「転がり始める危険」2
「転がり始める危険」2
絶体絶命の子供たち。
飛び出すエダ。
ALは果たして撃退できるのか。
そしてエダを失望させる事件が起きる……。
***
大混乱するフィリップの周辺で、逃げ遅れその場で号泣してしまったペニー=リベルが3体のALの爪で抉られ、息絶えた。
フィリップもバーニィーも弾を撃ち尽くした。
他の子供たちも腕や足を切られ悲鳴を上げている。
もはやパニック状態だ。
周囲にはALが16体まで増えていた。群れで襲ってきている。連中はまるで群れで狩りをする肉食獣のように円で囲み、隙をみては飛び掛ってくる。そして一斉に飛び掛りトドメを刺しに来る。
そこにトビィが飛び込んだ。
走りながら6発撃ち、ALを4体倒し、その包囲網を崩す。
すぐに弾を交換しながらフィリップを掴み「早くログハウスに戻れ!!」と怒鳴った。
ログハウスのほうでは、ジェシカがドアを開けそこを死守している。ジェシカも2発撃ち、1体を倒した。
だが……それでもALは10体残っている。
トビィが銃口を向け牽制しているが、ALは怯むことなく包囲を縮め、ゆっくりとトビィたちを取り囲む。
その時だった。誰かが玄関から飛び出した。
「エダ!!」
ジェシカの制止を振り切り、エダが外に飛び出した。
驚いたトビィが振り返る。
エダはログハウスの前にある消防放水用のホースを取り出し、思いっきり蛇口を捻った。
水は鉄砲水となって、一気に噴出す。
「えいっ!!」
暴れまわるホースをしっかり掴むと、ログハウス前方に向け水柱を走らせた。
もう狙ってなどいられない。トビィやバーニィー、子供たち、フィリップ、全員濡れるのも構わず強力な放水をぶつけた。
「何を――」
ジェシカが止めに走ろうとした、その時だった。
大量の放水を受けたALの体が破裂したのだ。
「えっ!?」
まるで嘘のように簡単に、ALは水を浴びると破裂し消滅していく。
消火用の放水だから水量も凄まじく、一帯は水浸しになったが、その中にいたALは跡形もなく破裂し消滅した。
残ったのはさらに遠巻きにいた5体だ。
ずぶ濡れになりながらトビィは弾を交換し、そのうち3体を狙撃し、残り2体はジェシカが狙撃した。
「……倒した……?」
エダは予想外の結果に驚き呆然としている。まさかこれほど効果があるものとは思わなかった。
気づいたジェシカがエダを呼びにくるまで、エダはしばらくホースを離せないでいた。そしてALが全滅したとジェシカから聞かされたとき、ようやく安堵したエダはホースを離し、その場に座り込んだ。
そしてジェシカと静かに抱き合った。二人とも、今になって震えが襲い、肩で息をしていた。だが、それでも危機を乗り切った。
しかし結果はさらに悲劇を深くした。
結局、さらに二人の子供の命が失われた。
エダとジェシカ、カイル、そして唯一飛び出さなかったクレメンタイン=レッグス以外は全員傷を負った。もっとも重傷者はおらず、軽い切り傷で済んだ。トビィは左の二の腕、バーニィーは背中、フィリップは左腕と右掌を切られたが縫うほどではなく、血はすぐに止まった。他の子たちも負傷は似たり寄ったりだ。
ほぼ全員ずぶ濡れになったので、全員服を着替えて毛布に包まりリビングにある暖炉に火をつけ身体を温めた。
皆……無言だ。
その中で、エダは無線機を抱いている。
「ユウジさんのおかげで助かりました」
『ALは放水が有効なんだ。まだ見つかっていないようだから、きっと第一段階だろうと思った。何にせよ、無事で良かった』
「命の恩人です」
『気にするな。それより重要な事がある。放水で倒した以上、ALは次の段階になる。奴らはもう君たちを敵だと認識した。今度は倍以上の数で襲ってくる可能性が大きい。危険度は上がる』
「襲ってくるんですか?」
『今、雨はどうなっている?』
「強くなりました。もう小雨じゃなくて……梅雨空みたいです」
『それだけ降っていれば、雨の間はALは活動しない。雨の間は安全だ。だが雨が上がれば、奴らは強化される。数が増えるし、タイプ2、タイプ3も出現する』
「他にも種類がいるんですか?」
『まだタイプ2は出ていないなら、第一段階だったんだろう。タイプ2は2mから2.5m。車やドアくらいなら破壊する。このタイプ2を倒せば、今度は全長5m以上のタイプ3が出てくる。タイプ3はほとんど恐竜だから一目で分かる。銃が揃っていれば倒せないことはないが第三段階以上のタイプ3は俺でも逃げる』
多分、このユウジさんはすごく強い人だ。だけどその人ですら逃げるというのだから、自分たちでは到底敵わないだろう。
『ALは、徘徊期が第一段階。接触期が第二段階だ。この次から敵対行動で容赦なく襲ってくる。だがまだ対応できる。凶暴期の第三、第四段階を超えれば、その次を俺たちは殺戮期の第五段階と呼んでいる。ALは最初は黒く緑色だが、凶暴期以降赤い斑点が体に浮かぶ。斑点が50%を超えて赤の斑になったら第五段階だ。そして暴走期の最終段階になる。暴走期は48時間だけだが、手がつけられないし数は沸くほどいて暴れ続ける。48時間凌げれば、また第一段階に戻る』
「…………」
『第四段階で大抵の人間は殺されるか逃げ去る。だから滅多に第五段階の姿は見ない。だが、以前一度だけ第五段階まで進んだのと遭遇して暴走期になったことがあった。その時は逃げるしかない。人も多く死ぬ。ま、本当に滅多にそこまで行かないけどな』
「……ユウジさんも、仲間を沢山失ったんですね……」
『ああ、死んだよ』
「ごめんなさい。でもありがとうございます。色々教えてくれて」
『エダ』
「はい」
『俺はまだ大西洋上だ。夜、風に乗ればもう少し進める。陸を見つけたら、すぐに車を調達してロンドベルに向かう。陸に上がれば、遅くても36時間以内でそっちにつけるはずだ。まさかフロリダまで流されてはいないだろうしな。段々冷えてきたからフロリダ湾じゃないだろう』
「はい」
『必ず行くから、無理はせず待っていろ』
「……はい。待っています」
『米を持っていくからな。米の飯、楽しみにしているよ』
「はい♪」
エダはクスリと笑った。
何故だろう。祐次と話していると不安が和らぐ。日本語のせいかと思ったし、祐次がしっかりした大人だからだとも思った。だがエダは祐次がそういうことではなく、直感的に「この人は強い人だ」と感じているからだと気づいた。そして言葉には出さないが、すごく優しい人だとも。
……あたしたちが生き残るためには、ユウジさんの力が必要なんだ……。
「何笑ってんだよ、お前」
突然の声にエダは顔を上げる。
そこには仏頂面で毛布に包まるトビィがいた。
「お前のおかげで、俺たちはパンツまでびしょ濡れなんだぜ?」
「ご、ごめん……」
「礼でも言おうかと思ったが……楽しそうにテレホン・タイムかよ。世界がどうなっても女ってのは長電話が好きだぜ、まったく」
「長電話じゃなくて色々ユウジさんからALの情報をもらってたんだけど……」
「『ユウジさんユウジさん』、二言目にはそれかよ」
「今回だってユウジさんのおかげで助かったんだよ? ユウジさんがいないと、あたしたち……生き残れないよ」
「…………」
トビィは不機嫌そうに舌打ちし、その場から離れた。
その光景を、見ていた者がいる。
それが、さらに問題を起こす結果となった。
その日の夜は、全員息を殺し、体を寄せ合って寝た。
翌日、問題が起きた。
無線機が壊されていた。
明らかに誰かが人為的に壊した跡がある。だが他の人間にとってもう無線機はそれほど重要ではない。そして波風を立てないようにしよう、というジェシカの提案で、故障して使えなくなったということになった。
もっとも……エダの衝撃は小さくなく、目の前が暗くなる思いがした。
……ユウジさんともう喋れない。助けは借りられない……。
何か目に見えないが大きな綻びが生まれた……そう感じた。
自分たちはどうなるのか……不安と恐怖が、重くエダに圧し掛かっていた。
「転がり始める危険」2でした。
また死にました。
あっさり死にます。それが「AL」という作品です。
埋葬作戦は失敗です。
ALは水をぶっかければ死にます。
雨のときは全身粘液でカバーしていますが、ある程度まとまった水量を浴びると剥がれるので、それで破裂します。雨が強くなるともっと強い粘液の塊になって活動休止します。
そのうち本編でも説明しますが、ALが破裂するのは外殻に穴が開き、中の体液が大気に触れると気化するからです。だから当たる場所はどこでもいいのです。ただ手足だと欠損で終わったりします。
これが生物なのか……それはいずれ本編で。
ということで無線機が壊されました。
誰かが壊しました。
疑心暗鬼と不和が生まれ、はたしてどうなるのか……。
じょじょに状況は悪化していきます。これからが本番です。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




