「絶望、折れる心」
「絶望、折れる心」
屋上に辿り着いた二人。
脱出と思いきや、二人の目に映ったのは撃墜されるヘリコプター。
これで完全に希望が消えた。
生存の望みも。
ついに、あの祐次の心が折れた。
祐次が絶望した……
***
午後3時13分
祐次とエダは、登ってくる無数のALを迎撃しながら、ようやく屋上に到達した。
国連本部ビルに巣食っていたALの数は、少なく見積もっても3000はいた。そして全て凶暴期だ。ここまで人間と会わなかったALは、人間がいると分かると、二人に向かって殺到した。
その点、階段は祐次たちにとって、僅かに有利だった。
階段は狭く、ALとはいえ一度に登ってくる数には限度があり、ALの利点である数で圧倒して一気に襲い掛かる事ができない。そして上にはいないから、やってくるのは下からだけだ。登ってくるALの群れは、一度に10体前後だ。その程度ならば、祐次ならば迎撃できる。
が……屋上に到着すると同時に、DEの弾が切れた。
残ったのはタイプ3用の強装弾が詰まったノーマルマガジンの16発。これで最後だ。
屋上に出る直前、追いすがるタイプ1を6体倒し、ついに屋上に出た。
階段を上がってくるALの群れは大集団ではなく、少しずつだ。狭い階段で敵の認識が行き渡っていないのだろう。だが戦えばすぐにその情報は周辺のAL全てに知られる。
屋上は広く何もない。ここならばヘリコプターも着陸できる。
二人は鉄の扉を閉めた。
幸い屋上にALはいなかった。
「エダ。弾は?」
「ごめん、祐次。もうない」
エダは手に持っていたグロックG18Cを祐次に返した。普通のグロックならどこでも手に入るが、フルオートが可能なG18Cは貴重だ。捨てなかった。
エダも息が上がっている。もう体力の限界だ。
祐次はそれをヒップホルスターに戻す。
「こっちは残り10発だ」
だがALは扉の外まで迫っている。すぐに扉が激しく叩かれた。
祐次は扉越しに2発撃ち、マガジンを交換すると、さらに2発撃った。44マグナムの強装弾だ。鉄の扉くらい貫通する。
音は止んだ。
「くそ! まだ来るぞ!」
この様子だと、3分ももたないかもしれない。
だが、ここまで来た。JOLJUが回収してくれるだけだ。
そのはずだった。
その時だ。
「祐次!!」
エダが叫ぶ。
その瞬間、ALの咆哮と爆発音が聞こえ、祐次は振り返った。
そして見た。
マンハッタンのほぼ真ん中の上空……ヘリコプターを咥えたタイプ4の姿を。
「!?」
二人は言葉を失う。
この瞬間……二人の希望は消えた。
タイプ4は、ヘリコプターを噛み砕き、完全に破壊する。
ヘリコプターはバラバラに砕け、無残に地面に落ちていった。
「祐次……」
エダも、それ以上言葉が出ず、その場に座り込んだ。
「……JOLJU……」
「JOLJUは不死身だ。あいつは何があっても死なない」
JOLJUには<死>は存在しない。核爆発だろうが太陽に放り込まれようがブラックホールに落ちようが、絶対に死なない。だから、タイプ4に噛み潰されても、JOLJUは死なない。
だがヘリコプターは破壊された。
……これで脱出の希望は、消えた。
さすがの祐次の表情からも、血の気が引いていた。
全く希望がないわけではない。
ヘリコプターが破壊されても、JOLJUは間違いなく生きている。JOLJUがすぐに脱出し、別のヘリコプターを取りに行くかもしれない。そうすれば脱出は可能だ。
だが……どんなに早くても、20分はかかる。
二人に残された銃弾は、もう11発だ。
とても10分も持たない。
もうここから逃げる体力も、逃げる場所もない。プランもない。
近距離ならばまだ白兵武器のヴァトスがある。だが両腕を怪我して体力の尽きた今の祐次は何分も戦えるものではない。体力が万全でも、白兵戦だけでは祐次でも10分も持たない。その上エダを守りながら戦い抜く事はまず不可能だ。
いくら祐次でも、武器がなければ戦えない。むろんエダだけでは抵抗にもならない。
ただのALではない。凶暴期のALだ。目標を見つければ躊躇することなく最高速度で殺到してくる。戦闘力は通常時の五倍だ。
そして二人共、体力はもう限界だ。
隠れる場所も、逃げる場所もない。
終わりだ。
これが、現実だ。
ALが扉を破壊して、突入してきた時……二人の命運は尽きる。
言葉にはしなかった。
だが、その事はエダも理解した。
「くそ……絶望的……だな」
祐次の気力が……
これまでどんな苦境でも折れなかった祐次の気力が、初めて折れた。
「…………」
エダは見た。あれだけ力強く光っていた祐次の瞳から、生気が消え去っているのを。
あの祐次が……絶望した。
あの祐次が。
「……祐次……」
その時、扉が叩かれた。そしてALの爪が、扉を1/5切り裂いた。
祐次は動いた。戦闘意志というより、ほとんど条件反射だった。
祐次は顔を覗かせたタイプ1の顔を狙撃し、扉に取り付いていたALを射殺した。
DEの弾が、完全に切れた。
残りは3体だ。
祐次はブーツから最後のバックアップ用であるS&WM49を抜くと、3体を倒した。
これで扉の前のALは消えたが、下からはまだ上がってくる。足音と奇声が、次第に近づいてくる。
……2発か……。
祐次は愕然となりながら、そっとエダの近くに行き、ついに座り込んだ。
……終わりだ……。
祐次はシリンダーを開き、残った弾2発を握った。
2発など、次にALが上がってくれば全然足りない。ALは最低でも10前後の数の群れでやってくる。仮に20分耐えるのであれば最低200発は必要だ。そんな弾はどこにもない。
……いや……最後の決断のときか……。
無残に切り刻まれ、苦しみながら死ぬ。
自分はともかく、エダが切り刻まれていく光景は、たとえ自分が死んだ後だとしても、とても耐えられない。
それより……苦しまず、死ぬ方法が残っている。
丁度2発だ。
「祐次」
「残り2発だ」
「…………」
その言葉だけで十分だ。エダも祐次の意図を悟った。
運命を決める、2発。
死ぬには、1発ずつで十分だ。
「2発」
ほとんど消えそうな声で、祐次はもう一度言った。
「…………」
「どうする?」
こんな言葉は言いたくなかった。
いつもの祐次ならば絶対に口にしなかった。
だが祐次の心は、ついに折れた。
その事を、エダは悟った。
エダは……三ヶ月前を思い出した。
トビィの最期を。
同じ顔だ。
自分の生は捨てた。違うのは、エダの意見を求めている事だ。
だが、エダが首を縦に振ったとしても……きっと祐次はトビィと同じ事をする。自分を気絶させて、後は一か八かJOLJUに託し、自分は自殺するか、囮となって下にいき闘死する。
祐次は助からないが、時間さえ稼げばエダは万に一つの確率で助かるかもしれない。
エダは小柄な少女で、ALの第一攻撃対象からは外れる。倒れて気絶していれば、襲われない。そして運がよければ、JOLJUが戻ってきて助かるかもしれない。
しかし、祐次は死ぬ。
「絶望、折れる心」でした。
クライマックス!!
最後の希望だったヘリコプター破壊!
もう屋上まで来てしまった二人にとっては死刑宣告!
そして、あの化け物のような精神をもつ祐次がついに絶望した!
経験と聡明だからこそわかる、もう策がない現実。そして自分たちの限界。
そんな祐次にとって、一番堪えられないのは自分の死ではなく、エダが惨殺される事。それならばこの手で楽に……祐次にとっては究極、極限の決断です。
そんな中、エダの決断が次回です!
そう、第一章の時と違うのは、エダも成長して自分で決断できる子になっている事!
エダはまだ絶望していない!
本当の本当に次回クライマックス!! 後2話!!
これからも「AL」をよろしくお願いします。
 




