「巫女」1
「巫女」1
VIP待遇の拓たち。
そのお返しとして演奏会を開くことになり、篤志たちも<京都>に合流する。
そして宴会が行われると聞いた拓は、ある頼みを徳川にしたが……。
***
4月16日 午後1時13分 枚方船着場。
「演奏会……ですか?」
篤志は思わず北……京都の方向を見た。
今、篤志と啓吾とレ・ギレタルと杏奈の四人は<アビゲイル号>のリビングで、昼食のインスタントラーメン鍋を食べ終わったところだった。今は人が少ないから杏奈もマスクをして気分転換で外に出ている。
丁度食べ終わった1時過ぎ……拓から無線の連絡があった。
話というのは、今夜<京都>で拓たちの歓迎会が行われる。その席に来ないか、という話と、篤志さえよければ、そこでヴァイオリン演奏をしてくれないか……という事だった。
「そりゃあ、僕は音楽学校の生徒ですから演奏するのは構わないですが、杏奈やギレタルだけにはできませんよ?」
『全員連れてきていいよ。レ・ギレタルも』
「彼女を連れて行って大丈夫ですか?」
『大丈夫。ク・プリ星人のことも<京都>は知っている。それにレ・ギレタルにも用があるらしい。それに杏奈の病気の事も伝えた。宴会のときはちゃんと距離は保つし、傍に行くのはワクチンを打った俺たちだけだ。それに京料理の懐石が食べられる機会はそうそうないしな』
成程、確かにこんな機会はない。ちゃんとした料理が食べられるなんて何ヶ月ぶりだろう。篤志にとっても杏奈にとっても。
「僕たちが行くのはいいですが……<アビゲイル号>をそのまま置いていって大丈夫ですか?」
<アビゲイル号>は貴重な最新の大型クルーザーで、多くの銃弾や物資を積んでいる。かなり重要な物資で財産だ。日本だから安全だと思いたいが、万が一が起きない保障はない。
『しっかり固定して戸締りすればいいさ。そこに船があることは<京都>にも伝えてあるし。皆はただ来るだけでいい』
「一応鍵は持って、施錠しておきます」
こういうあたり、篤志はしっかりしていて頼もしい。
『頼んだよ。ああ、171号線を進んで京都市に入ったら、桂川を渡る大きな橋がある。地名は吉祥院だ。俺、そこで待っているから。そうだな、3時集合にしよう。皆ホテルに泊まれるから、ゆっくり出来る。ここには温泉もあるし』
「それは嬉しいですね」
結局、篤志たちも行く事になった。啓吾が車を取りに行っている間に、篤志が杏奈とレ・ギレタルに事情を話し、三人で船の各部屋を施錠して、<アビゲイル号>をしっかり桟橋に固定して、全員上陸した。
「温泉かぁ~。楽しみだなぁ」
杏奈は久しぶりに陸に上がり、嬉しそうに深呼吸する。祐次が処方した集中投薬で、体調は大分よくなり、今は薬を飲めば日中は熱が下がり、それほどしんどくはない。
「そうだね。温泉なんて二年ぶりくらいかも」
篤志たちは元々神奈川出身で、子供の頃はよく熱海や箱根に行った。前回温泉に行ったのはドイツ留学に行く前で、この11ヶ月はほとんど船暮らしだった。大きな風呂は勿論久しぶりだし、快適なホテルで休めるなんてどれくらいぶりだろう。
レ・ギレタルは、人間の中にいくという事で、首につけた首輪を操作している。これはホログラム発生装置で、これを使って地球人に偽装する。よほどク・プリ星人を知っている人間かJOLJU以外には見破られない。
***
一方拓たち。
拓たちも、この日の行動はバラバラだ。
拓と時宗は食後東寺に行き、徳川真二郎他<京都>の主要メンバーと対面した。全員行くことはないだろう、ということで優美とレンは引き続き京都観光で寺社めぐり。姜は西京極にある朝鮮人難民キャンプに行った。
時宗が観光組についていかなかったのは、一度<京都>に来た事があり、徳川と顔見知りであるという事と、昨日観光した時、予想以上に街中のALの姿が少なく、市内はまず安全だと判断したからだ。自動小銃やショットガンは持ち歩いていないが、全員拳銃は持っているし、弾も120発は持っている。無線もあるから、何かあってもすぐ助けは呼べる。
伊崎が拓たちのことを余程重要な若者だ、と説明したのか、拓たちはVIP待遇だった。
徳川も、拓たちが、優秀で礼儀正しい若者だと分かり、偉く好意を示した。
事務的な話は、まず伊崎への連絡方法についての打ち合わせ。もう車で飛ばせば一晩で帰れるし、<アビゲイル号>でも二日で帰れるが、わざわざ連絡を、という事は拓たちにさせたい事があるのかもしれない。
方法は無線連絡ということになった。
<京都>も常に東海、中部地方方面に調達部隊を出している。彼らは無線を持っている。彼らに連絡して、伝言ゲームで東京まで伝えてもらう。東京も調達班が山梨静岡長野あたりまで出していて各自高性能無線機を持っている。伊崎は拓たちの帰国を計算して伝言をばら撒いているくらいだから、西に無線機を持たせた偵察班や調達班を出しているだろう。上手く行けば半日くらいで届くかもしれないが、タイミングがズレれば三日くらいかかるかもしれない。急ぎの用があるのであれば、いっそ車を飛ばしたほうが早いのだが、二度手間だし、伊崎に何か考えがあるのならば<京都>で待機しておくほうが無難だろう。
他にここにサ・ジリニがいて東京に帰ったこと。サ・ジリニが残した手紙。(ク・プリ語なので拓たちには読めない)<京都>から東京に送る物品。後は拓が見てきた中国大陸の話などをした。
それらの話は一時間ほどで終わった。<京都>としては、特に中国の話など必要な話ではない。
徳川が拓たちを歓迎して、今夜宴会を開いてくれるというので、拓はお返しの趣向として、篤志のヴァイオリン演奏会を提案した。徳川たちは喜んでそれを受けた。香港でもそうだが、今の世界では娯楽は少なく、プロのクラシック音楽会などやることはない。
「こりゃあ、ご馳走を用意しないといけませんな! 何か食べたいものはあるかね?」
徳川の気前のいい言葉を聞き、拓はしばらく考え……ふと、ある事を思い出した。
「じゃあ、頼みがあるんですが?」
拓は思いついたことを伝える。
ここは京都で、それは比較的簡単に手に入ることを拓は知っている。
徳川は快く受け持った。
「良かった。これで借りが返せます」
そういうと拓は苦笑した。
今度は奴も大喜びするだろう。
「巫女」1でした。
なんだか芸能人化してきた篤志君。
篤志、美少年設定ですしね。清潔感ある優面ですしそれがクラシック演奏会で音楽がきけるとなれば皆喜ぶ、ということで、篤志君はなんだか万能マスコットみたいなキャラになってきました。でも彼かなり優秀なんですけど、優秀さが目立たないタイプですね。このあたりはエダと逆かも。
さて、薄々無分かると思いますが、この流れで<奴>ということは奴が出てきます。
なんだかゲストで出てくるのが拓編の定番イベントになってきたような。
そして明言されていませんがユイナの存在!
ついに拓たちとユイナが出会う!
これからも「AL」をよろしくお願いします。




