「京都の姫1」
「京都の姫1」
歓迎の宴に呼ばれた伊崎。
予想以上のご馳走に驚く。
全ては<京都>が行っている治世。
そして、一人の少女が現れた。
京都の姫、ユイナ登場。
***
京都。
その夜は伊崎を歓待する宴がもたれた。
東寺にも食堂があり、趣ある托堂もあるのだが、徳川真二郎はわざわざ祇園にある料亭を選んだ。東寺は九条で祇園は四条、5ブロックあるが、京都市は狭い都市で、渋滞もないから車で10分ほどだ。
「わざわざ祇園だなんて、京都人は見栄っ張りな」
宮本が送迎の車の中で零した。
ちなみに二人の宿泊は京都駅近くのTHE THOUSAND KYOTOで、東寺も近く、京都らしい景観を持つホテルだ。しかもわざわざ二人が宿泊するためだけの施設で、普段は使われていない。
伊崎は苦笑する。
……自分たち<京都>は、ちゃんと文明と文化を大事にしていますよ……という、徳川たちの見得であり、おもてなしの気持ちだ。そして市内は完全に安全を保っている、というアピールでもある。実用一点張りの東京とは違う。日本という国に対する愛着は、彼らのほうが強いのかもしれない。
四条河原町から祇園にかけては、所々に大きな松明が焚かれ、ぼんやりと明るかった。文明の明かりで煌々としているより、こっちのほうがどこか雅で古都京都らしい。松明と傍にはライフルを持った警備の人間が二人いた。これは伊崎のためだけでなく、通常の防犯の一環だ。
送迎車を路上駐車して、伊崎と宮本は一軒の大きな料亭に案内された。
こういう場だが、二人とも別に服装を改めたりはしない。いくら安全にしているとはいえ完全に安全な場所などない。ALはいつ突然出てくるか分からない。
二人が案内された部屋は綺麗な京風の小庭に面した10畳の和室で、大きな木彫りのテーブルと座椅子が用意されていた。8席分だった。
すでに<京都>の顔役が5人、揃って伊崎と宮本を迎えた。
むろん徳川も、その中にいた。他の四人も知った顔だ。
皆、平服で、誰も銃を持っていなかった。スーツに銃携帯の伊崎はともかく、女性の宮本は相変わらずミリタリー服で、着替えてこなかった事を悔いた。
だが<京都>側は、そんな宮本を笑うものはなく、むしろ頼もしがった。
誰もが銃を扱えるわけではない。日本人ならば尚更だ。
「分かってはいるんですが、どうにも銃には慣れませんでね。ははは、ALが現れたら、伊崎さんと宮本さんを頼りですよ」
「油断はよくない。あのエイリアンは、完全封鎖しても突然現れますから」
どんなに閉鎖しても完全な安全はない。それがこの世界の鉄則だ。
風呂と寝るとき以外は拳銃を携帯すること。東京で拳銃所持が認められている人間は、皆そうしている。
徳川はちょっと意味ありげに笑った。
「今夜はユイナがいます。ALの心配はいらないでしょう」
「?」
「そういえば、娘さんも連れてこられると聞いていましたが?」と宮本。
席は8つ。ここにいるのは7人だから、丁度あと一人来ると数が合う。
「最初は我々大人がお相手、という事で。酒が出るのに未成年がいてはまずいでしょう? 姫は後から来ますよ」
「御気になさらず」
……普通は最初に酒抜きの用事があって、その後宴会、ではないのかな……?
伊崎は笑いながら席についた。
すぐによく冷えたビールと小鉢が運ばれた。
そして乾杯し終え、ビールで喉を良く冷やした10分ほどした後、料理が運ばれた。
元々の料亭のメニューと違うが、立派な料理が並んだ。
湯葉と豆腐と水菜の豆乳鍋、野菜の煮付け、春野菜のてんぷら、小鮎の飴煮、鯉の味噌漬けの焼き物、小鮒のからあげ、虹鱒の刺身、鹿肉のロースト、豆ご飯、具沢山の白味噌味噌汁、漬物盛り合わせ……。
「すごい! こんなにたくさんの料理!」
宮本は思わず声を漏らす。
豪華な京風料理が並んでいる。川魚が多いのは京料理の特徴ではあるが、それだけではない。<京都>では、魚は川魚を食す機会のほうが多いのだ。
「鯉や鮒や鱒は養殖もしておりますからな。一年間安定して食べられますよ」
「安定が一番です。東京もそこに苦心していますからね」
東京では、食糧は配給制にしているし、自炊できない者たちのための炊き出しや政府が運営する食堂があるが、おかずは精々2品と漬物で、こんなに量は多くはないしメニューも豪華ではない。野菜も肉も魚も保存させるために塩漬けにしたり加工している場合が多く、そういう味の濃いおかずでお米をたっぷり食べる、というのが近年の食事事情だ。贅沢な副食は少ない。伊崎たち政府の中心人物も例外ではなく、政府の食堂で同じものを食べる。
「京都といえば<おばんざい>ですからな。楽しんでください」
「では、ありがたく」
伊崎は笑みを浮かべ、嬉しそうに箸を伸ばした。
***
開始30分は無邪気な宴会だ。
皆見知った顔だし、色々苦労話や面白い話をしながら料理とビールを楽しんだ。
腹が満たされて、料理があらかた食べ終わった頃から、話の内容が政治的な情報交換会に変わってきた。伊崎と宮本、そして徳川も、ビールを止めて温かいお茶に切り替え、最近の問題や現状の情報を交換しあう。
「何にしても足りんのは食料と銃弾ですよ。どっちも消費する一方ですからな。西日本は米軍基地や自衛隊基地も限られておりますし」
徳川は熱い緑茶を啜りながらため息をついた。
「東京も同じですが、こっちはまだマシなほうかもしれません。まだ東北や北海道は手付かずですから、遠征部隊を出して回収する手が残っています。とはいえ、ここは最後の貯金ですから、できれば手をつけず現状を維持したいところですが」
東も西も米だけは問題ない。元々米だけは日本は自給率100%だし、穀倉地帯に生産村を確保して、農業を行っている。
野菜は都市近郊で作っている。ビニールハウスを作り、一年に三度は収穫できるようにしてあるし、生存者各個人が個人で作っている畑もある。政府がそれを買い取り、備蓄したり加工したりする。
肉も牧場や鶏場を作っている。農業用の村でも牛、豚、羊、鶏、鴨を飼っているから、ある程度の肉や卵はコンスタントに取れるが、大量には取れない。だから配給で出る魚や肉は、一食50gくらいしかない。それ以上欲しい場合は、肉の場合自分で狩りをするか、魚は釣るしかない。漁業も行っているが、ガソリンエンジンは貴重だし遠洋漁業は危険なので、全て近海で、釣りか小規模な網引き漁で、そこまで量は獲れない。それでも今はどんな魚でも食べるから、効率はいい。
今は傷物野菜だろうが雑魚だろうが小魚だろうが何でも食べる。生ゴミは肥料にしたり飼料にするから、全く無駄は出ない。
ある意味自然に優しく無駄のない社会生活だが、贅沢は出来ない。
「まさに江戸時代ですよ」
1合の玄米入り飯と漬物、一つまみの野菜と魚か肉、そして味噌汁。輸入がない完全自給率で出せる食事はこれが精一杯。奇しくも鎖国をしていた江戸時代の食生活そっくりだ。
なんとか全員飢えないようにはなっているが、贅沢は中々できない。
「でも、今夜頂いた鯉の焼き物は大きくて吃驚しました。しかも美味しいんですね、鯉」と宮本。鯉の切り身は東京で食べる焼き魚の倍のサイズはあった。
「ははは。養殖しとりますからな。関西では鯉は簡単に手に入りますしオススメですよ」
五年ほど前、今西という釣り好きの老人が思いついた養殖方法だ。彼は釣った鯉を食わず、小学校のプールに溜めて養殖することを思いついた。鯉は河川だけでなくため池や沼にもいるし、琵琶湖にいけばたくさん獲れる。それを繰り返す事で、気付けばプール4杯分の鯉が集まった。元々海外では外来環境破壊魚として増殖して困らせるほど繁殖力も生命力も強い。それを全てキープして、糠や残飯など与えて大きくする。そして春に笹をプールに突っ込み、そこに産卵させて数を増やす。捕獲と養殖で、数は年々増えていく。鯉は大きいから、一匹でも沢山の切り身は取れるし、エサの分だけ太るから簡単に太らせられる。エサは虫やミミズでもいいから元手はかからないし、プールで飼う事で泥臭さは抜ける。海に釣りに行くより効率がいいし一年中食べられる。<京都>では、それを味噌漬けや塩漬けや干物にして保存している。泥抜きした鯉は旨い魚で豊富で簡単に手に入るところがいい。
他に鮒、虹鱒なんかも養殖している。
どちらも元々隣県の滋賀で養殖場があり、<京都>はそれを京都まで移動させて稼動させている。
「土産に5樽ほど差し上げます。皆さんで食べてください」
「ありがたい。鯉の養殖は東京でもできそうですから、今度検討してみます。こっちは鮭を大量に獲りますが、川の鮭ですからあまり美味しくはないんですけどね」
東日本で船を出さず、一度に大量に、かつ簡単に手に入るのは遡上する鮭だ。だが川で獲るので太っていないし、雌は獲らない。本当は捨てるような産卵後の鮭を主に獲る。これなら誰でも簡単に獲れるし、乱獲しても翌年困る事はないが、美味しくはない。贅沢はいえないし朽ちさせるくらいなら食べようという知恵だ。塩鮭にして干せば保存は効く。後はイワシやアジ、サバなんかも食べるが、これらは干物にするか佃煮にする。
「旨い物を食べたいときは、自分で獲りに行くしかない……のは変わりませんね」
「ただ、そうすると問題は銃ですね」
ただ世界が崩壊しただけなら文明の再生は可能だ。
だが今、この世界を支配しているのは凶暴な殺戮エイリアン、ALだ。封鎖している都市内はともかく、そのエリア外に出ればALと出くわす。ALの小さな群れと出会っただけでも20、30発は自衛のために使う。苦肉の策として、町の各所に3mほどの竹槍や鉄パイプの槍を置いていて、10体以下の遭遇ならば、そういう白兵武器で撃退するが、2体か3体を突き殺せば槍は溶けて無くなる。が、銃弾と違っていくらでも手に入る。
東京では、ショトガン用の12Gとリボルバー用の38口径だけは、小規模だが生産している。しかし機械で作っているのではなく手作りで、火薬から作らないといけないし、弾頭の鉛も手に入れなくてはならない。弾は弾だが、黒色火薬を用いた19世紀末の作り方だ。この作り方では弾の精度がバラつくから、オートマチック用は無理だ。火薬不足で装填不良を起こすし、汚れがひどいためだ。
リロード機械は自作ではない。6年ほど前、日本政府は大遠征でグァムまで行き、弾と銃と火薬とリロードマシンを手に入れて持ち帰った。それを使い、なんとか生産している。
「沖縄に行ければいいんですがねぇ。しかし外征部隊を中々用意できなくて。それに朝鮮問題もあるますし」
「佐世保も同様ですか」
「今のところ、<京都>にとって佐世保が最後の貯金ですよ」
目的は米軍・自衛隊基地だ。基地にいけば数十万発の弾薬と大量の銃が手に入るが、取ればそれ限りで、終わりだ。ALは時々大量発生し、大襲来してくる。その時のため、残している。
その後15分ほど雑談をした後、空になった食器が全て下げられた。
そして同席していた<京都>の重役たちも、ほろ酔い顔で去っていった。
徳川と、伊崎たちだけが残った。
静かになった。その時だ。
「失礼いたします」
少女の声がして、障子がすっと開いた。
そこにいたのは、銀髪の髪をした、小柄な少女だった。
「徳川 ユイナです。初めまして」
「は……はい。ユイナ姫……ですか」
「ユイナ、で結構です」
少女……ユイナはそういうと、優しげな微笑を浮かべ、礼儀正しく、そっと頭を下げた。
確かに14歳くらいだ。着ている服は、どこかの私立中学の制服のように思う。オシャレで清潔感あるブレザーとスカート姿で、汚れ一つない。
銀髪は珍しい。それに瞳がエメラルドのように淡い青色で、宝石のように輝いている。純粋な日本人ではなかった。
美少女だ。明るく無邪気な太陽のような陽気さはないが、孤高の月のような、神韻とした美しさと気品があり、他の子にはない特別な雰囲気がある。
確かに<姫>だ。だがそれは西洋の深窓の姫や武家の姫というより、巫女か公家の姫、というのに相応しい。まるでかぐや姫のようで、どこか現代感がない。
「妹の旦那がロシア人の事業家でしてね。ユイナはハーフなんですわ」
「成程。だから名前も<ユイナ>なんですね」
日本人でもロシア人でも通用する名前だ。
「父真二郎から用件は伺っております。夜も遅いですし、すぐに始めましょう」
「…………」
そういうと、ユイナは気品ある微笑みを浮かべた。
「京都の姫1」でした。
ついにユイナちゃん登場です!
最後にようやくでてきました。
ちなみに作者は京都出身なので京都の描写はリアルです(笑
鯉の養殖はプールでできる、日本らしい食糧維持方法ですね。元々繁殖力強いですし。野鯉も池や川や琵琶湖で簡単に取れますし。海の魚と違って街中でできますし。餌はなんでもいいですし。
実は日本政府が武器があるのは、グァム遠征していたからなんです。軍からではなく射撃場や銃砲店から取ってきただけなので膨大ではないですが、ハンドリロードマシンは持って帰ったので、これで弾を作っているわけです。日本国内でも実は銃弾の製造はミネベアとかがしていますが、そんな事情は生存者たちは知らないので、ハンドリロードしようということになったわけです。リロード前提なので日本ではリボルバーが推奨されていて、カートリッジも必ず回収しています。
さて、次回はユイナの話!
何を話すのか! 彼女はどうして姫と呼ばれているのか!?
これからも「AL」をよろしくお願いします。




