「希望をつなげて」1
「希望をつなげて」1
すでに限界に近い子供たち。
そんな中、必死にみんなを励ますエダ。
そして、トビィは決意する。
残された希望を繋ぐために。
***
夜が明けた。
ウェスター教会の礼拝堂で、7人の子供たちは体を寄せ合っていた。
疲労と精神はもう限界に近かったが、誰もぐっすりと眠ることは出来なかった。
外にはALが闊歩している。数はそれほど多くはないが、それは何の気休めにもならないことを彼らは知っている。連中は敵を見つければ周囲から集まりあっという間に群がってくる。
祐次が来る気配はない。これだけのALの数だ。くれば銃声がするだろう。だが一晩待っても銃声は鳴らなかった。
さすがのトビィも、バーニィーも、ジェシカも元気がない。
負傷もある。
昨夜タイプ3によって受けたダメージは、時間が経過すると現れだした。
元々足をやられていたアドラーはさらに肋を痛め、デービットは足を挫き、クレメンタインはむち打ちの症状が現れた。バーニィーも左肩を痛め、ジェシカは朝から酷い頭痛に悩まされている。
唯一エダだけがダメージがなかった。
偶然ではない。あのバスの転倒のとき、咄嗟にトビィとジェシカの二人がエダを抱きしめた。だからエダはダメージを負わなかった。
……皆に守られているだけじゃ駄目だ。あたしだけでもしっかりしないと……!
エダは気力を振り絞り起き上がると、教会のキッチンでチキンスープとトマトソースの缶詰を見つけ、それを混ぜてスープを作った。非常用のガスコンロがありなんとか温めることも出来た。それに非常用のビスケットを添えて朝御飯にした。
「器用ね。こんなちゃんとしたご飯、食べられるなんて思わなかった」
「温かいご飯食べると、少しは皆の具合もよくなるかなって思って」
「アンタ、いいお嫁さんになるよ」
そう言ってジェシカは微笑んだ。だがそれがもうギリギリなのは分かる。
皆最初のうちはスープに感激しながら食べていたが、重い空気の中空元気はいつまでも続かない。5人はスープを全部平らげることが出来なかった。
トビィもさすがに疲れ、スプーンの重さが苦になるほどしんどかった。
それを心配して、エダが黙ってトビィの横に座る。
「そんな顔で見なくても、飯は食ってるよ」
「うん。トビィが元気でないとみんな心配しちゃうから」
「お前は元気だな」
「……うん。だって、あたし、みんなのことが好きだもの」
「…………」
「だから、諦めないんだ。諦めたら、そこで終わりになっちゃうもん」
エダはそういうと無邪気に微笑んだ。
エダだって疲れ果てている。でも諦めない。元気を忘れない。でないと死んだ友達たちが悲しむ。
トビィは一度スープに目を落とした。
「ユウジさん……来るかな? 本当に」
「うん、来るよ。きっと今日には」
「どうして言い切れる?」
「ユウジさん、<絶対に行くから待っていろ>って言ったの。あのね? 日本人ってなかなかこうはっきりと断言しないの。日本人が断言する時は、絶対の自信があって間違いないとき。だからユウジさんは来る。半年以上この世界で生き抜いている人が断言するんだから、信じていいの」
「妬けるな」
そういうとトビィはスープの残りを一気に掻きこんだ。
「おかげで俺も信じる気になったぜ」
「トビィ?」
「賭けようぜ、俺たちの命運。その日本人に」
そういうとトビィは腰のホルスターからキングコブラを抜くと、全員を集めた。
もうトビィの体には活力が戻っていた。
「保安官事務所に行ってくる」
机の上に手持ちの357マグナムを並べながら、トビィは宣言した。
「保安官事務所には無線機がある。業務用無線で電波も強い。それでユウジさんと連絡を取る」
「保安官事務所は町のイーストエリアの端よ? 本気?」
今度ばかりは難色を示すジェシカ。それを見てトビィは笑った。
「行くのは俺だけだ。一人のほうが動きやすいのは先日分かった。一人がこっそり向かう分にはそれほど無茶じゃない。ようはエイリアンに気づかれなきゃいいんだ」
「ユウジさんと無線連絡するならあたしも行く。会話に困るでしょ?」
「大丈夫。ユウジさんが医者なら英語の日常会話くらいできるだろ? コンタクト取るだけだ。教会の場所を教える。そこで連絡が取れなかったときはプランBに変更する」
「プランB?」
「保安官事務所にある4WDに乗ってくるから、それでこの町を脱出だ」
「ええっ!?」
「いいじゃん。皆でのんびり旅しようぜ。俺たちなら生きていけるよ。それにまず向かうのはフィラデルフィアだ。ユウジさんが向かってくるなら合流できるだろうしな」
突然明るくなったトビィの全員いぶかしんだ。
トビィは357マグナムを30発数え、それをポケットに入れると残り18発をジェシカのほうに押しやった。
「皆で生き残ろうぜ」
エダとジェシカは止めたが、トビィは聞かなかった。
結局一人のほうが安全だし、保安官事務所の勝手はトビィしか知らないということで、エダの同行は却下された。
用意……といってもトビィの覚悟だけだ。
それでも安全を考え、教会にあった空のペットボトルに水を入れたものを持った。飲料用でもあるし、最悪の場合投げつけ水爆弾として使う。
さらに教会の周囲にあるスプリンクラーの蛇口を全て開いた。こうして周囲を水で満たせばALはすぐには襲ってこない。
皆と握手をして、飛び出そうとしたトビィを、エダはもう一度手を掴んだ。
「無茶はしないで。トビィ」
「…………」
「昨日はありがとう。トビィ、生きて帰って!」
「ああ」
トビィは笑うと、スプリンクラーの水に打たれながらそっと町の中に消えていった。
「希望をつなげて」1でした。
トビィ君、また奮起!
ということですが、作者の余談ですが実は少しトビィも壊れかけてきています。暴走というよりハイとポジティブのほうに。
本編ではあえて書かなかったんですが、フィリップのエダへの暴行未遂がトビィにもひっそりと影響を与えていたんです。嫌悪する一方、同じことが一瞬頭を過ぎらなかったわけではありません。ただそれをすればエダが自分を軽蔑することを知っているだけです。そう、今回の話あたりからトビィは エダ>仲間 の決意をこっそりしています。
トビィはしっかりしてますが14歳です。リーダーでいるには大変です。特に米国人は集団だとリーダーを決めてその人間に決定権と責任を負わせる国民性なので、トビィの重圧は相当なものです。
多分、今仲間全員のことを平等に考えているのはエダだけです。ジェシカもエダとトビィに比重があります。
それでもまだ仲間としていられるのは、トビィがいるからですが、そのトビィがまた出て行きます。
こうして子供たちの最後のステージの幕が上がります。
このあたりからクライマックスにはいります。
トビィたちの生存か、それとも祐次の救援が先か……。
そして町のALたちもトビィたちに気づき臨戦態勢。
時間との勝負です。
これからも「AL」をよろしくお願いします。