「滅亡1」
「滅亡1」
豊後水道を走る拓たちの船。
もう拓たちは日本に戻っていた。
次の目的地は岩国。そこには米軍空軍基地がある。
そして姜との別れが迫っている。
が…………?
***
4月12日。
海は穏やかだ。
拓たち9人の航海も2週間が過ぎようとしている。
「お、釣れた。サバだサバ」と、拓は竿を上げながら無邪気に笑う。
「私も釣れたみたい。釣り、思っていたより楽しい」横でレンが声を弾ませる。
「僕も。このあたりのサバは旨いんだよね。元々サバの名産地だし」
啓吾も嬉しそうに竿を上げ、連なって上がってきたサバを上手に外していく。
「刺身で食おうぜ。鍋も煮付けも飽きたし、干物はいつでも食えるし」
時宗が後ろで暢気に煙草とビールでくつろぎながら言った。後部デッキでは三人しか竿を出せないから、他の人間は見ているしかない。
今夜食べる分が揃えば、後は保存食用として干物にする。どれだけ釣っても困る事はない。
優美はリビングで昼寝。
姜と篤志とレ・ギレタルは三階の操縦室で、現在地の計算をしていた。
もっとも、大体の場所は分かっている。
今、九州と四国の間、豊後水道の真ん中だ。
そう、拓たちはすでに日本に辿りついていた。
昨日、拓たちは陸地を見た。白煙を上げる特徴的な火山と都市……桜島と鹿児島市だった。上陸はせず、そのまま本州を目指して進路を取った。時々右側に小島が見え始めたので、豊後水道に入ったことは分かった。じきに瀬戸内海だ。
「明日には岩国に着きそうですね」
篤志は近辺の地図を開きながら、レ・ギレタルに意見を求めた。
レ・ギレタルは優秀な航海士だ。元々は宇宙の航海士だが、篤志と一緒に航海をすること半年、地図と星と時々見える島で、大体の場所を瞬時に計算してしまう。
「イワクニとは、この大島の向こうにある都市ですね。特別大きな都市とは思えませんが、何故ここが次の寄港地なのでしょうか?」
地図上ではもっと近くに大きな都市はある。大分、北九州、福岡だ。進路を変えて松山でもいい。だが拓が決めた寄港地は岩国だった。
「米軍基地があるからだろう?」
後ろにいた姜が、煙草を呑みながら答えた。
そう、岩国には米軍基地がある。空軍基地だが、武器庫はある。誰にも漁られていなければ自動小銃や銃弾が大量に手に入るし、良質な燃料も簡単に手に入る。どうせ補給に寄るならば、効率的なところのほうがいい。
西日本は<京都>の管轄で、厳密には拓たち東京組の管轄ではない。あまり他人の領域を勝手に侵してトラブルにしたくはない。
もっとも……岩国が空振りであっても構わない。
姜は、静かに船の後ろを見た。
この<アビゲイル号>の後ろには、大型救命艇がロープで牽引されている。
「沖縄に寄って、物資は十分得られたからな」
そう、拓たちは沖縄本島に寄った。
そして手付かずの米軍基地で、銃と弾薬、燃料、食料など十分すぎるほど積み込んだ。他のものはともかく軍事物資は軍基地でしか手に入らない。拓たちは30丁あまりの自動小銃、20丁ほどのHKMP5、20丁ほどの拳銃、8万発の弾薬と燃料と20日分の食料だ。こんな膨大な量は<アビゲイル号>の倉庫には収まりきらない。ということで、米軍施設で見つけた完全密閉式の大型救命艇を倉庫として牽引することにした。その分足は遅くなるが、それだけの価値はある。さらに岩国で弾や銃が手に入れば、もう一隻牽引することになるだろう。西日本に来る機会はないだろうから、見つけたときに貰っていくほうがいい。
全部は持っていかない。
寄ったのは沖縄のトリィステーションだけで、米軍基地はまだ他にも残っている。取った分と、まだ残っている分はメモをとってある。東京に戻ったとき、このメモを日本政府に渡す。後は政府がその情報を有効に使うだろう。
拓のプランは、あくまで海路を真っ直ぐ東京に向かうというものだ。
陸路は危険だし、これだけの物資と人数を一気に運ぶにはトラックが三台は必要だし、何より<アビゲイル号>ほど生活が快適ではない。この船で移動すれば、野宿の用意もしなくてすむ。
それに……まだ明言はしていないが、できれば渡米もこの船を利用したい。日本には中々ない設備の整った大型クルーザー船だし、この船ならば外洋にも出られる。丁度いい。
「そうか。次の寄港地は岩国、だな」
姜はもう一度呟くと、操縦室を出て行った。
彼女だけは、別の旅程だ。
彼女の目的は、祖国である北朝鮮に帰ることだ。そのためには、このあたりで別れて、日本海を超え、対馬を経由して帰ることになる。これ以上東に進んだら、祖国から離れるばかりだ。
このことは、拓には話してある。拓も了承している。
岩国を選んだのも、姜のためである。
このあたりなら程度のいい漁船も手に入るし、軍用艇も手に入るかもしれない。そして銃や銃弾も分けることができる。姜は一人旅になるから、できるだけいい船がいい。このあたりならばいい船も手に入るだろう。距離はそうないから、漁船ではなくクルーザーやヨットでもいい。
姜がリビングに下りると、釣りを時宗と交代した拓が、デッキからリビングに戻っていた。
「明日には岩国につけるそうだ」
「ここまできたら大丈夫さ。海も穏やかだし、完全に日本国内だし」
「そうか。じゃあ、お前たちとはお別れだな」
「……そうだな。寂しくなるけど。岩国か広島でアンタの船を選ぼう」
「そうしてもらえると助かる」
そういうと、姜はそっと右手を差し出した。
拓は、それを強く握った。
「本当、寂しくなるよ。色々世話になったし、助けてもらったし。だけど一人で大丈夫か?」
「問題ない。それに……北朝鮮政府や軍に、日本人にもいい人間がいることを伝えねばならないからな。今の我々は敵ではない。敵は、あのAL共だ」
「そうだな」
「一度しか言わん。お前たちは、悪くない戦友だった」
姜はそういって微笑むと、拓から離れ寝室のほうに向かった。恐らく荷物でもまとめるのだろう。
……今晩は、別れの宴会でもするかな……?
メインディッシュがサバというのは少し寂しいが、刺身と漁師鍋、あとはちらし寿司でもすれば少しは形になるか……そんな事を拓は考えた。
が……。
ここで一波乱が起きるとは、拓も予想をしてはいなかった。
そう、拓も知らない重大な秘密が、あった。
その秘密は、ある人物が知っていた。
「滅亡1」でした。
拓編本編のほうスタートです。
ついに日本に帰ってきた拓たち。しかも沖縄にもよって武器を仕入れていました。これでもう当分銃と弾には困りません。……大侵攻があれば別ですが。
しかしタイトルの<滅亡>とは一体何なのか!?
それは次回分かります。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




