「彼女との別れ」
「彼女との別れ」
進む避難計画。
NY共同体のほうの計画は順調だが、祐次とJOLJUの計画には暗雲が。
祐次たちが転送で脱出する計画はうまくいくのか!?
時間はギリギリだ。
そしてもう一つのイベントが迫る。
それは、アリシアの生前葬式だった。
***
一時間後……JOLJUは帰って来た。メモと誰かにもらったおやつを持って。
ベンジャミンのほうの報告は予想通りだ。避難計画は順調に進んでいるが、取り囲んでいるALの数も日に日に増えている。祐次とJOLJUは大襲来を三週間後だと計算したが、どうやら現実になりそうだ。
「俺の傷の抜糸まで10日だ。ギリギリ間に合うな」
大襲来の時は動ける。
が……一つのプランは諦めるしかなさそうだ。
エダとJOLJUだけを連れ、強行突破する案だ。
この話はエダには内緒で、自宅療養中、時間がたっぷりあったから、JOLJUと二人だけで何度か検討していた。
『ロングアイランド殲滅作戦』の直後、ALの空白が生まれる。この隙に、ロングアイランドを経由して北に逃げる事は可能だった。JOLJUが作った特製マガジンがあり、数千発の弾丸を効率よく持てた。だが祐次の体調が万全で、ベンジャミンたちの援護があって、初めて可能な計画だ。10日間休めば、その間にALは増えてとても突破できない。
他にプランもあるが、これは上手く行く保障はない。
JOLJUの話では、ベンジャミンたちの計画は今のところ順調だ。島は無人島で予定地は8つほど。どこも大きくはないが目が届きやすく、一島で約500人前後とすれば全員避難は出来る。避難キャンプの設備はウエストポイントと共同体の自警団基地本部のものを分解して運べば10日程度の避難は可能だ。
まずは島への輸送と設備に二週間。食料の消費の計算もあるし、早く避難すればいいというわけでもないから、設備が整い次第、家族を持つ非力な生存者たちから避難を始める。自治体の<リーダーズ>は最後の避難組になっているが、例外が一人。リチャードだ。リチャードとミショーン夫妻は、避難第一陣グループに入っていて、最初に避難する。医者を分散させるためだ。
「どうせ祐次は最後まで残るでしょ? 怪我もしてるし。だからリチャードさんたちは先に行って避難民のケアをするって方向になったんだJO。どうせ言っても祐次は最後まで残るだろうって」
「皆、祐次をよく理解してきたね」
エダが皮肉っぽく笑った。意地悪なエダは珍しい。が、あまり毒気がないので祐次もなんとも思わない。
祐次にはベンジャミンたちの意図も分かっている。
医者は分散させなければならないし、後半になればなるほど状況は悪化する。ALの襲来はあるし、怪我人も出て体力は必要になる。リチャードでは大変だし、リチャードには戦闘力はなく、戦闘の中を脱出したり誰かを救助する事は困難だが、祐次とエダは可能だ。二人は若いし、冷静で知識もある。医者を二派に分けるのであれば、誰だってそうする。
それに言明はしていないが、ベンジャミンたちは祐次には別のプランがあり、祐次たちならば独自の脱出案もあるかもしれない、と思っている。そしてそれは事実だ。
厳密には祐次とエダとJOLJUはNY共同体の人間ではなく、独自の決断権とベンジャミンに判断に対する拒否権がある。あくまで<客>だ。
「ま……俺に<働け>ってことだろう」
「祐次はどうするの?」
「お前はどうする?」
避難するか、それとも別の方法を選ぶか。
「祐次に任せるよ。あたしは祐次のパートナーだもの」
「脱出だけどね」と、言ったのはJOLJUだ。
「まだ方法があるJO」
「転送機か?」
「だJO。だけじゃないけど、今それが一番の有力プランだJO」
「前回フォーファードでC4を作ったから、船のエネルギーはもうないんだろ?」
ド・ドルトオたちからもそう聞いている。
だが、そこはやはりJOLJU……ク・プリとは科学力の知識とレベルが違う。
「ド・ドルトオさんたちが使っていた太陽発電機があるじゃん? あれを使って、船のエネルギーの非常用増幅器が稼動させてみるJO。確か壊れてなかった気がする。それが動いたら、エネルギーをク・プリの船に循環させてみて、直せるならやってみようかと思うJO」
「出来るのか?」
「オイラつきっきりの修理になるけど、多分出来るJO」
「本当か?」
「先日ド・ドルトオさんたちのトコで計算したJO。一回は間違いなく出来る。ただ……最初の転送はド・ドルトオさんたちになるけど」
船も機材もク・プリのものだ。彼らに優先権がある。
「一緒には無理なのか?」
「DNA構造が違うから無理だJO。ク・ブリだけか、祐次とエダだけか」
「あたしと祐次だけなの? 他の人は?」
「DNA登録してあるのは祐次とエダだけなんだJO。今、船のメインシステムはスリープになったから、他の地球人は登録できないんだJO。でも一度の転送で300kmくらい先には行けるから、安全圏だJO」
「JOLJUは?」
「オイラ? 起動されすればオイラはエネルギー消費なしでくっついていけるからモーマンタイだJO」
それに、どうせこいつはALの攻撃対象外だから問題ない。
「あいつらには安全な避難先はあるのか?」
「うん。北のほうに秘密の緊急避難場所があるって」
「で? それは何日かかるんだ?」
「最初の転送まで15日。二回目は……天気次第だけど5日」
20日……ということは、ギリギリだ。
「天気次第?」とエダ。
「太陽発電機だから……雨が降ると発電力が落ちるんだJO。悪い事に……どうもぼちぼち天気が崩れそうなんだJO」
「ずっと晴れが続いたからな」
JOLJUのスマホには天気レーダーも入っている。今朝、雨雲の動きを見つけた。
米国東海岸気候の秋は比較的穏やかだが、秋はハリケーンのシーズンで、発生すれば秋雨前線はこのあたりまで伸びる。一度降り出せば三日は降るだろう。
雨の間、ALは活動をしない。だが雨の後はさらに凶暴化し、間違いなく凶暴期に変貌する。
「状況的には最悪だな」
「JOLJU、間に合う?」
「わかんないJO」
一回目は間に合うが、二度目は分からない。
元々ク・プリ星人たちでは自力ではどうにもできない墜落船を、JOLJUが強引に直して実行する。JOLJU自身は30世紀の科学知識はあるが、使えるのは現地にある科学力だけだ。
15世紀の材料で、20世紀の道具で、30世紀の人間が行う。簡単な道ではない。
そこはJOLJUも正直に認めた。
「今回は連中に貸しがある。あいつらを先に助けるのが筋だな」
いくらJOLJUが手伝ったといっても、船もエネルギーも技術も元々ク・プリのものだ。そこに割り込む事はできない。
「あたしは普通に島へ避難してもいいよ? 祐次は嫌?」
「嫌じゃないが、多分俺が過労死する」
ここの住民の大半はキャンプ生活に慣れてはいるが、それでも集団ヒステリーや小さいパニックは絶対に起きるし、老人や女性、子供など、メンタルの弱い人間が体調不良を起こす。それは日本の非戦闘員の避難でも起きて知っている。そして、医者がいるほうが、安心感から、逆に起きる場合もある。
「それに……ベンにだけは伝えてあるが、キャンプの安全性は80%だ。何か起きる可能性はゼロじゃない。あの山奥のキャンプ場で俺たち三人だけのほうが安全だ」
「最初に三人で行ったね」
アレンタウンからNYを目指す途中、NY州北部の小さな湖の畔にあるキャンプ場に避難基地を作った。名所でもない小さな町の山奥のキャンプ場で人の気配もALの気配もまったくない。銃や食料、医薬品、車、燃料も十分にあり、周辺もよく調査して安全は確認した。祐次たちの秘密の隠れ家で、NY共同体にも教えていない。知っているのは三人だけだ。ただし行くと決めたら、ベンジャミンにだけは知らせる予定だ。
それだけではない。
エダは、この崩壊世界では恵まれているほうだ。悲惨なサバイバルやキャンプの経験はなく、大勢の人間が極限状態となるキャンプは知らない。プライバシーも何もない世界で、思春期の女の子にはきついと思う。この町の住人たちがエダに危害を加えるとは思わないが、エダは優しく博愛主義者で世話焼きだ。きっとヘトヘトになるだろうし、精神を擦りきらせ、体調不良を起こす……それが祐次には読める。だから、できれば避難組には入りたくないのだ。その事はエダには話していないが、JOLJUとは何度か話し合って、その点で二人は合意した。JOLJUがなんとか転送機を使えるようにしようとしているのは、そのためだ。
「うん。祐次とJOLJUに任せるよ。あたしは二人が行くところなら、どこにでも行くから」
「分かった。ま、どっちにしてもどこかには逃げる。お前も準備はしとけ」
「うん。購買部で大きなリュックと食料と着替え、だね」
「ああ。金はあるからな。銃と弾もな」
祐次は医者として働いている。ほぼ毎日何かしらやってきたから、他の住民たちより裕福だ。銃や弾も、祐次が特別扱いを受けている事もあり、他の住民たちと違って比較的自由に手に入る。この点でもエダは恵まれているといえる。
「で、病院は?」
JOLJUは病院にも行って、情報を聞いてきている。
「ええっと……今度の11月6日は祐次、お仕事があるJO。来院予定が入ってるJO」
今日は11月4日だ。
「誰か何かあったか?」
「メリッサが来るJO」
「ああ、あの女ボスの抜糸か。忘れていた」
Banditの女ボス、メリッサの傷が塞がる頃だ。抜糸だけではなく、他にも処置があり、祐次の担当だ。リチャードでもこのくらいは出来るが、あまりあの女といい過去はないようで、温和なリチャードも進んで世話をしたがらない。
「ええっと……他の患者は順調だから祐次は自宅で安静にしてろってことだJO」
「アリシアは?」
祐次が尋ねると、JOLJUの表情が曇った。
「決まったJO」
「…………」
「11月7日。セントラル・パークで、アリシアのお葬式をやるそうだJO。もう決定事項で、住民の皆にも告知されて、来られる人は皆参列するらしいJO」
その報告に、祐次とエダの二人は一瞬呼吸が止まった。
ついに……この日が来た。
「そうか。決めたんだな」
「お別れの日に……なるんだね」
「エダ、落ち込むな。覚悟していた事だ。雨の葬式……か」
「空も……泣いているンだJO」
「…………」
エダは黙って……自分の右脇にあるアリシアの宝物……M1911ツインポート・カスタムを触った。
これは、アリシアの形見だ。
あの夜から、ホルスターの長さを調節して、エダはいつも身につけている。
そっと、祐次がエダの横に立ち、その頭を抱いた。
エダは必死に涙を我慢している。
「泣いていい。止めない」
「ユージ……」
「好きなだけ、泣いたらいい。俺が傍にいるから」
「…………」
「だから、葬式のときは笑って、アリシアに会ってやれ」
「うん」
エダは黙って祐次の胸に頭を埋めた。
アリシアとの別れが、迫っている。
「でも……地球って、生きているときにお葬式ってするの?」
JOLJUが首を傾げた。
「生前葬、な。メジャーじゃないが、やる」
そう、アリシアはまだ、死んでいない。
これは、アリシアが企画した、送別会……生前葬だ。
皆が、アリシアに最後の別れをする会だ。
アリシアは仲間たち皆と、お別れをして、笑顔で死の旅に出る。
もっとも……普通の生前葬と違い、葬儀の後……そう時間を待たず、彼女は本当に冥途の住人となる。病死ではなく、尊厳死を選び、彼女は苦痛から解き放たれる。
もう、祐次は覚悟した。
そして、あのパーティーの吐血で、エダもついに覚悟をした。
「笑顔で、アリシアを送ろう。お前が泣けば、辛いのはアリシアだ」
「うん」
エダははにかむ。その頬に、涙が一筋零れた。
「つらいJO~」
JOLJUは顔をクシャクシャにして泣き出す。その顔がおかしくて、エダは苦笑すると、そっとJOLJUを抱きしめた。
「お前、泣くんだな」
ちょっと意外そうに、祐次はJOLJUに言って、アイスティーを飲み干した。
もう祐次の気持ちの整理は済んだ。
だがエダは、頭では理解したが気持ちはまだ追いついていなかった。
「彼女との別れ」でした。
問題山積の避難計画!
なんだかんだいって祐次はエダのことを一番気にしています。保護者としても、相棒としても。
この崩壊世界でプライバシーやメンタルまで考えているのはさすが意思やというべきですが、NY共同体の中でエダの存在が段々大きくなっていることを冷静に見ているんです。もはやアイドル的存在になっていますが、エダ自身にその自覚はないしそのプレッシャーに応えられるほどまだ大人でないことを祐次は知っています。
しかし船を直さなければ転送機は使えません。
ク・プリたちにも直せないので、直すのは30世紀の科学者であるJOLJUが頼り!
まぁJOLJUは機械弄りが趣味ですが、道具は15世紀、材料は20世紀なので大変です。
ちなみに本編でもいっていますがJOLJUが30世紀というのは現代地球を15世紀にしたときの話なので現代をそのまま21世紀だと考えるとJOLJUの科学力は45世紀くらい、というすごいレベルだったりします。ただこいつ一人ですし。
そしてその前に、アリシアとの別れが。
アリシアのお別れ会です。
次回、アリシア生前葬編!
ついにアリシアが旅立つ!
これからも「AL」をよろしくお願いします。




