「襲来、目前」
「襲来、目前」
祐次、ALの状況と避難計画を語る。
差し迫るAL!
避難計画も着々に進んでいるが……。
しかし今医者は祐次一人。助けられない命も発生するかもしれない。
***
エダとデズリーが応急処置の薬を用意している時だ。廊下が騒がしくなったかと思うと、祐次が診察室に現れた。
「何だ、あの患者たちは。どこかで戦闘があったのか?」
「ちょっとだけ。大規模じゃないよ」
「もうどこも安全じゃないな」
祐次は銃器の入ったバッグを置き上着を脱ぐと、すぐに手を洗い医療用手袋を付けながらエダに尋ねた。そしてデズリーにも気付いた。
「何でお前がいるんだ?」
「アンタがいねぇーから、俺がエダの護衛兼助手してるワケ」
「で、何があった?」
「警護隊の人たち。祐次が出て行った後、小規模の襲撃があったの。皆が頑張ってちゃんと撃退したみたいだけど……自警団の人たちほど強くないから」
警備隊は自警団ほど強くはない。さらに今ALは普段より多く凶暴だ。みるところ重篤な患者はいないから、ごく小規模な乱戦で負傷したのだろう。この程度は想定内だ。一応緊急性があるときは無線で呼べ、と伝えてある。
「問診は終わっているか?」
「うん。あたしとデズリーで」
祐次はエダとデズリーをまとめた問診表を一読し、さっさとそれを置いた。
もうリチャードもミショーンもいないから、エダしか看護師はいない。
「一人は念のため輸血が必要だな。B型のマイナス200ccだ。すぐに手術する。二人は感染症予防の点滴が必要だ。俺は用意しているからエダは薬を取ってきてくれ。デズリー、お前は全員の包帯を交換して傷口を縛り直してきてくれ。処置は一人15分、速攻でやる。すぐに処置するから安心しろ、と言っておいてくれ。見る限り危険な人間はいないから焦らなくていい」
この状況でも祐次は焦りも動揺もしない。そしてそれだけいうと、さっさと廊下に出て、一番重傷な人間を招き入れた。
幸い入院が必要なほどの大怪我はなかった。それでも一番大きな怪我を負った男は背中と腕と足で合計32針。腕は筋肉も切れていたが、二重縫合も祐次は難なくやってのけ、1時間ちょっとで全員の処置を終えた。この程度ならば最初の処置さえしっかりすれば、医者が付きっ切りで世話をしなくてもなんとかなるし、抜糸くらいはリチャードで十分だ。
相棒のエダから見ても、やはり祐次は化物だ。
一緒に暮らしているエダだ。戻ってきた祐次から強い硝煙の臭いがしていることに気付いた。祐次はマンハッタン南部までの往復で相当な戦闘をしたはずだが、傷一つないし顔色一つ変えない。そして疲れた様子もなくさっさと怪我人の処置をやってしまう。
「俺、病院も医者も縁がねぇーけど、アンタがすげぇーのは……分かる」
「皆、お疲れ。少し休んで」
と、エダがソーダを冷蔵庫から三本持って戻ってきた。それは受け取り、三人は一休みした。
「お前たちが問診と、止血してくれて助かった。おかげで処置が早かった」
応急処置で止血するのも重要だが、怪我で昂ぶった患者の気持ちを落ち着かせるのも重要な仕事だ。そういうことは無愛想な祐次よりエダのほうが適任だ。デズリーも愛嬌ある少年だから、悪くはない。
「へへへっ。役に立つだろ? 俺も」
「医者になりたいのか?」
「そんなの無理無理。俺、高校もいってねぇーし、そんな度胸も頭のないし。雑用で手一杯さ」
「あたしなんか中学校も行ってないよ? デズリーだって、勉強したらいつかなれるよ」
「無理無理」
「ま、手伝ってくれるのなら手は借りる。どうも最終日まで、忙しくなりそうだ」
「そうなの?」
「さっきちょっと自治体本部を覗いてきたが、やることはまだ多そうだ。最終便まで残る人間が200人はいる。運営や警備や農場管理はギリギリまでやるみたいだからな。ALはもうそこいら中にいるし、いつバリケードが決壊して大群が押し寄せてくるか分からん。もう市内には6000くらいいるが、バリケードが一箇所でも突破されれば一気に数万だ。自警団が地道に減らしても、それだけ増えれば焼け石に水だ」
もう戦闘は駆逐ではなく、自衛のための最低限……というところに方針変更された。全て倒す事は事実上不可能だ。
「怪我人はこれからも増えるってコトかい? ドクター」
「怪我人じゃない」
祐次は静かにソーダを飲み干し、空になったペットボトルをゴミ箱に投げ捨てた。
「増えるのは死人だ」
「…………」
エダとデズリーは沈黙した。
祐次は顔色を変えることなく、エダが用意していたクッキーに手を伸ばし、一つを頬張ると言った。
「俺は一人だからな。今日くらいの患者なら何分もかからないしエダが処置してもいい。薬の処置は後でも出来る。だがALに本格的に襲われたら、重傷は免れない」
四肢切断や内臓損傷なら大手術になる。こればかりは祐次でも長時間の手術となる。リチャードがいない以上、医者は祐次だけ、つまり治せるのも一人だけで他には手が回らない。もっともリチャードがいたところで、重傷者の手術は祐次にしか出来ない。
つまり重傷者が二人以上出たら……さすがの祐次もトリアージをせざるをえない。今度ばかりは助かる命だけを確実に助けるしか出来ない。普通のときならばまだなんとかしただろうが、避難が待っている以上祐次ですら選別せざるを得ない。
以前の祐次ならば、そんな判断はせず、我武者羅に挑んだかもしれない。
だがアリシアの死で、祐次も医者として成長した。
ちゃんとした医者は一人だけだ。ちゃんと治せる重傷者も一人か二人だ。
医者としては、助かる命の数を増やす事が一番。現実を直視して判断しなければならない。
この判断を下すのも医者の仕事だ。
「これからは、治せない人間は、治せない」
「……祐次……」
「誰が負傷しても……重傷者が重なれば、死人が出る」
「…………」
「今日、俺はマンハッタンの南部から帰って来たが、もう凶暴期に入っている。じきに突破してくるだろう。その時はいくら奮戦しても、数万のAL相手には勝ち目はない」
祐次はただ帰って来たわけではない。ニュージャージー、ブルックリン、ブロンクス、北部、全て偵察してきた。
先の『ロングアイランド殲滅作戦』で、ブルックリン方面と、二つの大トンネルが破壊されたハドソン川側のニュージャージー側は、侵入する道が失われ、数万のALが消滅した。だが元々数の多かったニュージャージー側は、この数十日で再び増え、それは残ったワシントン・ブリッジに殺到している。北部、そしてブロンクス方面はすでにALが充満し、バリケードを超えマンハッタンに侵入し始めている。
祐次は経験から、あれはじき溢れるだろうと見ている。
ALは敵の意識を共有する。そして凶暴期のALは数万という数で共有する。突破し、人間と接触したが最後、全ALが殺到し始める。そうなれば終わりだ。
「俺は助けられる人間だけを助けるだけだ。一人でも確実にな」
「…………」
「だからデズリー。ヤバくなったらお前はさっさと避難しろ。無事生き残る事が、お前の仕事だ」
「祐次」
「凶暴期の前には、どんなに強くても人間は無力なんだ」
そういうと祐次はクッキーを食べ終え、手を洗い「ベンと話をしてくる。二人は留守番をしていてくれ。で、患者がきたら無線で連絡をくれ」と言い、何事もなかったかのように医務室を出て行った。
その後ろ姿を、エダとデズリーは複雑な……恐怖と不安の混じった気持ちで見つめていた。
生き残るか全滅か。
空前の大襲来は、もう目前に迫っている。
「襲来、目前」
今の所は避難計画も予定通りです。
ただしエダと祐次がキャンプにいくかはまだ未定。
丁度今は洪水でたとえれば、川がすでに危険水域を越えているのに巨大台風直撃が迫る、みたいなものですね。川は決壊、町は崩壊……ただそれが予報できてい分、逃げる選択ができる……そういう感じです。
何事も起きないはずがない。ALは20倍です!
これからも「AL」をよろしくお願いします!




