「モンスター」2
「モンスター」2
エダを攫ったフィリップ。
フイリップはエダと二人で逃げようと呼びかける。
それを拒絶したとき、ついにフィリップは欲望のままエダを押し倒したが……。
***
何がどうなっているのかよく分からない。
走っていたら、突然誰かに捕まり、頭から布のようなものを掛けられた。
後は担がれ、どこをどう走ったのか分からない。
多分どこかの店だろう、そこに入り降ろされた。
手は自由だ。エダは自分を頭を覆っていた布……紳士用の上着を脱いだとき、信じられない人間がそこにいた。
「フィリップ……先生?」
「手荒なことをしてすまなかった。エダ」
そこにいたのはフィリップだ。愛用の眼鏡はなかったが間違いない。
フィリップは、いつものように優しい笑顔を浮かべエダに近寄る。
エダは一歩後退りしたが、壁があってそれ以上は逃げられなかった。
「怖がることはないよ。僕は教師だからね。君を守るのが仕事だ」
「……皆はどこですか?」
「皆は心配いらない。トビィたちがうまくやるだろう」
その言葉は酷く投げやりに聞こえた。トビィのことなど知るか、と言っているようだ。
「あんな乱暴な奴と一緒にいたら、君まで殺されてしまう。いいかいエダ。暴力では解決しない。あのエイリアンたちは我々が歯向かうから攻撃を仕掛けてくるんだ。おとなしくしていれば襲ってなど来ない。これまでだって、全部こっちがちょっかいを出したからやられただけだ。ひっそりとしていれば大丈夫なんだよ」
「落ち着いてください、先生。先生……?」
「僕たちだけで町を出よう。いいね、エダ?」
「そんなこと出来ません。みんな友達です! それに……先生が考えているほど世界は安全じゃないです。トビィと張り合ったりなんかしないでください」
「一つだけだ、エダ。僕は君が生きていればそれでいいんだ」
「先生。どうか落ち着いてください」
いくら晩生で初心なエダでも分かる。今、身の危険が迫っていることを。
会話が成立していない。フィリップはエダと会話などしていない。ただ喋っているだけだ。
怒らせてはいけない。
だが、もうそんな理性がフィリップにはなかった。
ここ数日の出来事。自分の無力。不満。恐怖。全てのストレスが彼にとって限界を超えていた。もう今となってはそれを抑えることができない。
「君さえいればいいんだ! 君さえ!」
そう言うと、フィリップはエダを襲い掛かるように抱きしめた。
「先生!! やめて下さい!!」
「もう君だけでいいんだ! 僕は君だけでいいんだよエダ!!」
「先生っ!!」
フィリップはその場にエダを押し倒した。
そして男の力で強く抱きしめる。少女のエダが痛がることなど構いもしない。
もはや教師ではなく、暴走した男だった。
「先生! お願い! やめて下さい!!」
「君がおとなしくしないなら、僕だって!」
フィリップはエダの胸に顔をうずめ、やがて頬に吸い付く。そして強く首筋まで舐めまわした。ここで大声を出して騒げばALがやってくる。そのことがエダの脳裏をよぎり必死にフィリップの名前を呼ぶが、もうスイッチの入った男は止まらない。
フィリップは右手でエダの両手をきつく握って動きを封じると、荒々しい手つきで太ももを撫で回す。そしてその手がズボンのベルトにかかったときだ。
ものすごい音がしたかと思うと、突然自分に圧し掛かっていたフィリップの体が吹っ飛んだ。
「このクソ野郎っ!!」
飛び込んだトビィが間一髪木材を振り上げ、フィリップを殴り倒したのだ。
吹っ飛んだフィリップに対し、トビィはさらに蹴り上げると、倒れているエダに駆け寄った。
「大丈夫か!? 本当に大丈夫か!?」
「……トビィ……!」
堪らずエダはトビィに抱きつき、嗚咽する。それをトビィは力強く抱きしめる。
「大丈夫だ。俺がいるから! 大丈夫だ!」
まさか、誘拐だけでなく本当に男としての一線を越えようとするとは思ってもいなかった。トビィの全身を恐怖と怒りが満ち溢れそうだ。ALとの戦闘よりはるかに大きい恐怖と怒りだ。
その時だ。起き上がったフィリップが近くにあったパイプ椅子を掴み、トビィを殴り飛ばした。
「トビィ!!」
吹っ飛ぶトビィ。その手に握っていたコルト・キングコブラが落ちた。
フィリップはそれを拾うと、銃口をトビィに向けた。
「トビィ!!」
トビィは起き上がると同時に、ショルダーホルスターからHK USPを抜くとフィリップに突きつける。
用心のため、隠し持っていた銃だ。
「…………」
「どうする? 撃ち合うか? フィリップ! エダが欲しけりゃあ俺を撃ち殺すしかないぞ!? 人が撃てるのか!?」
そういうとトビィはUSPのスライドを引いた。
「俺は撃てるぞ!」
「彼女の前で撃てるのかい?」
「ああ撃てる。試してみるか?」
トビィの目は血走り指は引き金にかかっている。脅しでも何でもなく、僅かでもフィリップが動けばトビィは引き金を引く。それがエダにも分かった。対峙しているフィリップも感じているはずだ。
睨みあう事10秒ほど……。
フィリップは、一気に脱力し手にした銃を捨てると、その場に蹲り絶叫した。
そして絶叫は後悔と懺悔の号泣に変わった。
トビィはゆっくり銃を下ろし、安全装置をかけるとコルト・キングコブラを拾ってホルスターに戻した。
「行こう。教会で皆が待っている」
「…………」
むろん、フィリップは連れて行かない。
それはエダにも分かる。
エダは上着の袖で涙を拭うと、立ち上がった。
その時だ。
「ごめん。ごめんよ、エダ。本当にごめん。君を傷つけるつもりはなかったんだ! 僕は……僕は力になりたかったんだ」
「…………」
「ごめん。本当に君を……ごめん……」
フィリップは顔を伏せ泣きじゃくりながら、何度も謝罪を口にした。
……先生が悪いんじゃない。世の中がおかしくなって……先生も辛くて……誰もそれを理解してあげられなくて……。
「トビィ……そのオートマチックの銃、弾は沢山あるの?」
「15発。予備はない」
「リボルバーの弾は?」
「たっぷり持ってる」
「オートマチック、貸して?」
「…………」
トビィは黙ってエダにHK USPを手渡した。
エダはその銃を少しだけ見つめた後、そっと地面に置いた。
「先生。どうか死なないで」
「…………」
「一人だけど、生き残ってください」
そういとエダはフィリップを見ることなく静かに店の外に出た。
トビィは無言で号泣するフィリップの背中を睨んでいたが、やがて黙ったまま外に出た。
この男が死ぬか、自殺するか、一人生きていくか、もう自分たちには関係のないことだ。
……強い娘だ。俺が思っているより、この少女ははるかに強い……。
フィリップを許した度量も、生きるチャンスを与える度量も。それでいて再び仲間にするとは言わない理性も。多感な思春期を迎えたばかりの少女にとって一番嫌悪すべき行動を取ろうとした男なのに。
「女を見る目だけは一流だと認めてやるよ」
トビィは聞こえるか聞こえないかの声でそう呟き、店を出た。
こうして、子供たちは唯一の大人を失った。死んだわけではないが、事実上死んだのと変わらない。
もはや生存の希望は、祐次の来訪だけであった。
「モンスター2」でした。
挿絵は襲われているエダ!
もしかしたらエダの本編とリンクしている挿絵は初めてかもしれない。
フィリップさんはロリコン教師さん……というより、真面目な分、ストレスで最初に発狂した人です。まぁエダのことはかなりえこひいきして可愛がっていましたし、お気に入りでしたが。そんなエダが祐次と仲良くなったり、トビィに負けている自分が許せなかったんでしょうね。
根からのロリコンではないでしょう……多分……。
エダはそれが分かりました。
だから許しました。危機一髪、被害にはあってませんし。
本編でいっていたとおり、これで本当に子供だけになりました。
もう自分たちの力で戦い続ける限界も知りました。
希望は祐次だけ! だが祐次はどこにいるか分からない……。
これからは一日一時間とかが命運を分けます。
祐次だって急いでますがエダたちの惨状は知らない。無線機がないことがここにきて響きます。
ロリコン教師が無線機を壊していなければ、祐次はきっと飛ばしてきたと思います。ここが運命です。
こうしてエダたちの運命はさらに過酷なものに。
もはや仲間も7人だけ。22人いたのに、もうこれだけです。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




