「その男の愛」
「その男の愛」
今度は医者として活動を始める祐次。
その胸中をめぐるさまざまな思い。
下さなければならない決断。
それによって死ね人間。悲しむ人間。
そして愛する人間への気持ち。
***
シャワーから出て、病院用の服に着替え終わり、ヘルス病院に向かおうとしたときだ。
無線が鳴った。
エダからだ。
アリシアが突然倒れた。熱を出している。
それを聞いても、祐次は落ち着いていた。
「五分で行く。寝かせておいてくれ。お前は落ち着け」
発熱や倦怠感はガンの基本症状だ。末期ガンなら発熱や昏倒は頻繁に起きる。ごく普通に起きる症状で、これで命を失うわけではない。
アリシアのことだ。今の生活のほうが一人で生活している時より疲れるのかもしれない。ずっとエダがついている。二人は仲がいいし、二人共社交的で陽気だ。アリシアとエダの二人の性格を考えれば、明るく楽しく過ごしているだろう。それが逆にアリシアの体力を奪っているのだ。きっとアリシアはエダに心配をかけまいと、疲れても昼寝したり横になったりはしないに違いない。今のアリシアにとっては、エダと楽しく過ごす時間こそ貴重なのだ。
はしゃがず日中は寝て過ごせ、と言いたいが……アリシアの残り時間を考えると、そっちのほうが酷な気がする。せめて楽しく過ごさせることのほうがいいかもしれない。
「車で行くかだJO? オイラ運転しようか?」
今、祐次たちは一台専用にセダンを自治体から借りていて自由に乗れる。
祐次は頷きかけて……考え直した。
「俺はな。悪いが、お前はベンジャミンのところに行ってもらえるか?」
「JO?」
「ベンジャミンから、セントラル駅爆破の作戦の詳細を聞いてきてくれ。どういうものか詳しく知りたい」
病院は祐次しか他に行けないが、ベンジャミンの話は誰でも聞ける。
いや、あの作戦のことは、祐次は相談を受けていない部外者だ。祐次が聞きに行っても教えてくれないかもしれない。その点JOLJUのほうが上手く聞いてくるだろう。愛想のいい奴だしエイリアンだ。ALについて詳しい事も知られている。
ベンジャミンはコロンビア大学にある自治体の基地にいるはずだ。この自宅からコロンビア大学は1ブロックで近く、ヘルス病院は2ブロック離れている。
「わかたJO」
「ド・ドルトオたちのことは秘密だぞ?」
「分かってるJO~」
JOLJUはド・ドルトオから貰ったラックトップをリュックに入れると、駆け出していった。
祐次もすぐに外に出て、車に乗った。
今から夜まで、ずっと病院勤務だ。患者はアリシアだけではない。
運転しながら……祐次の脳裏に二つの選択肢が過ぎる。
……アリシアの命を取るか、3000人の命とク・プリとの関係を取るか……。
他の人間が聞けば、100人が100人、後者を選ぶだろう。命の数が違う。
だが、祐次は医者だ。助けられる可能性を捨てる決意がつかない。
そして確率の問題だ。
アリシアを助ける手段は、ク・プリとJOLJUの科学に賭けるしかない。
もうそれ以外、助からない。漢方でよくなる可能性は奇跡が三回くらい起きない限りありえないし、効果が出たとしても避難に耐えられるかどうか……多分無理だ。
ただし、この禁じ手を使っても、成功するかどうかは分からない。あのJOLJUが最初「5%」と言ったのだ。今日、ド・ドルトオたちが無碍に拒否しなかったことを考えると、彼らの計算でも技術的には可能だという事かもしれない。この多忙な時期に完治とはいかなくても、宇宙船なら冷凍睡眠装置もあるだろう。それで一時的にアリシアのガンの進行を止めて、ゆっくり治療する手もある。そこまで考えれば、30%くらいは生存率があるかもしれない。
それでも70%は無駄骨になる。
そして、知力と成熟度を物差しにして人間を判断するク・プリたちは、祐次の事を感情優先の先の計算が出来ない人間だと判断するだろう。それは今後<ラマル・トエルム>探しやゲ・エイル星人との対立の際、協力を受けづらくなる。
さらにベンジャミンの企画したAL殲滅作戦が実行できなければ、この共同体の生存者全員の生存率が下がる。
第一、肝心の祐次が死ぬか大怪我で動けなくなれば、それで詰む。
ALの大侵攻と反撃作戦……この二つが動いていて、おそらく祐次はその鍵となる。祐次の生存率だって50%ほどしかない。
その確率も考慮にいれれば、最大でも15%しかない。
アリシアを守らない、ということであれば、祐次自身の生存率は上がる。
「どうしろってンだ」
JOLJUしか、祐次の決断を理解してはくれないだろう。
エダも、知れば悩む。そしてどっちを選んでも辛い思いをする。
「こういうとアレだけど、オイラはね。昔だけど、どっちの選択もしたことがあるJO。自分のエゴわ選んだときもあるし、大勢の命のほうを選んだこともある。どっちを選んでも辛いものだJO。だから、祐次がアリシアを選んでも、オイラだけは祐次の気持ちは分かるJO」
帰りの車の中で、JOLJUは静かにそう言った。
600年、神をやっていれば、そういう事もあったのだろう。
わざわざそんな事を言ったのは、JOLJUなりの気遣いだ。
……これがもしアリシアでなくエダなら……きっと俺はエダを助けるほうを選んで、後悔はしないんだろうな……。
そう考えて、祐次は小さく苦笑した。
……拓や時宗なら、やっぱりあいつらを選んだかな……?
そう思うと、自分がえらく自分勝手な人間だな、と自嘲したい気分になった。
アリシアのことを大切だと思っていないわけではない。大切でなければ悩んだりしない。
だが、不意に祐次は気付いた。
エダは、特別なのだ。
自分にとって。
あの賢く優しく強い愛らしい少女の笑顔を失う事が、今の祐次には考えられない。
人類のため、大勢のNYの仲間たちのためでもあるが、何より自分の気持ちだ。
どうやら自分は、あの少女を愛している。
多分……家族以上に。
エダは美少女だ。誰が見ても目を見張るほど美形で愛らしい。あまり女性の容姿を気にしたことがない祐次ですら、初めてエダを見たとき、不意に心が捕まれるようなインパクトを受け、こんな美少女がいるのか、と魅力的に思った。そしてそれ以上に明るく聡明で天衣無縫、優しい内面の美しい、まさに天使のような少女だった。
今エダに抱いている感情は、容姿からくる魅力ではない。
美人だからでもなく、守る責任があるからでもない。11歳の少女に性欲を覚えて愛しいわけでもない。
人間として、愛してしまったようだ。
それも、恐らく誰よりも。
「…………」
こんなこと、言えば本人が戸惑うだろうな。
まだ本当の恋など知らない年頃だし、祐次は一回りも年上だ。年齢が相応しいとは思えない。
そんな恋とかパートナーという言葉以上の<希望>なのだ。家族なのだ。
だから、黙っておこう。
十代の恋愛や青春とは違う。
生きてほしい。ずっと笑顔でいてほしい。そしてそれを傍で、ずっと見ていられたらいい。
この思いが、この究極の選択の答えになるかもしれない。
どっちを選んでも、後悔しないための、心の支えになるかもしれない。
祐次は、そう思うことにした。
今は、それでいい。
「その男の愛」でした。
祐次の心境回でした!
ロリコン確定!w
ついに祐次、心の中ですがエダのことを愛していると認めました。
まぁ、表情に出す男ではないし、ドキドキするようなヤワな心臓もっていませんし、いうても大人ですしね。そこがエダと違うところですが。
ということで今回でハッキリと二人は相思相愛なのが判明したわけですが、
年齢差
未成年
保護者
という壁で、当人たちはなかなかそれを口に出すことは難しそうです。
そう、実は「AL」という作品は、壮大なラブ・ストーリー!
誰がみてもカップルだけど、当人たちがそれを知らず、当人たちだけが相手の気持ちを知らない……まどろっこしい系です。
しかしそんなエダと祐次の間にも事件が迫っています。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




