「秘密の薬」
「秘密の薬」
祐次はベンとリチャードを呼び出す。
祐次が依頼したのは麻薬だった。
治療のためだが……別の意図も。
しかし今のNYに麻薬はない。
そして祐次はク・プリ星人の手がかりも知る!
***
「話は何だ? クロベ」
祐次たち三人は、アリシアの部屋から少し離れたロビーに集まった。
わざわざ祐次が呼んだ、ということは、他の人間には聞かせたくない重要な話だろう。
「俺はこれからチャイナタウンに行って来る。漢方薬探しと薬学調べのためだ。当分頻繁に行く事になるし、場合によってはニュージャージーやニューアークにも行く」
NYのチャイナタウンはマンハッタン南部の繁華街の中にある。NY共同体の勢力圏内ではなく、Banditたちの活動圏だ。
だけではなく、川を渡ればALが溢れている。
「護衛を用意しようか?」
「いらん。俺とJOLJUだけのほうが身軽だし、昨日の今日だ。Banditたちも俺には手を出さんだろう。それに日本語や中国語が喋れなきゃあ役に立たない」
「そりゃあそうだ。お前、中国語喋れるのか?」
「実は喋れる。それに漢字は日本も使うからそっちは任せろ」
元々祐次は簡単な中国語を知っているだけだったが、欧州時代中国人と知り合い、そこで中国語を学んだ。恐らく<エノラ>の効力が発揮されたのだろう、中国語を母国語同然に理解できるようになった。
「だから車と銃と弾が欲しい。ガソリンも満タンで。できればSUVで故障しなさそうないい車だ。銃は223口径と9ミリSMG、後12Gショットガンをスラッグとダブルオー弾で半々。とりあえず2000発くれ」
「勿論だ。すぐに用意する」
「トランシーバーは常に持っておくから、怪我人が出たりALが出たり、アリシアの容態に変化が起きたらすぐ連絡してくれ。飛んで帰ってくる。俺が捕まらないときはJOLJUに連絡してくれ。あいつの無線は必ず繋がるから」
「君は忙しくなるが大丈夫かい?」
「全力を尽くすと言った。漢方が可能性になるかどうか分からんが、やらないよりは希望はある」
「分かった」
「エダの事も頼む。多分、あいつは相当堪えているはずだ。アリシアのことが大好きだったから……」
「分かっている」
今、祐次はエダの傍には居られない。
居れば、アリシアの前途が絶望しかないことを話さざるをえなくなる。エダを余計につらくするだけだ。
これが本題ではない。
本当の話は、これからだ。
「実は二人に、手に入れて欲しいものがある。内密に」
「何だ?」
「医療用でなくていい。純度の高いコカインとヘロインを手に入れてくれ」
「治療用か?」
と、ベン。さすがにリチャードはすぐに分かった。
むろんアリシア用だ。
「がん治療用だな」
「昔、メリッサやスティーブが奪っていったからな。医療用のモルヒネはあるが」
「末期になったら医療用じゃあ弱い。苦痛を取り除くならコカインやヘロインのほうがいい。もうドラッグの害なんか問題にならないくらいの段階になったらの話だけど、正直すぐにその時期は来る」
「ドラッグの知識はあるのか?」
「俺は日本人の医者だ。ドラッグなんか見たこともない。薬学で知っているだけだ。ベンジャミン、アンタのほうが適量は分かるだろう? 苦痛が取り除ければいい」
「そうだな。まさか刑事がドラッグを奨めることになるとはな」
「しかし、基本この共同体にはないよ」とリチャード。
「薬物に手を出すと秩序が乱れる。だからこの共同体では根絶させたんだ。探せばあるだろうが、警察の保管所なんかはBanditが取り尽してしまったからな。意外に面倒だな」
「三日後くらいにメリッサが通院で来るはずだ。診察の代償に彼女に頼む事は?」
先日21日の騒動の時、祐次はメリッサに一週間後病院に診察に来い、と言った。彼女も重傷で命は惜しいはずだし、あの連中の知識では対応は出来ない。ベンもそれを認めたから、来るだろう。
連中はドラッグ中毒者が多い。他所に調達にいったときも連中ならドラッグを集めているだろう。
「分かった。その線でも考えてはみる。なんとかする、心配するな」
「成程、そういう事か」
その時リチャードは祐次の本当の意図を悟った。
祐次は医療用として使うだけではない。別の……もう一つ重要な事を行うためにそれが欲しいのだ。
アリシアの、安楽死用だ。
いくら祐次が優秀な医者でも、日本人の若者だ。日本には麻薬は特別なもので一般人では手にする機会はない。だから祐次でもさすがにドラッグ関係の現物を知らないのだ。だが、純度の高い麻薬の致死量は知っている。
麻薬は元々医療用だった。そして非常に少量で致死に達する。他の薬物より少ない量で人を殺す事ができて即効性もある。しかも苦しみも少ない。
リチャードが、そっとその事をベンに耳打ちすると、ベンは苦々しい表情で頷いた。
「分かった。俺は元刑事だ。ドラッグには詳しい。任せろ」
「頼む。こればかりは、俺は分からないんだ。学校でも病院でも学ばないしな」
「お前が初めて若造らしい弱音を吐いたな」
そういうとベンは今日初めて笑って、祐次の背中を叩いた。
「じゃあ一時間後、本部に車と銃を取りに行く。リチャード、悪いが消毒液のボトルを家に届けておいてもらえると助かる。俺とエダが使うから消費が早いと思う」
「他にいるものはないかね?」
「アリシアの食事の手配と清潔なシーツとかタオルとか毛布とか衛生面かな」
「入院食だな。それくらいは私でも指示できる。夕方までに手配しておくよ」
それはリチャードが請け負った。
祐次は話を終え立ち去ろうとしたとき、ふと思い出し振り返った。
「そうだ。もう一つ」
「ん?」
「天文学や科学好きの変人が、どこかにいたりするか? 多分人見知りだ」
二人は顔を見合わせた。
突然祐次が、こんな突拍子もない質問をするとは思っていなかったのだ。
しかし、二人が驚いたのは別の理由だ。
「ロイ=ブレッドたちのことか?」
「いるのか?」
「ああ。いつも機械やらナニやら弄繰り回して、科学研究をしている変人5人がいる。共同体立ち上げの頃からNYに住んでいる連中だ」
ベンもリチャードも知っている連中のようだ。
「マンハッタンではなく、ブロンクスに住んでいるよ。半分共同体所属、半分自由人といったところだな。電気工事や修理が得意で、時々頼む事があるよ」
「サウスブロンクスの端に住んでいる。科学者に用があるのか?」
「放射線治療機の関係で、ちょっとな」
「じゃあ地図と紹介状を用意しておく。ただ、変人だぞ? 科学や天体観察の話しかしないし、あまり共同体のイベントには参加しないし、たまに食料や購買部を利用しにくるくらいだ」
「大丈夫だ。科学好きなら、丁度話が弾みそうなのが、俺の相棒にいるからな」
「そうか。丁度連中に俺も相談があったから丁度いい」
その地図と紹介状を頼む、と祐次は告げると歩き出した。もう話は終わりだ。
病院の外では、JOLJUが自分のスマホでドラマを観て暇を潰していた。
先日薦めた<スター・トレック>を見ている。面白いらしい。ただし地球人からみれば未来のSFだが、JOLJUが見ると時代劇になる。
「おー! 祐次、終わったかだJO?」
「これからだ。この後二人で出かけるぞ」
「OKだJO! エダは?」
「アリシアについている。もう通訳の芝居は終わったしな。それに今のエダは何かできる心境じゃないし、アリシアだって誰か近くにいてほしい。エダは介護人としては最適だ」
「なるほどだJO」
「お前、薬学についてはどれだけ出来そうだ?」
「オイラお医者さんじゃないし、地球の医学はよくワカランけど……まぁ祐次が教えてくれたことは覚えたし、一回本を読めばなんとなーくは記憶できると思うJO」
「お前も俺と一緒に漢方の勉強だな」
ベンやリチャードたちにはああいったが、祐次も漢方に関しては専門外だ。そもそも祐次は内科医ではなく外科医で、特別に漢方を学んだわけではない。ここが日本なら漢方専門病院にいって調べることができるが、NYにそういう病院はないだろう。
漢方治療……というのは、ク・プリ星人を探す口実と、皆に少しでも希望を、という事で思いついたことだが、そこに可能性がないとは思っていない。確かに手も足も出ない患者が漢方によって持ち直した事例が日本や中国にある。5%という可能性は嘘ではなくそこから見出した。
そして、この件に関してはJOLJUの知力と記憶力を頼りにしている。
鈍かったりボケたりもするが、素の知力が人間より高い事は事実だ。
素人よりはマシだし、少なくともこのNYで漢字も中国語も分かるのは、日本人の祐次を除けばエダとJOLJUだけだろう。エダもさすがに専門的な漢方の漢字までは分からないから、二人でやるしかない。
「行くぞ」
「了解だJO」
こうして二人は歩き出した。
「秘密の薬」でした。
ガン治療と麻薬……は欧米ではよく使われる治療法ですね。
とはいえ、本編であったとおり、スーパードクターになった祐次も、麻薬関係は経験がないし、触った事がないので、こればかりはむしろ麻薬を取り扱っていた元刑事のベンジャミンのほうが詳しいというわけです。
逆にいうと、それだけアリシアの病状は重たいということですね。
そして……変人科学者は、本当にク・プリ星人か?
ちなみにク・プリ星人は日本政府も保護していて祐次も見知っていて、その科学力なんかも大体知っています。
ク・プリの説得が出来るかどうかがアリシアの命運を分ける!
ということで次回です。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




