「少女の恋」
「少女の恋」
エダとアリシアは二人っきり。
エダは色々アリシアに愚痴をこぼす。
それは他愛もない、恋する少女の戸惑いと不安。
アリシアは、静かに微笑む。
***
この日も、エダは朝からアリシアの介護についていた。
介護といっても、アリシアは別に動けないわけではない。アリシアのいる病室周辺は滅菌してあるし、病院でも一番大きい個室で、シャワーとトイレもあり、冷蔵庫もある。娯楽用に液晶テレビとラットクップが持ち込まれていた。もっともインターネットもテレビ放送もないのでDVDを見るか、ゲームをするか、データー化した音楽を聴くぐらいしかできない。その他暇つぶし用として本が数十冊棚に積み上げられていた。
「すっかりアリシアさんの部屋ですね」
「私の家はこんなに綺麗じゃないけどね」
「こうすると気持ちがいいですよ?」
エダは花束を花瓶に活けた。
今朝、セントラル・パークで摘んできた野草の花だ。エダは手に一杯もってきた。それが置かれると、無機質な病室が少し華やいだ気分になった。
「今日も一日エダ嬢ちゃんが付き添ってくれるの?」
「そうしたいけど……今日、祐次は忙しいみたいだから、祐次の手伝いに行きます。昼前に誰か代わりの人が来るって聞いています」
「誰か怪我したの?」
「いえ。メリッサさんが来るって言っていました。もう来ているのかな? おなかの赤ちゃんの検査をちゃんとしたいから、一日入院させるみたいです」
「メリッサ……ね」
そういえばそういう話だった。
メリッサとは因縁があり、アリシアにとって好ましい相手ではない。
Banditの連中に何人も殺され、怪我させられ、女は襲われた。
許されるなら、あの女の額に銃を付きつけて、これまで犯した罪を懺悔させた上で制裁したい衝動もある。そしてそれ以上の因縁も。
だが祐次が患者と認め、ベンジャミンが許可した以上、アリシアとはいえ、手は出せない。
「エダも、私の世話ばかりしなくていいのよ? アンタは健康なんだし、ドクターが忙しいのなら、その手伝いも忙しいでしょう?」
アリシアだけではない。メリッサも、ジョエインもベイトも重傷者で、まだ全員傷口が塞がっていない。傷口が塞がるまでは化膿や感染症の危険があり、医者も看護師も忙しい。術後処置はリチャードでもできるが、やはり外科専門である祐次がやるのが一番だ。
それに祐次は医者というだけではない。あの男はALのスペシャリストだ。
今、NYはALの大襲撃を受けようとしている。ベンジャミンや自警団たちも知恵と力を借りたいと思っているはずだ。
「祐次は一人でも行動できるから」
「そうかな?」
「祐次、ひどいんですよ! 英語が喋れるのに喋れないって! あたしに嘘ついて」
「…………」
「あたし、すっかり騙されました」
エダはちょっと拗ねながら、アリシアの薬を整理している。
その後ろ姿を見て、アリシアは苦笑した。
……絶賛、恋愛中なのね……。
だから、ちょっとしたことが気になってしょうがない。
……この子はきっと、自分の恋心に気付いたのだ。しかも初恋で、初めての感情に戸惑い、不安で、だけど好きでしょうがない……そういう甘酸っぱい青春の、人生は恋が全てという、そんな青春の恋の最中。
大人には、それがよく分かる。
もっとも、こういう繊細な心の機微を、野暮な男連中が分かっているとは限らないが。
「あのドクターは、貴方を守るために英語を喋れないフリをしていたのよ。責めないで」
「祐次は『日本と日本語を忘れたくない』って言っていましたよ? だから、今でもあたしたち、家では日本語です。あたしが英語で話しかけても日本語で返してくるし」
「仲のいいことで」
「そ……そうですかね……?」
エダは、そういうとぎこちなく首を傾げた。
……微笑ましくなる夫婦喧嘩ね……健全に恋愛感情成長中ね……。
アリシアには祐次の考えが分かる。
祐次が飽くまで日本語に拘るのは、やはりエダが特別な存在であり、JOLJUを入れた三人は特別な仲間だと思っているからだ。そしてそれを外でも通すのは、三人の絆を周囲に伝えるだけでなく、「エダは自分の相棒で特別だ」と、見せつけて示しているのだ。通訳が必要ない事が知られても、祐次が頑なに日本語を喋るのであれば、エダは同行せざるをえないし、周りも二人はやはり特別だと思う。それに、多少エダを独占したい気持ちもありそうな気がする。
祐次が有能で重要な人間なのは、誰にも分かるし、町の人間は全員重要な人間だと認識している。
一流の医者で、ALに詳しく、化け物のように強く、世界を旅してきたので世界中の状況も知っている。さらに知識だけは豊富なエイリアンの相棒がいる。この崩壊した世界において、恐らく屈指のエキスパートだ。
だがエダは違う。優しくて賢い娘だが、ズバ抜けたスキルもなく、子供だ。
そのエダを法も秩序も崩壊した世界で守るには、<祐次の相棒>という事実を周知させることだ。そしてそれは成功した。エダは11歳の少女だが、NY共同体は祐次とセットでエダも大人の会議や打ち合わせに参加させているし、誰もエダを幼稚な子供扱いはしない。未成年の少女として扱ってはいるが、歳相応の扱いではなく半分上層部員待遇だ。
全て祐次の計算だ。
そしてエダも、内心では祐次がそうやって守ってくれていることを分かっている。ただ、理屈ではない心のどこかが、ちょっと面白くなかっただけだ。
その点が、恋する少女の複雑な心境の部分だ。
「体調はどうですか? アリシアさん」
「うーん……だるさと頭痛はあるけど、そのくらいね。いつものこと」
エダはアリシアと雑談をしながら、祐次の指示通り体温と脈拍、血圧、体重など基本的なチェックを行い、それを用意されたメモ用紙に記入する。本当にプロの看護師顔負けだ。
アリシアは一見元気そうだが、微熱があった。顔色もよくはない。
これがこれからの彼女の日常になる。
「少女の恋」でした。
そう、一応祐次は「英語は日常的にしか使えないから通訳がいる」という建前でしたが、Bandit事件でバレてしまいました。
でも多分、エダも半分くらいは知っていた気がします。
エダも通訳、ということで祐次と一緒にいたい。必要ととされたい。
そんな気持ちがどこかにあって、通訳をやっていた面があったと思います。まさにこういうところが恋する少女の心境そのものだったわけですね。
さて、エダとアリシアの仲は、こうして、より仲良くなっていきますが……アリシアには死が迫っている。これをエダは止められない。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




