「少女の帰宅」
「少女の帰宅」
意を決し帰宅するエダ。
だが祐次はおらず、JOLJUが何か作業をしていた。
そこで知る、祐次のおかれている現状。
祐次は危険な作戦に挑もうとしている。
そんな大事なときに喧嘩をしてしまったことに改めて後悔するエダ。
***
10月28日 午後20時18分
マンハッタン ハーレム
「…………」
多くの家が密集し、家々には灯りが仄かに燈っている。
夜は完全な闇ではなく。各家に太陽発電機やガソリン発電機があるし、蝋燭やランプも使ったりする。
その中で、煌々と明るい家が一軒あった。
祐次の家だ。
祐次の家だけは、電気が豊富だ。JOLJUが発電機と蓄電器を改造し、24時間元の世界のように普通に電気が使える。
エダは自宅の玄関の前で、立ち尽くしていた。
家に入る勇気が、中々出てこない。もう、ここに立って10分にはなるだろう。
エダの手には、大きなランチ袋があり、中には三人分の大きなおにぎりが入っていた。アリシアの家で作ったものだ。炊飯器を使わず鍋で作ったから大変だったが、それは苦ではなかった。
……勇気が出ない……。
ALに取り囲まれたときより、怖い。
逃げ出したい……と何度も思った。罪悪感が消えない。
だけど、それ以上に、祐次の顔が見たい。
ぶっきらぼうで無愛想に見えるが、親しい人間だけに時々見せる涼やかで無邪気な微笑。大きな手で頭を撫でてくれる癖。けして陰で人の悪口は言わない、本人の前ではっきりという裏表のない人格。そして人の命を助けるためなら何でもする英雄。そんな祐次を、好きになった。
「ここで……逃げ出すようなら……あたしは祐次の傍にいる資格はない」
そう思う。
そうなりたくない。
エダは意を決し、ゆっくりと玄関のドアを開けた。
「ただ……いま……」
日本語で、言った。そしてゆっくりと中に入った。
「JO? あ、エダ! おかえりだJO~」
リビングにいたのはJOLJUだけだった。何かよく分からない機械があり、そこらじゅうに分解した銃のマガジンと弾が転がっていた。
祐次はいなかった。
張り詰めていた気が、やや抜けた。
「祐次……は?」
「大学でベンのおっちゃんたちと打ち合わせしてるJO。なんか、祐次も作戦に参加するみたい」
「作戦?」
エダは知らない。初めて聞いた。
エダの反応を見て、JOLJUはエダがこの作戦について全く知らない事に気付き、「あ、しまったJO」と呟いた。
実はあの作戦はまだNY共同体の上層部しか知らされていない作戦で、一般人は知らされていない。言うな、とは言われていなかったが、祐次たちが他の住人にペラペラ喋るような人間ではないから念を押されなかっただけだ。
その点、JOLJUは軽い奴だし相手はエダだ。
「うーん……ま、いっか」と、あっさり作戦の内容を説明した。
話を聞いたエダは、その作戦の規模と危険性に言葉を失う。
相手にするALの数は推定5万から12万だ。これだけの数のALを、防衛ではなく人類が反撃して戦う事は恐らく人類にとって初めてのことだろう。
リーダーであるベンジャミンが前線に出て戦い、アリシアと祐次が全体の指揮を執る。NY共同体の総力戦だ。
失敗すれば、関わった人間は勿論、NY共同体の人間全員の命が危険に晒される。
当然ベンジャミンは同時平行でNY共同体には外出禁止にして自宅待機や一部避難を命じるだろう。4日後には決行だ。これまで通知しなかったのは、混乱を避けるためだ。
だから祐次は忙しい。
ベンジャミンは祐次に頼ると決めた以上、作戦を完璧に実行したい。頼りになるのは一度似た作戦を行った祐次だけで、細部を詰め合ったり、人員配備の相談などを受けている。
話を聞いたエダは、思わず手で顔を覆った。
……そんな大事なときに、あたしは何をしているんだろう……!
……こんな時に祐次を苦しめて……!
……どうしてそんな危険な事するの……!?
自己嫌悪と不安で、おかしくなりそうだ。
「心配いらんJO、エダ。祐次は強いし、オイラもついてるし!」
コンカン! とハンマーでマガジンを叩きながらJOLJUは笑顔で言う。
それを聞くと、少しだけ不安が和らいだ。
「うん」
「多分祐次の帰宅はきっと夜中だJO? 気にせずエダはお風呂にでもはいってよく寝るといいJO。オイラもコレ完成させるまでは頑張りたいから先に寝てていいJO」
「うん。……JOLJUは、何をしているの?」
「祐次のための丸秘秘密兵器を作っているンだJO!」
「秘密兵器?」
「DE用は出来たの。あとはMP5用とステアー用なんだけど、カーブしてるからこっちはちょっと難しいんだJO」
そういいながらJOLJUはハンマーでマガジンを叩く。そして時々変な機械から出る光を当てたり、マガジンスプリングを弄ったりしている。
「もうちょっとで完成しそうだし、アニメでも垂れ流しておくから、エダはお風呂に入ってジュース飲んでまったりするといいJO。自分の家なんだし」
「うん」
……自分の家……そう、ここは自分の家なのだ。
JOLJUは一旦工作の手を止め、アニメのDVDをセットして再生させると、再び作業に戻った。
いつもと変わらないJOLJUを見て、エダは微笑んだ。
自分がいた、何気ない日常。
本当に自分がいるべき場所は、やっぱりここなんだ。
「JOLJUは晩御飯、食べたの?」
「6時くらいに大学の食堂で食べた。んー……あそこの食堂、不味くはないけど少ないJO。サンマの塩焼きか蒲焼が食べたいJO」
「米国でサンマは食べられないね。うん、あたしも食べたいなぁ。いつか食べられるといいな♪ じゃあJOLJU、おにぎり食べる? 持ってきたんだよ?」
「やったー♪ 食べる食べるJO」
JOLJUは無邪気に万歳した。宇宙人だが日本人みたいな奴だ。
エダはランチ袋を開け、特製おにぎりを取り出した。エダのおにぎりは「爆弾おにぎり」で、1合ほどの米に、おかずを四種類入れて握るもので、祐次もJOLJUも好物だ。海苔と一緒に薄焼き卵とハムで包む。おにぎりだがちゃんと色々入っていて立派な食事になる。
祐次は「おにぎりは冷えていても美味しいものだ」という派なので、エダも特におにぎりは温めなかった。
こうして二人でアニメを観て雑談をしながら、ゆっくりとおにぎりを食べた。
楽しかった。
やっぱり、自分たちは三人で<家族>なのだ。
……言える。この温かい家族に戻るためなら、あたしは何だって出来る……。
だが、祐次は帰ってこなかった。
***
祐次が帰宅したのは、日付が変わった深夜午前1時過ぎだった。
リビングの明かりが点いていたので、気になった。JOLJUは健康優良児で、いつも最低しっかり8時間は寝る奴で、夜更かしはしない。
案の定、JOLJUはソファーで爆睡中だった。部屋のテレビはずっと日本のアニメが流れている。こいつの居眠りはいつもの事だ。
そして……反対側のソファーで、エダが眠っていた。彼女の前に、ランチ袋とおにぎりが二つあり、そこにメモで「ユージへ」とあった。
「…………」
祐次はため息をつく。
祐次は、そっとエダの前髪を撫ぜ、そして頬を撫ぜた。
色々疲れていたのか、起きる様子はなかった。
アリシアの事……殲滅作戦の多忙……祐次との事。
ここ二、三日、心休まる時間がなかった。自宅に帰り、その気持ちが緩み、寝入ってしまったようだ。
祐次はそっとエダを抱きかかえると、彼女をエダの部屋に運び、ベッドに寝かせてから戻ってきた。
そして置いてあるおにぎりを食べる。
いつもの味だ。旨かった。
食べ終わり、ブランデーで流し込むと、寝ているJOLJUを持ち上げて起こした。
JOLJUは逆さま状態で目を覚ました。
「JO??」
「お前、何してるんだ?」
「JO……寝てた」
「その前だ。何だ、これ」
祐次はそこら中に転がっている銃のマガジンとマガジンパーツを足で突いた。
「工作」
「見たら分かる。何を作ったんだ?」
「もう眠いから明日でいい?」
「明日は俺、忙しいんだが」
「説明は10分で済むJO。でも眠いんだJO~」
こうなっては仕方がない。JOLJUは食い気が一番、睡眠が二番、という奴だ。
だが、祐次には伝えなければいけない事があった。
もう一度揺らしてJOLJUを起こす。
「なんだJO~?」
「伝言を頼む」
「何?」
「エダに、11月2日までは自宅にいろ。危険だから外には出るな。俺は作戦終了まで家に帰らない。忙しいから当分は病院で寝る。明日はアリシアの介護はいい。精密検査と処置があるからアリシアも忙しい。そう伝えてくれ。お前は手伝いに来いよ」
「エダ……ほっとくの?」
JOLJUは眠たそうに閉じかけていた目を開けた。
「ああ」
「なんで?」
「危険だからだ」
作戦の事を知れば、エダも参加すると言い出すだろう。祐次だけでなく、大好きなアリシアの最後の任務となれば、エダが黙っているとは思えない。しかし今回はかなり危険な作戦だ。指揮所であるビルはセントラル駅近くのビルの屋上だが、万が一ALが駅から溢れたときは、指揮所も戦闘域に入る。その場にアリシアと祐次が選ばれたのは、No2という立場だけではない。状況によってはここから安全圏までALの渦の中戦って切り抜けなければならない。その時、アリシアは戦死することを覚悟している。いや、この作戦を自分の死場所と考えているのかもしれない。しかしそれは祐次が許さない。アリシアが死ぬとしても、そこは平穏で清潔なベッドの上だ。
自分とアリシアだけならば、祐次はALの群れの中を突破する自信がある。だがそこにエダがいると難しい。エダが足手まといというより、二人分守りながら戦うのは無理だ。祐次に言わせれば、このNYで安心できる戦闘員はベンジャミンとガブスくらいしかいない。
それに……。
もしエダが災禍に巻き込まれれば、自分はきっと他の生存者とエダなら、エダを選ぶ。
エダが自分にとって大切な家族だと、この二日で思い知った。
それは構わない。知られてもいい。
だが敢えて危険の中にいれなくてもいい。
それに、エダはこのNY共同体の人気者だし、エダも多くの友達や親しくなった人間がいる。今度の作戦では、誰もが死ぬ覚悟がいる。エダに、親しい人が目の前で死ぬところは見せたくない。
そこまでは祐次も口には出さない。
だが、さすがに鈍いJOLJUも、なんとなく祐次の気持ちが分かった。
「分かったJO~。オイラに任せるといいJO~」
「じゃあ俺は着替えを取ったら行くからな。明日、お前は病院に来いよ」
「あいあいさーだJO。オイラの秘密兵器はその時披露するJO。もう寝ていい?」
「エダに……」
そう言ってから、祐次はエダの部屋を一瞥した。
「もう怒っていない。怒鳴って悪かった、と伝えておいてくれ」
「分かったJO」
そう答えると、JOLJUは逆さまになったまま、目を閉じて寝てしまった。
祐次はJOLJUをソファーに置き、愛用の銃火器の入ったバックと着替えとブランデーの瓶を掴むと、自宅を出て行った。
「少女の帰宅」でした。
エダ、覚悟して帰宅!
ですが祐次は行き違えになりました。
意図的ではなくそれだけ忙しかったんです。まぁ元々ちょっとワーカーホリックな面がある祐次なので語とが与えられると集中してしまうわけですが。
JOLJUが何かしています!
どうやら銃のカスタムぽい?
祐次がその後帰ってきましたが、まぁ……エダよりは冷静ですね。さすがに23歳ですし。
ただ何かあれば自分はエダを優先してしまうことは分かっているようです。
さて!
二人の関係は完全修復しないまま、ついに始まる<ロングアイランド殲滅作戦>!
ALシリーズ前半の大クライマックスがこの四章後半から五章終わりまでのエダ編になります。
ということで次回は作戦編!
これからも「AL」をよろしくお願いします。




