「誘拐犯たち」1
「誘拐犯たち」1
誘拐犯Banditたちとの交渉が始まる。
相手は見るからにアウトロー。
交渉がミスれば、エダも祐次も命はない。
祐次の交渉が始まる!
***
NY マンハッタン ハウストンストリート・ブレイラウンド
ハウストンストリートはマンハッタン島南部にある大きな通りで、ブレイラウンドはほぼ中央にある運動場だ。もしNYが健全であれば、ここは多くの人で賑わっていたはずだ。
だが世界が崩壊した今、この大通りのアスファルトは朽ち、至る所から雑草が生え、運動場は草原のように荒れるに任せている。このあたりはNY共同体の生活圏エリアではなく、境界線であるイースト・ヒューストン・ストリートより南にあり、Banditたちの行動圏内だから開拓されていない。
祐次が運転する配送トラックは、指示通り地下鉄の2th・アベニューの前で止まった。
時間は16時01分。予定の時間だ。
「着いた。連中の姿はない」
祐次は小さなトランシーバーで状況を伝える。
『東西からバイクの一団が来ている。連中だ。1分後には現れるぞ』
相手はベンだ。
ベンと自警団の仲間も高性能な双眼鏡を使い、監視をしていた。
もっとも場所は2プロック離れた高層ビルからで、300mは離れている。念のためスコープ付きのライフルを持った人間を配置しているが、これは万が一の保険で、狙撃のプロではないから、この距離で戦闘は無理だ。見つからないようにこっそり監視するのが精一杯だ。
『見慣れないボロいセダンが一台来ている。多分アリシアはこの中だ』
セダンの周りを三台のバイクが取り囲んでいる。間違いないだろう。この距離では誰が乗っているかまではわからない。
『連中は医者が欲しい。トラックはアリシア分だけだ。エダ君は連れては来ていないだろう』
「無線で無事を確認する。無事が確認できなければ俺はついていかない。何人来ている?」
『10人はいる。武装しているぞ』
「エダが無事でなかったときは、この場で9人殺して1人を拷問で吐かせる」
『逸るな。戦争は最後の手段だ』
「分かっている」
祐次はトランシーバーを置くと、ショルダーホルスターからHK45を抜き、弾を確認した。
丁度その時だ。
道の東西からバイクが8台、トラックが一台、そしてセダンが一台現れて、道の反対側に停まった。
Banditたちだ。
いかにも米国の荒くれ者、アウトローといった風で、レザージャケットやGジャンを羽織り、無精髭を生やし、ショットガンやライフルを背負い、拳銃を隠すではなくこれ見よがしにぶら下げている。驚いた事に二人は女性だったが、控えめにいっても柄はよくない。
連中は祐次の乗る配送トラックを取り囲むと、それぞれ武器を取り構えた。
完全に臨戦態勢だ。
祐次はため息をつくと懐から煙草を取り出し、火を点けた。
正面に停まった大型バイクから、長身でガタイのいい30半ばの男がショットガンを担ぎながら降りてくると、腰につけた無線機を取った。
祐次のトランシーバーが鳴った。連中との回線はチャンネル6だ。すぐに周波数を合わせる。
『医者か? 日本人だよな?』
「スティーブとやらはお前か?」
『スティーブ=オックスだ。そっちは?』
「黒部祐次だ」
『とりあえず出てこい。そのトラックは俺たちが乗っていく』
「まずはエダとアリシアの無事を確認させろ。それからだ。確認できなければこの場から去る。ガソリン300Lとビール4ダース、食料300食は諦めろ。危害を加えていたら、トラックを燃やしてこの場で殺せるだけお前たちを殺す」
『勇ましいサムライだ。嫌いじゃないが、相手を見てから言え、若造』
「まずアリシアを解放しろ。アリシアの無事を確認したらトラックを降りる。無線でいい、エダと話がしたい。エダの無事を確認したら武器を捨ててお前たちの指示に従う。お前たちがちゃんと約束を守っていたら誰も怪我はしないし目的は達成できるだろ?」
筋は通っている。
スティーブはニヤニヤと笑いながら顎で後ろに控える配下に合図をすると、セダンから二人の人影が降りた。一人はドレッドヘアーの黒人の大男で、もう一人は頭から麻袋を被せられた女性……アリシアだった。男は麻袋を取った。間違いなくアリシアだった。見る限り怪我はなさそうだ。
スティーブの合図で、アリシアは祐次のいるトラックに向かって歩き出す。両手は後ろ手に縛られたままだ。
祐次は右手でHK45を構え、左手で無線機を握った状態でトラックを降りた。
Banditたちは一斉に銃を抜き、祐次に狙いを定める。
スティーブは仲間たちに撃たないよう合図を送ると、笑みを浮かべた。
「いい趣味のベストだな。ベンジャミンの入れ知恵か?」
「ああ。戦争になっても一発では死なない」
祐次はレザージャケットの下に防弾ベストを着ていた。5.56ミリまでならば止める警察用のものだ。
「そう尖がるな、若造。俺たちは別にお前の命が欲しいわけじゃねぇ。お前の技術が欲しいんだ。落ち着いて取引しよう」
「ああ。お前たちが馬鹿しなければな」
スティーブが合図をすると、ドレッドヘアーの黒人大男がアリシアを小突く。アリシアは黙って祐次のほうに歩いていく。
アリシアは祐次のところまでやってきた。祐次はポケットからナイフを取り出し、アリシアの拘束具を切り、解放した。
「ごめん、ドクター。私がついていながら」
「無事か? 何もされなかったか?」
「ええ。誘拐されたけど、あの子は私がずっと抱いていたから大丈夫。ちょっとおなかが空いて低血糖だけど食べたら元気になるわ。お嬢ちゃんもチョコバーを一つ食べただけ。連中、医者が必要なのは本当みたいだけど、患者は見なかった。だから扱いはホテル並みじゃあなかったけど劣悪でもなかったわ。危害は受けていない。本当にごめんなさい」
「無事だと聞けただけで十分だ。アンタの銃は拾っておいた。ベンが持っている」
「それを聞いて安心したわ。宝物なの」
「話はそのくらいにして、こっちに来てもらおうか、ドクター。勿論銃は置いて、だ」
「エダ……少女の無事の確認が先だ。お前らの隠れ家にも無線はあるだろ? 無線に出せ。その間にこっちも無線でベンを呼ぶ。ベンだけだ。ベンが車で来てアリシアを連れて帰る。他の人間は来ない。俺は持っている銃をベンに渡して、そっちに行く。問題ないだろう?」
「随分手馴れているな、若造。ベンはしっかりしているぜ」
こういう人質交換の仕方は祐次の知恵ではなく刑事であるベンの知恵だ。連中だって、この場にベンたちが本当に誰一人いないとは思っていない。しかしやり取りはベンだけは知っている事になっているから、ベンが迎えに来ることは問題ない。それにベンが来るのであれば戦争の意志はない。万が一戦争になった時、ベンとアリシア、二人を失えばNY共同体はリーダー二人を一気に失う事になる。そのリスクは大きすぎる。
「いいだろう。しかしベンだけだ。他の人間がいたら話は終わりだ」
「3分待て。ベンへの連絡はアリシアが行う。その間に俺はトラックから医療具を降ろす」
「余計な事すんな? 狙っているぞ?」
スティーブは頷いて許可した。
祐次はアリシアに無線機を渡し、その間にトラックの助手席に乗せていた医療品を詰めた大型バッグを二つ降ろす。どっちも大型のスポーツバッグで相当入っている。
「荷物をチェックするぜ? 銃とか武器がないか確認する」
「好きにしろ。ただメスや医療用ノコギリや注射器はある。それにあんまり触りまくるな。滅菌した意味がなくなる」
男が一人やってきて、祐次が持ってきたバッグを受け取ると、中を改める。中は医療器具の他さまざまな薬、輸血用の血液パック、点滴道具など一杯詰まっている。とてもここで全部改めるのは無理そうだ。
「どうしてこんなにあるんだ?」
「俺だってこんなに持ち運びたくない。患者の情報や症状を聞いていないんだから、持ってくる以外手がないだろう? お前たちの手落ちだ」
「…………」
男は大雑把に中を確認し、銃が入っていないかだけを確認すると、面白くなさそうにバッグを閉じた。
「誘拐犯たち」1でした。
Banditたち登場!
みて分かるくらい、分かりやすい悪党です。
映画とかに出てくる、革ジャン+バイクの悪党です。
祐次はこんな相手にも恐れるような人間ではないですし、今のところは冷静ですが、どうなることか。
言うまでもなく、祐次はかなり秘かに怒っています。
その怒りがいつ爆発するか。
だが、相手も脳筋ばかりでなく中々狡猾です。
祐次たちの命運は!?
崩壊世界で一番怖いのは人間か!?
エダ誘拐事件はこれからです。
これからも「AL」をよろしくお願いします。




