「帰宅」2
「帰宅」2
家を説明する時宗。
そこにはこれまでにない平和があった。
その平和な生活に馴染めないレン。
果たしてこの日本に自分の居場所はあるのだろうか?
そして夜。
多くの生存者たちが集まり食事が始まる。
そこにはちゃんとした政府の運営があった。
***
「インスタントでよかったらコーヒーやお茶もあるから、久しぶりにのんびりしようぜ。日本での事はコーヒーでも飲みながら説明してやるよ。ああ、夕方には共同浴場が開くから、風呂に行こうぜ風呂。多分拓たちも行くはずだから、会えるはずだぜ。人は多いけど広いしタダで風呂入れるのは有難てぇーし」
「何から何まですません」
「すごいね。日本はちゃんと機能しているんですね」と杏奈。
「荷物が重いからさっさと入るぜ。さ、どうぞ我が家へ」
そういうと時宗は篤志たち三人を中に案内した。
中は、「いかにも男の部屋」という感じで、汚れてはいるわけではないが色んなものがそこら中に雑多に置かれていた。本やDVDや家電や酒などが無造作に置かれている。玄関とリビングには緊急用に89式自動小銃とショットガンとSIGP229も置いてあった。
「ベッドは二階の祐次の部屋が空いているぜ。ああ、前に見たビデオ・メッセージのアイツな。日当たりもいいしベランダもついているいい部屋だ。杏奈ちゃんが使ったらいい。俺の部屋は祐次の部屋の正面。篤志とレンちゃんは他の部屋を好きに選んでくれ。俺は二人の布団を手に入れてくるわ。ベッドでなくていいよな?」
「僕も行きますよ。一人で二人分の布団を運ぶのは大変ですよ?」
「OKOK。ま、近所の家からかっぱらってくるだけだから、そんなに手間じゃねぇーけどな。とりあえず当面用で、そのうち自分の好きな布団やベッドを見つけてくればいいさ。高級布団も選び放題だしよ」
「分かった。うん、ありがとう」とレン。
篤志が杏奈を祐次の部屋に連れて行く間、レンは台所に行き食材の確認をした。
冷蔵庫の中に入っていた肉や牛乳や惣菜は捨てなければならないが、缶詰やジュースなどは大丈夫だ。元々時宗も祐次も料理は出来ないからそういった生鮮食品は少なかった。
このメンバーで多少料理が出来るのはレンだ。
この一ヶ月ほど、レンは皆の炊事係だった。最初の頃に比べたら大分上達していた。
そこに、自室を出てきた時宗がやってきた。
レンは冷蔵庫を漁っている。
「腐っているもの、多い」
「そりゃあ、二ヶ月前だしな。俺たちだって、まさか中国に飛ばされるなんて思ってもいなかったからな」
「矢崎は一年以上」
「祐次とJOLJUもそんくらい飛ばされたみたいな事言っていたな。俺たちはまだ運がいいほうだぜ。ああ、生ゴミは袋につめて集積所に置くんだ。連絡すれば回収してくれる」
「回収?」
「ゴミも価値があるんだぜ? 肥料にしたり養豚のエサにするし、使えないものは燃やす」
腐った生ゴミも枯葉や腐葉土を混ぜて分解させて肥料したり、選別して豚や鶏の餌にする。燃えるごみは燃やして簡単な火力発電にしたりする。何でも捨てず利用して生活する、というのが、今の日本の生活だ。
とはいえ、何でも利用するわけではない。時宗も一緒に冷蔵庫を見て、「こりゃ駄目だ」と半分は別のゴミ袋に入れた。
「庭に穴掘ってンだ。そこでゴミは焼いてもいい。ペットボトルや缶は再利用するから、別な」
リサイクルできるものは何でもリサイクルして再利用する。ペットボトルに水を詰めれば水筒代わりになるし、対AL用の武器にもなる。
「物資は他にある?」
「外の倉庫に米や缶詰はあるぜ。後この家、地下に部屋があるんだ。元々ミュージシャンか芸能人の家だったみたいでよ。収録スタジオがあったんだが、そこを秘密の倉庫代わりにしている。食料も銃も色々入っている。だけど地下の倉庫は他の人間には秘密だぜ? 知られると誰か盗みに来るかも知れねぇー。あの倉庫は、いったら俺たちが集めた秘密の貯金だ。大事に使ってくれよ」
「…………」
時宗の出て行く決心は固く、この日本の家や財産に未練はないようだ。
「後で見せるよ。気にすんな。<俺たち>のだ。自分のだと思ってくれ」
「…………」
「晩飯は心配いらねぇーよ。共同の炊き出しがあって5ポイントから10ポイントで食える。今夜はまた皆で集まって、そこで食って、配給所で朝飯買って、のんびりしようぜ。ここは安全な日本だ。心配いらねぇーよ」
「どうして……こんなに親切?」
「……は……?」
レンの言葉に時宗は首を傾げた。
「私、外国人。日本人、違う。皆と違う」
「そんなの関係ねぇーよ。俺たち仲間だろ? 他の日本人も別に差別したりしねぇーから安心しな。自分の故郷……とはいえねぇーけど、ここにはレンちゃんの居場所はちゃんとあるぜ」
「私に出来る仕事は、一つだけ」
「…………」
「このカラダを、売るだけ」
そうしてレンは生きてきた。矢崎相手にだけではない。香港でも、他の土地でも。汚らしい男だろうが強欲な老人相手だろうが、女相手だろうが、安全と食料を手に入れるためにはどんな相手とも寝た。
彼女がそんな境遇にあったということは、パーティーの中では時宗だけが知っている。
悲惨で、惨めで、自分の身体を売って生きてきた過去。
時宗は苦笑すると、レンの肩を軽く掴んだ。
「忘れちまえよ」
「忘れる? 無理」
「無理じゃねぇーさ。レンちゃんの過去を知っている人間は、ここには誰もいねぇ。レンちゃんは、ただの可愛い17歳の女の子で、俺たちの仲間だ。それだけで十分だ。これからは、楽しく明るく生きていくんだ。可愛いんだからよ」
「……時宗……」
その時だ。玄関のほうで篤志が時宗を呼んだ。
時宗は苦笑すると、トンッとレンの背中を叩いた。
「自分の部屋、どこにするか決めとけよ? これからはここが自宅だ。自分の好きなようにカスタマイズしたらいいぜ」
「……うん……」
「レンちゃんが……本気で誰かを愛せるようになったら、その時は口説かせてくれ。俺は、沢山の女の子を幸せにするのが夢だからサ」
そういうと、時宗は笑いながら台所を出ていった。
時宗は女好きだが、芯まで軽いわけではない。だから、なんだかんだ仲間たちから信望は厚く人気もあり、大人たちからも一目置かれている。
その後ろ姿を、レンはしばらく見つめていた。
……恋とか愛なんて……もうこの世界にはない……。
だけど……希望を持つことは……許されるのかもしれない……。
***
午後6時20分。豊玉小学校。
こんなに人がいたのか……と思うほど、小学校には人が集まっていた。
小学校の校庭にはプレハブの共同浴場。そのための自衛隊の災害用ポンプ車と水道タンク。そしてトラックが二台。このトラックは政府が運用しているいわば移動販売所で、食料の他色々な生活必需品や贅沢品を積んでいる。ここでは買うだけでなく、調達してきたものを売ることも出来る。
東京には約5000人が住んでいる。
こういう場所が、東京には18カ所あり、全て政府が管理している。
「俺たちは政府直属の調達班だから、基本半分は政府に渡す。残りが個人の取り分で、蓄えてもいいし売ってもいい。個人とはレートが違うけど、銃や弾やガソリンなんかは配給で役得もあるし給料もあるし、仕事だからな」
入浴を終え、男湯を出た拓、時宗、篤志の三人。拓は、日本のシステムについて篤志に説明していた。
「体育館が食堂。日替わり定食しかないけど。一食10ポイントで持ち帰りも出来る。ま、給食だよ。弁当箱を持っていけばテイクアウトもできるぜ」
「平和ですね」
篤志は楽しそうに笑った。
彼も世界中見てきたが、こんなに平和に社会を運営している場所は初めてだ。住人たちの表情も活き活きとしていて疲れや悲壮感や絶望感はなく、和気藹々としている。
そこに、同じく風呂から上がってきた優美とレンと杏奈が合流してきた。
「啓吾は?」
「今、皆から質問攻めに遭っているわ。この二ヶ月、どこにいたのかってね」
この地区にいる住人の半分は何かしら政府の仕事に関わっている人間で、ほとんど顔馴染みだ。仲の良かった若者グループもいる。啓吾は自宅でシャワーを浴びて風呂は遠慮したため、他の班の同年代の友人に見つかり、質問攻めを受ける羽目になったようだ。しかも二ヶ月も姿を消して、戻ったと思ったら見知らぬ少年や少女を連れてきたのだ。当然色々聞かれる。
拓たちも友人たちに会いたかったが、まだ伊崎と話をしていない。どうなるか分からないから、今日は仲間たちと久闊を叙するより、今後の事を話し合うほうを選んだ。
「帰宅」2でした。
レンの葛藤!
多分現在登場している全シリーズで一番過酷で悲惨な体験をしてきたのはレンです。レンにとっては平和で普通の生活があることが不思議でならないわけです。
彼女はどうなっさていくのか……拓編はエダ編のようにエダ一人絶対地位のヒロインというわけではなく、ヒロイン役がレンだったり姜だったりユイナだったりするので、それぞれの女の子たちのポジションが違うところが見所です。(優美はヒロインポジションにはないですね、仲間ポジション)
炊き出しと移動販売所というあたりがNY共同体と違う点です。
NYは食堂利用や売店なんかは自由参加で来ない人間もいますが日本の場合はほぼ全員やってきています。これは<京都>も同じで、給食システムに近いですね。お風呂も一緒に開催することで参加率は高いです。こうして生存確認をしていたり具合が悪い人がいないか確認したりしているわけです。
ということでNYもかなり組織的ですがそれよりもっと組織的な東京。
しばらく東京生活紹介編です。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




