「動きだす作戦」
「動きだす作戦」
ベンジャミンを訪ねる祐次とJOLJU。
二人はALについて報告する。
自分たちが置かれている状況は、予想より悪く、予想より悲惨だ。
ただ、祐次だけは動揺していなかった。
彼には経験がある。
***
10月25日 午後18時。
コロンビア大学前 自治組織基地。
帰還したマークたちから報告を聞き終えたベンジャミンは、マークたちの報告書とNYの地図を、コーヒーを飲みながら睨んでいた。
そこに、祐次とJOLJUが姿を現した。
「何だ、クロベ。俺に用か?」
「アンタに飯を持ってきた。病院の入院者の飯を取りに来たついでだ。まだ食っていないんだろ? スパゲティーとポークソテーとボイルドコーンとクラッカーだ。三つは特別に大盛りにしてもらった。一つはアンタの分だ。いらないのなら俺たちで食うが?」
「食う」
祐次は特製の大盛りの紙パックに入った弁当を三つテーブルに黙って並べる。残り二つの特盛り弁当は祐次とJOLJU用のもので、二人もここで一緒に飯を食べるつもりらしい。
親切で持ってきたわけではないだろう。何か話がしたいという事だ。
「エダ君と一緒に食べるんじゃないのか?」
「エダはアリシアと……なんていったか……15、16歳のガキ二人がアリシアの介護に来ていて、4人で仲良く食べるみたいだ。食事は賑やかなほうがアリシアも喜ぶ」
ベンジャミンは鼻で笑った。
確かにデズリーとミレインは祐次からしたらガキだが、もっと子供であるエダを子供とは言わない。それだけ祐次にとってエダは特別なのだろうが、面白い事に本人はその事に気付いていない。
エダやアリシアたちの分は、ついさっきエダが取りに来た。祐次が持っているのは他入院者3人のものだ。
「で……お前は何の用だ?」
弁当の蓋を開けながらベンは尋ねる。ミートソースの甘い匂いが漂った。確かにいつもの定食より2倍ほど量が多かった。こういう融通が通るのは、それだけ祐次がこの共同体の中でいつの間にかベンジャミン並のVIPになっているからだろう。
祐次とJOLJUも弁当の蓋を開け、それぞれコーラを取り出した。
「JOLJUから聞いた。ALはいなかったそうだな? 避難はできそうだ、と」
「そのようだ。今日、さっそく対策チームを作った。避難プランは一週間で作り上げる予定だ」
ベンジャミンはスパゲティーを頬張りながら言う。祐次とJOLJUも食べ始めた。
テントや給水タンク、仮設トイレを設置し、発電機とガソリンタンクと食料庫。そして用心のため杭や有刺鉄線も用意する。3000人分となれば膨大だ。
「あるのか? そんなに」
「テントや仮設トイレや給水タンクは最悪このコロンビア大学の自治体基地の一部を解体して運ぶ。お前の話を参考にして砂を撒けばALが上がって来ないのならば、ウエストポイントからの調達も計画している。船で行けば、多少危険は少ないし北方面の偵察にもなる」
ウエストポイントとは、ハドソン川上流にある米軍基地で、軍基地であると同時に士官学校として有名だ。士官学校であれば毛布や組み立てパイプベッドなども大量にあるし、軍用の大きなテントもある。このマンハッタンからは大体25kmほどの場所だ。ただし先日のALレーダーで見る限り、ここもALの過密地点で安全ではない。
移動は船でいくしかないだろう。車で行くには距離があるし、行きも帰りもALとの戦闘が避けられず、この状況下では全滅の可能性も大きい。
「手伝おうか?」
祐次は船舶免許を持っているし、船で大西洋を渡ってきた。
「いや、いい。自警団を派遣する。ウチには優秀な遠征班や偵察班がいる。危険には慣れているし、戦闘慣れしているし、無鉄砲はしないから心配はいらん」
「うん。マークさんたち、中々優秀だったJO」
口元とミートソースでベトベトにしながらJOLJUは頷いた。別に祐次だけがこの世界で優秀なわけではない。
「ただ無人島は沢山あるが大きくない。分散させることになるから、人選が、な。リーダーができそうな奴を分散させて配置しないといけない。お前、リーダーの頭数に入れていいのか?」
住人は3000人。この中でリーダーが出来る人間は限られている。
信頼されている人望家か、冷静な判断が下せて戦闘も出来る人間か、だ。祐次は後者になる。人望面は不安があるが、そこは特別人望が厚いエダが一緒だから問題ない。
「リーダーは外しておいてくれ」
「避難はするか?」
「一応避難組に三人分用入れておいてくれ。念のため俺とリチャードとは分けて。どっちかが生きていれば医者の全滅は防げる。ただどうするかはまだ決めていない」
祐次とエダとJOLJUの三人は別の方法で避難するかもしれない。祐次にはいくつか別のプランがある。
実力突破もあるし、三人ならボートで逃げる手もあるし、DNA登録をした自分たちだけならば、転送機で脱出する手が使えるかもしれない。
もっとも……どの案も絶対ではない。JOLJUの調べでは、ク・プリ船とゲ・エイル船だと残存エネルギーはク・プリ船のほうが多いのだが、ク・プリ船のほうが損傷は酷く、動力系やシステム系はほぼ壊滅。ゲ・エイル船はメイン動力と戦闘系以外はまだ稼動するが、あまりエネルギーがない。短距離(といっても数十kmはあるが)は問題ないが、二人分100kmを超える転送はちょっと怪しく修理や改造が必要だ。3000人の転送は、エネルギーがとても足りないし、全員分DNA登録するには時間も修理時間も足りないし、第一そこまでやるとルール違反でやりすぎらしい。さすがにそれはそうだろうし、転送機なんて住民たちのほうが戸惑う。
「ただ、今回の偵察でも分かったが、ロングアイランドにALが多すぎる」
「そだJO~。湾内で作業していても反応して海のほうに来ようとしてたJO。オイラ、誤魔化しておいたけど」
「誤魔化す?」
「ALが反応して海に来そうになったら、オイラが間に入って掻き回しといたJO」
JOLJUはALの攻撃対象外だ。
動いていたのがJOLJUだと認識させて誤魔化した、ということのようだ。
「お前、意外にちゃんと仕事してるんだな」
「意外とは失敬だJO」
「クロベ。お前、東京で一度すごい作戦をしたって本当か? エダ君からちょっと聞いたんだが?」
「ああ、あの作戦か。状況はこのNYと似ているな。凶暴期の60万に囲まれて襲われた。東京湾にある人工島に集めるだけ集めて、集められるだけのミサイルや爆弾やダイナマイトを設置して、島ごと爆破した」
「一網打尽にしたのか?」
「ALは熱に強いし、爆風で吹っ飛んでも外皮に傷がつかない限り生きている。全ては倒せなかったが、半分は倒した。ほとんど核爆発みたいだった、立川からも爆発が見えたらしい。橋も爆破したから、残り半分が戻ってくる前に実行班の俺たちは避難できた。その時、俺は囮の戦闘班にいて色々苦労したけどな」
「どうやって一箇所に集めた?」
「そっちは簡単だ。少数精鋭の部隊が連中に戦闘を仕掛けて、大量に集まると逃げる。連中はただ我武者羅に追ってくる。こっちが時々反撃すると、さらに数を増やして追ってくる。実際はかなり危険で大変だが、俺たちは成功した。ま、八方向からやってきたし、他に行かせないように色々小細工はしていたけどな」
「このNYでも、同じ手は使えるか? ここも人工島や橋だけで繋がっている小島は多い」
祐次は食べる手を止め、頭を掻いた。
「<ツァーリーボンバー>が20発あるか?」
「<ツァーリーボンバー>は世界最強のロシアの核爆弾だJO? ついでにALには核爆発はあまり有効じゃないから使うだけ無駄だJO」
<ツァーリーボンバー>は5千万TNTトンだ。これが20発もあれば北米東海岸は完全消滅するだろう。しかしこんなことまでどうしてJOLJUが知っているのか、謎である。
「違った。<バンカーバスター>だ。<気化爆弾>でもいい。とにかく非核兵器で一番強い爆弾を、一度じゃなく連鎖で何発も爆発を起こさせる」
「三ヶ月あれば、1、2発なら手に入れられるだろうが、一ヶ月じゃあ無理だな。しかし核爆弾も効かないのか? 人類は地道に銃で戦うほうが効率的なのか?」
「米国には核があるからな。短絡的に使う馬鹿がいなくて良かったよ」
「使いたくても、使い方が分からん。取扱説明書はないし、ホームセンターにも売ってない」
「使ってしまった馬鹿な国が世界にはあるんだ。ああ、アジアの話だから放射能の心配はいらない」
そういうと祐次は残りのスパゲティーを掻っ込んだ。
「動きだす作戦」でした。
元々1600万人の街で50万なんて大したことない……と思いがちですが、そもそも普通の人は100いたらビビるような凶悪エイリアンが50万です。
さて、祐次は避難するのか、それともNYを離脱するのか。
今ならまだ祐次ならば出られますが、今出て行けばアリシアの死は確定です。
ちなみにさらっと出てきましたが、実は世界のどこかでは核戦争も起きていることが判明しました。
いずれそれはどの地方か分かります。まぁ米国は関係ないみたいですね。
ということで祐次たちの協議、次回後半です。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




