「悲劇のステップアップ」1
「悲劇のステップアップ」1
ついにユージとJOLJUは北米大陸に上陸。
しかし無線は繋がらなくなった。
子供たちの安否を危惧するユージ。
一方、傷心するエダ。
そしてトビィはある決意を固める。
***
「おい、起きろ」
小突かれ、ベッド代わりのビニール製の椅子から落ちた。それでJOLJUは目が覚めた。
自分専用の毛布……人間用の膝掛け……を抱きながら、JOLJUは目を擦った。
周りは明るくなっていた。太陽は感じない。まだ早朝のようだ。
「朝ごはん?」
「それは勝手に食え。違う」
祐次はJOLJUにスマホを投げると、ポテトチップスの袋を一つ掴み操縦席のほうに向かった。
「JO」
JOLJUも朝ごはんのポテトチップスを貪りながら周囲を見回す。
海鳥の群れが見えた。そして陸地だ。
「おお! 北米大陸上陸だJO!」
「どこかわからんけどな」
見えるのは岸壁と海岸、所々に家。
都市ではなく田舎の風景で、これでは上陸できない。大都市も困るがそこそこ大きい町でなければ足にする車を見つけられない。車があれば何でもいいわけではない。多くの車は長く放置されてバッテリーが切れている。電子式スマートキー・タイプのものはまず動かない。ガソリンも売っているわけではないから燃費のいい車でなければ困る。それにできるだけ荷物を載せたいから大きなSUVかワゴン車がいい。そういう条件があるから町のほうがいい。
今船はガソリンを使ってエンジンで走っている。あと二、三時間は走れるだろう。昼前には上陸することになる。
「悪いニュースがある。ちょっと確認してくれ。無線が通じない」
「JO?」
JOLJUはポテトチップスを食べながら自分のスマホを手に取り操作する。
「壊れてないJO? そもそもオイラのスマホは滅多なことじゃあ壊れないJO」
「こっちの故障じゃなきゃ、向こう側の故障かな?」
「多分。電波が出てないJO」
祐次は舌打ちする。
まさか夜のうちに全滅したのか……?
そんな嫌な予感が脳裏に浮かぶ。
だが天気は雨だと言っていた。雨の間はALは動かないし、敵として認識したとしても一度や二度の戦闘しかしていないのであれば第二段階だ。エダには慎重に行動するように言ったし、自分を待てとも言った。スマホは一晩中耳元に置いていたから、非常事態が起きたのなら彼女なら自分に連絡したはずだ。
「電池切れか故障か……だといいんだがな」
「祐次はやっぱり行く?」
「ああ。約束したからな」
その事は揺るぎない。
別に急いでNYに行かなければならない理由はない。
それに確認できるかぎりは確認するべきだ。
生きているか、死んだか……の事実くらいは。
「急ごう。故障だとすれば、危険が迫っている」
そういうと祐次は前方を睨んだ。
運命の土地、北米大陸に祐次とJOLJUが上陸したのは、午前10時27分の事だ。
上陸地は海軍基地のあるアナポリス。実は夜の間にチェサピーク湾に入っていたのだ。予想していたより南ではなかったのだ。
こうして祐次とJOLJUは、一旦ワシントンDCを目指すことになる。
ただし一つ大きな誤算があった。
ワシントンDCはいうまでもなく米国の首都だ。そして全米でもっとも銃規制が厳しく、街中に銃砲店はない。そしてALの数は欧州や日本と比べものにならないほど多かった。祐次とJOLJUは上陸早々戦うことになった。
その後武装強化と補充のため、まず武器を探すことになった。予想外の時間のロスを食らうことになる。
***
無線機の故障が判明したのは、朝食後のことだった。
むろん気づいたのはエダだ。
エダは壊れたことについて大きく落胆した。いいようのない不安と嫌な予感を感じ、しばらく無言だった。ただの故障ならここまで落ち込まない。だがトビィの確認で、無線機は明らかに人為的に壊された事が分かった。つまりこの中の誰かが壊したのだ。
犯人の追及をしたくなかった。
今それを言えば不安に加え仲間の中で犯人の糾弾が始まり、疑心暗鬼とストレスと恐怖で状況は余計に悪くなる。それだけは避けたい。
「元々調子もよくなかったし、寝ているとき誰かが躓いて踏んづけちゃったかもしれないし、前向きに考えよ? それに昨夜最後にユウジさんと少しだけ話せているから……ユウジさん、夜、海鳥の声を聞いたって。もう陸に近いみたい。きっと助けに来てくれるよ」
エダはそう笑っていたが、落ち込んでいるのは誰の目にも明らかだ。
このことを知っているのは14歳組とフィリップだ。
「どうせ発電機が使えるのも今日までだ。充電ができなきゃ使えなくなる。遅かれ早かれこうなった。そう割り切るしかねぇーよ」
「犯人は捜さなくていいの?」
「みんなストレスが堪っている。今裁判ゴッコなんかして雰囲気が険悪になるほうが恐い」
それは全員同意見だ。
この件はこれまで、と散会すると、ジェシカはトビィの袖を引き、無人の部屋に引っ張った。
「まさか、アンタじゃないでしょうね?」
「は? 何で俺が」
「みなまで言わせないで。男の嫉妬でついやった……んじゃないわよね?」
「俺疑ってンのか?」
「今エダが一番信頼しているのはユウジさんよ? それに昨日エダは私たち全員を救ったヒーローだけど、あの子をヒーローにしたのはユウジさん。正直アンタ、面白く思ってないでしょ?」
「くだらねぇーこと言うな。俺のはずがねぇーよ」
「言い切れる?」
トビィは思わず黙った。そして一度振り返り廊下のほうに人の気配がないのを確認してから、再び口を開いた。
「嫉妬するより、あいつを死なせたくない。そっちの気持ちのほうがはるかに強い。何が一番重要か、よく分かっている」
「…………」
「それに」
トビィはそういうとジェシカに近づき声を潜ませる。
「犯人を知っている」
「えっ!?」
「絶対言うな。あと驚くな」
そういうとトビィはジェシカの耳元で犯人の名前を告げた。
予想もしていなかった名前に、思わずジェシカは声が出そうになる。それをトビィが手でジェシカの口を押さえ首を横に振った。ジェシカも飛び出しかけていた声を飲み込み頷く。だが俄かには信じられない。
トビィはさらに耳元で囁く。
「あいつは外面はいいが、男子の中じゃあ評判悪いんだ。恋愛が苦手の童貞野郎でお気に入りの女子を見る目はどうみたって飢えた繁殖期の犬だってな。今回のキャンプにエダを熱心に誘ったのもあいつだ。来年エダが中学に上がったら自分の下に来させようとこっそり校長にも働きかけてるんだ」
ジェシカは目を見開く。
トビィが誰のことを言っているか分かった。トビィが犯人の追及をしなかったのも当然だ。他の子がこれを知れば仲間割れが起きかねない。
「世界は滅んだんだ。それが事実なら……アダムとイブになるのに年齢なんか関係ねぇーだろ? 言い寄ったって咎める親も上司もいない。一番怖いのは、奴を追い詰めた挙句エダを力ずくで――」
「分かった。それ以上言わないで。……私がちゃんとエダの傍にいて見守っているから」
「これが俺の嫉妬だといいんだけどな」
トビィは自虐的に笑った。
「本当に、あいつを守ってやってくれ。俺が露骨にあいつだけを守ると、きっと奴は対抗心を燃やし行動に出る。お前なら大丈夫だ」
「トビィ? アンタ、何考えているの?」
「やらなきゃいけないことさ。全員が生き残るための、な」
「…………」
トビィの表情は険しかった。
それはこれから起こす行動への覚悟からだ。
ようやく祐次たちが北米上陸です。
でも道は遠いです。デラウェア、ワシントンDC、フィラデルフィアを通過しなければなりません。しかも土地勘がないし、今は車もありません。そして祐次たちだって戦いながら向かいます。まぁ戦闘力が全然違いますしJOLJUもいますが。
ユージとのネットワークが消失。
しかも犯人は身内の誰か。
不協和音と不安は増大です。
これが後々、大きな悲劇の最大の原因になります。この無線さえ繋がっていれば……後々起こる悲劇の半分以上はなんとかなったかもしれません。
僅か二日ですが、もう彼らのストレスはかなりのものです。
そしてストレスはトビィにも。もちろんエダにも。
ついに子供たちは自分たちで生きる手段を考えることになります。
悲劇は惨劇へ……。
これからも「AL」をよろしくお願いします。