぐに錆びついてしまいますし、蠣殻や腐食もしますし、電気系統だって日本タイプではないですし。米国仕様になっていましたから日本の家電は対応しやすいほうですが」
篤志は十一ヶ月海を旅してきた。祖父ハンスが元海軍軍人で色々詳しく、さらに実地で色々学んだ。崩壊歴も拓たちより長く、サバイバル力は拓たちとは別方向だが詳しい。
「家電や食料は日本で揃えるしかないしな」
「篤志は昔から飲み込みの早い優等生君だもん。お姉ちゃんはのんびり療養できるよ」と杏奈。
杏奈も日本の気候が合っているのか、それとも日本での落ち着いた生活と投薬が効いているのか、船上のころより血色がよく元気だ。拓たちは予防接種をしたので、マスクさえしていれば、この面子であれば普通に生活していい、という指示を前島から貰っている。
「ここの発電機、一つ外して船に付けるか? で、またこの家に発電機つけりゃあいいんじゃね?」
「太陽発電機?」
今の日本に電力会社なんかないし電気設備もない。
政府が小中学校の屋上などに太陽光発電機を設置したり、オリジナルの火力発電所を持っていたりするが、それらは全て政府の運営用に回されて個人にまでは回されない。なので、ほとんどの個人は自宅に太陽発電機と大型バッテリーを設置して電気を得ているが、一日晴天でも5、6時間しか使えない。
が、この家は別で一日中豊富に電気が使える。
「夏、クーラーをガンガンに使えるのって、病院以外だと俺ン家くらいだぜ?」
理由がある。
二機ある発電機は、どっちもJOLJUカスタムで、電力増幅器とJOLJUオリジナルの蓄電器が付いている。一時間の太陽で2000W、24時間フルに電気が使えるし、かなりの容量の蓄電能力もある。しかも太陽光パネル以外は小型で持ち運びできるくらいコンパクト、ちょっとした超科学道具だ。
「二機あるからな。JOLJUの計算だと、発電機一機でも家庭生活には十分だっつー話だったから、まぁ取り外して予備に普通の発電機取り付けたら問題ねぇーと思うぜ」
<アビゲイル号>の家電もオール電化だった。海が荒れれば太陽光発電は出来ず、エンジンからの発電に頼ることになる。そっちが故障したりすれば詰む。
今度の航海は大人しいインド洋や陸地近くの海ではなく、広大で、時に何日も海が荒れる太平洋だ。
「姫君」2でした。
タイトルはユイナ編ですが、今回はどちらかというと拓たちの渡米用意編と日本生活編。
ちなみに練馬区の公用車は電気自動車なので、電気自動車や充電ステーションは練馬区役所にあるので利用できているわけです。
そして色々工夫しながら生きている日本人!
そんでもって、なんやかんやちょくちょく超科学を置いて行っているJOLJU。
拓は特に急いで渡米する理由はなく、しかも行くとなればまずいきなり最大難関の太平洋横断があるのでここは慎重です。
次回はある話が出てきて明日の行動が決まります。
拓編の前半部は拓を中心というより拓と仲間たちの群像劇になります。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




