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AL地球侵略編  作者: JOLちゃん
第一章・エダ編
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「託された命」

「託された命」


病院に運び込まれたトビィ。

死力を尽くす祐次。

だが運命は残酷だ。

神は一握りの奇跡をくれた。


そして……。

***





 ロンドベル群立グレモア病院は、町のイーストエリアの中心にある小さな総合病院だ。


 トビィとエダを収容して8分後、祐次たちは病院の救急搬送口に車を乗り入れた。


 祐次は飛び降りるとストレッチャーを二台運び、トビィとエダをそれに乗せた。


「お前は非常用自家発電機を確認しろ! 消防管やスプリンクラーを作動させたらすぐに手伝いに来い!」

「病院の電気は生きてるぽいJO!」


 病院は非常用発電機がある。

 すぐには停止しない。


 この世界が崩壊して約8年になるらしいが、<ハビリス>が反応すると、どういう仕組みか一旦そのエリアの時間は巻き戻る。このロンドベルの少年たちは遭難して数日ということだから、この町の時間も崩壊後数日しか経過していない事になっているのだろう。


「運がいい! 薬も血液もまだ使える!」


 これならばすぐに手術が出来る。


 そういうと祐次はまず荷物の中から沈静睡眠薬を取り出しエダに注射した。

 この状況でエダの世話までとても手が回らない。寝てもらうしかない。


 最初にエダを病院内の入れ、すぐにトビィを運び始めた。


 トビィの意識はまだあるが、ほとんど朦朧状態で相当量の出血があり危険な状態だ。しかし聞かなければいけないことが一つある。



「トビィ! 血液型は!!」

「……AB……」


 これだけ出血があると輸血が必要だ。


 祐次は頷くと、酸素吸入器を取り付けトビィに当て、そのまま一番近くにある手術室に入れる。そして荷物を運び入れ、必要な薬を投与する。探すよりこっちのほうが早い。


 それが終えたとき、病院の全電力が復帰した。


 すぐに機器を体につけると、血液保管庫に走った。助手の医師も看護師もおらず勝手の分からない病院での手術だから無茶なんてものではないがそうは言っていられない。




 ……俺には医術の才能があるんだろ!? 神とやら……!!



 祐次はDE44の入ったショルダーホルスターを外し両手を消毒すると医療用手袋を嵌めた。この瞬間、祐次は戦士ではなく医者となった。





***




 手術は2時間かかった。だが無事終わった。


 肺と大腸の損傷、動脈損傷、他外傷で、重傷だ。祐次もこんな重態の患者を手当てした事はない。もし世界が崩壊せずちゃんとした医者がいて機能する病院があれば助かる傷だ。


 だがこの世界には、もはやそんな環境はない。


 祐次は正しくは医学生だ。医者ではない。


 だが三ヶ月前、<神>を名乗る<BJ>の<エノラ>によって、その知識と技術は一気に一流の医者に進化させた。


 ドイツで避難民を治療したとき、祐次は自分の能力が格段に向上していることに気づいた。その後何人か治療をしたが、祐次自身驚愕するほど自分の能力は上がっていた。医学書を一度読めば頭の中に入り、頭の中でイメージしたとおり腕は動く。その腕前は自分の知る外科教授よりも巧みだった。


 それでもこんな大手術は今回が初めてだ。そもそも現代医学でこれほどの処置を一人の医者が行うことなどない。祐次は全て一人でやらなければならなかった。



 それでも祐次は遣り遂げた。能力もあるが度胸が違うのだ。いくら能力を得たからといっても普通の人間にはすぐにこんな実戦は出来ない。



 手術を終えた祐次は容態を確認すると、外に出た。

 なんとかやったと思う。

 だが自信があるわけではない。それでもやれることはやったと思う。



 外ではJOLJUが沢山のスナック菓子やチョコバーを食べ、そしてコーラを飲んでいた。



「おつかれだJO。祐次も食べるといいJO」

「お前はコーラが好きだな」


 そういう祐次も喉がカラカラだ。今日は色々あって禄に食べていないし飲んでいない。

 祐次はコーラを一気に飲み干した。よく冷えていて旨かった。


「冷凍庫に入れといたから冷え冷えで美味しいJO♪ コーラは冷えてるのが一番だJO」

「一息ついたら、あの女の子を病棟に運ぼう。ストレッチャーじゃあ窮屈だろうしな」

「いつ目覚めるの?」

「夜だろう。疲労や睡眠不足が重なっていただろうから今はぐっすり寝るさ。トビィも夕方までは意識が戻らないだろ。俺は一休みしたら……町を一回りしてくる」


 ALを掃討して完全に町を制圧する。あの規模の群れがまだいるだろう。武器があるなら徹底的に殲滅するほうが安全だ。一度完全殲滅すれば一ヶ月くらいはあのムカつくエイリアンの顔を見なくて済む。ついでに保安官事務所に行って銃を補充したり、食料品店に行って食料も補給する。



 そして……遺体の確認をする。



 今は収容することは出来ないが、毛布で包みどこか屋内に安置することは出来る。全滅したのならそこまで気を遣わないが、二人は救助した。友達だ。きっと埋葬したいと思うだろう。



 それを聞いたJOLJUは、なんともいえない笑顔になった。



「祐次はいい奴だJO。オイラもマブダチとして鼻が高いJO」

「お前、鼻あったのか?」

「あるJO」


 こうして二人は一時間ほど病院を離れた。



 この一時間を、祐次は生涯後悔することになる。





***





 異変は、病院に戻ってすぐに知った。


 手術室の機器が警報を鳴らし、顔面蒼白で体が震えている。



 一瞬、祐次の頭が真っ白になった。



 ……どういうことだ!? ショック状態だと……!?



 こんな経験は初めてだ。

 すぐに手術室に駆け込み状態を確認する。脈が低く乱れ呼吸が荒く汗も酷い。


 傷口から血は噴いていない。血は止まっている。

 調べていくうち、祐次は大学で習ったある症状を思い出した。



 血管血栓と急性溶血性輸血反応だ。すでに傷口が溶解しはじめている。

 他の傷からの出血も止まっておらず、血圧は危険域まで下がっていた。


 ……血液が腐っていた……!?

 いや、鮮度は間違いなかった。冷蔵室はちゃんと機能して問題なかった。


 だとしたら……。


 輸血ミスだ。違う血液が体内に入ったことによるショックと拒絶反応だ。

 それが引き金になって、容態を悪化させていた。

 祐次は目を離すべきではなかった。だが終わったと思って目を離してしまった。



「馬鹿な! AB……」


 その時、祐次は戦慄した。

 すぐに血液検査キットを探しに走る。



 そして、知った。



「Rh……マイナス……AB型!?」



 愕然と立ち尽くす。

 血が違う。


 自分が輸血したのは普通のRhプラスAB型だ。


 輸血ミスによるショック状態。


 しかも非常に数の少ないAB型の、さらに珍しいRhマイナス。

 祐次の技術に問題はなかった。経験が圧倒的に足らないことによるミスだ。

 そして不運。

 少量の混入は問題ない。だが今回は大量の混入で、そのショックによって体力を奪った。それによって彼の残り僅かな生命力は燃え尽きてしまった。



「くそっ!!」



 立ち尽くしている場合ではない。

 すぐに血液を抜き、薬を投与し、正しい輸血をしなければ手遅れになる。


「JOLJU! RhマイナスのAB型かO型の血液を探せ!! 今すぐだ!!」


 祐次とJOLJUは血液保管庫に飛び込んだ。

 だがRhマイナスはただでさえ珍しい血液で、AB型はさらに珍しい。米国のRhマイナス保持者は15%前後で日本よりも多いが、こんな田舎の小さな総合病院に置いている保障などない。しかも大量に必要なのだ。



 それでも祐次はやった。自分の知る全ての知識と能力を生かして。



 しかし祐次は基本外科医だ。



 外科は技術だ。切って、止める。だがこれは血液内科や輸血専門医の領域だ。知識はあるが経験がない。その点でいえば獣医の研修医がいきなり一人で人間を手術するのと変わらない。


 夏の山を登っていて、突然遭うはずのないブリザードに遭遇した挙句ホワイトアウトに巻き込まれた……状況としてはそんな表現が正しいかもしれない。


 それでも祐次は投げ出さず、処置を続けた。


 だが……輸血の血は全然足りず、ついに多臓器不全を起こし、万策が尽きた。



 後は神だけが、運命を決める……。







 ***





 あれは一年前ことだ。

 日本から近所に引っ越してきた明るい家族は、町でもちょっとした話題だった。

 特に精巧な芸術人形のような10歳の明るい美少女はすぐに町の人気者になった。

 興味はなかった。10歳なんて、子供で女じゃない。

 子供を相手にするより、もっと大人の女が自分の好みだった。

 そんなある日……札つきの柄の悪い不良高校生共とトラブルを起こした。

 喧嘩には自信があった。だが13歳になったばかりの小僧が、17歳3人に敵うわけもなく、袋叩きに遭った。

 その時、飛び出してきたのが、エダだった。

 怖いだろう、涙を浮かべながら、必死に自分をかばった。

 へそ曲がりな自分の代わりに、不良たちに頭を下げ、暴力はよくないと必死に訴えた。

 小さいくせに。弱いくせに。

 さすがに10歳の女の子をいじめる気はなくなったのか、それともその必死さに辟易したのか、不良共は面白くなさそうに去っていった。

 エダは涙を流しながら、微笑んだ。


「これで大丈夫だよ、トビィ!」


 怖かっただろうに。

 馬鹿なことをした俺を叱るでもなく、軽蔑するでもなく……エダはただただ俺を守れたことが嬉しいようで、泣きながら微笑んでいた。


 俺はその時決意した。

 この笑顔をみたい。いつまでも、こいつの笑顔を守りたい。

 それが、自分の役目だと思った。

 そう、俺はその時から<エダのための騎士>になると誓った。



「…………」



 開いた扉の向こうが赤く染まっている。どうやら夕方になったようだ。

 自分の傍には、日本人が祈るように腕を組み項垂れていた。


 彼は祈っている。もう祈るしか出来ないから。


 意識が戻ったのは奇跡。神が、頑張った自分にくれた、ささやかな奇跡だ。


 自分の仕事を果たすため、神が時間をくれた。

 もうほとんど感覚がない。それでもそっと酸素吸入器を外した。

 日本人はその物音で顔を上げた。


「ユウジさん」


 日本人……祐次の名を呼んだ。祐次はゆっくりと顔を上げた。その顔は憔悴し、現出した奇跡を知り、驚きで眼を見開いている。


 祐次は静かにトビィの手を握った。


 トビィは微笑んだ。


「ありがとう……ユウジさん」

「トビィ……」

「アンタは……俺たちに……希望をくれた」

「…………」

「俺……が、生きたのは……<希望>を、引き継ぐ……ため……」

「希望?」



 そう、希望だ。


 俺の。俺たちロンドベルの子供たち、全員の愛と希望。



 ……この人になら、託せる……。



「エダを……」


 トビィは最期の力で祐次の手を握った。



「……エダを……お願い……します。俺たちの……天使を……守ってください」



「ああ。約束する」


 

 ……これで、やるべきことは全てやった……。



「Thank You」



 トビィはもう一度微笑んで、そしてゆっくりと眼を閉じた。

 その瞬間、全身から力が抜けた。



 神がくれたご褒美の奇跡の時間は、終わった。



 トビィ=レタフォード……死亡。



 もう、脈は感じない。




「くそっ!! くそったれ!! くそっ!!」



 祐次は感情が噴出すのを抑えきれず、怒号を発しながら手術室の壁を殴る。

 頭を叩きつけ、絶叫した。


 号泣した。


 神が許しても、自分は許さない! 自分を!!


 何が医者だ! 何が選ばれた戦士だ! 何が救援だ!!


 もし<神>とやらが見ているなら、今ここに姿を見せろ! 世の中の理不尽と残酷さを呪ってやる! これが<神>が下した運命だというのなら<神>を殺してやる!!




「…………」


 廊下でJOLJUが全て見ていた。

 JOLJUも無言で目線を床に落とした。

 今の祐次にかける言葉など見つからない。

 JOLJUは手に持っていたコーラをそっとそこに置くと、静かにその場を去った。




「オイラたち友達だJO」



 去っていくJOLJUは、ポツリとそう呟いた。むろん祐次の耳には聞こえていないが。





***




 祐次が手術室から出てきたのは一時間後……すでに陽は暮れ、病院内は明かりが灯っていた。

 手術室前の椅子では、JOLJUが黙って座っていた。

 祐次は憔悴しきっていたが、それでもいつもの祐次に戻っていた。


「飯でも食うか?」

「オイラがカレーライスでも作ろうか?」


 このちんちくりんなりに祐次に気を遣っているのだろう。カレーライスはJOLJUの得意料理でよく作って二人で食べた。


「ちゃんとした米があるならな」

 カレーはルゥを入れるだけだが米を鍋で上手く炊けるかは50%くらいの確率だ。それでもカレーなら米が不味くてもなんとか食えるから食材の失敗は少ない。幸いここは電気が復活していて、キッチンが使えるから温かい飯にはありつけるだろう。



「あ、そうだ。実は祐次にお知らせがあるんだJO」

「なんだ?」

「あの女の子だけど」


 そういうとJOLJUは一枚のカードを取り出した。  

 それを受け取った祐次は、この日最後にして最大の驚きを受けた。



『ADA=FORLONG エダ=ファーロング、11歳。A型 1/1生まれ』とある。



「あの女の子が、エダだJO」

「あの子がエダ!?」


 14歳じゃなかった。まだ11歳の幼い少女だ。



 死んでいなかった。



「祐次は、約束を守ったんだJO」

「あの子が……エダなのか」


 いや、トビィが言っていたではないか。「エダを頼む」と……。

 その瞬間、トビィの言葉の真意を祐次は全て理解した。



 ……町の子供たちは、みんなエダを守って死んでいった。あの子を庇って、あの子を守るため命を賭けたんだ……!


 ……それほどみんなから愛された少女……!


 ……だから<希望>か……!




「ずいぶん重たい荷物を背負うことになったな」

「JO? エダは軽いと思うけど?」

「俺たちは、とんでもない宝を託されたって事だ」


 そういうと、ようやく祐次の顔に笑みが浮かんだ。


「じゃあ、カレーライスは三人前だな」

「合点承知だJO~」



 こうして一人と一匹、いや一人と一柱……いや、二人は歩き出した。



 これは数多く繰り広げられる悲劇の事件の一つ。



 だが人類にとって、<希望>となる二人の縁が結ばれた瞬間だった。



「託された命」でした。


驚かれた方もいるかもしれません。

なんとトビィ君、亡くなりました。


まさかの、ほぼ全滅ENDです。


トビィは一人出て行ったので、認識カードを書いていません。だから血液型は分かりませんでした。

これこそ残酷な運命です。


ちなみに輸血ミスですが、これが直接の死因ではありません。

多分これによって体力が低下した事、祐次の他の処置が間に合わなかった事……色々原因は重なっていますが、重要なのは、「祐次が自分のミスで殺した」と思った点です。


これが祐次にとっての生涯の十字架になり、エダとの絆の根幹になります。



もっとも、この「AL」のシリーズはエダがメイン主人公で、祐次も主人公です。


実は本編ではエダと祐次の二人のルートがメイン・ルートのエダ・ルートなので、これが規定路線でした。(旧版や「黒い天使」を読んでいる人にい今更ですが)


この重いエピソードが、二人の出会いです。


書いていてすごく悲しい話でした。助けてあげたかった。でも物語上、全滅させなければいけなかった。


このトビィの死は、エダよりむしろ祐次にとって生涯の十字架になります。

神によってスーパードクターになったはずが、自分の経験のなさで死なしてしまった命。

子供たちが命を賭けて守ったエダの存在。

それを引き継いだ祐次。

これから祐次は自分の罪の贖罪として、エダを守っていきます。

それが、祐次をさらに強くさせます。戦士としても、医者としても。


エダはトビィの気持ちは気づいていません。まだこの段階では彼女はまだ<子供>で、これから多感な<少女>に成長していきます。そして次第に守られる存在から皆を守る存在に成長していきます。


次はエダ編第一章エピローグです。二人の旅立ちです。


これで「AL」は終わりません。物語はこれから始まります。

そう、エダ・ルートはここが出発点です。

エダと祐次の二人が紡ぐ、世界の謎と人類存亡を賭けた希望の旅の始まりです。


これからも「AL」をよろしくお願いします。

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[良い点] テンポがいい [気になる点] Rhマイナスでは、溶血がメインでそんな症状でない確率の方が高い。むしろそれ以外の手術の副反応や感染症の可能性が高い。とりあえずRhマイナスネタを映画で使わない…
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