「君だけでもせめて」1
「君だけでもせめて」1
トビィがいなくなったことで発生した意見の分裂。
もはやエダたちでは止められなかった。
一方、祐次の治療を受け意識を取り戻したトビィ。
トビィは仲間の救助を依頼、祐次は動き出す。
が
残酷な運命のいたずらが……。
***
時間だけが無為に過ぎていく。
もうじき昼だ。
トビィが出て行って、3時間が過ぎようとしている。
誰もが無言だった。
銃声が聞こえないということは、まだトビィは無事かもしれない。
だが車の音も聞こえない。
いいようのない不安が全員に重く圧し掛かる。
エダですら、言葉が見つからず、何か言う気力はもうない。
そして……破滅は、突然訪れた。
「あーっ!! 俺は家に帰る!!」
突然デービット=デッグスは叫んだ。
デービットはアドラーを連れ、礼拝堂中に響く声で何度も「帰る!」と叫んだ。
その様子は、完全に冷静さを失っていた。
「俺ん家はここから1マイルなんだ! もう家に帰る!!」
「馬鹿な真似はよしなさい!」
「落ち着けデービット! アドラーも!! 怪我してるんだ、落ち着け!!」
ジェシカとバーニィーが交互に説得するが、二人は収まらない。
エダはそっとクレメンタインを探した。だが彼女もいなかった。
「クレメンタイン?」
「俺たちは帰るぞ!!」
ついに二人は駆け出した。バーニィーとジェシカでは、もう止められない。
リーダーのトビィがいて、皆はなんとか精神の均衡を保ってきた。それがついに限界を超え、理性が弾けた。
飛び出していった二人に続いて、小さなクレメンタインも駆け出した。
「クレメンタイン!! 駄目! 戻って!!」
エダは手を伸ばし駆け出す。
だがクレメンタインは二人の後を追って走っていってしまった。
「ジェシカ! 連れ戻さないと!!」
「え……ええ! そうね!! せめてクレメンタインだけでも!」
二人はバーニィーを見る。バーニィーは頷くと、ショットガンを掴んだ。
こうして、三人も教会を出た。
これが運命の別れ道となった。
***
……ここは……ダイナーか……?
……なんで……俺はダイナーのカウンターで寝転がっているんだ?
……頭が痛い。体も、痛い……なんでこんなにだるいんだ……?
アルコールと血の匂いがした。
トビィはゆっくりと頭を横に向けると……そこには、トビィの腕の傷を縫っている長髪の若いアジア人……祐次の顔が驚くほど近くにあった。
確かにアジア人だが、トビィから見せも端正で涼やかな男で、女のようなロングヘアーが不思議と違和感がない。
「…………」
「気がついたか?」
「ここは?」
「<ボノス・ダイナー>という店らしい。メニューにチーズステーキサンドが旨いと書いてあった。食ってみたかったが残念な事に今じゃあ無理だな」
祐次はさっさと傷を縫い上げ傷口を包帯で縛った。
トビィの頭と足にも包帯が巻かれている。見事なもので血は止まっているし、体が重く鈍いが、痛みは大分減り楽だ。
「頭部8針、右腕8針。左足を5針縫った。抗感染と炎症用の注射を打った。上半身打撲で当分痛むが命に別状ない。麻酔を打ったからしばらくだるいぞ」
流暢な英語でそういうと、祐次は奥の冷蔵庫からコーラを二つ取ってきて、そのうち一つをトビィに手渡すと、
「痛み止めだ」と言って錠剤を二つ置いた。「水分を採れ。ここなら食い物も飲み物も沢山あるからな。好きなだけ食べたらいい。俺の奢りだ」
「英語……喋れるんだな」
「普通程度にはな」
「アンタがユウジさん?」
「黒部 祐次だ。大西洋からはるばるやってきた」
「……ありがとう。来てくれて」
「他に生存者はいるのか?」
その言葉で、半分眠りかけていたトビィの脳細胞が活性化した。
「まだ仲間がいるんだ! アンタを待っている!!」
そういって立ち上がろうとした。
だが感覚が鈍く思うように立つ事ができない。
祐次はトビィの腕を取り椅子に座らせるとロンドベルの地図を開いた。
「お前はここにいろ。俺が助けに行く。心配するな。SWAT5チーム分くらいの銃と弾がある。100や200のALは片手で倒せる。それよりどこにいるんだ?」
答えようとした。だが全身の痛み頭痛、そして麻酔で頭がぼんやりする。口が重い。
「ウェスター……大きな……教会だ。町の……西の通りの教会だ」
「ウェス……<西側>だな?」
祐次は地図の中に教会を探し、もう一度「西側の大きな教会だな?」と繰り返した。トビィはひどい頭痛に耐えながら頷く。
「ここにいろ。すぐに友達を助けて戻ってくる。寝ていろよ?」
祐次はそういうと地図を掴み外に出た。外ではJOLJUが待機していて、いつでも出発する用意を整えていた。
祐次とJOLJUの乗るシボレーは出発した。トビィはそれを椅子に座りぼんやりと見ていた。
……助かった。本当に来てくれるなんて思わなかった……。
だが祐次なら大丈夫だ。あの化物のようなタイプ3もあっとい間に倒した。少し話しただけだが、男としての存在感がフィリップなんかとは比べようがないほど頼もしい。何も言わず、彼は自分を手当てし、何の得もないのに命を賭けてエダたちを救いにいってくれる。いい人間なのだ。
……俺はここまでよくやった……。
急に全身の力が抜け、その場に座り込んだ。
これまでトビィの肩にかかっていたリーダーという責任が、解けた瞬間だった。
疲れと緊張が抜け、一気に疲労と睡魔が襲う。そう、祐次が渡した薬の一つは精神安定剤で睡眠効果がある。トビィは気張るのを止め、そのまま深い眠りの中に沈もうとした。
が……。
遠ざかっていくシボレーが、道を左折したのを見たとき、トビィの意識は現実に戻った。
「……え……」
トビィは遠ざかるシボレーを見つめる。道を戻る様子はない。
「……何で左折? ロンドベルの中心市街はそのまま道をまっすぐなのに」
あの道を左折したら、中心部ではなく西側のベッドタウンのほうに向かってしまう。ベッドタウンもロンドベルだが市街から7kmは離れてしまう。
ロンドベルは西のベットタウン、中心市街、東の官庁街に分かれている。
その時、トビィは祐次と自分の会話を思い出し、愕然となった。
……<大通り西側の大きな教会>……!
……<町の西地区の大通りにある大きな教会>……!!
自分は中心街にある中央通りの西側の通りにある教会、と言ったつもりだ。だが祐次は西側の町だと誤解した。だから道を左折した!
ほんの僅かな単語の順番の違い。米国人でも間違いかねない。しかもトビィは朦朧としていたし、祐次はそもそも英語が母国語ではない日本人ではないか!
「くそっ!!」
寝ているわけにはいかない。
一時間もすれば解ける誤解だが、もし何か起きていれば一分一秒を争う。
何か悪い予感がする。
自分が飛び出してから時間が経過しすぎている。皆にトビィに何かあった、と絶対思っているはずだ。だとしたら何か行動を起こしているかもしれない。
トビィはフラフラだ。這いながらカウンターの内側に移動した。
「ここは……<ボノス・ダイナー>……ストライド=ボノスの店だ。ボノスの店なら……あの小悪党の店なら……!」
トビィはカウンター下の物置を漁った。レジも酒も引っ繰り返し、片っ端から棚を漁った。そして金庫の中から一丁の拳銃……ブローニングHPと予備マガジン二つを見つけた。それをズボンに押し込み、レジの横の鍵置きから鍵の束を掴む。
トビィは飛び出した。
店の横には、二台のバイクが置いてある。
フラフラになりながら、鍵を見つけ出し、エンジンがかかるか確認した。一台のバイクのエンジンが掛かった。
「起きろ! くそったれ!!」
トビィは割ったガラスを左拳で握り締める。鋭い痛みが走り瞬く間に血で掌が濡れた。
この痛みでトビィの意識は睡魔の魔の手から解き放たれた。
もう祐次が出て何分か……ぼんやりする頭では分からない。
……エダの元に行くんだ! あいつを助けるんだ……!!
祐次は追わない。住宅地は広く探している時間はない。
銃声が聞こえれば、あの人は気づく。
無我夢中でバイクを走らせた。
トビィが街の中から銃声を聞いたのは、ロンドベルに戻った直後だった。
「君だけでもせめて」1
ついに仲間割れです。
これによってエダたちも最後の選択を迫られました。
そして祐次の救援。だけど場所が違う。
飛び出すトビィ。むろん無免許です。トビィはちょっとヤンチャ設定なので彼が特別なだけで普通はここまで色々できません。
本編もここまで来ました!
どれもほんの些細な行き違いですが、もう一分一秒が命運を分けます。
はたして子供たちはどうなるのか?
ついにクライマックス突入!
衝撃のクライマックスが待っています!
これからも「AL」をよろしくお願いします。




