「悲劇のステップアップ」2
「悲劇のステップアップ」2
トビィ、町に戻る。
それは決死行だ。だが他に案はなかった。
子供たちの命運を背負い、トビィは一人出発する。
そしてエダは、ある提案をみんなに行った。
それは必要だが冷たい現実問題だ。
***
午前10時。
トビィは全員を集め、重大な宣言をした。
「町に行く。車と銃を取って戻ってくる」
その宣言に、全員が驚き騒然となった。
トビィは全員を静め、話を続ける。
「このままここにいても俺たちは全滅する。電気と食料は今日いっぱい、無線機は壊れ、外はエイリアンがウジャウジャといるのに銃の弾は14発。次ALが襲ってきたら終わりだ。ユウジさんが助けにくるといってもまだ24時間はある」
「でも町のほうがエイリアンは多いんじゃないか?」とカイル。
「それも確認しないとどうにもならない」とトビィ。
「ユウジさんはこの場所を目指してるよ? 動くと駄目なんじゃない?」とエダ。
「それも計算した。エダの話を聞く限りユウジさんは土地勘がない。南からこのボワナ湖州立キャンプ場に来るにはロンドベルの町は必ず通る。それに町に戻るかどうかは決定事項じゃない。まず車とガソリンと銃と食料だ。それが手に入って、俺が戻ったら戻るか立て篭もるか考えたらいい」
「森が18kmもあるのよ? 大丈夫なの?」とジェシカ。
18kmというのは町の境界との距離で町全体ということになれば約25kmになる。片道だけの話で往復しなければならない。
「7kmくらい行った所に、確か二軒ほど家がある。ランベルク家だ。自転車があったと思う。今から出れば昼過ぎにはロンドベルには着けるはずだ。調達して、夕方前には戻れるはずだ」
「誰と誰が行くのかね?」とフィリップ。
「俺一人」
「君一人?」
「危険だよ、トビィ! せめてバーニィーとカイル、三人で行かないと」とエダも立ち上がる。だがトビィは「俺一人だ」と断言する。
「ユウジさんが言っていたALの警告……あれが本当なら、大勢のほうが危険だ。俺一人なら隠れながら行ける。自転車は一人乗りだし、第一弾が足りない。それに……何かあった時、死ぬ人間は少ないほうがいい」
それは祐次も言っていた。偵察に行くのなら一人のほうがいい、と。
ただし死ぬ確率が高く、その被害が最小限ですむ、という事も言っていた。危険が前提の行動だ。祐次は遠まわしに「行けば死ぬ」と言っている。
「トビィ! 食料は食事の量を減らせばいいし、静かにするだけなら電気も使わないよ? 無理は駄目だよ!」
「ユウジさんが来ない可能性だってあるんだぜ!? 無線が壊れて……俺たちが全滅したと思ったらここにはこないかもしれない。危険な世界だし、あの人はNYを目指していたんだろ? 来ない可能性だってある。それに行くのなら雨のときじゃないと危険なんだろ? ペンシルバニアで雨が降り続けることなんてそうないぜ」
「だけど」
「多数決を採る。俺が町に行くことに賛成の奴、手を上げろ」
反対はエダ一人。他全員が賛成した。
「決定だ。時間がない、俺はすぐに出る」
トビィの出発は、こうして決まった。
***
雨は今が峠だろう、一番激しい。
だが、それによってALたちは行動を止める。
雨が降り出せば、ALたちは人型を止めゼリー状に戻る。その間は攻撃はしてこない。
トビィはバーニィーが持って来ていたナイロンの上着を借り、頭から被った。
そしてエダが持っていた折りたたみ傘も持っている。
見送りはエダ、ジェシカ、バーニィーの四人だ。残りは蝋燭や薪を集めたり、万が一ALが飛び込んでこないよう周囲を警戒している。
「俺は10発持っていく。そっちには4発しかないが大丈夫か?」
「全部持っていきなよ。私たちは静かにしていれば使わないって」
「今朝の話。エイリアンに使うとは限らないから」
「…………」
ジェシカは黙る。それを了解だとみて、トビィは357マグナムを4発、ジェシカの掌に落とした。ジェシカは黙って弾をGP101のシリンダーに詰めた。
バーニィーはリュックをトビィに渡す。中には工具、ペットボトルの水、チョコバー、タオルが入っている。
「行ってくる」
「待って!」
エダはそっとトビィに抱きついた。
「…………」
「必ず帰ってきて、トビィ。絶対無茶しないで。あたし、トビィが死んじゃうの、嫌だから」
トビィは突然の抱擁に柄にもなく動揺していたが、ジェシカに小突かれ我に返ると、不器用な手つきでエダを抱きしめた。
「ああ。俺は死なねぇー」
トビィは微笑んだ。これで勇気はもらった。きっと大丈夫だ。
こうしてトビィは駆け出した。運命を切り開くために……。
***
残されたエダたちは、ただ静かにログハウスの中で潜んでいるしかない。
昼食はクラッカーやスナック菓子と板チョコ……それも一握りずつだ。少ないが、それで耐えるしかない。それでも食事を採ると少し元気が戻ったようだ。
そこでエダは、祐次と最後に交わした交信で受けた指示を皆に伝えた。
エダが用意したのは何も書いていない単語カードと、黒と赤のマジック数本、そしてノートだ。
「あの……先生。皆にやってほしいことがあるんです」
「何だい、エダ。これは?」
「昨夜、ユウジさんと最後に話したとき受けた、彼からの指示です」
「カード? 何をするんだい?」
エダの表情が少し曇った。が、意を決し言った。
「名前と年齢と血液型を書くんです。書けたらあたしに渡してください。日本語のルビを打ちます」
「ネームプレートかい?」
「はい。家族にメッセージがある場合はそのカードの空いたスペースに。……死んだ子のカードは、赤のマジックで。先生にお願いしていいですか?」
「……軍のドッグタグ代わりか……」
「はい。認識票です。皆これをズボンのポケットに入れておくこと。もし……これから誰か死んだら……死んだ子の分も回収して折っておく事」
誰が死んだか、生きているか。祐次が駆けつけた時被害が大きく応対できる状態にないかもしれない。
だから、誰が誰なのか、そのためのネームタグ。それだけではない。このネームタグは、家族への遺言カードでもある。
その意味を理解したフィリップは、不快感で無言になった。
祐次の意図は分かる。その必要性も分かるし当然の処置でもある。
だがここにいるのは子供だ。
ただでさえ精神が参っているのに、自分の死を連想させる遺言書きなどやれば、気分はもっとマイナスに落ち込むだろう。
「確かにユウジ=クロベは医者に違いない。こんなことを思いつくのだから優秀なのだろう! だが子供の気持ちなんか分かってないんじゃないのか!?」
珍しく語気を荒げ不快感を吐き出すフィリップに、エダも言葉が詰まる。
エダだってこんなことしたくはないし、空気が重くなり不安がより一層広まる事も分かっている。だが、これはやらなければならない事だ。
想像したくはないが……どんなことになるか分からない。今だってほとんど全員が負傷している。この被害がもっと重くなれば対応は困難になるし、日本語しか喋れない祐次が、エダ以外の子供とやりとりしながらの対処は時間のロスでもある。
名前は最低限。血液型は医者として最低限。そして家族へのメッセージが残せるとしたら、これしか機会がない。
「ごめんなさい、先生。でも……」
「いや、エダ。君を責めているんじゃない。君は立派だよ、こんな辛いこともちゃんといえるんだ。ただね、僕は君の辛さを彼が認識していない事に少し腹を立てただけだ」
「あたしは大丈夫です。ありがとう、先生。でも、ユウジさんも分かっていると思います。それでも必要だから……もし駆けつけた時、もっと悲惨な状況になっていたら、きっと手遅れになってしまうから」
「分かったよ、エダ。怒鳴ってすまなかった」
フィリップは深呼吸し落ち着くと、軽くエダを抱擁した。
「君がいるから心強いよ」
「あ……はい。ありがとうございます、先生」
「話を聞いたわ。さっさと始めましょう」
ジェシカだ。ジェシカはやってくるとエダの手を取り、用意していた単語カードとマジックを受け取る。
「女の子は私が説明するから、先生は男子のほうお願いね。行こう、エダ」
ジェシカはエダの手を引きその場から離れる。
子供たちはネームタグの話を受け入れた。陽気になれる話ではなかったが、エダだけでなくジェシカも必要性を説き、「お医者さんのための診察券だから」というエダの言葉で自分たちを納得させた。
皆が黙々とそれを作る中、エダは一人ノートを取り出し、何かを書き込んでいた。
「何書いているの? エダ」
自分の分を作り終えたジェシカがエダのノートを覗き込む。
エダが作っていたのは、簡単な日常会話の文章で、その上に何か文章を書いていた。
「<Hello>……<コンニチワ>?」
「簡単な日本語の日常単語辞典だよ。時間はあるんだし、簡単な日常単語が分かれば、ユウジさんとコミュニケーションがとれると思うの。あたしがそこにいればいいけど、いないかもしれないし……あたしだけじゃ大変だし」
そういうとエダは微笑んだ。だがこれが遺言状を書く以上に辛いことだとジェシカは思った。これが活用される時、エダは生きていない。それでもエダは気丈に振る舞い、生き残る者たちのため、会話辞典を作ろうとしている。聡明さもここまでくれば痛々しい。
込み上げてくる感情が抑えきれず、堪らずジェシカは後ろからエダを力いっぱい抱きしめた。
「ジェ……ジェシカ!?」
「エダいい子!! 何があっても私がアンタだけは守ってあげるから!」
エイリアンからも、駄目な男共からも……この娘だけは守る!
「あ……アリガト、ジェシカ」
少し戸惑いながら、エダは苦笑した。
が……しばらく……。
そのエダの日常会話文を見たジェシカは苦笑した。
「エダ、すごく綺麗な筆記体書くよね。私より達筆!」
「ありがとう。うん、日本で習ったんだけど?」
「綺麗だし私には読みやすいけど……筆記体の読めない馬鹿が何人かいるから、ブロック体がいいかも」
「…………」
米国で筆記体が必修科目から外れて久しい。特にPCやタブレットで文章を書くことが増えた現代人は尚更馴染まなくなった。むしろ外国のほうが筆記体をしっかり教えている。
それを聞いたエダは一瞬きょとんとし、やがて苦笑するとため息と供にこれまで書き上げてきたページを破り捨てた。
どうせ時間はたっぷりある。
トビィが帰ってくるまで、静かに過ごすしかないのだから。
「悲劇のステップアップ」2でした。
トビィ君出発。
約25キロは結構ありますが、男子ならいけない距離ではないですしね。
ちなみに本来なら米国なので距離もポンド法なんですが、分かりづらいし一応メートル法が国際基準なので今回はあえてメートル法にしてあります。マイルだと7から8マイルです。
認識票は祐次の案ですが、子供にやらせるのは残酷ですね。ただ大人なら免許証なんかで分かりますが子供はどうにもならないので祐次としては必要な処置なのです。
さて、無線機を壊した犯人は明言していませんが、推理すると誰かは分かります。ヒントはこれまでに出ています。
これがやっぱりこの後事件に発展します。
本格的に不安が増してきました。
トビィはどうなるのか? 祐次はいつ来るのか?
次回は祐次パートです。
これからも「AL」をよろしくお願いします。