「入院の始まり」
「入院の始まり」
アリシアの入院生活が始まる。
エダはアリシアの入院を手伝いながら雑談を交わす。
まだアリシアが病気とは信じられない。
一方、祐次は本部に戻り、ベンジャミンのところに。
***
NY マンハッタン NYヘルス病院
10月23日 午後18時21分。
エダとアリシアは、仲良く病室に帰ってきたところだ。
「悪いね、エダ嬢ちゃん。重くなかった?」
「大丈夫ですよ。女の子は荷物が多いものですし」
「女の子って……歳じゃないけどね? 私、来年で30歳よ?」
そう言うと、アリシアは上着を脱ぎ、指示通り洗い立ての室内着に着替えた。その間にエダは荷物を置き、部屋に備え付けられた消毒液で手を消毒する。
「服、クローゼットに入れておきますね」
「ありがと。ホント、いい主婦だね、エダは」
「そんなことないですよ。普通です」
「普通ね……」
アリシアは苦笑する。
エダはアリシアの服をしっかり伸ばしてハンガーに掛け、肌着はしっかり同じサイズに折りたたんで収納している。アリシアは普段あんなに丁寧に自分の服を整理していない。成人した今ですらそうだ。
アリシアが11歳の時を思い出すと、比べ物にならない。
アリシアはヤンキーズのロゴの入ったグレーのダフダブのシャツと、緩い大きめの短パンに着替え終わっていた。
「パシャマじゃないんですか? アリシアさん」
「パジャマなんか持ってないもの。家にいるときは下着で寝ていたし。ここじゃあ、それはまずいでしょ? ブラもするなっていうし、部屋着でいいっていうし」
「あはは……」
「そりゃあ、私もできれば女医さんがいいんだけど、今回ばかりは文句いえないし。あんな若くて二枚目な坊やに診られるのは恥ずかしいけど」
「ゆ……祐次は……そんなエッチな……ことは……しない、ちゃんとしたお医者さん……です」
エダは顔を真っ赤にしながら俯く。珍しく、声が動揺していた。
恥ずかしさと、多少、嫉妬もあった。
エダから見ても、アリシアは成熟した魅力的な女性だ。これから毎日祐次が彼女の世話をする……と考えると、胸がドキドキする。
そんな思春期入りたての初心な少女の反応を見て、アリシアは吹き出して笑った。
祐次は美形で強くて魅力的だし、年齢以上に大人っぽいし、天才医師という才能もあり、根性も強い意志もあり、若造らしい浮いたところも、未熟さも、危なげなところは一切なくクールで格好よく魅力的な男だと思うが、アリシアには若すぎる。それ以上に、あの男には性的な魅力がなく、大人の女には物足りない。米国人の大人は、気持ちよりSEXの相性から恋愛に入る。
が、祐次はそういうタイプではない。初心な少女にはピッタリだが。
「私が5歳若かったわね♪」
「アリシアさん、すごく若いし魅力的ですよ!」
「あんがと♪」
「……きっと……あたしより……」
「…………」
それはないよ、とアリシアは声を上げず笑う。エダはあまり自分の価値が分かっていないらしい。
もしエダが15か16歳だったら……この街の男連中はファン倶楽部を作るどころではなく、下心もって群がったに違いない。20歳だったら……もう、王女様だ。
……まぁ……後4年くらいは……この娘の片想いは続くんだろうケド……。
祐次はSEXにがっつくタイプでないのは見ていて分かるし、良識人だから今のエダに手を出したりはしないだろう。
ただ、二人が恋愛なんてものではなく、相思相愛で強い絆と愛で結ばれているのは、アリシアだけでなく恋愛経験のある大人は皆分かっている。そもそも祐次はエダを子供扱いせず相棒扱いしていることが何よりの証拠だ。リチャードも言っていたが、SEXがない分、二人の心は強く結びついているのだろう。ただ当の本人たちが全くその事に気付いていない。祐次ですら気付いていないのが面白い。
それが初々しいし、爽やかだし、ちょっともどかしいと思う。
もう世界も法もへったくれもないのだから、別に本気で愛し合ってもいいよ、と背中を押してやりたい気になったりするが、この可憐な少女にはキス止まりくらいのまま清らかでいて欲しい、とも思ったりする。
それに多分……この初心で純真な少女にとっては、キスがゴール地点で、それだけできっと幸福になれる。その先のことは想像もしていないだろう。
できれば、この純真な少女の恋を応援したり、相談に乗ったり、その成就を見守りたいが……残念だが、自分にはその時間は残っていない。
その後、二人でくだらない話をしていると、リチャードが姿を現した。
「点滴の時間だ、アリシア。一時間は動けないが、飯は食ったのかね?」
「ええ。エダ嬢ちゃんと食堂でさっき食べてきたわ。今日、食堂でチキンステーキが出たわよ? お得日! 美味しかったわ」
「そうか。じゃあ、僕も後でミショーンと食べに行こうかな」
リチャードは楽しそうに笑う。
チキンステーキはご馳走だ。牧場で鶏は沢山飼っているが、基本的に卵を取り、雄だけが食肉になる。かなり大規模な鳥小屋を作っているが、住人は3000人もいる。約3割から4割を大学の食堂を使うから、使う肉の量は膨大だ。肉は保存が利くよう干したり燻製にしたり塩漬けにすることが多く、普段の定食として新鮮なチキンステーキが出ることは滅多にない。豚や牛、猪、鹿は一頭で取れる肉も多いから、こっちは比較的出る。
むろん理由はある。今日はアリシアの入院初日だ。祐次は外出していて夕方まで帰ってこないから、アリシアとエダが食べに来ると見越して、ベンと食料部門リーダーのマギーが相談して献立を急遽変更したのだ。
「点滴の間は本でも読んでいてくれ。明日グレンがDVDデッキを取り付けてくれるそうだから映画ドラマ三昧だよ? あと、夜クロベがたくさん薬を持ってくるから、覚悟しておくんだね。本当にたっぷりあるからな」
「なんか、それ聞いて憂鬱になってきたわ」
「祐次とJOLJUは戻ってきたんですか?」
「ああ、さっき戻ってきたよ。今、何かベンと話している。それが終わったら、こっちに来るらしい」
「あ! あたしたち、晩ご飯食べちゃった……って言わないと!」
祐次たちは食べていないはずだ。
リチャードは苦笑する。本当に夫婦のようだ。
「後で無線を貸すから、連絡するといい」
そういうと、リチャードは点滴の準備を始めた。
***
コロンビア大学 自治組織 事務所。
祐次とJOLJUが顔を出したことに、ベンは少し警戒した。予定にはない。
「アリシアに何かあったのか? それとも何かトラブルか?」
「トラブルのほうだな」
そういうと祐次は部屋の隅においてあるラックトップを指差した。
ベンが黙って電源を入れている間に、JOLJUがUSBメモリーを取り出し、テーブルの上に置いた。
すぐに意味が分かり、ベンはUSBメモリーをラックトップにセットする。
「なんがあった?」
「見たら分かるが……先に結論を言うと、ALが増えている」
「増えたか」
ベンはため息をついた。
今の共同体にとって一番の懸案問題だ。そのための偵察隊も出してはいるが、あまりに数が多く、危険は冒せないため、正確な把握は出来ていない。
ただ、先日祐次たちが手に入れたALレーダーの情報で、マンハッタンを取り巻くALの数が、どうやら膨大で40万近いということは分かっている。
平然と一人でうろちょろできるのは、祐次くらいのものだ。
「今日マンハッタン南部のチャイナタウンに行った。漢方を仕入れにだが、今回は簡単に取ってきただけで、まだ勉強も調達も必要だし、色々を探さないといけない」
「お前だけが頼りだ。必要なものがあったら何でも言ってくれ」
「日本人や中国人の生存者はいないんだろ? 足手まといはいないほうが余程安全だ」
「それで……ALも増えたか?」
「今日一日で500体くらいは倒した。ちょっと行って帰っただけでこれだ。殲滅はできなかった。襲ってきたのを倒しただけでこの数だ。徘徊している数は、3倍はいる。もう非武装でマンハッタンには行かないほうがいい」
「…………」
ベンも祐次の戦闘には気付いていた。
NYは米国の都市の中では狭く、同じマンハッタン島内で、ここからチャイナタウンまで5kmと離れていない。自動小銃の銃声は頻繁に届いていた。
このマンハッタンは島で、橋などは全て物理的に閉鎖している。それなのに、これだけの戦闘が起きたという事は、相当な数が侵入しているということだ。本来100を超えた群れが出たら、自警団では三人以上で対応する。それが自警団の基本方針だ。祐次の話が本当ならば、1000や2000の数は市街に入り込んでいる。
「お前は一人でも平気か?」
「俺はな。弾があるなら1000くらいはなんとかする。だから余計な助っ人はいらない。それより、写真を見てくれ」
この日本人の若者は自警団10人分以上の戦闘を一人でやってしまう。
ベンジャミンも祐次に関しては特別だと思って口出しはしない。
「入院の始まり」
アリシアに入院です。
エダは当分アリシアにつきっきりになるので、第四章はどちらかというとエダとアリシアがセット、祐次とJOLJUがセット、という流れが多いです。
なんとなく、エダは自分の恋心に気付き始めました。それが段々大きくなっていきます。
まぁ、周りの大人たちはみんなエダが祐次に恋していることは知っていて見守ってくれているわけですが。知らぬは当人たちだけという恋愛漫画(少女漫画?)のド定番!
そんな間にもすすむALの大侵攻!
祐次やベンの関心はこっちです。
出歩くだけで500……祐次だから平然としているだけで、すごい数です。これは倒した数なので、実際にNYにはその5倍以上入り込んでいます。封鎖していてこれなので、封鎖が破られればどれだけ入ってくるか分かったものではありません。
ついにNYが戦場となるのか!?
人類はただ防衛するだけなのか!?
ということで次回です。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




